学食に個室があるものなのだろうか
学食に個室があるものなのだろうか。
恵梨香は最初に疑問に思うところだった。お金持ちの学校だったため、おかしくはないだろうなとは思ってしまったが、いやまったくもっておかしいことだ。恵梨香の使用している学食でさえ個室なんて存在しない。特別棟だからだろうか。所謂VIP対応なのはわかる。それでも、約30人弱しか使用しないだろうこの棟に個室は必要になってくるのだろうか。
恵梨香は通された個室で身を小さくして思考を巡らせていた。ボックス席で、向かいに遥と露が座っている。なぜか途中で合流した男子生徒が恵梨香の隣に腰をおろしていた。その事実が更なる疑問へ拍車をかける。
「わたくし、貴方をお呼びした覚えはないのですが、何故おられるのでしょうか」
遥が猫を被り直しているため、彼にはどうやら本性を見せていないのだろう。そもそもが、前世に引っ張られた物言いが遥の本性であるとは誰が決めたのだろうか。勝手に恵梨香がそう呼んでいるだけで、もしかしたらこちらのお嬢様然としている姿が本性なのかもしれないではないか。
そこは、後程遥に確認をとるとしても、隣に堂々と座る眼鏡をかけた男子生徒は誰なのだろうか。そして、遥がお呼びではないと言っているのだから、勝手に来たのだろう。気が付けば隣に当たり前のように座っているが、向かいに座っている遥の顔は笑っているのに目は笑っていない。瞳の奥ではどこか冷えきった温度を感じるので、どうやら怒っているのだろう。発する言葉もストレートでかなりきついものを感じた。
「ご無礼を承知です、生徒会長。私、1年S組の大久保春一と申します。以降お見知りゆきを」
そんな遥の様子などお構い無しで、眼鏡を中指で押し上げながら丁寧に自己紹介をしていく。今どき中指でメガネを押し上げるっていうのはどこか厨二病臭いな、などと絵里香は思っていない。
自己紹介をしたのだから、どうやら遥も彼を知らないのだろう。向かいに座る遥の表情が怖い。穏やかな笑みを浮かべているが、冷えきっていた瞳の奥では更に拒絶の色をしていた。
「そう、記憶の片隅に留めさせていただきますわ。ところで、個室ってご存知?プライベート空間のことをさしますのよ。そして、そう言う場所でしか話せない話をする場所なの。お客様は招いた方しか入れるつもりはございませんわ。わたくしに顔を合わせたいだけというのなら一度、桜小路さんと話をしてくださらない?」
要約するのであれば、勝手に入ってくんな帰れだ。恵梨香は、少しだけひりつく空気をごまかす様に、用意されたお冷に口を付ける。
「いえ、私は生徒会長に顔を通したく思って赴いたわけではございません」
「ほう」
空気が2度下がった気がした。
「こちらに折本恵梨香さんが来られるとのことで、無理を承知で顔を出させていただいたしだいでございます。桜小路副会長にも話を通し、どうしても話がしたいと告げたところ、会長を説得させていただく機会をいただきました」
「…………桜小路さん。後程お話させていただきますわね」
「ひぅぅぅうう……」
すっかりと遥の隣で露が肩身を狭くして項垂れていた。さっきまで会長会長っと尻尾を大きく振っていた犬ではあったが、今はご主人に怒られてすっかりと垂れている。変な声を漏らしながらしょぼくれた露を反対側から見てしまえば、少しだけ気の毒にも感じた。
「そう、既に桜小路さんの許しを得てそこに座っているということなのね。申し訳ないのだけれど、わたくしも折本さんとはきちんとお話がしたいことがたっぷりとあるの。貴方を挟む余地がないくらいよ。本日はお引き取りくださらないかしら」
(私にはないです)
圧倒的な強者の覇気が重たい。隙の無いとても綺麗な笑顔なのにどこか怖い。目元が笑っていないのだ。飲んだお冷が、喉に引っかかってうまく飲み込めないでいる。
「ですが……――」
「貴方のわたくしへの説得は失敗。また機会を見て折本さんとはお話しくださいな」
遥が毎休憩時間に教室に赴いて、恵梨香を名指しで呼ぶのだ。この生徒が恵梨香を呼び出すことが出来るとは到底思えない。しかし、遥の圧倒的な圧力には勝てそうにないのか、春一はぐぅっと喉を鳴らした。これ以上は無理なのだろう、返す言葉もないのか悔しそうに俯く。その様子に満足したのか、遥は薄らと双眸を細めた。
「桜小路さん、大久保様がお帰りになられるそうよ。見送ってあげて。あと、折本さんと私の次の教科担当の先生には欠席の旨をお伝えして欲しいの。クラスの人に頼むでもよし、桜小路さんが直接お伝えしていただいてもよし。その後は自分のクラスへお帰りになってくださる?」
「へ?!ですが、会長……」
「桜小路さん、お願いね」
言語外の排除命令だ。ここには戻ってくるなと言葉の端々から放たれている。それはしっかりと露にも伝わってるのか、大きく綺麗な瞳がゆっくりと潤っていくのがわかる。しかし、従わないという選択肢もない。反論はしてみるが、蹴落とされてしまえば素直に頷くしか道は無いのだ。露は、糸が切れた操り人形のようにガックリと首を項垂れると、小さな声で返事をした。