死神王子と出会う!
サングレイス王国でのラアラの生活はハードである。朝は子供達と一緒にマナーの勉強だ。
午後は読書、時々居眠り。
そして、夜になると街へ出かけてゆくのだ。
馬車に揺られながらうつらうつらしていると、
「ラアラ様、お疲れのようですね。」
と、従者のアンディーが話しかけて来た。
「そうね。正直言って倒れそうよ。」
と、ラアラは相槌を打つ。
「静かな神殿から、人間の感情の海に投げ込まれたのよ。疲れて当たり前だわ。」
ラアラはちらりとアンディーを見る。
4歳で先読み能力を身に着けてからは、王宮の奥まった区域でしか暮らせなかった。
12歳で神殿に移ってからは同じく神殿の中だけしか知らなかった。
現在は、世の中を知る為といっては度々外出をしている。
賭場は主に週末に開かれるので、平日は劇場や、庶民の楽しむ芝居小屋に足を運ぶ。
正直、最初の頃は芝居の意味が理解できなかった。人情の機微を解さない、無粋な子供だった。
なんというか、ラアラとしては勿論だが、
転生する前も、「人間」を間近に感じたことが無かったのだ。
令和時代の中学生だった自分は、同世代の人間と家族くらいとしか会話をしなかった。
せいぜい半径1メートルの人間関係しか築いて来なかった。
だが、今は違う。
アンディーに教えて貰って芝居の意味を知り、本を読んで考えた。
そして賭場では、暫くは、ただひたすら見学をするだけだった。人間の欲の絡んだ感情、駆け引き、執念の渦に飲み込まれ
ないように、踏ん張るだけで汗だくになったものだ。
今は何とか先読みの能力と魔道具の力に頼って、勝負の海を渡っている。それでも、
支配人ののショーンの全面的な協力があってのことだ。
「姫様、今日はやめませんか?引き返しましょう。」
と、アンディーに言われた。
「私には無理だと?」
ラアラは訊いた。
「無理どころか、姫様は、温室育ちの上に巫女様です。穢れた世界と無縁の生活をなさってきた。
それなのに、人間の欲望のるつぼに飛び込んむなんて命取りです。」
アンディーが熱心に説いた。ラアラは
「そうね。今のままでは、まんまと罠にはまって殺されてしまうでしょうね。」
と言い返した。アンディーがぎょっとした。
「思わせぶりな言い方になるけどね。先読みの巫女を辞め、悪逆の王女と陰口を叩かれても
惜しく無いだけのものがあるのよ。」
ラアラは自分の言葉で自分を鼓舞した。
(そう、だから根性を入れろ!気合だラアラ!)
今晩ショーンの館では、通常の賭場は開かれていない。
ラアラを指名して、勝負をしてみたいという客人がいるとのことだ。
ショーンの館に到着した。ラアラは馬車の中で仮面を装着した。
館はひっそりとしており、いつものような熱気はない。
「いらっしゃいませ。」
ショーンがホールで出迎えてくれた。彼もいつもよりラフな服装である。
いつもはレースをあしらった絹のシャツに宝石を身に着け、艶やかに微笑んでいるのだ。
「今夜の客人は、あなたと親しいようね、ショーン?」
と、ラアラは言った。ショーンは目を見開いた。
「そこまで察するようになったんですね。お姫様。どうぞ。彼は私の昔なじみの友人です。」
と、客間にラアラは通された。
そこには、仮面を着けた男性が座ってコーヒーを飲んでいた。年齢は20代だろう。質素な上着が体に合っていない。
ズボンは上等な布を使っている。しっかりとした作りの上質の皮革を使った靴をわざと汚してある。
裕福な商売人の息子ならば、顔を隠す理由が無い。おそらく貴族の子弟だろう、と当たりをつけた。
髪は金色がかった茶色。きちんと櫛が入っている。
「ごきげんよう。」
ラアラは優雅にお辞儀をする。最近覚えたての、貴婦人の立ち居振る舞いの一つだ。
ショーンは
「こちらがうちの代打ちさんだよ。可愛らしいからって舐めてると痛い目を見るよ。」
と、砕けた口調で言った。
「都も随分変わったものだ。」
客人はカップを置くと、すっと立ち上がった。そしてラアラに向かって恭しく一礼したのだ。
それを見て、ラアラは確信した。相手はかなり身分の高い貴族に違いない、と。
マナーの教師が見せてくれたお辞儀にそっくりだったからだ。
「ポーカーで良いのかしら?」
ラアラは内心ワクワクした。高位の貴族だとしたら、どんな情報を持っているのか楽しみだ。
問題はどうやって聞き出すか。ショーンに頼るしかない。
「ショーン、こちらの方は都から離れていらっしゃったの?旅行でもしていらしたの?」
ラアラは無邪気に話してみせた。ショーンは
「それは、勝ってからのご褒美としましょうか?」
と片目を瞑ってみせる。
「あら、つまらない。ねぇ、あなた。旅の話など聞かせてくださいな。」
と、ラアラは精一杯愛想よく微笑んだ。
「子供に聞かせるような話は無いな、お嬢ちゃん。」
相手はにやりとしただけだ。ラアラは思った。
(こいつ、絶対に負かす!)
そして勝負が始まった。
早くもラアラにはピンチが訪れていたのだ。相手の手が読めないのだ。
この男、先読みの能力が効かない?
「レイズ 5枚」
相手は気楽そうにチップを賭けた。
ラアラはこの勝負に乗るべきか、降りるべきか、判断できないのだ。
(神殿の神様、嘘をついてごめんなさい!助けて!明日はどっちだ?って歌う昭和の名作アニメがあったけど。
お父さんが好きだったな。
私は今、この瞬間どっちだ?と悩んでいるわけだが!)
ラアラは途方に暮れていた。
いつもならば、先読みの能力のお陰で、札を全部開いて勝負しているような状態なのだが。
今、この瞬間、全く先読みが出来ないのだ。
相手の捨てた札と、自分の持ち札、そして表情や手の様子などから推察するしかないのだ。
(この人、爪も綺麗に切ってある。でも磨いたりはしていないわね。髪は軍人さんほどではないけれど短めだし。
実直そうね。)
落ち着きを取り戻したラアラは、決めた。
「コール!」
この勝負、乗った!
ラアラはチップを5枚出した。
果たして・・・
「ツーペア」
男は手札を開いた。ラアラは自分の手札を見せた。
「スリーカード」
ラアラの辛勝だった。だが、先読みをせず、魔道具も使わないで勝ったのである。
これは嬉しい勝利だった。
「お嬢ちゃん、喜びすぎだ。」
相手から指摘をされて、ラアラは顔を引き締めた。
それ以降もラアラは一進一退。先読みが出来ない状態の己の腕の未熟さを嫌と言うほど思い知った。
「では今夜は引き分けということで。」
ショーンが静かに言った。肩を落とすラアラ。
ショーンは、優しくラアラの肩を叩き、窓際に連れて行った。分厚いカーテンの裏に、魔法陣の書いてある
紙が貼ってある。
「四方に、これを貼ってね、先読みの能力が効かないようにしていたんだよ。」
ショーンは片目を瞑る。では、この男に効かないのではなく、この部屋に効かないのか、とラアラは
理解した。
「なぜ。こんなものが?」
問うラアラにショーンは片目を瞑るだけだった。
「何をコソコソ話している?」
男が窓際までやってきた。
「何だ?これは。魔除け札か何かか?」
男が札を剝がそうとしたところ、指先に火花が散った。
「イテテ!何だ?これ?お嬢ちゃんの必勝祈願か?」
と、男はおどけてみせた。
「だったらおお勝ちしてるわよ!」
ラアラはムッとして言い返した。
「だな。オレも子供相手だからやる気が全くでなかった。
おいショーン。どういうつもりでオレの賭場でこんなお嬢ちゃんを
使っているんだ?」
ちょっと待て。オレの賭場、と言ったな。ラアラはショーンを見る。
「そう、この人が館の持ち主なんだよ。」
ショーンが認めた。
と、いうことは
「ショーンの彼氏?」
てっきりもっと年上の女性を想像していた。
(令和にいた頃のクラスメイト数名が泣いて喜ぶ展開!いや問題はそうじゃない!)
「あいにく、ショーンの恋人はオレじゃない。奴は商売で忙しくしている。」
男はムッとして腕組みをした。
「情報は正確さが命だよ?」
ショーンは余裕の微笑みを浮かべている。
「おい、だからなぜこのお嬢ちゃんを使っている?」
彼は少しいらだっている。やはり良いところのボンボンのようだ。
後回しにされることに慣れていない。
ラアラは、いたずら心が芽生えた。彼の仮面をぐいっと引っ張ってやった。
「いてて、何すんだこのガキ!」
彼は頭を動かして、仮面を外した。
うわ、イケメン。
瞳は緑色。目鼻はすっきり整っている。予想以上のイケメン!
「ちょっと待たされたからって怒るんじゃないのよ、坊ちゃん。」
ラアラは内心の動揺を隠すように、からかった。
「オレは26だぞ。おじさんと言われるよりは少しマシだがな。」
と、彼の手が素早くラアラの仮面をはぎ取った。
「うわぁ、ぱっつん前髪。新鮮!しかもストレートヘアのおちびじゃないか。髪を巻いてから
出直したらどうだ。」
と、ラアラの仮面をくるくると指で回して彼はおどけた。
(転生前の年齢を合わせると、私はもうすぐ26歳になる。同じ年齢でこのガキっぽさ!
イケメンだからっていい気になって!)
「返してよ!」
と、ラアラが言うと、彼は仮面をさっと後ろに隠してしまう。
しばらくやりあっているとショーンが
「彼女には先読みの能力があるんですよ。その力をちょっとだけ貸して貰っているんですよ。」
と、言葉をかけた。
「先読み?よくいるインチキ占い師か?」
「失礼な!わたくしはスカイ・ハイ王国の先読みの巫女です。せ、先日やめましたが!」
ラアラは相手が一瞬動きを止めた隙に、仮面を取り返した。
「ラアラ王女か、あんた。」
男は真顔になって問うてきた。
「先読みの巫女様が引退して我が国に行儀見習いに来た、というのは知っているぞ。
賭場通いの悪逆王女ってかわら版で叩かれているよな。あんただったのか!
アハハハハ!賭場ってここかぁ。なるほど、納得だ、ショーン。」
彼は明るく笑い声をあげながら、ショーンに向かって親指を立てた。
「何を一人で納得しているの?」
ラアラは男の態度が不快だった。
「賭場と言うのは違法なんだ。遊ぶのはいいけど、ほどほどにしてくれ。目立つことをされて
官憲に踏み込まれたら厄介だ。お姫様。」
すると男は急に冷たく言い放ち、奥に下がった。
ラアラは帰りの馬車で悔しさに拳を握りしめていた。
あの男は本気を出さなかった。それで引き分けにして貰えたのだ。
先読みの能力の無い私は、ただの無力な少女。
考えなくては!
翌朝、寝起きのラアラの元に、サニーが駆け込んできた。
「大変よ!不幸の手紙が来たわ!」




