①-13 価値を知るもの⑤
女性は和やかに微笑むと、ゆっくりとした動作で少年の頭を撫でた。恥ずかしさと嬉しさに少年の口が緩む。
「あの僕、二晩も……、おうちに、泊めていただいたんです。すごく良くして頂いて、本当にお世話になったんです。おばあさんは少し、足が不自由そうでしたが、暖かくなってくるのと同時に、動くようになってきたって。僕とは、一緒にお風呂にいって、体を洗い合いました」
「まあそうなのですね。二人は母の両親で、私にとっては祖父母なのよ」
少年はケープの帽子を脱ぎ、慌てて頭を下げた。女性は少年の頭を優しく撫でると、女性の瞳からは涙が溢れ、頬をつたいだした。少年はハッとして、すかさず聞いてしまった。
「あ、お姉さんの目。もしかして、おじいさんと同じ色? 空色で綺麗だなって、思っていたんです。あ、でも、すみません。これ……大切な贈り物、だったのに。僕がもらってしまって。セシュールへ行くって言ったら、おばあさんが、『セシュールはまだ寒いから』って、着せて持たせてくれたんです」
「やっぱりそうだったのね。祖母ならやりそうだわ。でも大丈夫よ、毎年何着も贈ってるから、いつももういらないなんて言われてるの」
女性は部屋の奥を指さした。そこには機織り中の機織り機があり、絶賛製作中のようだ。糸を染めるためなのか、花が壁に干されている他、大鍋も多くある。糸と同じ色の花も、少年のすぐそばに置いてある植木鉢で咲いている。
「布をああやって織って、物足りなかったら更に染めたりするの。染めた糸を紡いで、刺繍もしちゃうのよ。布も糸から全部、紡ぐの」
「すごく可愛くて、丈夫だし、それにあったかいです」
「ふふ、ありがとう。でもそれは女性ものだから、ちょっとあなたには可愛すぎたかな」
少年はゆっくりとケープに触れると、嬉しそうに女性を見上げた。
「え、そうなんですか? でもこのオレンジ色の刺繍のお花、僕好きです」
「……ふふ。褒め上手で、それに乗せ上手ね。……私の、一番好きな花なの。さあ、お水を入れ直してあげる。……そうそう、戴いた果実でパイを焼いた残りがあるから、包んであげるね」
女性はそういうと、刺繍の入ったスカーフでパイを包んでくれた。スカーフには赤の刺繍が施されており、花が描かれているようだ。
「あ、ありがとうございます。何かお返しできたら良いのに……」
「あら、何も要らないわ。うーん、でもそうね……、今日泊るところに困っているのなら、うちへいらっしゃい」
「ええ……、でも……」
「あらやだ大変! 風が湿ってきてるわ。それに、ちょっと暗い? また雨が降るのかしら。風も強くなってるじゃない。気付かなかったわ、ごめんなさい。ちょっと出てくるけど、夕方には戻ってるから。中に入って休んでもらってもいいのよ」
女性は早口で話すと、包みを少年に手渡した。そしてすぐに籠を片手に、小走りに走っていってしまった。何度も振り返って手を振ってくれている。
「……なんだろう、ルゼリア国から離れれば離れるほど、みんなが、すごくやさしい」
少年は目に涙を浮かべつつ、女性の走り去った方向、そして家へ向けて一礼した。湿り気がある風が、町を包んでいるようだった。少年は包みの温かみを感じつつ、町の広場へ戻った。
水を汲む列には、もう誰も並んでいなかった。商店の並ぶ方へ、数人の女性たちが足早に駆けていく。三つ編みの女性も、そちらへ向かったのであろう。セシュールでの露店は、ほとんどが路上に広がっていた。当然、雨など降れば店仕舞いだろう。
ふと、少年は何かの風を感じ、それが人の視線だとわかった。すぐに後ろへ振り返ったが、木材を肩に抱えた男たちが二人、田畑のあった方角へ歩いて行っているだけで、自分に気など留めていない。
一人は可愛らしい獣耳があり、もう一人は声がやたら大きい。
「……疲れてるのかな。でも、甘えすぎるのは良くないよね。迷惑だもの。泊れるところ、どこかないかな。探してみよう」
少年は、町の北へと足を運んだ。看板には旧宿場という文字が書かれてあった。