死神王子の告解
アーサーはサングレイス王国の第2子として生まれた。母親は兄のアーロンと同じく第1王妃だ。
この国の王位は第1子が継承することとなっており、それは周辺諸国も同様だ。国王は配偶者を3名持つことが出来る。
父である前国王は2名の配偶者を得ていた。両親は既に亡く、今は第2王妃だったベラ王太后のみ健在だ。
ベラ王太后の産んだ子供はいずれも娘で、長女のヴァイオレットはグリーン公爵夫人、二女は神殿に仕えている。
アーサーは明るい性格で人から好かれた。兄と妹達とも仲良く暮らしていた。
そして文武両道をそつなくこなす彼は、バランスの取れた王子と称されていた。なぜなら、第1子のアーロン王子は
学者肌で探求心旺盛であるのだが、それが自分の興味のある事柄にのみ発揮されていたからだ。
ただ、年齢を重ねるうちに国政に興味を持つようになり、もともと穏やかな性格であるアーロンは、正式に王太子となった。
その後すぐに大事件がアーロンの人生に起きた。恋愛という事件だ。
それは、アーロンが王太子となった為に隣国・スカイ・ハイ王国に招かれて赴いた時だった。彼は激しい恋に落ちたのだ。
相手はスカイ・ハイ王国の8歳のサニー王女。
スカイ・ハイ王国の女王から狩猟に誘われたのだ。もとから接待である。獲物はあらかじめ用意されている。
アーロンは「今ですよ、王子」と近習から言われた先に矢を放てば良いのだ。
まったく気が乗らない催しだった。ところが、少し離れたところで
真っ白な小型の馬を走らせながら矢を射る少女の姿が目に入った。近習の止めるのも聞かず、
アーロンは彼女に近づいた。そして、間近で彼女が弓を引く姿を盗み見たのだ。
矢は見事に獲物を捕らえた。
その瞬間、アーロン王子の全身に雷が走った。その晩、アーロンは
「私は彼女と結婚したい!他に王妃はいらない!」
と、宣言した。その様子は、温厚な性格で冷静沈着、勤勉で王太子として申し分のない人物という周囲からの認識を
覆すものだった。
アーロンは周りが止めても聞く耳を持たない。しかし相手はまだ8歳。
アーロンが結婚するのは早く見積もっても7,8年後。
もし、サニー王女がどうしても嫌だと言ったら生涯独身で通す可能性が高い。
そうなると、第2子アーサーの婚姻については慎重さが求められる。
例外的にアーサーにも複数の配偶者を認めても良いのでは、という話さえあった。
「でも俺としては、兄より早く結婚するつもりは無かった。」
アーサーは話を続ける。
7年後、アーロン王太子の想いは届き、サニー王女と婚約した。
当時外務大臣をしていたのはマッキンリー公爵。アーサーは兄の婚約成立と同時期に、公爵の孫娘と婚約したのだ。
「マッキンリー公爵の働きを労う意味合いでの婚約だ。俺は家臣に褒美として授けられた。
まあ。兄のお陰で以前はあった他国の王女との縁談がいつの間にか消えていたんだけどね。
それは異母妹のヴァイオレットも同じ。末の妹は早くから神官になりたいと言っていたから
いいものの。」
アーサーは自嘲する。婚約者はオーロラといった。2人の結婚式は、兄たちの結婚式の半年後と決まった。
「俺はちっとも嬉しくなかった。こんな家に生まれて来るんじゃなかったと思った。
王位継承権を放棄して商人になりたいと真面目に考えたよ。」
兄の尻拭いをして奔走してきた大臣に下げ渡されたという屈辱で、頭がいっぱいになっていたという。
定期的にオーロラと顔を合わせても、アーサーは会話もせず、ただ時間が過ぎるのを待ったという。
オーロラ嬢は初めは色々と話しかけてきたが、そのうち諦めて、悲しそうな顔をするだけになった。
「俺は最低だった。きっかけは何であれ、妻となってくれる相手だ。会話をしてお互いを良く知り、
関係を築いていくべきだった。そうすれば長年連れ添ううちに情も出てきただろうに。」
アーサーは両手で顔を覆った。
「ごめんなさい。聞くべきじゃなかった。もうやめて。」
ラアラはアーサーの肩に手をかけた。彼の震えが手の平を通して伝わってっ来る。
彼は顔を上げ、ふーっと息を吐いて
「いや。話をさせてくれ。巫女様。」
と言った。
それから結婚式当日。神殿で儀式は執り行われる。二人はそれぞれ潔斎をしたのちに大神官から祝福を受ける。
そして、夫婦となる誓いの言葉をのべるのだ。
ところが、誓いの言葉を述べる前に、花嫁に異変が起こる。
急に咳き込みだして、吐血し、倒れたのだ。
花嫁衣裳は鮮血に染まった。
即座に結婚式は中止。神殿から運び出される花嫁。
結局、彼女はそのまま亡くなった。
葬儀にはアーサーも参列したが、夫としてでも、婚約者としてでもなかった。
ただの王子として臣下の家族を弔問しただけだった。
「結婚式は成立しておりません。孫娘、オーロラが亡くなった後ではございますが、
ご婚約の白紙撤回をお願いします。」
というマッキンリー公爵からの申し出があったのだ。アーサーの父である国王は
結婚式を途中まで挙げたので撤回にはできないが、オーロラ嬢の亡くなった時点での解消、という形で決着させた。
(白紙撤回とは、最初から無かったことにして欲しいってことよね。
アーサーの冷酷な態度にオーロラ嬢が傷ついていて、家族も心を痛めていた証拠ね。
その気持ちのまま亡くなったのでは、白紙撤回すべきだったと悔やむのも仕方がないわ。
アーサーのお父様も出来る限りその気持ちを汲んだのでしょうね。葬儀での扱いは事実上の白紙撤回だもの。)
オーロラの葬儀後、マッキンリー公爵は引退し、息子に家督を譲って隠居して山奥の別邸に移住してしまった。
アーサーも都から離れ、地方の行政を監督することとなった。
その後に父王が亡くなり、兄が国王に即位する際だけは
都に戻ったが、公式の行事への出席はしなかった。
「王宮に顔を出さないだけで、都には立ち寄っていたけどね。」
冷酷な死神王子とかわら版に書き立てられ、彼が国民の前から姿を消して3年の月日が流れたのだ。
そしていよいよ、毒物について語り始めた。
「彼女の死因は毒によるものだった。植物系で間違いなかろうと言われている。
そして、儀式前に服用してからしばらくの間は効き目の出ないよう
工夫をしてあった。小粒の飴を飲み込ませたらしい。
緊張をほぐす薬だとか言って服用させたのだろう。」
毒は植物系?トリカブトのようなものがこちらにもあるのか?
「たしか侍女が服毒して自決したのよね。何か手がかりになるものは
持っていたの?」
ラアラは訊いた。
「陶器の小瓶を持っていた。その内側に子供の飴玉のように色を付けた
砂糖が着いていた。」
・・・一介の侍女がそのようなものを作り出せるだろうか。
自分の身は守りつつ、植物から毒を抽出し、それを小さな丸薬にして
周囲を飴で包む。常識で考えて、そんな設備を持つ資金はもちろん、
作るための時間も技能も侍女には無いだろう。
「誰かが侍女に薬を渡した。でもその誰かは分からずじまい、ということね。」
アーサーはうなづいた。一国の王子の結婚式で花嫁が毒殺された。この上もない
スキャンダルだ。犯人を見つけないことには、国のメンツに関わる。
何としてでもこの陰謀を暴かないといけない。国王は徹底捜査を軍に命じた。
しかし、オーロラ嬢の遺族は違った。
「娘は病気で亡くなったのです。」
と主張して、捜査への協力を断固として拒否したのだ。
そして、調査は打ち切りとなった。
マッキンリー公爵は引退し、アーサー王子は地方に赴任した。
これで国は平穏を取り戻したのだ。
その後、サニー王太子妃が第1子を出産。国王が崩御し、
アーロン王が即位した。第2子、第3子と健康な子供が
次々と誕生し、明るい話題が国民の心を沸き立たせた。
そうやってオーロラ嬢の事件は人々の記憶から
薄れて行ったのだ。
「・・・他人にここまで話したのは初めてだ。ありがとう、巫女様。
現在は少しずつ、あの時のことを俺なりに調べてはいる、ということだ。」
贖罪の告白は終わったのだろう。
「私がお話を伺いますことで、王子のお気持ちが安らがれましたのなら
よろしゅうございました。」
つい、巫女モードでかしこまってしまった。
オーロラ嬢へのアーサーの態度は、王子として自覚の無い行いであった。
お陰で大切な家臣からの信頼を大きく損ねてしまう結果となった。
仮に。オーロラ嬢の事件が起こってしまったとしても、アーサーの態度が誠実なものであったなら
老侯爵は引退しなかったに違いない。息子に家督を譲っても、何らかの形で国政に
助力してくれていただろう。
過去は変えられない。失った生命は帰らない。
それでもアーサーは、これからの人生を生きて行かないといけないのだ。
彼はまだ26だ。
やり直しは十分に出来る。信用を築いてゆくことは可能だ。
「気持ちの整理がついたのなら。私に協力してくださいね。」
と、ラアラは口調を戻してアーサーの肩を叩いた。
「何しろ私は世間知らず。都落ちして世間の冷たい風に当たったあなたにしか
出来ないことはたくさんありますからね。」
これは励ましだ。アーサーには伝わったようだ。
「死神王子にできることならば。なんなりと。」
後日、ラアラ専用の弓と矢が出来上がった。可愛らしい動物たちが
装飾として彫り込まれている。
「まあ。可愛い。ちょっと引かせて!」
と、サニーが言った。もちろんラアラは快諾した。
ところが、サニーが弓を引いたところ、ポキンと折れてしまったのだ。
「ご、ごめんなさい。その、すぐに新しい物を作って貰うわね。」
サニーは青くなってラアラに謝った。
そして後日。ラアラの弓と一緒に、サニーにも可愛らしい動物の装飾付きの
弓が作られた。
サニー用の弓は、女神や薔薇など華麗で豪華な装飾が施された
物ばかりだった。何といっても王妃であり、彼女のイメージに似合っている。
「ラアラとお揃いね。嬉しいわ。ウサギやリスが可愛らしいわね。」
可愛い装飾がなされた弓を見てはしゃぐサニーを見て、
ラアラもとても楽しい気持ちになった。
(この幸せを守らないと!)
ラアラは改めて強く思った。
そんな姉妹の様子を苦々しく見つめる者がいた。




