悪逆王女、本領を発揮する
「はい、チーズ。」
ラアラの明るい声にアイリスは口角を片方だけあげた。
その手には
『わたくし、アイリス・サングレイスは
賭場でイカサマをいたしました。」
と書かれている。
バシャッ!とショーンの構えていた
ストロボが光った。
「記念撮影、上手くいったかしら?」
ラアラは三脚で固定されている『写るんだよ~ん』を確認した。
これは魔道具で、ラアラ自身がショーンに依頼して
作らせたものだ。要は、カメラである。
「オッケー!これを現像したら写真の出来上がりだわ。」
原版を確認し、スタッフに渡す。
アイリスは魔術使いなのに言われるがままである。
魔術を使ってこの場から逃げ去ろうなどという気持ちは欠片もない。
それほど、彼女は『先読みの巫女』に畏敬の念を抱いているのだ。
男女平等のこの異世界において、巫女という呼び名は
古の名残である。先読みの能力はほとんどが女性にしか見られないので
呼び名もそのまま残っているようだ。
現在、サングレイス王国の神殿に先読みの巫女はいない。
そのような時は大神官が定期的に占いの儀式を行い、神官会議で結果を審議して
決定する。
そのため、内容はごく常識的なものになる。
春になると
『作物は順調に育つが、遅霜と夏の嵐に注意。西方諸国の天候をこまめに確認するのが吉。』という
ありがたいお告げになる。
ここ数年は姉・サニーが王妃になったのでラアラが
内々に先読みをしていた。
冬場は山の木を伐採して大風の際の山火事の延焼を防ぎ、春からは川の堤防の必要箇所を修復して秋の洪水に備えた。
(地理や社会科をもっと勉強しておくんだった。地形と天候は密接に関りがあって、それが暮らしに、いや
命に関わるのよね。この地域、とピンポイントで先読みをすれば、精度も上がるのよね。)
令和時代からの転生者であるラアラは、自分の不勉強を後悔したものだ。
話が横にそれた。
先読みの巫女と対面できた思わぬ幸運に、畏れおののいているているアイリスは、神官である。
前国王のの第4子という身分から、ゆくゆくは大神殿のトップ、大神官になることが約束されている。
いや、いた、という過去形になった。
何しろ、神官である。
夜に抜け出して賭場でイカサマを働いたのである。
これが初めて、などと誰が信じるだろうか。
「アイリス様ぁ、ダイジョウブ!還俗してもなんとか生きていけますよ。私のように。
何しろ魔術使いですもんね!え?王族の魔術使用は禁止されている?バレたら勘当?
ソウナンンデスネ?それなら貴族と結婚したら、えっ?23歳では後妻しか無い?
年上は嫌い?そうでしたかー。え?神官を続けたい?うーん、それならば
まずはこの紙を持って、笑ってくださいな。」
ラアラは張り付いた笑顔でアイリスを追い詰めた。
(予想以上に効果があって驚きだわ。)
先ほどソファで転寝をしていた時になんとなく
幸せな夢を見た。外れていなかったようだ。
(先読みの能力、衰えず!)
ラアラは、心の中でガッツポーズを取った。
「出来ました。似顔絵よりも、くっきりはっきり
どこから見てもご本人ですね。我ながらあっぱれです。」
ショーンがスピード現像した写真を見せて来た。
魔術使いとしてはアイリスよりショーンの方が上手のようだ。
アイリスはもう、涙目である。
「ど、どうかお見逃しを。」
とショーンの足にすがりついている。
そこでラアラはショーンをなだめ
「ワタクシ、アイリス様とお友達になりたいのです。」
と切り出した。アイリスは感動の面持ちで
「勿体ない!私は貴女様のお姿を一目拝見したい思いに駆られ
今夜こちらにまかり越した次第です。
どうぞ、貴女様の為ならば牛馬の労も厭いません!」
・・・面倒くさそうな人だな、と思いつつ
「あなたのお姉様のヴァイオレット、酷いわね。あなたを置いて一人で
逃げていったのよ。あの方は、ワタクシの姉・サニーにも
辛く当たってきたの。ワタクシと姉とは本当に仲が良くて。
姉が涙ながらに辛い気持ちを語るのを、慰めてきたのです。」
よよよ、と、ラアラは泣くまねをした。
「ヴァイオレットは昔っから意地悪の根性曲がりなのです!わ、私はいつも
姉に利用されているのです。今日の事で愛想が尽きました。もう、
ヴァイオレットのことは姉とも思いません。」
アイリスはすっかりラアラに同情して、ヴァイオレットとの決別を口にした。
「アイリス様。今後は頼りにしておりましてよ。」
予想の百倍、すんなり物事が運んだことににんまりとしたラアラだった。
ラアラはこのことを速やかにアーサーに報告した。
アーサーは何よりもアイリスが魔術を使うことに驚いていた。
サングレイス王国の王族は、魔道具を使うことや、発注する許されていても、自ら魔術を使うことは
禁止されているのだ。
(スカイ・ハイ王国ではそこまで禁止されていた記憶がない。使うものがいなかった
から意識もしなかったんだけど)
そもそも王族は魔道具の助けを得なくとも、身の回りの世話をしてくれる人間がいるので
不自由がない。ラアラは神官が味方についたことで、すっかり気を良くした。
不吉な悪夢の映像を思い返すと、ラアラは儀式の際の巫女の正装をしていた。
しかも厚手の生地だったので秋から冬にかけての物だ。ラアラ自身が巫女を辞めた
事で、少なくともあの場面は回避できただろう。
後は、サニー王妃と子供達に危害を加える企みを阻止し、首謀者を倒すのだ。
「アイリスとは一緒に遊んだ記憶が無いんだよな。早くから神官になると決めていたみたいで
よく本を読んでいたな。ああ、儀式ごっこには付き合わされたかな。
多分兄上の方がアイリスとは話が合っただろう。兄上は勉強家だったから。」
午後、弓技場で落ちあい、アーサーと話をしている。
アーサーの放った矢は的の真ん中に命中した。
「なんでも先読みの巫女の姿を一目見たい、と思って賭場に来てくれたとか。」
軽くラアラは答えると、アーサーは次の矢を放つ構えをといた。
「大丈夫か?」
と、心配そうに言う。
「何が?」
ラアラは首を傾げた。
「だって、ほら。あの兄上の妹だぞ。執着というか熱狂というか。毎日手紙を寄越したり
してくる可能性もあるぞ。」
アーサーの目は真剣だった。ラアラはぞっとした。
「私の為なら牛馬の労も厭わないって言ってた・・・。」
「うわ。用事を言いつけてやらないと、うるさく言って来るぞ。」
アーサーは、まいった、とばかりに額に手を当てた。
果たして、ラアラが自分の部屋に戻ると
「姫様に、お手紙が届いております。大神殿のアイリス王女からです。」
と、侍女が恭しくお盆を捧げ持ってきた。そこにはパンパンに膨らんで分厚くなった封筒が
載っていたのだ。
「神殿のアイリス様から親書が届いたそうね?」
夕食の席で、サニー王妃から言われてしまった。
ラアラはガチッと固まった。
「は、はい。」
先ほど、ラアラは手紙にざっと目を通した。無視するわけにはいかない。相手は今まさに自分が世話になっている王家の王女。
しかも国を代表する大神殿の神官である。決して無碍には出来ない相手だ。
内容は、長い割にはシンプルだった。いかに自分が先読みの巫女様に憧れてきたか、言葉をかけて貰って嬉しいか
咳き込むラアラの背中を擦り、肩を貸したのがどれほど幸福か、を
言葉を変えて延々と綴ってあった。くどかった。
それにしても、姉にそそのかされたとはいえ、自分がイカサマをしたことなど
すっかり忘れて幸せに酔いしれるような文面に違和感を覚えた。
最後は、用事があったらいつでも呼びつけて欲しいと結んであった。
「その、私に憧れている、と。神殿に用事がある時はお声がけください、とありました。」
「神殿には先にご挨拶にいくべきかしらね。あなた。」
と、サニーは夫である国王に声をかけた。今、食卓には国王夫妻とラアラの3名しかいない。幼子達は先に夕食を済ませ、
就寝している。ラアラを歓迎する晩さん会は来月と決まっている。ラアラが宮廷のマナーを
身に着けてから、と猶予期間を設けたのだ。
「そうだね。還俗したとはいえ、先読みの巫女様にお目通り願いたい者は
大勢いるからな。周りから頼まれたのだろう。
アイリスはとても内気で、自分から積極的に行動に出る事はないからな。姫、内々に大神殿を表敬訪問して
くれないか?」
内気どころか、賭場にやってきてイカサマ働いてますけど?しかも御法度の魔術使いますけど?
アーロン王のお人よしぶりに、つっこみながらも承諾した。
アーロン国王がサニーと子供達以外の事で心を動かされる事は無い。
他の人間の事はどうでもいいとは言わないが、事務的に処理する。
ラアラの人を見る目もまだまだである。
そんなわけで、ラアラは大神殿を訪問することになった。
内々とはいえ大神官に目通りするので、仕立てたばかりの礼装を身に着けた。
太陽と天空を神と崇める大神殿は、宮殿の東に位置する。
馬車を降りると、神官たちが両脇にずらりと整列をしていた。
「ようこそお越しくださいました。先読みの巫女様。」
その奥に、正装をした大神官が立っていた。




