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辞め巫女王女と死神王子  作者: 河ばた 四季
6/10

世間知らずの王女はすぐ行き詰まった!

奥方、とアーサーが言っていたのでてっきり女性が現れると思い込んでいた。

賭場での艶やかさはみじんもない、装飾無しの地味な上着とズボン姿。

外歩きに長時間耐え得る、頑丈そうな靴。

いつもはけだるそうに額に垂らしている髪を、整髪料でなでつけてある。

それでも、紛れもないショーンだった。

「忙しいところすみませんね、奥さん。」

アーサーが片手を上げて陽気に挨拶をする。ショーンは不機嫌さを隠さない。

「奥方、だの、奥さんだの店では言うなと言っているでしょう。

私は社長、いいですか。会長の共同経営者ですよ。」

ショーンはラアラに着席を促して自分も腰かけた。

「ご用件は?商人は忙しいもので。手短に頼みますよ。」

「奥さんに見て貰いたい物があるんですよ。」

「お帰りはあちらですよ。お客様。」

「まあそうおっしゃらずに。ラアラは売りたい物があるんだよ。な?」

軽口をたたき合ってから、アーサーはにこやかに言った。

ラアラが売る?とは?と思ったがラアラが見せられる物は一つしかない。

「こ、この紙に書かれた文字なんですけど。」

と、ラアラはショーンに紙片を見せた。

ショーンは紙片を手に取ると、

「ほう。」

と一言。そして次の瞬間。

ボゥッという音と共に、紙片は彼の手の中で燃えてしまった。

ショーンはラアラに口元を横に引くだけの笑顔を見せた。

「巫女様、これをどちらで?」

ラアラはうすら寒くなった。ショーンの目は少しも笑っていないのだ。

「そ、それを書いた人を知りたいのです。魔道具を注文した人がいれば、その人のこと・・・。」

言いかけると

「どちらで、手に入れたのか訊いている。見かけたのかそれとも拾ったのか?」

ショーンは低い声で畳みかけてきた。

「お、王太后の離宮での昼食会の折り、窓にぶつかった鳥の足環にこの文字が

入っていたと。お、王様が。」

ラアラは素直に白状した。本当は自分の方こそが相手から色々と聞き出したいのに。見事に失敗した。

アーサーはすかさず

「おいおい。話を聞き出すんじゃなかったのか?」

と、ニヤニヤしながら突っ込んでくる。

「なんと・・・。」

ショーンは天を仰いだ。

「現物は王宮で保管している。どうするんだ?」

アーサーは嬉しそうに見える。ラアラはここに来てようやく悟った。

「ショーンさんが作ったの?」

この人は魔術使いだったのか。いつもミステリアスな雰囲気を醸し出しているのも納得だ。

「正確には私が作った足環を、誰かが模造したのでしょう。一部、文言に間違いがありますからね。」

ショーンの言葉にラアラは色めきだった。

「元というか、オリジナルを注文したのは誰なの?」

ショーンは片目を瞑って口元に人差し指を立てる。

「それは商売上の秘密です。でも、こういうものはお金に余裕のある方が、人づてに

頼んでくるものです。大体が恋人や配偶者の浮気の証拠をつかむために。」

ラアラは首を捻る。アーサーは

「俺たちは、この件を内密に調査するように、兄上から命を受けてやってきたんだ。」

と言う。

「・・・先読みの巫女様に伺いたい。」

しばし考えてからショーンが口を開いた。

「昼食会で、あなたは何も感じなかったのですか?」

「俺もそれを訊きたかった。」

アーサーも同調した。

「大きな危険は感じなかった。感じていたら出席を見合わせているわ。

窓の向こうに影が見えた瞬間、危険だと感じたけど。」

ラアラは昼食会の事を思い出していた。

鳥が窓に衝突した時をラアラは見ていない。姉を助けようと動いていたのだ。

(あの時はサポーターをしていなかったのに、膝の痛みも感じなかった。必死だったから)

ガラスの割れる音を聞いたのは、サニー王妃が椅子の後ろに身を隠した後

・・・姉であるサニー王妃の背を見ながらだった。

「お姉様が私を背後に庇ってくださった。私は音を聞いただけ。」

アーサーはうなづいていた。

「他の人間は身動きする時間なんてなかった。

それなのに2人だけがなぜか身を隠していた。このことについての申し開きとしては、まあまあかな。」

その言葉にラアラはカッとなった。

「私達を疑っていたの?」

「当たり前だ。普通に考えたら怪しい。」

アーサーは平然としている。

「私も同意です。」

ショーンまで。

ラアラはここで、自分と姉の立場を客観的に考えてみた。

「そ、それは姉が王太后様を苦手としているから、騒ぎを起こして

早々に引き上げるためだった、とか?」

恐る恐る、自分の考えを言った。

「それもある。」

アーサーは肯定した。

「それよりも、騒ぎが起きれば王太后様の面目が丸つぶれになるじゃないですか。

意地悪ばあさんに仕返しが出来ますよ。」

ショーンが柔らかく笑った。

「サニーはそんなことしないわ!」

ラアラは断言した。

「いや、してもおかしくはないぞ。されても当然のことを王太后・ベラ様はしているからな。」

なぁ、とアーサーはショーンに同意を求めた。

「なにしろあれは。結婚の儀式が済んで、王家の人間が勢ぞろいで。

宮殿の庭に詰めかけた国民にバルコニーから挨拶をしている

時の発言ですからねー。」

ショーンは感慨深いという風にいった。ラアラがきょとんとしていると、

「君は知らないのか。『丸太事件』を。」

アーサーがあきれ顔で言った。

ラアラはうっと詰まった。そのことなら先日姉から聞かされたばかりだ。

「結婚式で丸太のような腕とか言われてみろよ。一生忘れないぜ。」

アーサーは当時の様子を語り続ける。

「空気が凍るってこのことか、と俺思ったもん。

父上がすぐにいさめてくれたけど。ホント、あの人は。」

ショーンは

「それだけじゃないでしょ?ご懐妊の時のこと。あれは前の王様の誕生日を祝う晩さん会だったっけ?」

とアーサーに言う。

「そうそう、結婚してすぐに身ごもるとはめでたい。

今後もネコやねずみのようにどんどん子供を作ってくれって言いやがった。

俺は卒倒しそうになったよ。これから俺の花嫁もこんなことを言われるのかって目の前が暗くなって。」

と、ここまで滑らかにしゃべってから、不意にアーサーは口をつぐむ。

アーサーは自分の口から「俺の花嫁」と言う言葉を口に出してしまった。

アーサーは、自身の兄のアーロンとサニーの結婚式の半年後に、挙式したのだ。その式の最中に

花嫁は亡くなった。それを思い出したのだろうか。

ショーンがうまく話を継いだ。

「とにかく、ベラ王太后様の嫁いびりは主に口先で行われたんだけど。衆人環視の中で

やらかすものだから、国中の評判になってしまったんだよ。

サニー王妃はなんといっても隣国の王女様だからね。外交問題に発展しかねない。

その後はお2人が顔を合わせないように、周囲が取り計らったんだ。」

ラアラはショーンに調子を合わせて

「そんなに酷かったのね。私は既に神殿にいたから知らされなかったんだわ。

姉は王様から熱烈に愛されて結婚した幸せ者だとしか思っていなかった。」

と、本音を言った。

そしてふと、考えた。アーサーは、花嫁を愛していたのだろうか。王族の結婚に介在するのは政治だけだ。

姉はとても幸運な例外なのだ、と。

「夫からの愛情も無いのに姑からいびられたら、妻は我慢していないはずだわ。

あ、姉はそういう性格よ。本当に嫌だったら、子供を産み、王妃としての義務を果たした時点で

帰国していたでしょう。そうはしないで留まって、3人の子供を産んでいるんだから。

姉は王太后様のことを苦手と感じてはいても、そこまで気にかけていないと思う。」

ラアラは姉の無実を信じている。

「あのアーロン王から逃げられると思う?あの人のサニー王妃へのご執心ぶりは、ちょっと

アレ、だよ。8歳の女の子に18歳の男が毎日恋文を送ったって信じられる?王女ご本人から手紙の返事を貰うのに

4年かかって。実際に結婚するまで更に4年。怖いよね。」

ショーンは声を潜めた。

「それ有名なの?故郷の王宮には、アーロン様からのお手紙専用の部屋があるそうで。」

ラアラは先日姉から聞いた話を打ち明けた。

「有名だよ。毎朝早馬が王宮から出て来て、

『アーロン王太子からサニー王女への書簡をお届けする!道を開けよ!』

って言って道を譲らせてさ、国境の関所もそのまんま走り抜けて行ってたんだから。」

そんなに堂々と、長期間恋文を送って来られたら。

サニーに結婚を申し込むことは、サングレイス王国の王太子と争うことになる、と

宣言したも同然。ラアラは悟った。

サニーには他の人と結婚するという選択肢が無かったのだ。

軍人になるか、医療の道に進むか、などと将来を選ぶ余地など気が付いたら無くなっていた。

あるのは、部屋一つを占拠する、棚に仕訳けられた手紙。

「アーロン王は、姉の気持ちや立場と言うものを全く考えてくれなかった。

王は今も毎日、姉への愛を言葉にしているけれど。」

王が姉に愛を告げ、女神のように彼女を称える姿も、見方を変えれば自己中心的な

独占欲にまみれた醜い姿なのかも知れない。

ラアラは考え込んでしまった。

「もしかしたら、この件はこれ以上調べない方が良いのかもね。」

と、ショーンは言った。

「それはダメ。」

危うくショーンに誘導されるところだった。

「あなたの名前を出さないでうまく報告できるよう、協力してちょうだい。」

ラアラはにっこり笑った。

 ところがその日、王宮に戻ると思わぬ知らせがあった。保管してあった足環が紛失したのだと。

アーサーとラアラは顔を見合わせた。

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