⑦-11 狼煙の余波①
一週間、穏やかな時間を過ごすと思っていた矢先、アドニス司教が平屋を訪れたのは三日後だった。すぐに検討してやってきた様子のアドニスは、付き人を連れずに現れた為に一行を驚かせた。
それは、突然の訪問だったのである。
「本当に、君なのですか。アルブレヒト王子!」
「わわ、抱き着くな、おい。離せ!」
「死刑執行されたと聞いていたのですよ⁉ サーシャから聞いた時は、もう驚いたなんてものじゃなかった!」
アドニスは60歳を迎える初老の司教だ。その風貌は白に近い金髪に細目に細見であり、その飄々とした性格からかなりの曲者であると言われている。
「レオポルト殿も、警戒するのはわかりますが、一度は連絡を戴きたかった!」
「すまない。アドニス司教。貴方を、ルゼリアの人間と思って避けていたのは、俺だ」
アドニスはそんなレオポルトに対し、表情を変えることなく穏やかに返答を返した。
「いいえ。断絶したとはいえ、あの家柄からは中々に抜け出せないものです。そう、あれは呪いの類と同じなのです。貴方もそうだったのではありませんか。アンリ・ラダ」
「ああ。そうか、貴方も苦労してたのでしたね」
「それで、巫女候補の少年とは?」
アドニスはキョロキョロしたが、他の部屋にも人の気配はない。
「マリアと散歩に出ているんだ。ほら、あのマリアだ」
「ああ。結局、婚姻しなかったマリア・マルティーニでしたね。君が幸せにしてあげるのでは無かったのですか」
「いや、その……」
アルブレヒトはレオポルトを見つめた為、レオポルトは首を傾げ、珍しくはてなマークを浮かべた。
「俺じゃ、あいつを幸せにしてやれない」
「何を言うんだ、アル。今からでも」
「俺は今も死刑囚だ。追われる立場で、どうやって幸せを得る」
あまりに軽く言い放った言葉とは思えない重圧が、部屋を支配する。アドニスは目を光らせると(細目過ぎてわからないのに、どうやって輝かせたのかは謎である)、眼鏡もないのに眼鏡クイをやって見せた。
「その件ですが」
アドニスは静かにその重たい静寂を作り、注目を集めた。そういう劇場を、司教は好むのである。
「セシュール側が正式に、死刑執行など予定にもなく、死刑執行などするつもりもないと、王の名において表明するそうです」
「なんだって⁉」
「なんだと……」
アドニスは新聞をどこからか取り出すと、その一面を見せた。その新聞はセシュール国サイドの新聞である。
「新聞社が先にすっぱ抜いたわけではないようです。先に反応を見るために、情報を流したのでしょう」
「どうして、そんな突然。父が賛同していたのか?」
「……そうみたいだ。記事によれば、ルクヴァ王と、タウ族の族長が連盟で署名したそうだ。これはセシュール全民族会議の最終決定である…………」
レオポルトはアルブレヒトを見つめると、二人はアドニスへ向かった。考えることは同じである。そう、戦争の件だ。