(2)贈られた金の言葉
続きは、夜会で知る、或る事実です☆
まったりBLを、御楽しみ下さい☆
東部での夜会が開催される頃、翡翠の貴公子は多少、ラトューン語が話せる様になっていた。
通常、異種の参加する夜会の多くは、南部で開催される事が殆どである。
何故ならば東部は南部に比べ、まだ半分も統治が進んでいないからだ。
だが今宵の会場は、東部の貴族メンフィス家で開かれる事になっていた。
メンフィス家は大陸外のラトューン王家の縁の者で、今回、
海外からラトューンの王族を招くに至り、異種で在る翡翠の貴公子を招待したのである。
こう云った接待には大抵、夏風の貴婦人が出席するのだが、
今回は政話なしの接待と云う事なので、翡翠の貴公子だけに任せられていた。
メンフィス家へ向かう馬車の中で、金の貴公子は隣の翡翠の貴公子に不思議そうに訊ねた。
因みに接待好きの金の貴公子は、おまけで翡翠の貴公子にくっついて来たのである。
「夏風の貴婦人が来ないなんて珍しいな」
復活祭前だし、忙しいのかな??
訊ねてくる金の貴公子に、翡翠の貴公子は抑揚の無い声で言う。
「交渉事がないからだ」
「交渉事??」
「今回の夜会は、純粋に接待だけだからだ」
「成る程・・・・」
態々遠方から来る有力者たちは、大抵、何らかの取り引きを持ち込んでくる。
確かに、そう云った交渉事には、夏風の貴婦人と白銀の貴公子が当たっている事を、
金の貴公子も何となく感じ取っていた。
後は余り思い出したくはないが、大きな交渉事に当たっているのは水の貴婦人くらいだろうか。
金の貴公子は隣の翡翠の貴公子を見て、しみじみと思った。
確かに此の人は、交渉事に向かないだろうなぁ・・・・と。
「主ってさ、相手の出してきた要求とか全部、呑んじゃいそうだもんな」
其れじゃ交渉にならないって!!
わはははは!! と金の貴公子は笑った。
「・・・・・」
翡翠の貴公子は黙っている。
其の余りの沈黙の重さに、金の貴公子は口許に拳を当てて笑いを抑えた。
もしかして・・・・本当に、そんな事が在ったのだろうか??
だとしたら悪い事を言ってしまった・・・・。
相手の出して来た要求を手当たり次第に呑んで来たとすれば、
きっと夏風の貴婦人は烈火の如く翡翠の貴公子を怒ったに違いあるまい。
それで翡翠の貴公子には、そう云う業務を与えなくなったのかも知れない・・・・。
金の貴公子は膝に肘を着けると、其の手の上に自分の顎を乗せ、ちらりと翡翠の貴公子を見た。
無口な、翡翠の主。
そして、しみじみ思う。
此の人・・・・口下手だもんな。
悪い事を言ってしまった。
二人は其のまま沈黙の空気に包まれた。
馬車は一定の速さで走り続けている。
そして、やがて、メンフィス家の屋敷が見えて来た。
一方、太陽の館では、
相変わらず夏風の貴婦人と蘭の貴婦人が執務室で机に向かっていた。
蘭の貴婦人は黙々と手を動かしていたが、
「ふう・・・・終わんない・・・・」
ガクリと机に頬を押し付ける。
夏風の貴婦人も、ぼうっとした顔で蘭の貴婦人を見ると、
「終わらないわねぇ・・・・」
嫌々そうに呟く。
蘭の貴婦人は机に頬を押し付けた儘、うんうんと頷いた。
「こんなに頑張ってるのにさ、また十日後にはドドッと書類が来るじゃない??」
「そうなのよねぇ」
「こんなの終わるの??」
「終わらせなきゃならないのよ。復活祭までに」
「う・・・・」
はぁ・・・・。
二人は机に頭を静めると、暫くぴくりとも動かなかった。
だが。
「・・・・主に逢いたい」
ぼそりと蘭の貴婦人が言った。
「主に逢いたいぃぃ!!」
ああ!!
主は今、何処で何をしているの?!
吠える蘭の貴婦人に夏風の貴婦人も机に頬を押し付け、
「メンフィスの夜会」
ぼそりと言う。
其の言葉に、蘭の貴婦人はがばりと跳び起きる。
「ええ?! 何、其れ?! 私も行きたかった!!」
異種が参加するのは歓迎されるので、
誰かが招待されていれば其れについていっても構わないのだ。
「ああああ~~!! 何で教えてくれないのよ~~!!」
蘭の貴婦人が、きぃっと夏風の貴婦人を睨むと、夏風の貴婦人は依然、机に寝そべった儘、
蘭の貴婦人を睨み返す。
「此の目の前の書類が終わらないとか言ってたのは、何処の誰??」
「う・・・・」
蘭の貴婦人は口篭ると肩を落とした。
「だってさぁ・・・・だってさぁ・・・・主に逢いたいんだもん・・・・そりゃ、
夏風の貴婦人は、逢いたい時に主に逢えるしさぁ・・・・」
ぶつぶつ言い乍ら、ふと蘭の貴婦人は桃色の瞳を見開いた。
「あれ?? 夏風の貴婦人は行かないの??」
普段ならば夜会と云う夜会には必ずと云っても良いほど参加している夏風の貴婦人である。
だが当然ながら今夜は行っていない。
一体どうしたのだろうか??
やはり此の目の前の書類の山が心配なのだろうか??
蘭の貴婦人が答が見付からないと云う顔をしていると、夏風の貴婦人は抑揚の無い声で答えた。
「今回のメンフィスの夜会は、純粋に接待だけだからよ」
夏風の貴婦人の言葉に蘭の貴婦人は首を傾げる。
「主は取り引きに参加しないの??」
「しないわよ」
「何で??」
「・・・・・」
夏風の貴婦人は起き上がると、椅子の背もたれに寄り掛かる。
「あいつは駄目なの。相手の要求、何でも呑んじゃうから」
「ああ、其れ、在りそう!!」
蘭の貴婦人はケラケラと笑った。
だが夏風の貴婦人は天井を見上げた儘、数十年前の事を思い出していた。
其の事を思い出す度に、可哀相な事をしたなと思う。
翡翠の貴公子の性格は判っていた筈なのに・・・・。
戻って来た彼を抱き締めて謝ることしか、夏風の貴婦人には出来なかった。
惨い事をしたと思う・・・・。
あれ以来、翡翠の貴公子を、一人で交渉へ向かわす事はしなくなった。
「・・・・・」
夏風の貴婦人は、ぼんやりと天井を見上げている。
だが。
夏風の貴婦人は背伸びをすると、
「よし!! とにかく復活祭までに、こいつ等をやっつけるわよ!!」
また書類へと目を通し始める。
「ラジャ~~」
蘭の貴婦人は気の無い返事をすると、夏風の貴婦人に倣った。
メンフィス家の会場では、夜会の夜も深まっていた。
さっさと貴婦人たちの輪の中に身を没している金の貴公子とは違い、
翡翠の貴公子はメンフィスの主人と話をしていた。
すると、
「サー!! サー・スィーガ!!」
一人の巨漢の男が、翡翠の貴公子の下へと現れた。
一瞬、誰の事を言っているのか、翡翠の貴公子は内心首を傾げたが、
男の視線は明らかに自分に向けられていたので、
どうやら自分に話し掛けている様であると思われた。
「レトュバトフ!! サー・スィーガ!!」
満面の笑顔で握手を求められて、翡翠の貴公子はやや遅れて男の手を握り返す。
「レトュバトフ・・・・」
レトュバトフ・・・・ラトューン語で「はじめまして」。
静かな眼差しで男を見下ろしている翡翠の貴公子に、メンフィスの主人が紹介する。
「おお!! 翡翠の貴公子様!! 彼がラトューンの国王のハトコに当たる、ルーサ卿です」
言われて成る程と、翡翠の貴公子は頷いた。
「私が通訳致しますので、どうぞ気軽に御話されて下さい」
気を利かして言ってくるメンフィスの主人に、だが翡翠の貴公子は首を振る。
「いえ。ラトューン語は少し勉強したので、後は自分で話します」
「おお!! そうでしたか!! 此れは失敬、失敬!! 流石は異種様!!
ではでは、私は此れにて失礼をば」
メンフィスの主人が去って行くと、翡翠の貴公子とルーサ卿は改めて挨拶を交わした。
「サー・ルーサ」
片言のラトューン語で話し始めて、翡翠の貴公子は、はっとした。
先程、ルーサ卿が自分に向けて「サー・スィーガ」と言っていたが・・・・
「スィーガ」と云うのは自分の名前の事だったのだ。
異種の名と云うのは大陸でも発音し難い音なので、
ラトューン語だと本来の名とは違った呼び方になってしまうのである。
そう気付いて、翡翠の貴公子は何かを思い出しそうだった。
少し前にも同じ言葉を言われた気がするが・・・・だが思い出せない。
翡翠の貴公子は暫くルーサ卿と話をすると、ルーサ卿の娘に誘われて、
内心渋々踊る羽目になってしまった。
音楽に合わせて互いの背に手を回して、ゆっくりと踊り乍ら、翡翠の貴公子は、
ぼうっとラトューン語を頭の中で反芻していた。
だが、ルーサ卿の娘は翡翠の貴公子を見上げ乍ら、頬を紅く染めている。
そして。
「わたくし・・・・恋をしてしまいました」
恥じらいもなく、ラトューン語で言ってくる。
其の娘の言葉に内心酷く困っている翡翠の貴公子の心情などつゆ知らず、娘は更に言った。
「・・・・ラドュー・サー・スィーガ・・・・」
―――貴方を愛しています。
至近距離で言われて、翡翠の貴公子は、あくまで困った素振りは顔には出さず、
無言で緩やかに踊り続ける。
だが。
娘の肩越しに、翡翠の貴公子は目を瞠った。
ラドューは特別な愛情表現の時に用いられるラトューン語である。
其れは、ラトューン語を学んでいる内に知った。
だが何か引っ掛かる。
ルーサ卿の娘と身を寄せ合い踊り乍ら、翡翠の貴公子は考えた。
何だっただろう??
何処で聞いたのだろう??
何処で・・・・。
其処まで考えて、漸く翡翠の貴公子は思い出した。
そうだ・・・・。
金の貴公子だ。
書庫で金の貴公子は何と言った??
確か・・・・。
「ラドュースィーガ・エルリオン・フィルディア」
そう言われた日、フィルディアの意味しか判らなかった。
エルリオンを辞書で引こうとしてみたが、スペルすら判らなかった。
だが今は判る。
エルリオンは、エルとリオンに分かれる。
エルは比較の時に用いられる副詞。
~以上、~より・・・・と云う意味。
リオンは「不特定多数」「多人数」「名も無き人」と云う意味だ。
此の時、翡翠の貴公子は判ってしまった。
あの時、金の貴公子が・・・・何と言ったのかを。
夜会から帰る馬車の中で、金の貴公子はぶつぶつとぼやいていた。
「やっぱり一泊しないとさ、せっかく盛り上がった愛も成就出来ないってもんだよな~~」
パーティーへ行く度に貴婦人と深い関係を築いてしまう金の貴公子は、
日帰り夜会は御気に召さない様であった。
そして翡翠の貴公子の軍服に、くんくんと鼻を寄せてくる。
「香水の匂いがする」
「・・・・・」
「主、若い女の子と、ずっと一緒に居ただろう??」
「・・・・・」
貴婦人に埋もれていたと云うのに、此の男は・・・・見ていたのか??
黙っている翡翠の貴公子に、金の貴公子は鼻を鳴らす。
「俺の目は誤魔化されないよ~ん」
もしかして、あの子に惚れちゃったの??
ひやかしてくる金の貴公子を翡翠の貴公子は無視した。
間も無く復活祭が来る。
其れが終われば長い冬季が始まるのだ。
翡翠の貴公子は考えていた。
此の冬の間、金の貴公子を翡翠の館に置いていても良いのだろうか・・・・と。
隣の金髪の男が自分に対して、どう云う感情を抱いているかくらいは判っている。
翡翠の貴公子は虚空を見詰めていた。
夜道を走る馬車の中は酷く寒かった。
直、大雪の季節になる。
「ラドュー・スィーガ・エル・リオン・フィルディア」
――――世界中の誰よりも主を愛してる。
二人を乗せた馬車は雪を飛び散らせ乍ら、冬の夜道を走り抜けて帰途に就いた。
この御話は、ここで終わりです。
金の貴公子の想いや翡翠の貴公子の考え等、伝わったのなら幸いです☆
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