①-7 風の知らせ③
「コルネリア・シュタイン将軍は、今も昔も未婚のままだ」
「それだけは間違いないな」
「理由は俺も知らないがな。ただ、将軍の瞳はヘーゼルで、生まれた瞬間からシュタイン家に縛られている。あの陛下ですら、当主にはなれなかったんだぞ」
グリットはそこで、今のルゼリア王が女王の夫であったがだけで王になった、代理の王であることを思い出した。
「シュタイン将軍は陛下とも親しい上に、王女とは幼馴染だ。それで、あいつと再会して、大切な王女を託したんだ。将軍は王女とあいつの仲人までやったんだぞ。そこまでやった将軍が、今はもうルゼリア領からは出られない」
大旦那は構わず続けた。
「将軍の瞳がヘーゼルでなければ、シュタイン家はもう存在してない上に、王女と結婚していただろう。あの将軍が、王女と子供作っていたなんて、それこそありえないだろ。そうでなくても、将軍に御子がいれば、まずお前らの耳に入る」
「だから、俺が言いたいのは隠し子とかそういうことじゃあないんだよ」
ガタガタンと窓が鳴った。少し風が出てきたようだ。二人の男は押し黙り、しばし静寂が流れた。女将の咳払いが店内に響き、すぐに歌声が聞こえてきた。
「お前らが将軍を信頼しているのはわかる」
「そりゃあな」
「俺だって信用したいさ」
大旦那は席に戻ると、いつの間にか置いてあったコーヒーを喉へ流し込んだ。
「将軍は大戦であれだけ働いたのに、今やただの騎士団の団長だぞ。領地にだってほとんど戻らず、王都からも出られない」
「陛下はもう高齢だったな」
「ああ。確か、74歳になる。王女の息子、王子は病弱で離宮から出ることも出来ずに寝たきり。娘の王女は剣の腕しか磨かず、魔力だってないというじゃないか」
「それでも騎士団で上り詰め、姫でありながら師団長にまでのし上がったんじゃなかったか? まだ12歳だろうに、天性の才だろうよ」
グリッドは歯を食い縛っていたが、なるべく表情に出さないよう気を張った。
「千年以上続く由緒正しきシュタイン家を潰すことになっても、それでも王家を守らなければならない」
大旦那は冷静を保つように、声を抑えると静かに語った。グリットもそれに合わせ、声色を落とす。
「シュタイン家なら、それが出来るだろうな」
「ああ。将軍がまだ独身なのは、そういう事情があるからだろう? もし彼に子供が居れば、すぐにでもルゼリア国で内乱が起きてるよ」
「コルネリア将軍はそんなの望んじゃいない」
「そうだ、あの人は根っからの騎士だ。それは俺でもわかる。それでも、将軍にとって最上の存在は今も昔も、陛下であり、王女だ」
グリッドの手に持っているカップが数回小刻みに揺れた。それは無意識であり、本人は気付いていない。エーテルは乱れていないため、それ相応の冷静さは残しているのだろう。
「あの銀時計は有名なものじゃない。知ってるやつもほとんどいない。だからこそ、銀時計の意味を知っている者だけが反応する」
グリットの手が明確に震える。
「あの銀時計をずっと持ってたのは将軍だった、てことだ。わかるか? あの大戦の最中、そして後、ずっとだぞ。他国の紋章に似た銀時計を持っている。見つかれば只では済まないだろう、良からぬ噂だって立つさ。あの将軍が、そこまで大切にしていた銀時計を、ほいほい子供に渡すと思うか?」
「…………だが、まさか」
「ちょっと、あんた」
男たちの背後に、呆れ顔女将が立っていた。