遥を抱きしめて鼻血を出すこのド変態が
「か~~~~い~~~ちょう~~~~!!!」
恵梨香たちが食堂に足を踏み入れた時だった。目の前に猫のようにしなやかに飛び込んできた女子生徒がいた。その人は小柄な遥をしっかりと包み込んで抱きしめると、器用に遥の頬に唇を押し付けている。
「会長、ちゃんと個室を確保いたしましたよ。褒めて褒めてぇ~」
甘えた声でその人は、器用に遥を抱きしめたまま遥の頭のてっぺんに~~~頬をすりすりと摺り寄せている。遥は慣れているのか、「そうかそうかよしよしと」その生徒の背中に手を回してはよしよしと雑に撫でた。
「きゃぁあああぁぁ、もう、会長、会長!!しゅきぃ、しゅきぃ、しんどい、尊いいぃ、わたしと結婚してぇ」
それだけで大歓喜だ。興奮したのか鼻血を出し始めている。遥の後ろにいた恵梨香はその光景を直撃してドン引きをしていた。
「桜小路、すまない。それはあとだ、今はお客様をつれている」
「お客様ぁ?」
そこでやっと桜小路と呼ばれた少女は恵梨香にを認知したのか、鼻から流れてる赤いそれを拭いながら恵梨香に顔を向けた。
(顔ちっさ。え、お目目大きい。うるうるしてる。というか、私よりも身長が高いの……)
遥を包んで全容が見えなかったが、正気に戻った彼女が遥を開放して、すっと背筋を伸ばす。恵梨香より少しだけ高い位置にある視線を合わせるように、恵梨香が少しだけ頭を上げる。
金髪寄りの明るい茶髪は、小さな顔を包むようなボブヘア。負けず劣らずと、バランスの良い位置に配置された顔パーツ。手入れの届いた肌はつるつるとして、血色もいい。唇はぷっくりして色っぽく、バランスのいい体格をしていた。胸と腰とお尻の比率がとても綺麗だ。比率の値はよくわからないが。控えめすぎず、主張しすぎずなのだ。腰も高く手足も長い。遥に負けず劣らず美少女だった。
そんな美少女が、恵梨香を上から下へと視線を這わせる。値踏みするような視線に、恵梨香が委縮してしまう。しがない一般家庭の恵梨香は、不細工ではないが遥や目の前の女生徒に比べればみじんこだ。
それでも、人が美しいと思われる所作を一生懸命意識して過ごしてはいた。何せ、過去は大国のお妃さまなのだから。記憶を掘り起こして小さいころから一生懸命練習し体に刷り込ませたのだ。そこに関しては自信はある。自信はあるが……、値踏みされるように美少女に見つめられれば背中に冷や汗が流れる。固まった表情筋で上手に笑えているだろうか。
(それにしても、この人どこかで見たことがある気がするんだよね――……どこでだったっけ)
じっと見つめられればじっと見つめ返す、そしてふと既視感を覚えたのだ。どこでだったかと思考を巡らせていた時だ、目の前から「ふっ」と鼻で笑われた声がした。意識を半分思考回路に持っていかれていたので、鼻で笑われたその音に再び意識を女生徒に向ければ、その視線に気が付いたのかにっこりと形と品のいいスマイルを向けられた。
「はじめまして、3年S組の桜小路露といいます。生徒会副会長やってます」
(副会長。副会長……!?)
鼻で笑ったこの人が、遥を抱きしめて鼻血を出すこのド変態が、と一瞬だけ思考が固まったが、確かに全校集会とかで彼女が遥の後ろに控えることが多いのを思い出す。できるだけ視界から遥を追い出すため記憶は定かではないが。それで彼女の顔を覚えていたのかと思うが、たぶんそこでは無い気もする。
思い出せそうで思い出せない。喉につっかかった何かの心地があまり良くないが、挨拶されたのなら挨拶し返さなくてはならない。絵里香は、ゆっくりと腰を傾けて会釈をした。
「1年A組の折本絵梨花です。よろしくお願いします」
「ああ、あの」
(あの?)
露の言葉に絵梨花の表情が崩れた。それに目ざとく露も気がつくと、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「1年のS組に目をつけられてる、あの折本絵梨花さんでしょ?」
「……なんて」
完全に表情が抜け落ちた。何故S組に目を付けられなくてはならないのか。恵梨香にはまったく理解できなかったのだ。前提の話、恵梨香はS組の生徒と交流もしていない。現段階同クラスの生徒と交流も多い方ではない。
その理由としては、入学してからすぐに遥がひっきりなしに教室にやってくるものだから、すっかり学年では有名人なのだ。一般入学で新入生代表挨拶をする異例からも名前は知れ渡っていたというのだが、生徒会長が目をかけている女子生徒とのことで、更に拍車がかかていた。
なので、恵梨香が目を付けられる理由としては生徒会長に気に駆けられている一般学生だからだということだろうかなどと、思考回路が明後日に回っていた。
「桜小路、ここでずっと立ち話もなんだ。個室を抑えているのだろう。そこに移動しよう」
なんで、どうして、が頭を支配していた恵梨香が遥の言葉ではっと意識を戻した。そして、露からの衝撃的な登場ですっかりと抜けていたが、遥が猫を被ってしていないことに気が付いたのだが、先に準備された個室へと移動する遥に疑問を投げることが出来ずに、恵梨香はその背中を追いかけるしかなかった。