表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

『孫』として(3)

 その夜、私は夢を見た。

気づけば私の後ろで、真っ赤な夕日が背中を暖め、目の前では、『見た事のない男女』がいた。

 男女は木の天辺付近の太い枝に、まるで小鳥のように、並んでチョコンと座っている。

そして二人は、和やかな顔で談笑していた。


 一見、見覚えのない二人に思えたけれど、よく見ると、『女の子』の方に見覚えがある。

私の知っている姿は、しわくちゃだったけど、そのしわを全部引っ張ると、その女の子にピッタリ当てはまる。


 その女の子は恐らく、『若かりし頃のおばあちゃん』

顔は私にも似ているし、お父さんにも似ている。そして、おばあちゃんの妹にも似ている。

 そして、枝に座った姿からでも、若かりし頃のおばあちゃんが小柄だったのがよく分かる。


 私は、『夢特有のなんでも仕様』によって、宙に浮きながら二人の話を聞いていた。

二人は笑い合いながら、今までの事を色々と語っている様子。

 話している二人はかなり若いのに、話はだいぶ年季が入っている。


 私は初めて見た、おばあちゃんの初恋の相手である『圭太さん』の顔を、もっと見ようとした。

けど、『夢特有のなんでも仕様』によって、その顔は見えづらくなっている。

 でも、話し方から察するに、『すごく優しい人』なのは伝わっていた。

それこそ、私のおじいちゃんと同じで。




「_____やっとこっちに来られたわ。

 貴方はまだ若いまんまだけど、私は随分歳をとってしまった。」


「でも、あんまり変わんないぞ、お前。」


 圭太さんの服装は、日本史の授業で卓上に広げた、教科書に載っている写真のままだった。

載っていた写真に、そのまま色を付け足したような感じ。まごう事なき『軍服』だ。

 でも、その軍服のあちこちには『穴』が空き、よく見ると、『血痕』まで染み付いている。

その痛々しい風貌からも、『当時の戦況』が見て取れる。


 教科書には決して載せられないような、壮絶な現実があった。

それでも、圭太さんは笑いながら、若いおばあちゃんとお話ししている。

 こんな爽やかな青年が、武器を持って戦っていた・・・なんて、想像すらできない。

まだ幼さがある顔から、私と歳は近いように感じられる。


 逆に言えば、まだ幼さがある人間を、戦場に送り出さなければいけなかったおばあちゃん達がどれ

 だけ辛かったのか、想像するだけで悲しくなる。

おばあちゃんは、圭太さんに言いたい事が沢山あったんだろう。


 楽しげに話すおばあちゃんの顔を見て、私は後悔した。

もっともっと、おばあちゃんの話に耳を傾けていれば、おばあちゃんが胸の内にしまい込んだ、辛い過去を少しでも和らげることができたかもしれない。


 『お年寄りは昔話ばかりする』とはよく言うけれど、それは単に、今の時代の話についていけない

 から・・・という安直な理由だけではなかった。

全てが遠い過去になって、今になって『笑い話』になったからこそ、おばあちゃんは話したかったのかもしれない。


 でも私は、そんなおばあちゃんの意図に、耳も意識も傾けず、ただ聞き流すだけだった。

それで、おばあちゃんの心が軽くなったのならまだ良いんだけど、もっと真剣に話を聞いていれば、おばあちゃんはもっと軽い気持ちで旅立てたのかもしれない。


 圭太さんは、お喋りが止まらないおばあちゃんの顔を見て、安堵したような顔をしている。

きっと、無事に老いてくれたおばあちゃんを見て、ホッとしたのかもしれない。

 圭太さんんも大変だったけど、おばあちゃんも大変だった。

あの時代に、「どっちが大変」なんて、なかったのかもしれない。


 ___いや、『どんぐりの背比べ』なんて、する余裕もなかったのかもしれない。

いつの時代、みんな苦労している。そもそも苦労なんて、自慢することでもない。

 苦労を自慢できる・・・という事は、そこまで苦労していないんだろう。

本当に心身共に苦労していれば、愚痴をこぼす事すらできない。


 厳しい時代を、文句ひとつ言わずに乗り切ったおばあちゃん。

そんな時代を、笑い話にしてしまうおばあちゃん。

 おばあちゃんは、圭太さんと同じくらい立派だと思う。

圭太さんも、おばあちゃんの苦労を、ひしひしと感じている様子。


「貴方以外の男性と結ばれる・・・なんて、幼い頃は思いもしなかったわ。」


「俺たちの時代じゃ、『恋愛結婚』なんて、稀の稀だったからな。

 でも、子供にも孫にも恵まれたんだ。十分頑張ったよ。」


「___私が貴方以外の人と婚約した時、貴方は『空の上』で怒ってた?」


「いんや、むしろずーっと俺を引きずってたら、『心配』を通り越して『激怒』してた。」


 圭太さんは、本当におばあちゃんを、心の底から愛していたんだ。

そうじゃなかったら、こんな言葉、すぐには出てこない。


 おばあちゃんを愛しているからこそ、『自分たちの幸せ』ではなく、『おばあちゃんの幸せ』を優

 先した。

そうなると、必然的に圭太さんは、おばあちゃんの人生から省かれてしまう。


 けど、それでも構わなかったんだろう。数学や理科の公式よりも、もっと複雑で難解な話だ。

でも何故だろう、私も互いの気持ちが理解できてしまうのは。

 数学や理科では、本気で教科書や参考書と睨めっこしないと、理解どころか暗記もできない。

教科書や参考書がない筈の、『人生』や『恋愛』の方が難しいのに。



「それにしても、君の息子も孫も、本当に君そっくりだ。」


「悪いところまで似なくてもよかったのに。私のせいで、皆背が低くなっちゃったんだから。」


「でも、お前の背が俺と同じくらい・・・なんて、考えられないぞ。」


 よくおばあちゃんは言っていた、「背が低くてごめんね」と。

まだ小さい頃は、その言葉の意味が分からなかったけど、今ならその言葉の意味が、笑えるくらい分かってしまう。


 確かに、私も背はそんなに高いわけではない。だから、教室ではいつも手前。

身体測定の時、一年の手本のちょびっとずつしか伸びないから、いつの間にか健康診断に期待するのを諦めていた。


 私もモデルくらい、綺麗な体型なら良かったんだろうけど、お父さん達を見ていると、そんな望み

 は捨てた方が無難だと思った。

でも今の若かりしおばあちゃんと見ていると、私も圭太さんと同じく、背の高いおばあちゃんなんて想像できない。


 それに、高校に入ると、色んな身長や体型を目にして、自分の身長が変ではない事を知った。

やっぱり『成長期』は侮れない。___私は成長期に入っても、そんなに変わらなかったけどね。


「そういえば、洋子さんって、どうしてるんだろう・・・

 まだ生きてるのかな?」


「いんや、『俺と同じくらい』で、もうこっちに来ちまった。」


「___あ。まさか・・・・・」


「あぁ、東京が、『焼け野原』になった時、巻き込まれちまったんだ。」


 『洋子さん』というのは知らない名前ではあるけど、『東京』『焼け野原』というワードだけで、

 洋子さんに何があったのか、私でも察せた。

その話を聞いたおばあちゃんは、『不思議な顔』をしていた。


 『納得できない顔』にも見えるけど、『懐かしさで頬が緩んでいる顔』にも見える。

___多分、『洋子さん』という人物は、おばあちゃんにとって、『そんなに良いイメージのない人』なのかもしれない。


 でも、やっぱり虚しさは隠せないんだろう。

どんな相手であっても、『理不尽な死』を迎えたのなら、誰だって同情する。

 私も、洋子さんは知らない人だけど、その無念さは伝わってくる。

想像を絶する『炎の海』のなかで、洋子さんはどんな思いだったのか、想像するのも怖い。


「_____よし、じゃあそろそろ行こうか。

 お前の『旦那』も、『洋子』も、『あっち』で待ってる。

 あんまりにも遅いから、もう待ちくたびれたんじゃないか?」


「圭太さんは? 待ちくたびれた?」


「__________いや。待つのも案外、楽しかったから。」


 そう言ってはにかむ圭太さん、おばあちゃんが寿命を全うした事を、心の底から喜んでいる様子。

きっと彼は、ただ見ていたんじゃない、おばあちゃんの長寿を願いつつ、見守っていたんだ。

 自らが戦っている最中も、国同士の争いが終わった後も、おじいちゃんと結婚した後も。


 そんな人に見守られてきたおばあちゃんの人生は、フィナーレにふさわしい、満員御礼の形で幕を

 下ろした。

おばあちゃんと圭太さんは、互いの手を取り、そのままスーッと、天へと昇っていく。




 私は、おばあちゃんが羨ましく思う。

結ばれはしなかったけど、それでも愛し続ける事ができる二人が、どれだけ互いを信じていたか、どれだけ理解していたか。


 そんな関係、滅多にない。絆をつくる事自体、かなり大変なのに。

それでも、こんな関係をずーっと続けられるおばあちゃん達は、果たして『悲恋』なのか、それとも『純愛』なのか。


 歴史の教科書に載ることのない、『一般人の歴史』は、同じ一般人の私の心に深く突き刺さった。

今まで現実味を帯びなかった『日本の歴史』が、今ではすごく近く感じる。

 過去を生きたのも、今を生きるのも、感情や絆を築き上げてきた人間。

そんな彼らの生き様は、今を生きる私たちを、強く後押ししているのかもしれない。






 自分の部屋で目覚めた時、私の目からは、とめどなく涙が溢れていた。

___おばあちゃんが息絶えた時よりも、涙が止まらない。

 そして、私はようやく実感した。おばあちゃんが、もうこの世にはいない事を。

寂しさはあるけど、あの夢を見た後だと、気持ちはそれだけではない。


 あの夢で、おばあちゃんや圭太さんが、私に何を伝えようとしていたのか、まだよく分からない。

でも、私がやるべきことは一つ。私の人生をかけて、『おばあちゃんの宿題』を全うする。

 決して『完成』もない、『ゴール』もない宿題だけど、一気に未来が広がったように感じた。


 おばあちゃんが私に託してくれた思いは、私だけのものではない。

『手段』は色々とある、後は私次第。

 まだ朝の五時ではあるけど、まず何をしようか、考えているだけで楽しくなる。

まだおばあちゃんのお葬式は終わっていないけど、私の心にある覚悟は、もう決まっている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ