前世の元旦那が生徒会長(超絶美少女)になってた
そもそもの事の発端は、入学式であった。
都内にある学園と言っても、牧之原学園は敷地が広いため、都内でも少し郊外にある。ここは王宮か!と突っ込みたくなりそうな広さと豪華さに、庶民の絵梨花は気を遠くしながら門をくぐった。
そして目の当たりにするのは、ここはひとつの世界なのだと感じた。門を潜れば別の世界が広がって、生活圏があって、そして自治が存在する。この学園自体がひとつの箱庭であり世界だった。そこの住民である生徒たちは、男女関係なしに歩いているひとりひとりが洗練した動きをしている。それだけで前世の貴族社会をどこか思い出してしまう佇まいと雰囲気に、胸がきゅっと掴まれた。
高等部と中等部で3000人。初等部にはその倍。おそらく、普通の公立の学校よりは少ないのだろうが、ここの学園には総勢1万人の生徒がいる。初等部を除いた中等部からは寮もあり、実家が県外等の理由で離れている生徒もいるのだとか。
この学園から少しだけ離れたところに寮はあるが、それもそれで物凄く豪華だった。寮と言うからには、相部屋だと思っていたが、一人部屋が割り当てられた。絵梨花は庶民なので、部屋はベッドと机を置いて本棚を置けば少しだけ窮屈かなと思うが、それでも一般家庭における子供の一人部屋にしては広い方だ。上流階級のお嬢様やお坊ちゃま辺りになれば、リビング、ダイニング、個人風呂、トイレに台所等もついている。大体庶民にあてられた部屋の5部屋分が1部屋として宛てがわれてると聞く。お値段はひと月で、一般サラリーマンはぶっ倒れるだろう。
学費も合わせれば、宝くじを定期的に当て続けなければならない額に白目を剥きそうになる。
世の中ある所にはあるものだと、世を憐れみながら昨晩を思い出した。
絵梨花以外にも一般受験生はちらほらと見る。その子たちから聞いた話なので、信憑性はどこまであるかは不明ではあるが……。噂話し程度に押しとどめることにした。
絵里香は、昨日の出来事を思い出しながら、それでも前世はもっと豪華だったのだから、その当時は思えなかった民衆への感謝を今世になって深く深く思った。前世の時に感謝をしなかったわけではないが、更に身に染みた。今更、白状だろうななどと思いながら、新入生代表挨拶があるため先に教室に向かうのではなく職員室へと、足を向けた。
音の揃ったきれいな吹奏楽の演奏に合わせて、入学式が始まる。ほとんどが初等部と中等部からのエスカレーションで馴染みのある顔ばかり。それでも、親友性はこの晴れ舞台に胸を張って、列で入場し、用意されたパイプ椅子に腰をかけた。絵梨花は、新入生代表挨拶のため、登壇しやすい位置に腰掛ける。偉い大人の人達が、次々に長い祝辞を述べるのを、空っぽの頭で素通りさせていた。
「それでは、在校生挨拶。2年S組、生徒会長、宮本遥」
「はい」
それは、在校生挨拶時に起きた。在校生挨拶の次はそれに応えるように新入生代表挨拶。少しだけ、だらけていた体に自然と力が入る。すっと背筋を伸ばして、心地の良い女子生徒の返事を耳にした。視線をそっと上げた時だ、その女子生徒と目か合う。
(――――痛ッ)
突然に、頭の奥に鈍痛が走った。それは一瞬で、フラッシュバックする前世の記憶。それも、元旦那であった皇帝陛下の姿、声、共に過ごしてきた思い出が過ぎ去っていく。一気に込み上げてくる記憶に、瞠目したのは絵梨花だけではない。呼ばれた生徒会長もまた、瞠目して絵梨花を見つめていた。
登壇する直前。それはほんの数秒だっただろう、足を止めた遥が絵梨花をとらえた。何か言いたそうな表情を浮かべたが、今の立場や状況を思い出した彼女は、そのふっくらとした唇をきゅっと結んで前を向き壇上の上へと真っ直ぐに上がった。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます――」
そして、陽射しの優しい森の中のような優しい声音で祝辞を読み上げた。その姿は正に威風堂々。前世皇帝だったが故の絶対的な自信と覇気。声も仕草も優雅さを持っていると言うのに、放つものは常に上に立つ者のものである。
(まさか、前世の元旦那が生徒会長(超絶美少女)になってたなんて……?!)
先の、――絵梨花とのみではあるが――小さなトラブルもなかったかのように晴れやかに祝辞を述べれば、その尊さに今までの挨拶した人達以上の拍手が湧き上がった。1種の演説だったんじゃないかと思われる会場の盛り上がりように、人を惹きつける能力が優れているのは、前世も今世も一緒なのだなと、絵梨花は少し感心しながら惚けていた。
「後ほど、迎えに行く」
退壇して、遥が絵梨花の横をすりぬける瞬間。ほんの少しだけ低めな聞きなれた言葉遣いに呆けた恵梨香の意識が返ってきた。その言葉に絵梨花が慌てて振り返れば、遥の背中は遠く、2年生の自席へと腰掛けているところであった。
「新入生代表挨拶、1年A組、折本絵梨花」
その姿をぼんやりと見つめていれば、自分の番で呼ばれる。ぼんやりとしていた絵梨花は、慌てて返事をして立ち上がれば背筋を真っ直ぐにした。今世では人前に出ることは多くなかった。全く無いわけではなかったが、前世に比べるとやはりとても少ない。怖いわけではない。
こういう時は、いつも高貴な身分だった時代の己を思い出すのだ。大きく息を吸って、絶対に顔は下げない。視線をうろつかせることもさせず、口を開く時はゆっくりはっきりと。念頭に繰り返せば、気を持ち直して絵梨花は登壇した。