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黄昏の記憶  作者: リーメン・シュナイダー
第一部 黄昏の記憶
3/12

厄介事

どう考えても自分の寝床ではない、柔らかいベット

その上で目が覚めた俺は、軽く体を起こして周囲を見回す

高そうな調度品が揃えられ、隅々まで掃除が行き届いた豪華な部屋

まるで高級ホテルのようなその部屋に、俺は見覚えがあった

幼馴染の家、その客間の一つ。幼い頃にお泊り会と称して、何度か幼馴染と一緒に眠った部屋だ

そしてそんな俺の予想を肯定するように、足元にはスピスピと気持ち良さそうに眠る幼馴染の姿があった


「……何が何だか分らんが。こいつの寝顔を見ると、小動物みたいでなんか癒されるな」


幼馴染とは言え、年頃の男の前で無防備に眠る目の前の女性に、俺はそう言って苦笑する

そうして眠る彼女の頭を撫でようと無意識に手を伸ばして、腕からの痛みに顔を顰めた


「痛ッ!?」


慌てて伸ばした手を引っ込めながら、俺は自分の腕の痛みの原因を探る

そしてすぐに、腕に小さな青痣がいくつかあるのに気付いた


「何だ、これ……?俺は確か、コンビニに夜食を買いに行って……」

「黒服の男に拉致されそうになっていたので、ここに案内したという訳だ」


目覚める前の行動を振り返る俺の呟きに、被せられる男の声

その声の方向を見ると、そこには椅子に座る一人の男の姿があった

室内であるにも関わらず、真っ黒いトレンチコートを着込む茶髪碧眼の男

その人物の姿に、俺は見覚えがあった

彼は確か、目の前で眠る幼馴染―――桁之丞(ゆきのじょう) (さき)の護衛をしていた男だったはずだ


「貴方は、確か……」

「君とは何度か顔を合わせているが、こうやって話をするのは初めてだったね。

 桁之丞コンツェルン警備部強行課主任、コンラッド・ロンメルだ。よろしく頼むよ」

「あっ、こちらこそよろし……痛ッ!?」


寝たままの姿勢ではあまりにも失礼だろうと、俺は体を起こそうと試みて、全身に走った痛みに思わず声を上げる

そんな俺の姿に微笑みを浮かべながら、ロンメルさんは首を振る事で俺の動きを制した


「あまり無理はしない方が良い。気絶させられた際、地面であちこちぶつけた様だ。

 数日の間は、体を動かすと痛むだろう。安静にして、ゆっくりと治すことだ。

 それに今体を起こすと、折角気持ち良さそうに寝ているうちのお姫様が起きてしまうだろう?」

「……有難う御座います」

「何、気にすることはないさ……それより天川君、単刀直入に聞こう。

 君は誰かに拉致されそうになるような、そんな心当たりはあるかな?」


先程まで浮かべていた微笑みを引っ込め、ロンメルさんは真剣な表情でそう尋ねてくる

普通ならばその問いかけに対する回答は、"ない"の一言だろう

なんせ、拉致だ。咲のように家が裕福なら身代金という形でメリットがあるだろうが、生憎うちはそこまで裕福ではない

母親はノーベル賞を取るような天才だが、研究は趣味で金儲けではないと言い切る変人

父親は日本屈指の剣豪なんて持て囃されているが、一子相伝とか言って弟子を取らない頑固者

そのせいでうちは貧乏とは言わないが、拉致という犯罪に見合う程の身代金をせしめる事など不可能

しかし俺には、心当たりがあった。謎の幻聴に従う事で現れた、謎の西洋剣

変な文字が刀身にビッシリと刻まれた、あの究極的に怪しい代物が……


「ない、と言いたい所ですけど一つだけあります。

 拉致されそうになった時に幻聴が聞こえて、その声に従ったら変な剣が出て来たんです。

 それも刀身に変な文字がビッシリ描かれた、怪しい西洋剣で……」

「ほう……その剣が出て来た時に、何か名前のようなモノを呼ばなかったかな?」

「名前、ですか……?確か、"ストームブリンガー"と言いましたけど……」

「"ストームブリンガー"、だと……!?それは、また……」


俺の言葉に、ロンメルさんは一瞬驚愕の表情を浮かべた後、何事かを考えるように口元に手をやる

この人は、あの西洋剣が何なのかを知っている。そしてその正体は、俺が思うよりも厄介な代物なのだろう

日本には、こういう時の諺がある。触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず

要するに、目の前に厄介事があっても、自分からはクビを突っ込むなという有難い教えだ

自分が関係者でなければ、俺は迷わずその教えに従っただろう。しかし今回の件は、俺は関係者どころか当事者だ

何も知らずにいる方が不味いに決まっている、俺は意を決してロンメルさんに問いかけた


「えっと……ロンメルさんは、あれが何かご存知なんですか?」

「知っているが、それを今話すと長くなる。

 天川君も突然の事で混乱しているだろうし、疲れてもいるだろう。

 今日の所は、ゆっくりと休むと良い。ご両親には、私から連絡しておこう。

 それと今回のような事が、またいつ起こるか分からない。当分の間は、うちから学園に通うように伝えておこう。

 幸か不幸か、うちはこういった荒事には慣れているからね」

「……分かりました。何から何まで、有難う御座います」


自分に関する、それも恐らくとてつもない厄介事。少しでも早く知りたい欲求に駆られるが、俺はそんな思いを飲み込む

確かにロンメルさんの言う通り、今日は余りにも色々とあり過ぎた。体も痛ければ、頭も疲れている

一度ゆっくりと休んでリセットしてから、改めて聞いた方が良いのかもしれない

そう判断しての俺の言葉に、ロンメルさんはホッとしたような笑みを浮かべながら、言葉を返した


「何、構わないよ。うちのお姫様が、いつもお世話になっているからね。

 さてと、それでは私はお姫様を連れてお暇するとしよう……咲、起きなさい」

「ん~、叔父さんどうしたの~?……あっ、銀河起きたんだ。おっはよ~♪」


ロンメルさんに起こされ、眠たげに目を擦りながら顔を上げた咲は、起きている俺の姿を見ると満面の笑みを浮かべる

そうして何の深刻さも感じさせない口調で、俺に目覚めの挨拶をしてくる

まったくこいつは、幼馴染の俺が拉致されそうになったっていうのに、何も変わらない

いつも通りマイペースに、気安く接してくる

それが嬉しくもあるが、少しは心配しろと文句を言いたい気持ちもある

そんな複雑な思いを抱きながら、俺は苦笑交じりに挨拶を返した


「あぁ、おはよう。って、お前は何時でも呑気で良いなぁ」

「むっ、銀河は意地悪だね。私だって、銀河が拉致されそうになったって聞いて驚いたんだよ。

 でもこうやって無事に目の前にいるし、これからは叔父さんが身辺に気を使ってくれるから大丈夫だよ。

 ね、叔父さん?」


俺の言葉にムッと頬を膨らませると、咲は不貞腐れたように言い返してくる

そんな子供のような姿に、こいつは本当に俺と同い年なのかと呆れるが、同時に何とも言えない保護欲にかられる

そしてそれはロンメルさんも同じらしく、愛らしい子供を見るような慈愛の眼差しを咲へと送っていた


「あぁ、そうだね。だから今日は、天川君をゆっくり休ませてあげよう。

 つもる話は、また明日にでもすれば良いだろう?」

「ん~、そだね。じゃあ銀河、おやすみ~」

「あぁ、おやすみ。また明日な」

「うん、また明日ね♪」


俺の"また明日"という言葉がよっぽど嬉しかったのか、にぱぁと無邪気な笑みを浮かべる

そうしてぶんぶんと手を振りながら、ロンメルさんに連れられて部屋を出ていった

そんな咲の後姿を見送ってから、俺は大きな溜息を吐いて、軽く起こしていた体をゆっくりと布団へと沈める

すると色々とあり過ぎて、疲れていたのだろう。気持ち良い眠気に、全身が支配されていくような感覚に襲われる

その心地よい感覚に身を委ね、意識を手放す直前。俺はふと、ある事に気付く

そういえばあの西洋剣は、何処にいったのだろうと……







―――SIDE コンラッド・ロンメル―――


厄介な事になった。それが、天川君の話を聞いた私の正直な気持であった

天川君が拉致されそうになった現場にたまたま居合わせただけだった当初は、彼の拉致は両親が原因だと考えていた

ノーベル賞を取るほどの天才科学者である母親、そして日本屈指の剣豪の一人である父親

彼を拉致出来れば、そのどちらもを一挙に従わせる事が出来る

裏家業の人間であれば、天川君はかなり利用価値の高い人質と言える

だが、彼から聞かされた内容を鑑みれば、拉致の目的は彼本人だったのではないかと疑わざるを得ない

なんせ彼は、神話の中に登場するような神具―――聖遺物(アーティファクト)を扱える、契約者なのだから……


「それじゃあ全員集まったみたいだし、緊急会議を始めるわね」


桁之丞邸の中にある、巨大な会議室

30人以上が収容できるそこに集められたのは、桁之丞コンツェルンの荒事担当の上級幹部達

桁之丞 咲の母親であり、桁之丞コンツェルン総帥―――桁之丞(ゆきのじょう) (まい)

桁之丞 咲の父親であり、桁之丞コンツェルン副総帥兼警備部統括本部長―――桁之丞(ゆきのじょう) (かい)

警備部強行課主任である、私―――コンラッド・ロンメル

警備部諜報課主任である、アロハシャツに首から掛羅をかけるチンピラ風の男―――(あかつき) 直人(なおと)

警備部交渉課主任である、ピシッとスーツを着込む堅物そうな女性―――宮内(くない) 亜紀(あき)

警備部支援課主任である、パンツルックに白衣を羽織る気の強そうな女性―――シモネ・ヴァイユ

発言者である姉さん―――桁之丞 舞を除く4人と共に、私は無言で首肯する事でそれに答えた


「全員簡単に状況は聞いているだろうけど、まずは改めて状況を整理するわね。

 ラドが平時の巡回警備をしていた時に、街中で突然結界が展開された。

 それで現場に駆けつけてみたら、天川君が拉致されそうになっていたと……。

 そういう事で間違いないはね、ラド?」

「あぁ。間違いないよ、姉さん」

「それで、原因はやっぱり両親?それとも、本人に何か別の心当たりでもあった?」

「それがどうも、天川君は契約者のようだ。それも、とびきりの聖遺物を扱える」


私の言葉に、参加者全員の顔に緊張が走る

それもそのはず、聖遺物はその殆どが神の御業を体現する代物

現代では科学技術に置き換わり、魔術へと成り下がった紛い物ではない

科学技術等では代替不可能な、本物の魔法を行使出来る数少ない代物だ

モノによっては、世界の始まりの時、天と地を切り離したなんて伝承を持つモノもある

それ故に、参加者達の反応はごく当たり前のものといえた


「……それで、聖遺物の名前は?」

「ストームブリンガー、小説"エルリック・サーガ"に登場する混沌の魔剣だ。

 魂を持つ存在であれば、実体だろうが霊体だろうが関係なく切り裂き、その力を吸収できる恐ろしい代物だ。

 今の天川君が持っても大した脅威ではないだろうが、これからの訓練次第で神という概念すら殺し得る。

 勿論、それが小説のままの能力で具現化されていると仮定すれば、という条件付きではあるが……」

「ラド、お前らしくないな。そんなしょうもない気休めは止めとけよ。

 聖遺物ってのは、元となった話より強くなる事はあっても、そうそう弱くはなんねえだろうよ。

 それにしても神殺しか、とんでもねぇ代物だな」


私の言葉にそう言って、直人はカラカラと笑う

まるで自分には一切関係ないとばかりに、この状況を面白がっているらしい

私はお前も当事者だという思いを込め、直人を一睨する

だがそんな私の態度も面白かったらしく、直人はなおもカラカラと笑い続けた


「神殺し……少なくとも、一個人が持って良い力じゃないと思いますね」

「宮内、あんた面白い冗談言うのね。私たちは"コンラッド・ロンメル"なんて"化物"を保有してるのよ?

 将来は知らないけど、少なくとも現状では私達のが世界にとってよっぽど脅威でしょうよ」


生真面目な亜紀の言葉に被せられたシモネの言葉に、私は小さく眉を顰める

確かに私は、自分で自分を"化物"だと思っている。しかしその言葉を、こうも正面から堂々と投げられては不愉快だ

シモネの経歴を鑑みれば、私に向かってそう言いたい気持ちは理解できる。だがそれとこれとは、話が違う

少し、釘を刺すべきか。そう考えて口を開こうとした私の代わりに、すかさず義兄さんがシモネを窘める言葉を放った


「シモネ、口が過ぎるぞ」

「……言い過ぎたわ。悪かったわね、ロンメル」

「はいはい。天川君の件は、取り合えず全員理解したわね。

 それで今回の件、燐ちゃんと宗助さんは何処まで絡んでると思う?」


悪くなった空気を切り替えるように、姉さんはパンパンと手を叩きながらそう言って、話題を転換する

天川君の両親―――天川(あまかわ) (りん)天川(あまかわ) 宗助(そうすけ)

二人が今回の拉致騒動について、どこまで関係しているかというものへ


「何処までってか、ほぼ全部だろうな」

「天川君襲撃後から、音信不通になっていますからね。ほぼほぼ、黒で間違いないかと」

「状況証拠的に、黒しかないでしょうね。異能者ならともかく、契約者で知らぬ存ぜぬは無理でしょ」

「お前の友人を信じたい気持ちを尊重しても、かなり黒に近い灰色だな」


直人、亜紀、シモネ、義兄さん。それぞれが意見を述べるが、結論は同じ

天川君の両親が今回の件に対して、何かしらの関与をしているというもの

姉さんも、そんな結論に至る事はは百も承知している筈

だがそれでも娘の幼馴染の親として、これまで短くない付き合いがある相手だ

完全に黒だとわかっていても、心の何処かで信じたいのだろう

一縷の望みに縋るかのように、私にも意見を求めてきた


「ラド、貴方の意見は?」

「姉さんには悪いが、黒だと思います。聖遺物と契約するには、本人と聖遺物との接触が必須。

 話を聞いた限り、天川君に聖遺物と契約しているという自覚はありませんでした。

 となれば、その辺の犬猫ではあるまいし、たまたま接触したとは考えられません。

 明確な意図を持って、何者かが接触させたと考えるべき。そして、この場合は……」

「母親である燐ちゃんが、最有力候補。次点で、父親の宗助さん。

 どちらにせよ、両親共に知らないという事は考え憎いわね」


苦渋に満ちた表情を浮かべながら、姉さんが私の言葉の先を引き継ぐ

そう、知らない等という話が通じる訳がないのだ。私は姉さんの言葉に、静かに頷いた


「……直人。諜報部の総力を持って天川 燐、宗助夫婦の捜索を実施しなさい。

 発見した場合、可能な限り無傷で確保する事。抵抗された場合、現場の……あんたの判断に任せるわ」

「了解、"巫女"も動かすが問題ないか?」

「店の営業に支障がない範囲なら、何人動かしても構わないわ。

 亜紀、その辺の交渉と調整は任せるわね」

「はい、任されました」


しばしの逡巡の後、姉さんは各員へとてきぱきと指示を飛ばす

一度方針さえ決まれば、その対応は迅速で的確だ

今までは、その判断に誤りはなかった。だが、今回もそうだとは限らない

姉さんは、情に厚い女性だ。自分に関わりが深い人間を、そう簡単に切り捨てる事が出来ない

故に、今回の件は厄介だ。感情が絡むと、人間は簡単なミスを犯すものだ

だからこそ万が一の時は、私が身を挺して守らなければならない。そんな姉さんの優しさに、私は救われたのだから……


「ラドは、天川君の護衛と教育に回って。

 当分の間、強行課への指示は……誡、貴方が直接取ってくれる?」

「了解だ、姉さん」

「……分かった、何とかしてみよう」

「それじゃあ、方針は決まったわね。各自忙しくなるだろうけど、よろしく頼むわね」


姉さんの言葉に、私を含めた5人は首肯して答えると、それぞれの準備の為に会議室を後にする

そうして桁之丞邸の廊下を歩きながら、大きく息を吐く

本当に、厄介な事になった。そう、胸中で呟きながら……

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