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黄昏の記憶  作者: リーメン・シュナイダー
第一部 黄昏の記憶
7/12

暗躍

―――SIDE 孫 逸仙―――


私の名は、(そん) 逸仙(いっせん)

組織より『摩利支天』の二つ名を授けられ、上級幹部『天部』の一員と認められた存在だ

私は今、極東の地。日本にある拠点の一室で、支部長の孔 瑛燵より歓待を受けていた


「瑛燵殿、歓待痛み入ります」


「はっ。大した御持て成しは出来ませんが、ご容赦頂ければ幸いです」


私の言葉に、傍らに控える瑛燵はそう言って頭を垂れる

極東の然程重要ではない拠点とはいえ、支部長の立場にある身

少しは増長するのが常だが、この男は自分の分を弁えていると見える


大抵の支部長は我等を同格とでも思っているのか、こういった歓待の席では同席する

そして同じ食卓を囲みながら、表面上だけは慇懃に振舞ってみせるのだ

そういう連中は、正直言って好きにはなれない。そして"何故か"、そういう者達には"二度と会う機会"には恵まれない


『このような極東の地で腐らせるには惜しいな……』


そんな風に考えながら、机の上に並んだ料理へと視線を移す

北京ダック、徳州扒鶏、東坡肉、回鍋肉、油淋鶏……

肉料理が大半を占めるが、恐らくこれは同行者の嗜好が影響しているのだろう


『歓喜天』() 応欽(おうきん)、『韋駄天』(ちょう) 紫陽(しよう)

天部の中でも武闘派で知られるこの二人は、運動量が多いこともあるのだろうが肉食で味の濃いものを好む

それ故の措置であろうが、無論私ともう一人の同行者―――『伎芸天』() 耀邦(ようほう)への配慮も忘れてはいない


甘いモノを好む私の為に、胡麻団子、豆乳花、杏仁豆腐が並び。酒好きの耀邦の為には、つまみとして好んで食す皮蛋がある

取り合えず高級料理を並べておけば良いと考える者達が多い中で、私達の好みに合わせて食事を饗するとは殊勝な事だ

そう関心しながら周囲を見ると、応欽と紫陽は競い合うように食事に手を伸ばしている

そして耀邦はというと、皮蛋をつまみに老酒を呷り、その美しい唇を艶めかしく湿らせていた


『やれやれ……ここは、私が統括せねばなるまいか』


武闘派二人に、諜報畑が一人。そんな連中に期待していた訳ではないが、私は内心で溜息を吐いた


「それで、相手の情報は?」


「現在明確に敵対しているのは、桁之丞コンツェルンという企業関係者です。

 どうやら、目標とその企業の代表の間に、個人的な関係があるようでして……

 相手の規模に関しては現在調査中ですが、襲撃を阻止した者に異能者の可能性があります」


異能者、か……その情報があるからこそ、上級幹部である『天部』が四人も動いた

たった一人の、異能者の情報で過剰戦力と思わないでもないが、あの『博士』の事だ

私が知らないような、何かを知っているのだろう。であるならば、事は慎重に進めなければならないが……


まずは目の前の瑛燵がどのように対処するつもりなのか、それを問うた


「なるほど……それで、どのように対応するつもりですか?」


「ここら一帯で幅を利かせている、地元の有力者を動かそうかと考えております。

 一当てさせてみて、相手の人員、能力を可能な限り情報収集出来ればと……」


「交渉といわす事は、わっちの出番かえ?」


そう言って耀邦は、酒に濡れた唇をなぞりながら私に向かって妖艶に微笑む。その姿は、まさに傾国の美女

思わず見惚れそうになる魔性の魅力こそ、この女の力。どんな男でもその容姿と、素晴らしい器楽の腕で骨抜きにする

二つ名の『伎芸天』は端麗な容姿と器楽の技芸に秀でだ仏だが、まさにその名を名乗るのに相応しい女だろう


「そうだな。頼めるかな、耀邦殿?」


「『天部』自ら動かれるとは恐れ多い事ですが……『伎芸天』の妙技、拝見させて頂きたく思います」


「ほう……お前様、中々心得ているでありんすな。大船に乗ったつもりで、任せなんし」


私の言葉に続いての、瑛燵の控えめなおべっか。それに気分を良くした紫陽は、微笑みながらそう請け合う

気分屋で気難しい所のある紫陽を乗せるとは、中々の手腕だ。やはり、こんな所で腐らせておくには惜しい

一刻も早く、本国に連れ帰り活躍の場を与えてやらねば組織にとっても損失だろう

その為には、このような極東での些末な任務は早く終わらせなければ……







―――SIDE 石原 漸次―――


私の名は、石原(いしわら) 漸次(ぜんじ)

関東一円を縄張りとする、関東頴娃夏会という任侠を率いている

その組織は今、非常に苦しい立場にあった


関東頴娃夏会は日本三大財閥であった、早坂グループの援助を背景に力を持った

彼等の揉め事を解決する対外強硬部門としての役割を担いつつ、クリーンなしのぎをアピールして国家権力との協調を図る

そしてその努力の結果、最盛期には日本最大のヤクザ組織である山坂組を関東から完全に追い出す事に成功した


だが、順風満帆だったのはそこまでだった

突然とも言える、早坂グループの経営破綻。それを好機と見た、山坂組の反撃……

早坂グループからの援助がなくなり、クリーンなしのぎだけとなってしまっては十分な反撃が出来る筈もない

関東頴娃夏会は徐々に、関東の縄張りを失いつつあった


このままでは、やがて立ち行かなくなる

危機感を覚える私の前に、その女は現れた


「という訳でありんす」


目の前の女―――紫陽と名乗った女は、説明を終えて艶やかに微笑む

その表情は、まさに傾国の美女。思わず、相手の提案を無条件で受け入れそうになる

だが、安易に頷く訳にはいかない。その決断が、組織を生かす事にも、殺す事にもなるのだから……


「悪いが、直ぐには返事はしかねる。少し討議する時間を貰えるか?」


「当然の事でありんす。わっちも、すぐに返事が貰えると考えておりんせん。

 ゆっくりと討議して、結論を出してくんなまし」


「それほど時間はかけるつもりはない。別室で待機して貰えるか」


紫陽は艶やかな笑みを浮かべながら私の言葉に頷くと、部下の案内でしゃなりしゃなりと別室へと移動していく

そんな紫陽の姿をだらしない顔で見送る部下達の姿に、内心で大きな溜息を吐くしかなかった


「……それで、彼女の提案をどう思う?」


「私は反対ですな、明らかに怪しすぎます」


「俺も反対です。学生一人拉致しただけで、武器弾薬の供与に莫大な資金援助……

 これで疑うな、っていう方が無理ってもんでしょうよ」


紫陽が別室に下がったのを確認してから、居並ぶ幹部達に向けた問い掛け

それに真っ先に答えたのは、立花(たちばな) 源蔵(げんぞう)。最古参にして若頭を務める、最も信頼できる腹心

それに続いたのは、猪原(いのはら) 源五郎(げんごろう)。切り込み隊長を務める、自他共に認める組織内一番の武闘派だ


二人の意見に深々と頷く事で、私は同意の意志を示す

そう、どう考えても怪しい提案なのだ

ただの学生一人を拉致するだけで、莫大な援助をするという提案は……


一応、紫陽は地縁の無い土地で揉め事を起こしたくない為、地縁がある我々を頼ったというもっともらしい理由は述べていた

だが、それを信用するとしても、拉致対象がただの学生だという訳がない

厄介な背景を持つ事はまず間違いない。しかしその背景を調べる時間も資金も、今の組織(うち)には存在しなかった


「大体、うちはクリーンな運営で公権力と協調してきてるんだ。

 どんな背景を持ってるかは知らないが、カタギに手を出しちゃいかんでしょう」


「アニキ、そんな悠長な事を言ってる場合じゃないでしょう」


「そうですぜ。そんな事を言ってる間にも、山坂組の奴等は侵攻してるんですぜ?

 ここは早急に、軍備を整える必要があるってのに……」


続く猪原の言葉に、一斉に反発の声を上げる舎弟頭達

彼等の言う事ももっともだ。しかし、その根底にあるのは純粋な危機感ではない


何せ背景が分からぬカタギを拉致するのだ。その背景次第では、今よりよほど追い詰められる状況になる事も考えられる

しかし舎弟頭達の頭からは、その危機感がすっぽりと抜け落ちてしまっている


紫陽に対する好意、そして彼女が騙すような事をするはずがないという無条件の信頼

それが無ければ、到底出てくるような意見ではなかった


『さて、どうしたものか……』


意見を聞く為に、舎弟頭以上の幹部を立ち会わせたつもりだった

それがこうも見事に、紫陽に魅了される者が出てくるとは思わなかった


しかも様子を見る限り、源蔵と源五郎以外の殆どがその影響下にあるらしい

猪原の言葉に対しての反論に、殆どの者が頷いている


こうなってしまっては、紫陽の提案を断るというのは悪手だ

強引に断る方を選択したとして、紫陽に魅了されている者が納得する事はまずない

裏で勝手に動き、収集が困難な事態になる事は目に見えている


とはいえ、紫陽の提案を素直に受け入れるのも危険すぎる

結局、どちらに転んでも面倒事になる

不自由な二択とは、まさにこの事だろう。私は皮肉な笑みを浮かべるしかなかった


「叔父様。この件、私に任せて貰えませんか?」


喧々諤々、慎重論を唱える源蔵と源五郎、それに反対論を述べるその他大勢……

どちらを選択するか決めきれず、そのやりとりを眺めていた私に、着物姿の女性がそう提案してくる

それに私は、彼女に水を向ける事で答えた


「織姫、任せるというと?」


「このままでは、話は平行線のままです。ここは一つ、リスクを負ってでも前に進める方を選択すべきかと思います。

 それにどうせ、お話を断った所で、何方が勝手に動かれるのは明白でしょう?

 それならこちら側で上手く制御出来る、やり過ぎない(・・・・・・)人選が必要だと思われませんか?」


そう言って微笑む彼女―――織姫(おりひめ)の提案に、私はなるほどと思わされる

確かにどちらを選んでも、現状ではカタギを拉致する事はほぼ決定事項だ


ならば紫陽に上手く使われ、使い捨てられないよう、事態を上手く制御する必要がある

それには、紫陽の魅力が効かない人間でなければならない

そういう意味で言うと、この件を任せるには源蔵と源五郎ですら不適任だ


今は紫陽の魅力に抗えているが、男である限り絶対はあるまい

つまりそういう事情から言って、女性である織姫は適任であると言える訳だが……


「なるほどな、それがお前だと……だが、お前は……」


「叔父様が私の身を案じてくれるのは嬉しいですが、私も組織の一員です。

 過度な贔屓をせず、一組員として扱って頂けると嬉しいですわ。

 それに、日頃お世話になっている叔父様に恩返しもしたいですし……」


「……分かった。この件は、お前に任せよう」


「有難う御座います、叔父様。微力ながら、全力を尽くしますわ」


私の決定に、織姫はそう言って優し気に微笑む

その笑みを守ると、私はあの(・・・)に誓った筈だった

だが現実は、そんな彼女を危険な目に遭わせようとしている


人生とは、なんとままならないものなのか

私は大きな溜息を一つ吐いてから、紫陽を別室から呼び寄せる様に部下に命じた……

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