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楽しい学校生活

「__________っ!!!

 _____チ!! サチ・・・・・


 サチっ!!!」


「はっ、はいぃぃぃ!!!」


 先生から大声で呼びかけられ、私は飛び起きる。

その瞬間、クラスメイト全員から大笑いされて、私は顔を真っ赤にしながら、静かに椅子へ座る。

 時計を見ると、もう3時間目の授業が終わりそうだった。

黒板には、びっしりと数字が刻まれ、お腹も少し減ってきている。


(___あれ? 私って、いつごろ眠くなっちゃったんだっけ??

 眠すぎて、どこまで授業を聞いていたか、分からなかったなぁ・・・

 というか、今『数学』の授業だったっけ??)


「いいかぁー、ここ大事だから、ちゃんと覚えておくんだぞー!!」


 机の上に広げてあったノートには、文字を書いた形跡すらない。

私は残りの授業時間で、黒板に書かれている文字だけでもノートに写そうと、必死に手を動かす。

 急ぎすぎて、途中エンピツが何本か折れてしまった。


 自分のほっぺに触れると、『袖口のボタン』の跡が、くっきり残っている。

袖口には、よだれまでべっとりついていた。

 私は制服のブレザーからハンカチを取り出して、せめて口元だけでも拭いた。

でも、まだほっぺの跡は、しばらく消えそうにない。


 左側の窓から見えるグラウンドでは、生徒が隊列を組んで、綺麗に行進している。

それを見ている『怖い先生』は、今日もギラギラと目を光らせていた。

 少しでも怠けると、先生の怒号が聞こえてくる。

その怒号は、校舎の中にいる私たちにも聞こえるくらい大きい。


 教室が静かだと、その怒号が余計大きく聞こえる。

___それでも目覚めなかった私って、ひょっとして天才なのかも。




 チリンチリーン! チリンチリーン!


「よしっ! 3時間目の授業はこれで終了!

 サチ! 罰として黒板消しとけー!」


「はーい・・・・・」


 私は名指しされた恥ずかしさを抱えながら、黒板の前に立ち、上から落ちてくるチョークの粉に耐え

 ながら、黒板を磨く。

クラスで一番背が小さい私は、黒板を消すのも一苦労。


 チョークの粉が落ちてくると、お母さんが編んでくれた毛糸の上着が汚れてしまう。

上着を守るため、チョークの粉を避けながら黒板を磨くその様は、私自身でも分かるくらい、滑稽だ。

 一生懸命つま先を伸ばし、体を絶妙に曲げながら手を動かす。その姿勢だけで、かなり辛い。

さっきまで眠気と闘っていた頭のなかが、スッキリ目覚めてくれた。


 これなら、次の授業からは居眠りせずに済みそうだ。

それにしても、どうして私、あんなに大爆睡してたんだろう。家の仕事で、疲れてるのかな?


「ちょっとー! 『一年生さん』!」


 後ろから、クスクス笑いながら、私に紙ゴミを投げつけてくるのは、このクラスで一番の『お嬢様』

私は、よく彼女に馬鹿にされたり、揶揄われている。

 その理由は簡単、私がクラスで一番、貧乏だから。

でも、こんな田舎町では、そんなに差なんてないんだけど。


「掃除するんだったら、ついでにそのゴミ箱のゴミも片付けておいてよ。

 働くことしか能がない、『一年生さん』にしかできない仕事なんだからー」


 『洋子』さんは、この地域を牛耳っている『地主の娘』

誰よりも『綺麗な服』を毎日来て、『綺麗な髪』を毎日結っている。私とは正反対な子だ。

 私を『一年生さん』と呼ぶのは、多分身長が低いから。


 この辺り一帯の家々は、皆が『百姓ひゃくしょう』 

学校が終わると同時に、皆が田んぼにや畑に行く。

 農作業は、とにかく『人手』が命。大人子供問わず、忙しい時期には朝早くから駆り出される。

私も最近は、しょっちゅう朝っぱらから田んぼに行ってる。


 でも洋子さんは違う、毎日綺麗に過ごしている洋子さんにとって、私たちは『貧乏人』に見えるのか

 もしれない。

誕生日には新しい服や帽子を買ってもらって、授業参観に来るお母さんも、綺麗な着物を着て来る。


 お正月やお盆になれば、東京へ遊びに行って、よく自慢している。

私は休みになっても、滅多に遊びになんて行けないし、東京にも行ったことない。

 憧れはするけど、東京への片道切符だけで、私たち家族全員が、一ヶ月は働かずに暮らせる。


 いつも何かとわたしたちを比較して、嫌味を言う洋子さんだけど、誰も言い返さない。

何故なら洋子さんは、この一帯で一番の『お金持ち』 『地主』だから。

 そんな相手に何かしようものなら、この一帯から追い出され、路頭に迷う。

此処で生活するには、子供である私たちも、それなりに気を遣わなくちゃいけない事がある。


 私の両親も、口ぐせのように、よく私や妹に言い聞かせている。

「地主一家の近くを彷徨くな」「洋子さんとは仲良くしなさい」と。

 子供ながらに、私たちは『大人の付き合い』を学んでいる。


 ちょっかいをかけられても、何も言い返せない。ただ黙って従うしかない。

それが、『此処で生きるための条件』でもある。

 でも、それでも私はこの場所が好きだ。

洋子さんの言う通り、此処には何にもないけど、ないから楽しい事だってある。




「貸せっ」


「ひゃっ・・・!」


 突然、黒板を握る私の手を、『冷たい感触』が包む。いつの間にか、隣には『圭太さん』がいた。

圭太さんは、クラスのなかでは『お調子者』として、人気のある男子生徒。

 男女問わず優しくて、『恋心』のこもった目線を向けられる事もしばしば。


 _____実は私も、圭太さんのことが好きな女子の一人。

私はよく、小さいし器用じゃないから、周りに揶揄われる。

 でも圭太さんは、そんな私を助けてくれる。笑わずに、手を差し伸べてくれる。

申し訳ない気持ちもあるけど、私はそんな圭太さんに甘えてしまう。


 背が小さい自分を、何度も恨んでいる私だけど、こうゆう時ばかりは、自分の身長に感謝している。

何かと不便ではあるけど、その度に色々な人から助けてもらって、自分の周りには、ちゃんと人がいる事を実感できるから。 


 当然、洋子さんがそんな男を放ってはおかない。

圭太さんは、男女問わず優しいから、なかなかに曲者なのだ。

 特に、圭太さんが私と関わった時には、必ずと言っていいほど横槍を入れる。

でも、彼はそんな洋子さんを相手にしない。


「圭太さんは優しいのね、そんなちんちくりんの相手なんて、する必要ないのに。」


「_____掃除係もロクにしない奴に、そんなこと言われても嬉しくない。」


 圭太さんは、そうボソッと小声で言った。

確かに圭太さんのいう通り、洋子さんは掃除もまともになった姿を見たことない。

 掃除登板の日でも、いつも家に帰っちゃう。

先生が一度だけ注意した事があるけど、「お稽古の時間なの」と言われ、逃げられてしまう。


 それが先生も分かっているから、洋子さんが掃除当番の日は、『日直』が彼女の代わりに、掃除当番

 になる。

それが、このクラスでは当たり前のルール。


 洋子さん以外のクラスメイトは、

「洋子さん、ほうきなんて一度も持ったこと、ないんじゃない?」

 と、ヒソヒソ噂している。ありえなくもない。


「ご、ごめんなさい。

 私、小さいから、何をするにも上手くいかなくて・・・・・」


「そんな事ない、少なくとも、家が金持ちなだけで、他に取り柄がない洋子に比べたらな。」


 そう言いながらクスクスと笑う圭太さん。

少し苛立つ文言ではあるけど、褒められた・・・という事にしておこう。




 5時間目の授業は、真っ白な紙に『皆の大好物』を描く。

絵の具の準備をして、紙の敷いてある机に向かった・・・まではよかった。

 私は真っ白な髪を前に、ずっと考え込んだ。

他のクラスメイトはもう描き始めているのに、自分だけは、どうしても筆が進まない。


 何故筆が動かないのか、それは、今回の『題材』が問題だった。

私の家はそんなに裕福じゃないから、そんなに料理を知らない。

 あえて言うなら、ホカホカで暖かい『白米』 それと『漬物』


 何気なく洋子さんの方に視線を向けると、彼女はスラスラと描いている様子。

毎日色んな料理を、お腹いっぱい食べているんだから、当然か。

 他の生徒も、『コロッケ』だったり、『オムライス』だったり、美味しそうに描いている。

私なんて、『お茶碗ひとつ』しかない。寂しい。


「__________そうだ!」


 私はそのお茶碗の周りに、『家族のお茶碗』も並べる。

そして、全員のお茶碗に、こんもりと真っ白なご飯を盛ってあげる。

 これだけでも、我が家では大ご馳走だ。


 それだけじゃまだ物足りなかったから、今度は『ちゃぶ台』を描いて、その周りには『一緒にご飯を

 食べる家族』も・・・・・



「ちょっと! あなたお馬鹿さんね!

 描くもの間違えてるわよ!」


 ハッと気づいた時には、洋子さんが出来上がった絵を持って、私の後ろに立っていた。


「あぁ・・・・・つい夢中になっちゃった・・・」


 気づけば私の紙には、『大好物』だけじゃなくて、『家族』や『居間』まで描き足されていた。

これには洋子さん以外のクラスメイトも、クスクスと笑っている。

 私も、夢中になってしまった自分を恨む。

これじゃあ、提出しても「描き直し!」と言われそう・・・・・


「おぉ! いいじゃないか!」


「え?」


 いつの間にか、先生まで私の絵を見にきた。私は両手で紙を覆って隠そうとしたけど、時既に遅し。

でも、私が予想していた反応とは違って、私は拍子抜けした。


「いいじゃないか! ご飯も美味しそうに描けてるし、食べている皆の顔も嬉しそうだ!

 絵でも、ご飯がすごく美味しいのが伝わってくる!」


「ほんとだー! サチさんの描くご飯おいしそー!」


「俺お腹空いちゃったじゃねーかー!」


 洋子さんは、納得できない顔をしていた。

でも、洋子さんの描いた絵は、正直私には分からない。


 『見たことのない食器』や、『見たことのない料理』で、それが美味しそうなのか、全然分からない

 から。

題材は確かに正しいけど、「美味しそう見えるか?」と問われると、首を傾げてしまう。


 それは多分、他のクラスメイトも同じだろう。

裕福な家ではない私でも、『コロッケ』や『オムライス』くらいなら知ってる。

 でも、洋子さんの描いた料理に関しては、何が材料なのかすら分からない。

それに、食器も私たちが普段使うような『お茶碗』や『箸』でもない。


 私が描いたちゃぶ台の上に描かれたものは、本当に質素なもの。

でも、美味しそうに見えただけで、すごくすごく嬉しい。

 特に私が好きなのは、やっぱり炊き立ての白米。

ホカホカのご飯がお腹に溜まっていく感覚だけで、心まで満たしてくれる。


 自信がなかったけど、こんなに褒めてもらえると、私までお腹が空いてくる。

___これくらい絵が上手いのなら、ご飯を炊くのも上手くなったらいいのに。

 私はまだ下手っぴだから、時々焦がしちゃうけど、家族は「美味しい!」と言って食べてくれる。

そう言われると、ますますご飯が好きになっちゃう。


「圭太さんは何を描いたの?」


「イカ! イカの煮付け!」


「そっかぁー、此処からじゃ海まで遠いから、たまにしか食べられないね。」


「そう! だから大好物!」


 圭太さんの絵は、そんなに上手くはないけど、何となく分かる。

ただ『茶色いグチャグチャ』が描かれているだけの筈なのに、不思議と分かってしまうのは何故か。

 私の父も、イカが好きだからなのかもしれない。

私の家でも、本当に特別な時にしか食べられないから、圭太さんの気持ちがすごく分かる。


 でも、その絵を見た先生は、苦笑いしながら

「気持ちが絵にこもりすぎて、もう何なのか分からない」

 と言っていた。


 不思議だ、絵のはずなのに、食べられないはずなのに、何故かお腹がいっぱいになったような気持ち

 になれる。

食べたことのないものでも、不思議と美味しそうに感じてしまう。


 洋子さんの描いたものも、私には何なのか分からないけど、とにかく美味しそうなのは分かる。

誰にも褒めてもらえず、洋子さんは少しご機嫌ななめな様子。


「洋子さーん、それって何ていう食べ物ー?」


 不憫に思った私は、よせばいいのに、洋子さんに質問する。

すると洋子さんは、いつもの洋子さんに戻った。


「あなた、知らないの? 

 これはね、『ナイフ』と『フォーク』っていうの、食べ物なわけないでしょ。

 まったく・・・」


「___それって何するためにあるの?」


「料理を刺したり、切ったりするのに使うのよ!」


「それって箸じゃダメなの?」


「何で洋食に箸使わなきゃならないのよ!」


 そんなトンチンカンな話をしているうちに、今日の学校は終わる。

今日もまた、楽しい学校だった。いつもは腹が立つだけの洋子さんとも、仲良くなった気がした。

 私は、学校で過ごす時間が、一番大好きだ。

家の仕事で疲れていても、学校に来るとすぐ忘れてしまう。


 もっと色々なことを学びたいし、もっと友達と遊んでいたい。

特に圭太さんとは、もっともっと、色んなところに行ってみたい。

 『映画館』や『美術館』、『博覧会』にも行ってみたいな。

___そんなお金、ないんだけど。それでも夢が膨らむのは、楽しいもの。


 これからも、この先も、ずっとこのままでいたい。

皆と楽しく過ごせる時間が、ずっとずっと続いたらいいのにな。



 ___でも、そうも言っていられない。


 圭太さんは近々、『遠く』へ行ってしまうから。


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