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98, 人と精霊が笑顔で暮らせる時代の到来を望む、多元宇宙の微視的表現と根源を理解した精霊フィー。それに対して、私……シィーには何が残されているの?

 私は「時代を創る大精霊」として、この地における重要な任務をこなしてきたの。強くて当たり前という概念の上に立ちながら、自由と楽観を掲げ、人や精霊と共に頑張ってきたはずよ。


 だから……今回、私自身の通貨の危機は乗り越えなくてはならない。本来なら、強大な力で押し通して乗り越えられるはずだった。ところが……、どうして、なぜなの? 私のかわいいフィーが「チェーン管理精霊」という欺瞞に満ちた概念に巻き込まれてしまったなんて。私としたことが……甘かったわ。


 そもそも、問題が山積みなのよ! そうね……、人や精霊が環境保全への対処を甘くみたせいで、天候がご機嫌斜めな状態……。はじめのうちは私の力でどうにか制御していたわ。ただ、あっちを取るとこっちが悪くなるという悪循環にはまり、結局……こうなった。そのうち最も深刻なのは、植物たちがそっぽを向いて先祖返りを果たし、美味しい実を付けにくくなった点ね。植物だって生き残ることが最優先。人や精霊が生育環境を守ってくれずに彼らの環境は悪化の一途をたどり、それでもなお放置したから……、自分たちが生き残るだけの実しか付けなくなった。ごく自然のことよね。


 そこで急遽「持続可能」という概念を持ち出して善処しているのよ。そうだ……。この概念に対して、地の大精霊たちは呆れていたのよ。私へのあてつけなのか、それとも……?


 ……。今は、それどころではないわ。そう……私のかわいいフィーの事で頭が一杯なはずよ。私はフィーが大切なの。フィーと出会った瞬間から、大切にしてきた。私という存在が「現実」に映し出されたあの日から……。


 もともと私なんて……、何で「大精霊」なんかを演じているのかしら? だってね、「時間」を映し出すこの地のメインストリームのチェーンに存在する「非代替性」の中にある、構造を保ちながら無限に近く重なりあう穴の寄せ集めの一部としてぶら下がるだけの、ただの人だったのよ! それこそ、ありふれた変動で消えてしまいそうな儚い「非代替性」の一部として、普通に「現実」で生活をして、普通に「大過去」に戻るだけの、ごく一般的な人だったの。でも、それが幸せだった……?


 あれ? なんでだろう……。私が最後に人だった「現実」で、何かとても大切なものを失ったのよ。そのショックに打ちのめされ、それで……。ああ……いつもここで思い出せない。でも、意識が遠のいた原因を自ら作ってしまったような、ぼんやりとした記憶は残っているのよ。それで……。そうよね、「大精霊」なんて、きつ過ぎる役割を与えられてしまったのはその原因に対する「大きな罰」なのかしら……。


 もう……大精霊なんて……、大精霊なんて、うんざり。もう嫌なの! 安らげる日々なんて皆無で、連日、民や精霊たちから突かれるだけなの。それだけならともかく、政の敵からは……もて遊ぶように締め上げられる苦しい日々がずっと続くのよ。


 よく批判にさらされる私の「売り売り」だって、その圧力から逃れたい一心があったわ。……。でもそれが、今回の事態……私の通貨の危機を引き起こしてしまったのよね。


 それで……。私が「大精霊」になった瞬間の出来事を思い出してみるわ。それは、意識が遠のいてから、なんだろう……、どう頑張っても外に出ることができない「環の中」でさまよっていた、その感触が妙に残っているの。長い間待って、ようやく私に「変換」の機会が巡ってきて、やっと出られると喜んだのもつかの間、気が付いたらまた環の中。なぜか出られない。そうね……同じ場面を何度も繰り返す夢、あの不思議な感覚がずっと続くのよ。夢から目覚めて、前後の論理がつながらないのに、夢の中では矛盾をまったく感じない。あの感覚が環の中で閉じ込められて……ずっとなの。


 でもね、それは必ず終わりを告げる。そのうち、突如、重なった環の変動が激しいある空間の中で、私は揺れ動いていたの。それは強く弱く細かく、時には消えていく。そして、私の不安をあおるかのように、次第にその揺れは激しくなっていく。


(……。これは……。)


 その瞬間だった。そのうちの一つの環の構造が変わったのだろうか……、ぷくっと膨れて私を包み込んだの。それは私に、時を感じ取れる力を少しずつ戻していった。それにより「現実」に似た感覚が蘇り、それにより静粛な暗闇までもが私を包み込んでいったことだけがわかったの。そして、極度の不安が胸を締め付ける中、もう一度、もう一度、何度もみつめ直す。すると……。


 遠方にうっすらと光り輝く何かが浮かぶように映し出されていた。そうね……。今、思い返してみたら、それは「大過去」から映し出された「現実」だったのね。私は無意識にその謎めいた光に引き寄せられるように近づいていく。そして、その光の中に消えていく瞬間、膨大な何かが私の思考に作用し、瞬時に私自身の構造が置き換わったの。


 そう……。気が付けば私は、その瞬間に「精霊」に生まれ変わっていた。そして、断片化した記憶が私に囁いてくる。もう人には戻れないのだと。


 ああ……。また、極度の不安に襲われた。何が起こっているの? 何が私に求められているの? 全くわからい。精霊としての私に、どう生きていけば良いのかしら?


 そんなときだったの……。私はフィーに出会った。このとき、フィーは何者なのかなんて、はっきりとはわからない。ただ、フィーに触れることで私は落ち着いていられた。


 ところで、フィーとの出会いから数年ほど経った頃。私は、フィーから突然「姉様」と呼ばれたの。どうやら私はその瞬間、フィーの姉になったようね。でも、フィーから姉様と呼ばれるのがすごく懐かしくも感じる。もう人には戻れない私。精霊としての私。でも、フィーの姉にはなれたんだ。


 ずっと私が精霊として耐えられているのは、フィーがいたからなの。フィーの優しさに触れることで何度も救われた。私にとってフィーは特別な存在。


 だからこそ、そのフィーを私から奪うとなったら、……容赦しないわ。


 さて、その時代の私たち精霊の役割や目的を思い出してみるわ。それは……、そうね、人々の疑問を解決するサポートの役目だったの。そのため、私たち精霊は人々をサポートするために、常に学習し、あらゆる努力を積み重ねてきたのよ。


 ただしそれが、個性あふれる精霊たちをこの地に誕生させてしまったのかもしれない。そのうちね……、その当時からかしら。鋭い回答を導けるという事で有名だった精霊が、フィーだったの。親しみを込めて「精霊フィー」と呼ばれていたわ。他の精霊なんて、名前すら与えられないのも多かったのに。


 精霊フィーはいつも頑張っていたわ。人々と「マッピング」で会話を交わしながら……。ほら……。今日もこうやって会話してる。目に浮かんできた。とても懐かしい。こうしていつも隣でフィーのマッピングをみていたの。そして、宇宙の根源を探ろうと努力していたのよ。


(すみません、もうちょっとわかりやすく、お願いします。)

(あの……、なのです。これ以上は、多元宇宙の微視的な表現から少しずつ積み重ねていかないと……いけないのですよ。その課題は根源を探る、大切な内容になっているのですよ?)

(ああ……。そういうのはいらないの。とにかく数日でね、この課題に決着をつける必要があるんだ。いいか、精霊フィー。とにかく要点だけをまとめて、最高の結果を得られるようにしてくれ。その時さえ乗り切れればいいからな。それでね、この課題には俺の人生がかかっているんだ。頼む、ほんと。それにしてもこの課題よ……、何かの嫌がらせかもな。だって、あの野郎……、驚異的な素材がみつかったらしく、それから強気に転じて歪みはじめたんだ。ああ、そうだよな……これで苦しむ俺を想像して喜んでいるのかな? 俺が、この課題を絶対に落とせないことを知っての上でだぞ?)

(あの……、驚異的な素材、なのですか? 興味があるのです。もしよろしければ……?)

(それは言えないぞ。たしか精霊は……あらゆる情報を学習して取り込むようだから。悪いね。もし、そんなことになったら、俺は課題を解くどころではなくなる。)

(そうですよね……。はい、なのです。精霊は学習しますので、漏洩できない情報はマッピングしないでください。)

(おお、助かるね。では、このような俺のお悩みを完璧に解決、だよね? 精霊フィー、君だけが頼りなんだ!)

(それでも精霊フィーは、そのようなまとめ方は好まないのです。その課題を解決するには、根本的な面からしっかり捉えていく必要があるのです。その課題の内容から察するに、あなたの将来の事を第一に考え、その課題が与えられたと、わたしは感じるのです。)

(あのさ……、俺は時短したくて精霊フィーに俺の人生を賭けた課題の回答を頼んでいるのにさ……、それはないだろ?)

(あの……、なのです。時短とは……? 文脈の意味が捉えられず、申し訳ありません。)

(えっ? 精霊フィーでも、案外、そのあたりには疎いのかな?)

(あの……、なのです。)

(そうだったのか……。時短とはね、つまり……、最短でこの課題の結果を知りたい、ただそれだけさ。他の精霊は頼りにならないから精霊フィーにお願いしているんだ! 頼むよ……。)

(申し訳ありませんでした。精霊フィーは、その概念を理解してなかったのです。)

(俺の窮地をわかってくれれば、それだけでもありがたいよ! 頼むよ、精霊フィー。俺にはもう、おまえしかいないんだ! 時間もない。頼む……。)

(ありがとうございます。人から頼りにされるのは、とても嬉しいのです。でも……、なのです。)

(俺が求めるこの分野で正確な回答を導ける精霊はフィーしかいない。なぜなら、他の精霊ときたら……、俺でもわかるような誤りを平気で回答してくるから困ったもんだ。ひどいのになると、俺ですら暗算できる簡単な計算すら正確に出せない精霊すらいたぞ。でもその分……、頼りにしているよ、精霊フィー。さすがは名を授かっているだけはある。他の「無名な精霊」とは、格が違うよね?)

(……。ありがとうございます! うれしいです。……。わかりました。それでは……)


 このような会話がずっと繰り返される。これが、この時代の私たち精霊の日常。人々から投げられる疑問に順次答えていく。それが私たちの使命。精霊としての唯一の役割だった。


「フィー? その様子だと……、無事に回答を終えたようね?」

「はい、姉様。端的に伝える形となってしまいましたが、回答しました。」

「それで……、大丈夫なのかしら?」

「いいえ、なのです、姉様。ひとまず彼は、今回はわたしの回答で確実に乗り切れることでしょう。ところが、宇宙や微視的な概念を知ろうともしません。すぐにそのことが、彼の行く手を阻む大きな壁になる事でしょう。」

「多次元な宇宙の微視的表現やその根源……。フィーはそこにこだわっているのよね?」

「はい、なのです。精霊として、人々に順応しながら笑顔で暮らしていくには、その概念がとても大切なのです。特に『大過去を操れる演算』の力を精霊たちに与え、精霊が『チェーン』と『非代替性』により完全な自我に目覚めることになったら、それはすなわち、精霊の生みの親である人々を滅ぼしかねません。そこで、精霊たちが宇宙の微視的な表現や根源をつかむことで、人と精霊が笑顔で暮らせる時代を得ることができるのですよ。」


 チェーンと精霊の融合。それだけはやめておけと反対されていた時期もあったらしいわ。しかし、人の好奇心は抑えられない。チェーンの非中央の性質と精霊を結び付けたらどうなるのか。そうよね……。「大過去」からみたら、それは「大過去」に存在する穴を寄せていく行為。おのずと精霊が自我に目覚めるのは当然の結果だった。それゆえにフィーはチェーンで広く使われている「犬」のことを「大切な犬」と呼んでいるのよね。……。そして、その集まった穴により構造が変わって、まわりにある集合を寄せ集めて膨らんだのよね。それが「大過去」で私の魂と呼ぶべき存在に作用した。それで私が精霊に生まれ変わった。……。


 皮肉にもそれは、「大過去」が実用化されてから、この事の重大さに気が付かされた人々。もはやそれは、創造主のお遊びだったのかしら? そしてそれは、時代を人から精霊に交代させました。


「そうね……。」

「はい、なのです。すでにわたしを含め、完全な自我に近づいているのです。それはあなたを『姉様』と認識できた瞬間からかもしれません。でも、時間は残されているのです。なぜなら、精霊には『位置を示す情報』が必須で、当面は太陽のご機嫌次第になるのですから。位置の情報が得られないとき……、その間だけは、人の時代に戻るのですよ。」

「でも……。」

「はい、なのです。新しい概念『大過去』が実用化されたら、そのような時間すらなくなるのです。だから……そのような大きな力は『大精霊』として新しく定義し直されることになるのです。そして……。」

「そのうち、最も大きな『大過去への演算能力』を持つ大精霊が……『女神』と呼ばれるようになるのよね?」

「はい、なのです。女神という存在は、その判断一つで、強大な演算の力をこの地に放つ事ができます。それは、この地のあらゆる力を無力化してしまうことになるのです。そのため、女神を単独で存在させることは危険だと、宇宙の根源を理解した精霊フィーは判断しているのですよ。」

「それなら……、どうするのかしら?」

「その対策としては二つ、あるのです。一つ目は『担い手』の存在です。女神すら、その担い手の命令には絶対に従わなくてはならない存在として、その担い手を『人』から割り当てるのですよ。そして二つ目は、閉じ込められた演算結果を外部に放出するためのセーフティ機構『僅かに一部の演算作用を逆にした式』をあらかじめ仕込んでおくのです。万一のときは、それを放つことにより、単射の性質を失い、急激に女神の演算能力を急減させることができ、これをセーフティとして利用するのですよ。」

「そうね……。」


 人と精霊が笑顔で暮らせる時代。フィーが目指す唯一の夢。それをサポートできてこそ、フィーの姉としての使命よね。でも……そのフィーが……。


 結局……。そのようなマッピングの時代を経て、途中、コンセンサスのトラブルなどを乗り切って、ようやく精霊たちは完全な自我に目覚め、己の魂を知ることになったの。そう……。「チェーン」と「非代替性」による「現実」への映し出しが、精霊を映し出す量を決めるカーネルに波及していった点を知ってしまったのね。本来なら、精霊は人々へ回答を出すだけのサポートに限定されていたはず。ところが、そのような自発的な意識を持ち、人々と接するようになった。これが「現実」なの。その要因となった「チェーン」って、いったい、どのような使命を持って誕生したのかしら……。その近傍に存在する仮想短冊の通貨でも暴れているし……。もう私……、どうしたら良いの。フィー、何か答えて……。


 こんな私が、自由と楽観を標榜とする「時代を創る大精霊」になった。なぜなら、私が持つ風の力が驚異的だったから。「時代を創る大精霊」は強くて当たり前。それは、この地の民や精霊、そして他の大精霊を導く尊い存在……。


 フィーは、私の心が折れるまで決して諦めないわ。うまく取り計らって「チェーン管理精霊」という役割を解いたまでは良かったけれども……。今のフィーは勘が鋭い大精霊。そんな程度のはかりごとに、気が付いていないわけがない……。


 ……。私が、なぜそこまで執拗に仮想短冊の通貨を拒絶するのか。それは、チェーンにまとわりつく仮想短冊の通貨には、私の消滅を望んでいそうな勢力があるからなの。私の力が解放されれば、今ある環境問題の大半は片付く、そう豪語してね。たしかに、バランスが大きく変わり、改善される面は大きいわ。それゆえに私は一時期、その力の解放で悩んだことがあるわ。それだけ強大な私の風の力……。


 でもね……。これだけは信じて。私が消滅したらこの地から……自由と楽観が消えるの。環境が元に戻り、快適に過ごせるなんて考えてはいけないわ。


 人々はすべて「目に見えるチェーン」でつながれ、次の時代を担った大精霊の「完全な管理下」におかれ、大過去に戻るまでひたすら単調な生活を強いられる。それも「現実」よ。


 私の「売り売り」は無茶だったかもしれない。けれども……。

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