この学園、実は、実力主義っていうものなの
そして遥は入学式の次の日から毎日教室に顔を出すようになった。
最初は、昼休みだけだったが、こそこそと絵梨花が逃げていたことにより、次第に逃がさんとばかりに毎休憩時間に現れるようになった。その度に絵梨花は用があるやらトイレに逃げ込むやらで、遥から逃げたのだ。そうして1ヶ月。本日、絵里香は捕まった。昼休み手前の授業で、またあとでと宣言をされたので、捕まる前に逃げようと、終業のチャイムと同時に席を立ったはずなのだ。
教室を出たところまではよかった。まっすぐと伸びた廊下を優雅に競歩で歩き、食堂に逃げ込もうとしたのだ。その際に通る階段にそれはいた。
「あら、折本さん。どこに行かれるのかしら」
その穏やかな声が耳に届いた途端、身体は動かなくなった。
目の前に遥が柔らかい笑みを浮かべて立っていたのだ。1年生と2年生の教室は離れている。それに、遥はSクラス。財力が高く知名度も高く、更に頭が良くないと入れないクラス。これだけはそもそもが校舎が違うのだ。
そして、恵梨香がいる校舎からその校舎は頑張って走っても予鈴が鳴って本鈴が鳴る5分の間。要は、行き来に少なくとも5分はかかるのだ。そして、終業のチャイムが鳴ってから、今やっと教室から出た生徒たちが廊下に溢れ始めた時間。チャイムが鳴ってからここまで、そこまで時間が経っていない。というのに、ここに大宮遥がいる。
「会長……、生徒の模範となる貴女が授業をサボってはだめではないでしょうか……」
「ふふ……、知っていて?この学園、実は、実力主義っていうものなの。ある程度授業に出席をして、定期テスト等で結果を出せば、あまりとやかく言ってきませんのよ。そうでなくては、芸能人や業界主要の御曹司たちが通えませんもの。仕事や会合、会食等があったらまともに授業を受けられませんわ」
(確かに――)
それでも偏差値が高いこの学園の授業は平均的な高校に比べて授業が高度である。それに加えて、上に立つ人たちも多いため基本科目から外れて経営学なども学ぶ。芸能活動をしている人たちは一般社会のマナーの基礎というものも学ぶ。一足飛びで社会に出た大人な子どもたちのフォローも外さない。
遥からぐうの音も出ない言葉が返って来れば、恵梨香は「ぐぅっ」と鳴いた。
結局、先回りされてしまえば逃げきれなかった。恵梨香は遥に連れられてSクラスがある特別棟の学食に向かうこととなった。
特別棟は限られた生徒しか入れない。特待生で授業免除な恵梨香はもってのほかだった。持っている者がしっかりと納めたからここに入れるのだ。お金があるだけじゃダメ、名声があるだけじゃダメ、頭がいいだけじゃダメ。すべてが揃って初めてこの棟に入れる。
入るためには学生証というICカードを入り口で通さないとならない。セキュリティも抜群であり、もっとも尊い人たちもいる。時折、外遊に国外の王族や首相の子どもたちが来ることもあるらしい。各学年に10人いるかいないか。前世の恵梨香でればあまり気にしないような仕様ではあるが、今世は一般庶民。親の会社でのポジションが高いがために、いい暮らしをしていることは否定しない。
約30人弱の生徒のためだけのはずが、入っただけで雰囲気が違う。ただでさえ、正門から所属クラスの教室に行くまでの豪華さに気後れをしていたというのに、それの比にならない。廊下のあちこちに黒いスーツを着た男女が各所に背筋をピンと伸ばして立っている。
(SPさんって本当に要るんだ。空想の世界だと思っていた……、いや、でも、たしかに近衛騎士が常に私のそばにいたもんね。それの現代版だと思えば問題ないか……――それにしても、特別棟は初めて入ったけれど、思っていたより仰々しくない)
すべてが揃っている超絶一流の人たちしか入れない。そんな建物だと思っていたため、もっとごてごてした装飾などがあるのだろうと思っていたのだ。くるりと首を動かした。玄関をすぐに入ったラウンジは全面ガラス張りで、とても天井が高い。
ここが学校だというのを忘れてしまうような造りだ。白を基調とした清潔な壁。ガラスから降り注ぐ日差しが気分をリフレッシュとしてくれる。ラウンジには生徒がちらほらといるが、生徒数の分母が少ない校舎だ。5人もラウンジに集まればクラスの半分がいるのだろう。
クラスのある教室は2階から4階。下から学年順。
1階は、ラウンジを抜けて少し奥には、高級レストランと勘違いしそうな学食。各学科の教師控室。使用人の待機部屋などがある。クラス以外に、音楽室や理科室、美術室と最低限ではあるが各学科の教室もあるとの事。確かに特別棟から他の教室はどれも遠い。
唯一近いのは図書館だろうか。しかし、この学校に在籍する生徒は学習用タブレットを配布されている。授業を休んでしまえば授業の振り返り映像が存在し、図書館に入っている本がそのままタブレットに電子書籍として配布されている。
わざわざ図書館に行って、借りなくても自由に読んだり、さらには配布されているので書き込みまでできる。実質無料で本を学校から配られているのだ。
そのため図書館は、今では図書館としての機能をあまり担っていない。それでも紙でできた本を好んでいる生徒たちも多く、そう言う生徒たちが足蹴く通う。それに、お嬢様お坊ちゃまでもお年頃である。
環境が環境であるがために、子どもにして大人然とした立ちずまいではあるが、やはり図書館でデートをする、図書館で友達と勉強会をする、図書館で〇〇するシリーズには憧れがあるのだろう。
図書館のニーズは未だに衰えていない。