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久々の更新
ゆっくりとだけど、再開していく予定です
耳狐巫女喫茶『ヴィクスン』
狐耳を付けた巫女さんが接客してくれるという事で、オタク界隈で大人気の喫茶店
普段は客で溢れる店内に、客の姿は一人もない
何故なら、目の前の男が貸し切りにしているからだ
「昨日の詫びも兼ねてるんだからよ。遠慮せず、何でも頼めよ」
そう言って笑う男―――暁先生の言葉に、俺は曖昧な笑みを浮かべる
ロンメルさんからも暴走を謝罪された事もあり、昨日された事については一応納得はしている
まぁ片目を繰り抜かれそうになった訳だから、全く遺恨がないと言えば噓にはなる
しかし気持ちの整理は出来ているつもりだが、暁先生程割り切った態度は取れなかった
「俺としては、この耳狐巫女スペシャルサンデーがおススメな訳だが……」
「暁先生。それは後で頂くので、お話を聞かせて貰えますか?」
甘いモノは、決して嫌いじゃない。だけどそんなモノを摘まみながら、和気あいあいと聞く話でもない筈だ
俺は楽しそうにメニュー表を掲げる暁先生に、意を決してそう暁先生へと言葉を放る
すると今まで楽しそうにしていた表情を一変、真剣な表情へと変えると、暁先生は言葉を続けた
「あぁ、そうだな。じゃあ話の前に、まずは改めて自己紹介するか。
桁之丞コンツェルン警備部諜報課主任、暁 直人だ。
これからの話は学園の教師ではなく、警備部諜報課主任の言葉として聞いてくれ」
「分かりました」
「で、話なんだが……今回の拉致未遂でお前さんを守るためにも、ある程度は情報共有する必要があるってことでな。
お前さんにうちの組織について知ってもらう為、色々と教える算段だったんだが……暴走しちまって、悪かったな」
「いえ、もう気にしてませんから」
「お前さん、嘘が下手だな。目は口ほどに物を言うが、その目は納得しきれてないのが丸分かりだぞ?
まっ、そんな目をさせている俺が言うべき話じゃないんだろうが……」
俺の返事にそう言って返しながら、暁先生はカラカラと笑う
どうやら俺の消化しきれない曖昧な気持ちは、暁先生にはお見通しらしい
俺が分かりやすいのか、暁先生の感知力が優れているのかは分からないけど……
「っと、話がそれたな。それじゃ、まずは俺が所属している警備部って組織について話すか
まぁ簡単に言うと、対外的な揉め事の解決と会社の安全管理をを管轄するのが警備部だ。
警備部は職域事に、強行課、諜報課、支援課、交渉課の4つに分かれてる。
ラドが統括するのは、その中の強行課。文字通り、強行的に事態を解決する為の武力担当だ。
総勢は約4000名、各地に分散配備されてる。この周辺ですぐに動員できる兵力なら、約100人程度だろうな。
ちなみに地下で訓練風景は見たって聞いたから分かるだろうが、一国の軍隊相手でも戦えるだけの装備がある。
最も、お前さんが見たのは決戦用のZ兵装だからな、普段は、その辺の警備員程度の装備だけどな」
暁先生の言葉に、俺は思わず心の中で『それはそうだ』と呟く
パワードスーツに、アサルトライフル。あんなものを普段から装備していたら、すぐさま大騒動だ
銃刀法違反で、すぐさま警察が飛んでくるだろう。とはいえ、逮捕できるとは思えないけど……
というより、普段でなくともあんなものは過剰戦力のように思える。一体この人達は、何と戦っているのか?
そんな疑問が浮かぶが、今では聖遺物なんて、とんでもない代物を持つ身だ
そういう装備が必要な敵と戦う事態もあるのだろうと、強引に自分を納得させた
「で、俺が統括しているのが諜報課。文字通り、各企業の情報から巷の噂レベルまで収集している諜報組織だ。
総勢は約400人程度で、全国各地に潜伏させてる。最近はお前を拉致した連中の特定作業で、てんてこ舞いだがな。
あぁそうそう、ちなみにここもその一環で経営されている店でな。オタクの噂話ってのは、案外馬鹿にならねぇからな」
オタクの噂話、か……突拍子もないようなものが多いだろうが、確かに役立つかもしれない
なんせ俺が持つ事になった聖遺物なんてモノは、その存在自体が都市伝説みたいな怪しい代物だ
という事は玉石混合と思われるような噂の中にも、有用な情報があるかもしれない
とはいえ、それは砂漠の中から針を探すような話だろう
その為に店を建ててまで情報収集するという発想は、俺には出てこない
流石は、日本有数の財閥。その潤沢な資金に支えられた柔軟な思考は、純粋に尊敬に値する
「それでシモネが統括しているのが、支援課。全員が医師免許か健康管理士資格持ちで構成されてる、専門家集団だな。
総勢は約400人、各地の強行課の連中と一緒に数人ずつ配備されてる。平時は体調管理、有事は治療行為を担当する連中だ」
なるほど、従軍医のようなものか。それなら、統括者のシモネ先生が保険医をしていた事も理解できる
恐らくは表向きは保険医として学園に勤務し、咲の身に何かあった時に備えていたのだろう
そして暁先生は、間違ってもそんな不埒者が学園に侵入しないように警戒網を張る……
どうやら知らなかっただけで、咲はかなり過保護に育てられてたようだ
財閥の1人娘が随分と自由奔放に育てられているとは思ったが、結局それは箱庭の中での事
しかしそんな安全と思われていた箱庭が、俺というイレギュラーによって突如として崩された
暁先生達にとっては、迷惑な存在でしかないだろう。なんせ俺は、正体不明の組織に狙われる存在だ
それが自分達が守る箱庭の中に現れたら、本来はすぐさま排除して然るべきだ
だが、自惚れる訳ではないが、俺と咲の関係は簡単に切り捨てられる程度のモノじゃない
ならば、俺込みで箱庭の体制を作り直すしかない。その為には、俺に状況を正確に把握させる必要がある訳だ
なるほど……暁先生が、あそこまで感情的になる訳だ。暁先生からしてみれば、俺は折角築いた箱庭を崩壊させた張本人
勿論、俺が望んでそうした訳ではないけれど、そんな理屈は暁先生にしてみればどうでもいい事だろう
そこに加えて、俺の危機感の無さ。ロンメルさんから契約者という特殊な存在だと聞かされたにも関わらず、だ……
暁先生が怒るのも、無理はない。そして怒りに任せて少々手荒な警告をしてきた事も、今ようやく理解できた
「最後に姐さん―――社長の秘書が兼任して統括しているのが、交渉課だ。
総勢は約200名、敵対及び傘下組織への交渉を一手に引き受けている連中だ。
この辺は裏方だから、あんまりお前と接する機会はないだろうけどな……
で、ここまでで何か質問は?」
「組織構成については、質問はないですが。それで、俺はこれからどうしたら良いんですか?」
「お前は明日から、ラドの強行課に仮配属だ。強行課の訓練に参加して、自衛力を高めて貰う。
昨日も言ったが、俺も万能じゃないからな。お前を守ってやれない事もある。
その時の身の振り方について、選択肢は増やさねぇとダメだからな。それに……」
「餌だけ食い逃げされるのを防ぐため、ですね?」
守る事を考えれば、俺を重病って事にして何処かに監禁して厳重に管理した方が良い
そうすれば咲を危険に曝す可能性を潰せる上に、彼女の護衛戦力を分散させる必要もない
にも拘わらず俺を自由にしているのは、咲の気持ちを考慮している部分もあるだろうが、恐らく敵を炙り出す為だろう
俺を囮にして、敵に喰い付かせた所で殲滅。情報収集の為に一部を捕獲する、といったところだろうか?
勿論、敵にしてみれば罠である事は百も承知だろう。だけど見える範囲にあれば、手を伸ばしたくなるのが人の業
下手に指を咥えて見ていれば、いつ隠されるか分からないのだ。それならば、見えている間に何かしらのアクションを起こす筈だ
「物分かりが良くて助かるねぇ~。まっ、そういう事だ。
さてと、面倒な話はここまでにするか。大体、理解出来ただろう。
おーい、耳狐巫女スペシャルサンデーを二つだ」
「若様、耳狐巫女スペシャルサンデーお待ちどおさまです」
「今日の盛り付けは私が担当致しました。若様、如何でしょうか?」
フルーツがこれでもかと盛り付けられた、サンデーというにはあまりにも巨大なそれ……
暁先生の言葉を受け、すぐさま店の奥からそれを運んでくると、俺と暁先生の前に置きながら笑いかける二人の女性
その頭にはそれぞれ狐耳が付いており、まるで本物かのように表情と連動してピコピコと動いている
そして羽織るのは、白胴衣に赤袴という典型的な巫女服。これでもかと、萌え要素を盛り込んだ姿だ
しかし二人には、それに違和感を感じさせないだけの容姿がある。大和撫子というのは、彼女達にこそ相応しい
様になるという言葉があるが、結局どんな格好であろうとそれを着こなす容姿があれば問題ないのだ
「おっ、お前ら今日は外回りじゃないのか?
天川、折角だから紹介しておく。情報部のエース、楓に紅葉だ」
「初めまして、楓と申します。いつも若様がお世話になっております」
「同じく、紅葉と申します。若様の事、よろしくお願いいたします」
暁先生の言葉に、ペコリと丁寧に頭を下げる二人―――楓さんに紅葉さん
その容姿に思わず見惚れそうになるが、そんな事よりも二人の言葉に聞き逃せない単語があった
若様……未だかつて聞いた事もないその単語に、暁先生と二人の関係が分からずに困惑してしまう
「えっと……暁さんとは、どのような関係で?」
「二人ともうちの実家の神社に奉仕する、現役の巫女だ。
だから跡取りの俺を若様と呼んで、色々と手伝ってくれてる訳だ」
「はぁ、そうなんですね……
って、巫女なのに情報部勤務なんですか?」
「お前さん、戦国時代に暗躍した歩き巫女って知らねぇか?
世界中を行脚して"春"を売りながら、情報収集をしていた諜報組織。
流石に今時"春"は売らないが、神職ってのは疑われ難いからな」
「理屈としてはそうなのですが、二人はうちの看板娘ですからね。
あまり外回りされると、うちの売り上げが大変な事になるので勘弁して欲しいのですが……」
暁さんの言葉を受け、そう返すのは店の奥から現れたもう一人の男……
執事をイメージしたような恰好をしたその男の人は、苦笑を浮かべながら運んで来た紅茶を俺達の前に置いた
「こいつはフリーの情報屋で、諜報部の外部協力者だ。
妻帯者のくせに店名をに女狐にする変わりもんだが、腕は良い。
まっ、これから付き合いもあるだろうから覚えとけ」
「初めまして、リチャード・パープルと申します。
何か情報が欲しい際はご連絡を、料金は舞さんに請求しますので」
「お前なぁ、素人に対して値段も提示せずに阿漕な商売しようとす
るんじゃねぇよ。
それより、襲撃者の情報は?」
「今の所、関連が疑われる組織が10個程。それぞれの組織の情報も纏めましたが、聞きますか?」
「その程度の情報なら、まだ必要ないな。もう少し、不確実性を排除してくれ」
「中々、難しい事を言ってくれますね。拉致犯の1人でも捕縛していれば、絞り込みも楽なんですが。
……ただの愚痴ですよ、そんなに睨まないで貰えますか?」
目の前で繰り広げられる、暁先生とパープルさんのやり取り
それに口を挟むことも出来ず、取り合えず目の前に置かれたサンデーに手を付ける
そして口いっぱいに広がる、果物の甘みと酸味に癒された……
―――SIDE 暁 直人―――
「それで、どうだった?」
スペシャルサンデーに満足した天川を返した後、俺は残った三人へと実験結果を問う
それに最初に声を発したのは、楓だった
「どういう原理かは不明ですけど、異能の力による干渉を受け付けないようですね」
「私達の魅了が、全く効きませんでした」
「やっぱりそうか……シモネの治療が効果なかった事に続いてって事は、殆ど確定だな」
楓と紅葉の報告に、俺はそう言って頷く。二人は、ただの(・・・)巫女ではない
人間と協定を結び、うちの実家に古くから仕える妖狐だ
その力は主に戦闘に特化しており、潜入工作に向いている。が、最も特筆すべきは妖狐は魅了の力だ
有名どころで言えば玉藻前だが、歴史上の傾国と言われる女にはその影がちらほら窺える
人心を惑わし、世を混乱させる。それこそ、妖狐の真骨頂だ
そんな彼女達の魅了を、何の防御手段もなしに耐えきったのだから、天川に異能の力が効かないのは確定だ
後は、原理が分かれば完璧だ。そう思い、俺はリチャードの方に視線を送った
「期待に応えられず申し訳ないですが、情報を集めた限りでは聖遺物にそんな力があるって情報はありませんでした。
最も、集まった情報も噂ばかりで、実際に使用された例があったわけじゃありませんが……」
「実際の使用例がない?全く、一個もないのか?」
「全くありませんね」
リチャードの言葉に、思わず首を傾げる
聖遺物は表に情報が出る事はまずない、出たとしても噂や都市伝説のような曖昧なものばかりだ
しかしその裏には、調べればその存在。現在の所有者からその能力まで、使用例も含めて出てくるのが常だ
それが一つの使用例すらなく、集まるのは表面的な噂だけ……
そこから考えられるのは、ただ一つ。何者かが、故意に情報を隠蔽しているという事だ
「噂があるって事は、過去に誰かが使用した事があるって事だ。悪いが、念入りに当たってみてくれ」
「全く、簡単に言ってくれるますね……危険手当をはずんで貰いますよ?」
「そいつは、手に入れた情報によって応相談だな」
リチャードも、俺と同じ結論に至ったのだろう
情報を隠蔽した者がいるという事は、それを暴こうとすればそれ相応のリスクを伴う
それ故の危険手当の要求だが、何の成果もなしに空手形を切ってやる必要はない
ここでそんな甘い事をすれば、今後に差し障る
情報屋は生かさず殺さず……下手に慣れ合うと、万が一裏切られた場合に致命傷になりかねない
だが当然のように、リチャードはそんな俺の決定に不服そうな表情を浮かべた
「それでは、あまり無茶はできませんよ?こちらも、我が身は大事ですから」
「あぁ、それで問題ない。別に、今すぐ必要な情報ってわけじゃないからな。
それよりも、襲撃者の特定の方を急いでくれ」
「分かりました。そう取り計らいましょう」
「お前等も同じだ、襲撃者特定の方に注力してくれ」
「「承知しました」」
さて、後は上手い具合に餌(天川)に喰い付いてくれれば良いんだが……