その婚約者、おかしくないですか?
ゲームの先の未体験領域に、お守りがわりの巻き貝と共に踏み出したわたしです。
ブリエノーラが島流しエンドを迎えた後のことはゲーム内では語られなかったため、島に人がいるかすらわからなかったのですが、結論から言うと人はいました。
鬱蒼とした森には舗装された道があったため、虫や獣に襲われながらもなんとか島唯一の建物であろう例の城まで辿り着いたのですが、そこに門番の人がいたのです。
ハンモックチェアでくつろいでいた白ひげの老兵さんは、わたしを見て驚いていました。
「ほぅ、その格好からして流れ人だね。中央で何かやらかした貴族さんってところかな?」
「あはは、まあそんな感じですが、わたしは無実です。虫一匹すら殺せない善良な貴族ですよ」
見事正体を看破されたため、アルカイックスマイルを添えて無害な人間であることをアピールします。
そのおかげでしょうか?
老兵さんはわたしの質問にも難なく答えてくれます。
「老兵さん、このお城には誰が住んでいらっしゃるんですか?」
「私の主人、辺境伯ベリオール様じゃよ。今は亡き父君が中央にいた頃に不正を働いてね。おかげで私どもごくわずかな従者を連れてこの島に左遷されたのが十五年前じゃ……」
うわぁ……主人の巻き添えを喰らってこんな絶海の孤島に。
心中お察しします。
「その頃、ベリオール様は幼かったが今では父君に似て立派になられた。才能も豊かで中央にいれば出世したこと間違いないだけに哀れじゃよ。まあしかしよかった。そんなベリオール様の元にも嫁の来てがあったのじゃからのう」
話によると、ベリオールさんはこんな孤島にいながらも、二ヶ月前にめでたく中央貴族の令嬢さんとご婚約されたらしく、間もなく正式に結婚されるということでした。
わたしは一通り話が終わった後、行き場がないためどんな仕事でもするから雇ってもらえないかと老兵さんに相談しました。貴族のプライドなど、今日の寝食もどうなるかわからない状況では馬にでも食べさせてしまった方がマシです。
結果、わたしは城内に案内されていました。
一応流刑人なので、老兵さんに持ち物検査をされましたが、その意思があれば立派な凶器になるであろう巻き貝は没収されませんでした。色々ゆるゆるで心配になってしまいます。
メイドにさんに辺境伯がいる部屋に案内される際、彼の父君と思われるでっぷり太った方の肖像画がありました。
老兵さんによるとベリオールさんはお父さんに似ているという話だったので、失礼ながらも同じ体型だと勝手に思い込んでいたのですがーー
「ごほ、ごほ……こ、こんにちは。僕がこの城の主人、辺境伯ベリオール・ド・コーラッシュです」
なんてことでしょう。
お父さんからは想像できないほどの細身の美男子でした。
ふわっとした流れるような金髪、中性的で端正な顔立ち、モデルのようにすらっと長い手足。
唯一、ノの字を描いた前髪の一房が天の創造物にケチをつけている気がしましたが、それすらも黄金比の確立のためには欠かせないピースと思わせるだけの魅力が彼にはありました。
まるで絵画の中から誤ってこぼれ落ちてしまった創作物とでも言えばいいんでしょうか。
頼りない感じはありましたが、物分かりも性格もすごくいい人で、わたしが事情を話すと人手が足りていないことを理由に即決で雇ってくれました。
しかし、彼の婚約者であるメイシスさんはわたしを雇うことにあまり乗り気ではなかったようです。
「ブリエノーラ、あんた気をつけなよ。何をやって流されてきたかは知らないけど、メイシス様は同じ貴族であるあんたをあまり快く思っちゃいない。ここにいたけりゃ少しでも誤解されるような真似はしないことだね」
そう語ってくれたのは年長メイドであるパンナさん。
お城での生活はわたしの生命線です。不用意に虎の尾をふみたくなかったわたしは、自分のおやつを差し出すことでお城の色んな情報を得ようとしたのでした。
「あのお二人はいつも一緒にいますし、本当にラブラブですよね」
ちなみにこの時のわたしは、過去の自分と決別すべく、彼女の自慢の紅髪をばっさりと切り、おさげになっていました。この方が前世と同じで動きやすいですし、使用人仕事も捗るので一石二鳥です。
「ははは、夫婦になる者同士が仲睦まじいのはいいことさ。メイシス様はあんたには別として、あたしら使用人に対して心配りを忘れない優しくて上品なお方さ。こんな島だし、正直ベリオール様は結婚できないんじゃないかと心配していたんだ。でもまさか、あんないいお方がお嫁に来てくれるとはね。仲もいいし、正式に結婚後は子宝にも恵まれるに違いないよ。お父君はその辺のことを心配していたし、今頃向こうで喜んでるだろうね」
メイシスさんは使用人の誰に聞いても、とても優しくて穏やかな人とのことでした。
でもわたしには疑問が残ります。
「メイシスさんは中央の貴族令嬢なんですよね? なぜその彼女がわざわざこんな島にまでお嫁に来ようと思ったんでしょうか?」
「あんた、変なところに気づくね……」
わたしはもう一枚、自分のおやつであるビスケットをパンナさんの小皿にのっけます。
「はぁ、誰にも言うんじゃないよ。メイシス様は貴族と農民の間にできた落胤って話だ。周囲にも知れ渡っていたから、嫁の貰い手がなかったって風の噂で聞いたよ」
「なるほど、それで」
さらにビスケットを積み上げて話を聞くと、ベリオールさんは父親が遺産として残した中央の土地を少しばかり保有しているとのことでした。
メイシスさんは出自の関係で、父亡き後は他の兄弟から家を追い出されると確信していたらしく、誰とも結婚できず、いずれ貴族の地位を失うくらいなら、中央に多少土地を持つ辺境伯と結婚して今の地位を守る方が遥かにマシ。そう考えての婚姻と考えるのが妥当でした。
気になっていた婚約の謎もなんとなく解けたので、わたしはゴシップ記事を読んだ後のような満足感を抱き、それ以上の質問は行いませんでした。
その後は特に目立ったことも起こらない日々が続きました。
このまま自分はここでゆっくり歳を取っていくんだろうなとぼんやり考え始めていた頃、ベリオールさんと気になる会話をしたことで事態は風雲急を告げます。
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