襲撃された昼食会!ラアラは死神王子と調査に乗り出す!
窓ガラスの割れる音に続き
「キャーッ」
という(恐らくヴァイオレットの)悲鳴が上がった。
サニーは素早く椅子から降りて、椅子の背の後ろに隠れた。そして、ラアラを自分の背後に隠した。
王妃であるサニーを庇って動いたつもりが庇われてしまったラアラ。
サニーは
「大丈夫よ。」
と余裕の笑みだ。
「落ち着いてください!」
アーサーが立ち上がったのが見えた。
彼は割れた窓に近づいていった。
「鳥です。」
彼は割れた割れた窓の下に落ちている死骸を指さした。
「誤ってぶつかったのですね。ガラスを片付けさせましょう。」
物音を聞きつけて使用人や護衛の兵士らが集まって来た。
アーサーが彼らに指示を出しはじめ、客人は別室に移動してお茶をいただくことになった。
結局、王太后の昼食会はハプニングにより中断され、そのままお開きになった。
翌日、地方から帰って来た国王を王妃は大臣らと共に、宮殿のホールで出迎えた。
そのまま王は執務室に入り、ラアラは呼び出された。
アーロン国王の執務室には、アーサー王子と、サニー王妃もいた。
こうして二人が並ぶと、なるほどよく似ている。国王の髪は柔らかな栗色。
アーサーは金茶。しかしそれ以外の顔のパーツは全体的に似ている。
アーロン国王は温厚な人柄をうかがわせるような優し気な顔立ちである。
比べてアーサーは派手な顔立ちで、明るい印象を会う人に与える。
死神王子というあだ名の持つ闇など欠片もなさそうな男である。
アーロン王は人払いをさせて、口を開いた。
「昨日、王太后の昼食会にそなた達は招待された。
それで、鳥が窓にぶつかってきたために、会はお開きになったと報告を受けている。
間違いはないかな。」
ラアラはサニーと視線を交わして、うなづいた。
「その鳥の死骸を確認したところ、妙な足環をつけていたそうだ。」
王はやや早口で言った。
「このような文様が書いてあったと。」
と、王は紙を広げて見せた。
「ラアラ姫、お解りになるかな?」
アーロン王から促されて、ラアラはその紙に書かれているものを確認した。
それは魔術に使われる文字に間違いないと思われた。
「私は神事に使用される文字しか存じ上げないので解読は出来ませんが、
魔術系の文字に似ていると思われます。」
と、断言は避けた。するとアーサーが事も無げに正解を出した。
「これは盗み聞きの魔術ですね。誰かが昼食会の話を盗み聞きしようとして失敗したんだな。」
「なに。盗み聞き?・・・。これを使えば、たとえば王妃と離れていてもその声を聴けるのか?それは便利な。」
と、アーロン王に変なスイッチが入った。
「国王陛下、私はここにおりますよ。それで、誰がこんなものを寄越したのでしょう?」
と、すかさずサニーが軌道修正した。
「これから調査する。この文字から、術を施した者の手がかりでも掴めると良いのだが。」
と、王は言った。
「私の護身用の魔道具にも模様のような文字が入っています。それに比べるとこれは単純ですね。」
と、サニーが言った。
「そうであった。以前、そなたからあの模様が文字だと教えて貰ったことがあった。アーサー、お前は
魔道具に詳しいか?」
と、王はアーサー王子を見た。
「ごく単純な魔道具を注文して買うだけです。でも、生きた鳥に魔道具である足環をつけて、
更にその鳥を食事会の部屋の窓に向かわせる、なんて芸当は素人には無理だと思います。」
アーサー王子は答えた。
そう。ラアラが転生したこの異世界には、魔術が存在する。それは人々を恐怖に陥れるようなものではなく、
生活をより快適にするものとして扱われている。
例えば懐中電灯のような灯り、録音の出来る伝言箱、といった魔道具が出回っている。
このサングレイス王国、隣国のスカイ・ハイ王国、どちらも似たような状況だ。
「国王である私が都を留守にした隙をつくなど、許し難い。
王太后の離宮に、王妃と王弟が招待されていたという状況で、
このような事を仕掛けてくるとは。ただ、表ざたにはしない方が良かろう。
アーサー、都に帰って早々悪いがお前にその役目を任せる。
そしてラアラ姫。あなたにお手伝いいただきたい。」
アーサー王子は頭を下げた。ラアラもそれに倣った。これは国王の命令だ。
「私も。」
と、サニーが言い出した。しかし、国王は許さない。
「そなたは産後間もない身。養生せよ。」
「いいえ。還俗して間もない私の妹が心配です。」
アーロン王の表情が途端に甘いものになった。王はサニーの両手をがっしりと握って
彼女を熱く見つめた。
「アーサーがついているから大丈夫だよ。サニー。ああ、
10日ぶりに見るあなたは一層美しい。よく顔を見せておくれ。私の大切な妃よ。あなたは私の太陽だ。」
・・・国王の用事は終わったようだ。
「失礼しまーす。」
棒読みでラアラとアーサーは執務室から下がった。
長い廊下を、アーサー王子の後ろについてラアラは歩いた。
「あの、魔道具ってどこに売っているのですか?」
ラアラの持っている魔道具は、父母から与えられたものだ。
「パンはパン屋に売っているだろう?そういう商売があるんだよ。」
アーサーは答えてくれた。
「まずはそこに行きましょう。そして、この文字の見本の紙を見せて質問する。」
ラアラは調査の段取りについて話し始めた。
「え、それ俺に言ってるの?」
アーサーは立ち止まってラアラをしげしげと見てきた。
「王様の命令よ。私はあなたを助けて差し上げます。」
ラアラは異世界からの転生者だ。
元は令和時代の中学生だったのだ。母方の叔母の影響で、刑事ドラマや名探偵ものの
テレビ番組を嫌と言うほど視聴していた。
「捜査は足で稼ぐ!のです。聞き込みです。」
今日のラアラはスタスタと歩いている。スカイ・ハイ国王である母から、最新の魔道具が送られて来たのだ。
それは、木から落ちて後遺症のある右ひざに装着する、サポーターだった。
今までは馬車の乗り降りに介助が必要だったが、これさえあれば不要である。
痛みもなく、まだゆっくりだが、走ることができるのだ。
(魔道具、最高!良い魔道具の専門店があったら、色々作って貰えるし、
もしかしたら私でも魔道具を作れるかも知れない。)
馬車は走る。ラアラが普段使っている地味な馬車だ。
まずは街の裏通りにある魔道具専門店に乗り付けた。しかし。
「さぁ。うちの店の物ではないな。」
と、50代くらいに見える店主は素っ気なかった。ラアラは
「誰が作ったか心当たりは無いですか?」
と訊いたが、
「えー?私は最近耳が遠くなってね。おっと、いけない。お届け物があったんだよ。さあ帰った帰った。」
と店主から追い払われてしまった。
店の扉の鍵までかけられてしまった。ラアラは茫然とした。アーサーはくすくす笑っている。
大体、この男は店で一言もしゃべらなかったのだ。それなのに
「こうも予想通りだと、却って気の毒になる。」
などとのたまった。ラアラはムッとした。
「他の店に案内して!」
しかし、次の店でも同じような扱いだった。
「仕方がない。次の店では買い物をするわ。お客相手なら口も滑らかになるでしょう。」
ラアラは馬車に乗り込むと、皮で出来たきんちゃく袋を取り出して中を確認した。
「そこまでやる気があるなら、ちょっと顔を出すところがある。」
と、アーサーは言った。
馬車はある商人の店についた。【S&ライアン商会】と看板がある。
ドアを開けると、受付カウンターがあり、奥では数名の店員が帳簿をつけている。
「いらっしゃいませ。会員証はお持ちですか?」
応対したのは30代半ばくらいの男性である。アーサーは懐から懐中時計を取り出すと、チェーンに付けた飾りを見せた。
それは金色のコインのようなものだった。
「し、失礼しました。あいにく会長は不在でして・・・。」
店員は少なからず焦った様子だった。もしかしてゴールド会員とかなのかしら?とラアラは思った。
「知っている。「奥方」に用事があるんだ。」
とアーサーは片目を瞑った。
奥の応接間に通された。そこには獅子の彫刻がドン!と置いてある。
(この世界にも獅子はいるのね)
と、ラアラは感心した。
「ねえ、さっきの会員証、あれにも獅子が彫ってあるんじゃない?」
と、アーサーに言った。
「そう、ベラ様はなんでもかんでも菫の花だが、ここの会長は獅子だ。単純すぎる。」
ラアラは転生前の世にあったライオンのキャラクターをいくつか思い浮かべた。
「自分の名前から取ったんでしょう?この彫刻は良くできているわ。」
と、彫刻の頭をなでなでしていると
「失礼します。」
と奥の扉が開いた。
そこから入って来た人物に、ラアラは目を見開いた。




