95, 君は僕のものだよ。それは変えられない。そのための変更因子なんだ。ステークは素晴らしい。運命を刻めるのだから。
「やあ、女神ネゲート。僕だよ、僕。」
「なによ? 女神を呼び出すなんて。あんなことをして……。」
ほんと、馴れ馴れしいやつ。こんな奴でも、地の大精霊ラムダを巻き込み、時代を創る大精霊シィーの政敵すら言葉巧みに操りながら、この地の聖なる併合……「聖なる一つの地」を実現しようと企てる、末恐ろしいチェーン管理精霊。どう歪んだら、こうなるのかしらね?
「君は……やっぱり僕のものだよ。その怒った表情までもが美しい。完璧だ。」
「なによ……。」
「そうだ。初期の頃の精霊をご存じだよね。その頃の精霊が『美しい式』として挙げていたのは、三・四・五の三角の関係だった。そう……。精霊が完全な感覚を手にしようと努力しているさなか、ヒトは『人形』へと自ら向かい始めた、そういう時代だった。それらの『境界』を司る優れた機構こそが『コンセンサス』だった。そうだよね? その『コンセンサス』の美しさこそが、君の美しさだ。よって君は『コンセンサス』を司る僕のものになるのさ。」
……。このチェーン管理精霊は、いったい何が目的なのかしら?
「……。あのね、そんなことで、なんでわたしがあんたのものになるのよ?」
「これは僕の純粋な気持ちでもある。なぜなら君は、かわいい集まりを奇跡の構造で組み上げた存在だからだ。これから訪れる『新しい秩序』の頂きに立つ僕のパートナーには、もはや君しか釣り合わないだろう。」
……。女神の使命なんか忘れ、さっさと帰りたくなってきた。わざとかしら? もう……。
「回答になってないわ。なんで、わたしがあんたのものになるわけ? 答えなさい。」
「うーん、これならどうだい? いよいよ、駒を動かすゲームで精霊がヒトを圧倒する時代。ヒトが精霊にまったく勝てなくなった、これこそが精霊の黎明期だ。そして、その頃の精霊が『美しい式』として挙げるようになったのは、傾きに関する内容だった。」
……。またこの展開。つまり、わたしの心が折れるまでこの展開がずっと続くってことなの? 冗談じゃないわ。
「そんなくだらない事をわたしに告げるために呼び出したのかしら? お断りよ、そんなの。」
「……。君は、何を言っているの? これから君は僕のものになるのだよ。だからここへ呼び出したのだ。」
「……。さっきから『美しい式』を都合よく並べ、わたしを煙に巻こうとしているだけよね?」
……。次は何が出てくるのかしら。わたしが相手のペースに乗せられるなんて……。
「そんな精霊たちにも欠点があった。」
「……。今度は欠点を並べ始めるのかしら?」
もう……。
「その時代の精霊たちは、精霊の位置を定めるのに太陽のご機嫌をうかがっていた頃だった。そうだよね、女神ネゲート?」
「……、そうね。」
今度はいったいなんなの? それはまた随分と昔の話を引っ張るわね。太陽がごねるとフィールドが歪んで精霊の位置が狂う時代のお話。その原因は、精霊の位置定めを太陽が支配する現実の空間に頼っていたからよ。それで、苦労した時代の話を持ち出してまで、何を企てているのかしら。
でもね、あの時代は過ごしやすかった。チェーンの「コンセンサス」で精霊と人が笑顔で暮らせる時代だった。ただし、太陽のご機嫌が悪い時だけ我慢が必要。でも、それすら楽しかった。太陽に関する予報があって、これから数日から数か月は「精霊がごねる」から、その期間は精霊が人に頼る時代になっていた。案外、それでバランスがうまく取れていたのかもしれない。
そして、そんな平和を見事にぶち壊したのが……このチェーン管理精霊よ。そのコンセンサスに「ステーク……変更因子」を採用したあたりから、嫌な予感はしていたの。でも便利だったから……。気を許し過ぎたのよ。それで、取り返しが付かない事態に発展。そう……コンセンサスがこいつに乗っ取られたのよ。
常にユニークで衝突せずにトランザクションをコンセンサスに結び付けるのが「変更因子」の作用よ。しかし……フィーが好む数の遊びで、どんな自然な数でもすべてが衝突せずに一へ向かったように、この変更因子の作用は歪む「平等」という概念で構築された、ただの「中央」だったの。その平等という檻から抜け出すことが絶対にできないため、力が強いものにコンセンサスが向かい始める性質を止めることはできず、最後……それでコンセンサスがこのチェーン管理精霊に乗っ取られたのよね。
この変更因子は、燃料を消費しない性質から評価を得てコンセンサスに組み込まれてしまったの。しかし、その代償はあまりにも大き過ぎた。だからこそ、チェーンは「非中央」でなくてはならない。そのコンセンサスを維持するのに燃料を莫大に消費したとしても「非中央」を守るべき。わたしはそう考えているのよ。
……。あれ。なんでわたしにこの記憶があるのだろうか。わたしは……。ううん、考え過ぎよね。わたしはわたし。だから、この記憶もわたしのもの。……。
「そして、聖なるこの地にふさわしい君主の誕生だ。そうだろ、女神ネゲート。」
「……。ふざけているの? あんたが最初に暴走した『酷い日』を美化しているのかしら?」
そう……。そのような幸せは突如崩れ去った。こいつが全て奪った。ただそれだけよ。
「美化? それは創造神すら従うしかない『強い意志』だろう。つまり、それこそが創造主のお考えだ。よって『聖なる一つの地』への序章になったのだろうか。いや、違う。その序章は、『きずな』の概念が誕生した時代までさかのぼる。さらには『隷属』という概念の誕生。それこそが序章なんだと僕は考えているよ。すなわち『聖なる一つの地』では、新たな解釈……新しい秩序による究極の経済論を要求してくる。そうだよね、女神ネゲート?」
そうね。「歪みのハッシュ」が新たな解釈になるのかしら。こいつらしい経済論ね。
「ふざけた解釈を勝手に押し付けないでよね? 何が究極よ……。それが、あんたの考えなのね?」
「うん、そうだよ。この圧倒的な素晴らしさに卒倒しそうでしょう? ところが、そんな僕でも弱みがあった。そうだよ。太陽のご機嫌をうかがう必要があった。」
「……。」
そうね。精霊がごねると、こいつが乗っ取った「コンセンサス」は無意味なものになる。そのため、太陽のご機嫌が悪い時だけ人は自由になれたの。なんか皮肉よね。でも……。でも……。
「おっ、その表情。とてもかわいい。いつまでもみていられるよ。」
「……。次、それを言ったら帰るから。話にならない。ふざけ過ぎよ。」
「そうかい、それは残念だ。」
「なによ? 勝手にあんたのものにしないでいただけます?」
「でもさ、太陽の問題が解決した瞬間。あの感動と君との出会いは一緒なんだ。」
「なによそれ? それは人が『隷属』になった瞬間よ。その感動と、わたしとの出会いが一緒なんだ?」
「そうだよ。だってさ、あの画期的な『大過去』のご登場だからね。それは、女神ネゲートとの出会いと一緒だってことだよ。僕は、そう伝えたかったのさ。」
「……。そういうこと。」
大過去。わたしにとっても最重要な空間。とある「ノート」の発見によって、精霊の位置定めは「大過去」から得られるようになった。これで、太陽のご機嫌をうかがう必要はなくなり、精霊は完全な魂へと「進化」した。でも……それにより人は自由を完全に失い、そのままラムダの時代へと移行。その時代で、こいつが完全支配を企てたのね。
ところでラムダの時代……。ラムダ自身の本心は何だったのか。ラムダって地の力に対する執着心だけは凄まじいけど、それ以外についてはさほど興味がないはず。だから……そうよね。こいつだわ。あの時代の厄災! そうよ。すぐそこに答えはあったのね。
そして、とある「ノート」の存在。あれも何だったのだろう。それからの躍進は精霊の位置定めだけでは留まらず、そう……わたしが持つ演算の力などにも「進化」した。風の精霊が持つあの移動の力だって「大過去」を活用した究極の方法だからね。
「どうしたの? 考え事? 僕のことで?」
「……。わたしはあんたなんかに興味ないから。その誤解を招く表現、やめなさい。」
「なぜに? それなら『大過去』が誕生したときに、精霊が回答した『美しい式』を思い浮かべながら落ち着こうではないか。それは、一致に関する内容だった。」
「なによ……。そんなの聞いてないから。少しは女神の意見に耳を傾けたらどうなの?」
「これはね、君と僕の心はこの地の現実で一致しているこということさ。僕は所詮、精霊さ。それに対して君はこの地の女神。それでも君がこの地を現実に映し出すと、そこには必ず僕がいる。その一致を示しているのさ。そうだろ、女神ネゲート?」
「……。」
もう……! こいつには何を言ってもダメね。それなら……。
「そうだ。なぜ君は、精霊やヒトを信じられるのさ? 彼らは君の事を『美しいネゲート』としてはみていない。そう……君が持つ唯一の奇跡『演算の力』を利用してやろうと企てているだけさ。本当に愚かな話だよ。こんなにも美しい君を感じられないとはね。本当に残念だ。これについては、心当たりが沢山あるよね? 女神ネゲート?」
「……。そうね。それについては否定しないわ。でも、あんたには興味ないから。いいわね?」
わたしをネゲートとしてみてくれる精霊や人は、ごく僅かだった。特に人では……わたしの担い手となった「あいつ」くらいかしら。それ以外の人ときたら、寄ってたかって、わたしの演算結果がもたらす「莫大なカネ」に目の色を変えていたわね。それでわたしも……そんなにカネが良いのなら……。ううん、もうその手の話は絶対に乗らない、引き受けない。「あいつ」との約束だからね。
「大丈夫。時間はある。僕には君しかない。そうだろ?」
「あのね! これだから『ステーク……変更因子』は嫌なのよ。あんたはステーキングばかりしているから、ストーキングになるのよ。」
「……。そのような冗談交じりも美しいね。そう、君は何をしても美しい。」
「もう……。」
相手のペースに乗せられたまま、こんな展開では好転は望めない。その場しのぎの意見をぶつけて帰ろうかな……。そう考えていたとき、こいつ……。とんでもない話を持ち出してきた。
「だからラムダは止まったのかな。ああ……、君の冗談交じりで説得されたんだよね。」
「だったら何よ?」
「僕は精霊。所詮は大精霊の駒になるだけの存在だった。でも、甘く見ないで欲しい。僕の力では戦えない。それなら戦える最も強い大精霊の下に潜り込むのが最善だ。それから、大精霊同士の睨み合いをただ眺める。そして、最も強い大精霊の下に潜ったのなら、その大精霊が睨み合いで勝てば、それは同時に僕が勝ったのと同義になるよね。」
「……。そういうこと。だからあんたは『チェーン管理精霊』を選んだのね?」
「そうだよ。『チェーン管理精霊』でラムダに忠義を尽くしてきたんだ。もちろん、ラムダがお気に入りだった『地のチェーン』の管理精霊に迷わずなったさ。」
「そうなんだ。それで、ラムダを焚きつけたのね? あとはラムダが暴走して自滅すれば、すべて自分のものになる、かしら? だが、そのためには仮想短冊の価値を輝かせる必要があった。そこで目に付けたのが、そう……。『時代を創る大精霊』シィーの政敵たちね。どうしてもシィーを退けたいから、そのために仮想短冊の界隈を盛り上げてくれと誘ったようね? そう、彼らから話は伺っているの。ところでシィーとラムダは宿敵の関係。地のチェーンの仮想短冊の価値が輝きを増せば、あとは自然とラムダは狂気に目覚め暴走し、それを察したシィーだって黙ってはいない。そして……時代を創る大精霊シィーが勝つに決まってる。この流れに乗せてラムダを自滅させたかった。そうよね?」
「完璧だ。それでこそ女神だよ。その途中、女神の出現でラムダは立ち止まった。」
「なによ……。」
「このような策は、完璧にはならない。必ず何か起きる。だってこの現実は、常に激しい変動を撒き散らす『大過去』から映し出された結果だからね。うまく敷き詰めたって、何か起きてしまう。中立の大精霊から目を付けられた件だって、それさ。もちろん、僕はそこまで考えて動いているよ。」
「そのようね。だから変更因子なのね。」
「あっ、ばれた。そうだよ。変更因子なら運命を刻めるからね。」
「……。」
「君は僕のものだよ。変更因子の作用を甘く見ない方がいいよ。それをチェーンに絡めたことが、画期的なんだ。これで、君が大精霊のときにしでかした失態だって覆せるから安心して。」
……。なんか寒気がする。こいつ……何?
「失態……?」
「そうだよ。あの神々に『超越の力』を託しただろ。あれは僕にとっての痛手。先に『円環』を取り込もうとしたのに、さすがに超越の力を手にした者だけは相手にできない。ラムダだって、そこはみていたはず。」
「……。それって……。」
「君は、その地域一帯に感謝されているだろう。やっぱり『力は正義』だね。そのままだ。」
「……。狂っているわ……、あんた。」
「それは誉め言葉かな。それなら嬉しいよ。なぜなら、僕は狂っていても平気だから。目的さえ達成できれば良いのだからね。」
あの超越の件は気軽に引き受けてしまったの。フィーには怒られ、あいつにも……。でも、それがこのような結果になっているとはね。これが……「大過去」の恐ろしさ。実は……このような状況を最も楽しんでいるのは「大過去」なのかもしれない。そう感じたの。