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異国の言葉  作者: 貴神
1/2

(1)異国の言葉

今回は、翡翠の貴公子と金の貴公子の日常の御話です☆


まったりBLを、御楽しみ下さい☆

此の日、翡翠ひすいの館の書斎には、輸入された大量の本が運び込まれていた。


高々と積み上げられた本は、どれも異国語で綴られており、


メモによってそれぞれの言語に分けられている。


「では此れを、其処の本棚に言語別に並べて下さい」


執事が指示すると、二人の若いメイドが「はーい」と額に手を翳す。


翡翠の館には年に二、三回、こう云った異国の書物が届いていた。


日々海外との交流が深まるに連れて、其の言語や社会、国情を知る必要が有り、


時間の合い間を見ては翡翠ひすいの貴公子が海外の本を読むのである。


今回、特に本の量が多いのは、政が殆ど機能しない冬季の間に、


集中的に海外の言語と文化を勉強しようと翡翠の貴公子が考えていた為、


執事が気を利かせて多く注文したのであった。


執事が書斎を出て行くと、二人のメイドは早速、仕事に取り掛かった。


すると一人のメイドが何冊もの本を一気に本棚へ移そうと、纏めて持ち上げようとした。


が・・・・。


「あ・・・あ・・・あ・・・・!!」


事もあろうかバランスを崩して、よろめく。


しかも、


「きゃーっ!!」


悲鳴と共に、仕分けされている本の上へ倒れ込みそうになったではないか。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと・・・・駄目~~!!」


もう一人のメイドが叫んだ時には、既に後の祭りであった。


思いきり倒れ込んだメイドは派手に転ぶと、


積み上げられた本と云う本を見事に総崩しにしてしまう。


「ど、どうするのよ~~!!


此れじゃあ、どれがどの国の本なのか判らなくなっちゃったじゃない!!」


異国語で判らなくなるのを防ぐ為、


態々業者が親切に国毎に分けてメモを書いてくれていたと云うのに、其のメモも又、


本と共に床に散乱してしまっている。


「ど、どうしよう・・・・!!」


尻餅を着いた格好の儘、メイドは涙ぐむ。


「と、とにかく、似た感じの文字は同じものなんじゃないかしら??」


「うん・・・・此れと此れとか似てる」


メイド達は本を一冊ずつ見ながら、似た様な文字の本を集めようとしたが、


半端ではない量にぐるぐると目が回り始める。


「ああああ!! どうしよう・・・・!! 執事さんに訊いてみる??」


「馬鹿ね!! 執事さんだって判らないわよ!! それどころか怒られちゃうわ!!」


二人が途方に暮れ乍ら本を掻き集めていると、幸か不幸か、


翡翠ひすいの貴公子が書斎に入って来た。


どうやら資料を取りに来た様である。


其のあるじの姿を見た二人は床に座り込んだ儘、指と指とを絡める。


「主様!! 申し訳ありません~~!!」


涙ぐんでいる二人と散らばっている本に目を落とすと、


翡翠の貴公子は足下の一冊の本を取り上げ、


「どれがどの国の物なのか判らないのだな??」


普段と何ら変わりのない声のトーンで問い掛けてくる。


「はい~~!!」


メイド達が必死に涙目で訴えているが、翡翠の貴公子は別段、怒る風もなく、


其の場にしゃがみ込むと、本を一冊一冊見始める。


「主様、判りますか~??」


縋る様に言ってくるメイドに、翡翠の貴公子は二種類の本を取り上げる。


「此れはトューデ語で、こっちはフィズ語だな」


早速、二種類の本を集め始める翡翠の貴公子に、メイド達は「おお!!」と歓声を上げる。


だが翡翠の貴公子は其の二種類の本を集め終わると、


「後は判らないな」


抑揚の無い声で言った。


考えてみれば、翡翠の貴公子が新たに学ぼうとして取り寄せられた海外の本である。


彼が判らなくて当然なのだ。


三人はしゃがみ込んだ儘、途方に暮れた。


すると翡翠の貴公子の居る所、必ず参上するナンパ男が現れた。


「主、居るー??」


後ろ頭に手を組み乍ら現れたのは、きんの貴公子だった。


金の貴公子は散乱した本の中に座り込んでいるメイド二名と翡翠の貴公子の姿に目を丸くする。


「何してんの??」


足下に転がっている本を拾い上げると、金の貴公子は口笛を吹いた。


「おお。此れ、ベガス語じゃん」


懐かしいね~~。


金の貴公子はしゃがみ込むと、本を見回し乍ら顔を輝かせる。


「おお!! こっちは、リーラ語!! こっちは、テンミョン語じゃん!!」


此れは、ジカルタ!!


こっちは、ラセン!!


「なっつかし~~!!」


一人はしゃいでいる金の貴公子を、三人はきょとんとした眼差しで見る。


するとメイドの一人が外れそうな顎で声を紡いだ。


「き・・・金の貴公子様、判るんですか??」


其の質問に金の貴公子は目を瞬かせると、


「え?? だって俺、此処に来るまで海外生活してたもん」


其れこそ吃驚した様に言ってのけたではないか。


其の外見からは想像出来ないが、


此の男は異種の中でも八百年以上も生きている長寿の異種なので在る。


「・・・・・」


翡翠の貴公子とメイド達は呆然と金の貴公子を見詰めた。


そして、


「すっごーい!! 金の貴公子様、すっごーいっ!!


金の貴公子様でも御役に立たれる事が在るんですね!!」


弾かれた様に感涙するメイド達。


「あのねー・・・・」


でも、は、余計である。


だが珍しく尊敬の眼差しを向けられた事が嬉しかったのか、金の貴公子は鼻高々と言った。


「言葉なんてさ、『愛してる』此の一言覚えたら、


あとは幾らでも知らない国で生きていけるんだよ」


「ええー!! そうなんですかー!!」


「金の貴公子様、流石ーっ!!」


尚も感動し続けるメイド達に、金の貴公子はウェーブの掛かった前髪を掻き上げると、


「ふ・・・・何なら一緒に海外へ行こうか??」


二人のメイドの手を同時に取ると、金の貴公子は女殺しの微笑を浮かべる。


しかし。


「後は遣っておくから、御前たちは、もう下がっていい」


金の貴公子の口説きを阻止する主の言葉に、メイド達は「はーい」と元気良く書斎を出て行った。


娘たちから振り解かれてしまった手に、金の貴公子は、ああ・・・・と虚空を掴む。


「何だよぉ。いいところだったのにぃ」


唇を尖らせる金の貴公子には答えず、翡翠の貴公子は真っ直ぐな瞳で見上げてくる。


突然、余りに綺麗な翡翠の瞳に見詰められて、


金の貴公子は思わず胸がドクンと鳴ったのが判った。


翡翠の貴公子の瞳は何かを訴える様に真剣な光を放っている。


其の強い眼差しに、金の貴公子の鼓動は一気に早鐘を打ち始める。


何だ・・・・??


何故そんな熱い眼差しで俺を見るんだ??


金の貴公子は酷く動揺した。


かつて翡翠の貴公子が、こんなにも必死に縋る様な目を、


自分に投げ掛けてきた事が在っただろうか??


「早く」


翡翠の貴公子が呟く。


其の薄紅色の唇の囁きに、金の貴公子は呆然と立ち尽くす。


主が・・・・俺を誘っている!!


俺との接吻を待っている?!


こんな事が、かつて在っただろうか??


もしかして自分がメイドにちょっかいを出したのを見て、


主も日々隠していた自分への気持ちが抑えられなくなってしまったのだろうか?!


翡翠の貴公子のこんな乞う様な眼差しは初めてだった。


「早く・・・・」


待ちわびる様に呟く翡翠の貴公子の唇は、一輪の生まれたての花の様だった。


襟元から伸びる首筋は皓く細く美しいラインを描いている。


そうだ・・・・。


みずの貴婦人は主の事を、実は女だと言っていた。


もしかして・・・・もしかしなくても・・・・此の人は本当に女なのか??


金の貴公子は震えそうになる身体を堪えると、翡翠の貴公子へと腕を伸ばそうとする。


其のまま一気に抱き締めようとして・・・・だが。


「早く、言語別に分けてくれ」


全く以て金の貴公子を誘っている訳ではない翡翠の貴公子の言葉に、


「あ・・・ああ!! 成る程ね!! ええっとね~~」


金の貴公子は伸ばし掛けた腕を上に上げると、背伸びをしてカムフラージュをする。


挿絵(By みてみん)


そして深い溜め息と共に其の場にしゃがみ込む。


「・・・・ふは・・・・どうせ、俺の妄想だよ」


ぶつぶつ言い乍ら言語別に本を分けていく。


「はい!! 此れ、テンミョン。こっちは、ミサラン」


不機嫌そうに分ける金の貴公子。


金の貴公子が余りにバサバサと乱暴に本を置いていくので、


翡翠の貴公子はきょとんとして金の貴公子を見た。


「何をそんなに怒っている??」


そんなに仕分け作業をしたくないのか??


又しても真っ直ぐな翡翠の瞳で見上げてくる。


其の無防備な翡翠の眼差しを直視してしまった金の貴公子は、再び己の心臓が震えるのを感じた。


そして、


「・・・・何でもない」


小さく答える。


翡翠の貴公子は暫し不思議そうに金の貴公子を見たが、分けた本を棚に並べ始める。


其の翡翠の貴公子の後ろ姿を見ながら、金の貴公子はぼんやりと思った。


ああ・・・・そうか。


こんな自分でも、主に教えてあげられる事が在るのだ・・・・。


長寿による利得と云うべきか・・・・。


そう思うと何だか少し優越感が湧き出てくると云うものであった。


金の貴公子は徐々に嬉しくなってくる。


「あ、其れ」


金の貴公子は翡翠の貴公子を呼び止めた。


本を持った儘、振り向く翡翠の貴公子。


「其れ、違う」


金の貴公子は立ち上がると、翡翠の貴公子の手から本を取る。


「此れ、シルリダ語に似てるけど、こう頭と尻尾に、ふにゃりとした文字が付いてるだろう??


此れは、ラトゥーン語、独特なんだ。此のふにゃり文字は発音しないんだけどね」


「成る程」


翡翠の貴公子は興味深げに頷いた。


それから二人は黙々と本を並べる作業に徹した。


やがて其れも終わると、翡翠の貴公子は今並べたばかりの本の中から一冊引き出すと、


窓辺に在る椅子に座って目を通し始める。


翡翠の貴公子が取り出したのは、ラトゥーン語の本だった。


金の貴公子は壁に寄り掛かると、翡翠の貴公子に問い掛ける。


「何?? ラトゥーン語、勉強するの??」


翡翠の貴公子は本から目を上げず頷いた。


「次の夜会で、ラトゥーンの王族が来る事になっている」


其れ故、当然、挨拶を受けるであろう翡翠の貴公子は、


基本的な言葉くらいは話せないと困ると云うものだった。


「ふーん」


金の貴公子は鼻を鳴らすと壁に寄り掛かった儘、天井を見上げた。


静かだった。


翡翠の貴公子との時間は、いつもこうだ。


聞こえるのは窓の外から入り込んで来る風と、其れに揺れる葉音、


そして時折響く鳥の声だけである。


静かだ・・・・。


まるで時が止まっている様な錯覚さえ感じる。


金の貴公子は横目で翡翠の貴公子を見た。


ああ、此の人は、もう本を読む事に没頭している。


自分が隣に居る事さえ、もう忘れているのかも知れない。


窓から差す夕暮れの黄金色の光が翡翠の貴公子を包んでいる。


冬の黄昏時。


夕暮れの光を浴び乍ら、静かに読書をしている翡翠の貴公子の姿に、


金の貴公子はほくそ笑んだ。


何故だか・・・・笑みが零れて仕方がない。


声を発する事さえ惜しい気がする。


だが・・・・。


金の貴公子は壁から背を離すと、


「俺、自分の部屋、行くよ」


小さく言った。


翡翠の貴公子は依然、本から目を離そうとはせず、「ああ」と短く答える。


金の貴公子は扉へ向かうと振り返った。


そして彼の名を呼んだ。


翡翠の貴公子が漸く顔を上げる。


金の貴公子は穏やかに目を細めると、


「ラドュースィーガ・・・・エルリオン・フィルディア」


柔らかな言葉と共に微笑して、書斎を出て行った。


其れが何語だったのか、どう云う意味だったのか、翡翠の貴公子には判らなかった。


翡翠の貴公子は暫し閉ざされた扉を見ていたが、また直ぐに本へと目を落とした。









其の夜も翡翠の貴公子は、ラトューン語を黙々と勉強していた。


彼は寝支度は済ませていたものの、暖炉の側で椅子に腰掛け、静かに本を読んでいた。


ラトューン語は、ややこしい。


何がややこしいかと云うと、単語単語に付く付属語がやたら多いのだ。


発音しない文字が其の場の表現によって頻繁に付いたり付かなかったりするので、


慣れない者には頭がこんがらがってくる。


耳で聞いた方が早く頭に入ると云うものかも知れない。


翡翠の貴公子が黙々とラトューン語の辞書を引いていると、或る文字が目の端に映った。


くねくねと書かれた文字並びの横に発音の仕方が載っている。


彼の勉強の仕方が間違っていなければ、此れは『フィルディア』と呼ぶに違いあるまい。


書斎で金の貴公子が言っていた言葉だ・・・・。


―――ラドュースィーガ・エルリオン・フィルディア。


そうだ。


「フィルディア」と言ったのだ。


では、金の貴公子は、ラトューン語を言ったのだろうか??


おそらくフィルディアと書かれているであろう単語の意味に、翡翠の貴公子は目を走らせる。


意味は、「環境の」「空間の」「世界の」「宇宙の」「全ての」と云う様な事が書かれていた。


はっきり言って此れだけでは、さっぱりである。


翡翠の貴公子は他の言葉も見てみる事にした。


確か金の貴公子は、エルリオンと言っていた。


エルリオン・・・・まずスペルが判らない。


だが其れらしいページを何となく開いてみる。


しかし・・・・。


其れらしい文字を見付ける事は出来なかった。


もしかしたら、ラトューン語ではなかったのかも知れない。


翡翠の貴公子は諦めると、本を閉じ、暖炉の火を消して寝台へと上がった。

この御話は、まだ続きます。


翡翠の館の日常を想像して戴けたのなら、幸いです☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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