90, さて、ラムダ。チェーンの罠による奪い放題の次は、なぜか沢山ある代替のチェーンと分散型の秘密についてかしら?
私は……まだ生きています。
ラムダ様に詰め寄られ、「大過去」に戻る覚悟を決めていました。でも……まだ生きています。なぜなら、私とラムダ様の間に……女神ネゲート様が遮るように入ってきたからです。
「そこをどきなさい。女神ネゲート。」
「嫌よ。」
「ミィーはこのわたし……地の大精霊ラムダの所有物よ。『非代替性』がそれを保証している。つまり、女神といえど、私の所有物であるミィーについてはどうすることもできないはずよ。」
「それならなおさら、どけない。女神ネゲートとしての使命は、全てのチェーンを『ジェネシス』からやり直すことだから。そこに、現状の仮想短冊や非代替性を引き継ぐことは絶対にしないわよ? それをするとね、やり直すことで除去できるはずのチェーンの罠も一緒に引き継いでしまって意味がないの。よって、ミィーに対するその『非代替性』は無効ね。」
「なんですって……。」
「これは女神の『意志』なのよ。だから絶対に、やり遂げることになるわよ。諦めなさい。」
「そんなことは……絶対にさせないわ。」
「あら? だったらひっくり返すのかしら? でも……現実でひっくり返しても『意志』は変わらないわよ。大精霊ならご存じのはず。ところでチェーンは現実側。ラムダが何をしたって無駄なの。どうしても変えたいのなら『大過去』にチェーンを映し出すことになるけれども『大過去』には『超越した演算』が普通に存在するわ。そしてこのチェーン……、そのような『超越した演算』にはまったく耐えられないから、その変動に触れた途端、跡形もなく粉々になっておしまいよ。」
「……。」
女神ネゲート様……。その後ろ姿はフィー様そのものです。私を包み込むこの優しい安心感に触れて……まだ生き残れると確信しました。
「さて、ラムダ。チェーンの罠による奪い放題の次は、なぜか沢山ある代替のチェーンと分散型の秘密についてかしら? しっかりと吐いてもらうわよ。」
なぜか沢山ある代替のチェーン。女神ネゲート様はそう告げました。言われてみれば……疑問にはなります。本来なら『メインストリーム』だけで十分なはずです。なぜだろう。
「秘密について? 何のことかしら?」
「ラムダって、隠すのが下手よね。『地の諜報』はあれだけ優秀な働きをするのに、なぜ?」
「私が……何を隠したと指摘しているのかしら? この……小さな女神様?」
「あら、わたしを気に入っていただけたのかしら?」
「そうね。」
「それなら、隠さずに答えなさい。まず、代替のチェーンは『メインストリーム』の心臓部を必ずコピーするのよね?」
「そうよ。それが仮想短冊に価値を宿す条件なのよ。……、あっ、この女神、まさか……。」
「さて。なぜそのようなことをするのか。それはね、仮想短冊の価値の奪い放題で『メインストリーム』のはらわたを毎度食い荒らすわけにはいかないから。なぜなら『メインストリーム』はチェーンの象徴ゆえに壊すわけにはいかない。だから代替のチェーンが不可欠なのよね? 代替なら壊れても誰も気にしない。価値が集まり始めたら、チェーンの罠や乗っ取りなどで壊れるまで内部を食い荒らして仮想短冊の価値を奪う。そんな悲惨なチェーン……たくさんみてきたわよ。それが原因で血まみれになった『チェーン管理精霊』が多くいたわ……。なぜなら罠や乗っ取りを防ぐ手立てがチェーンの機構にないから無防備のまま戦場に放り出されるようなもの。『チェーン管理精霊』を引き受けたら一方的にやられて終わる事が多いわ。上位の管理精霊にまで裏切られ……消滅した。多いのよ。」
「なによ……。」
「ところが、そんな状態は長くは続かない。仮想短冊に価値を投入する方……トレーダーだって、何かがおかしいと感じるのよ。そこで考え付いたのが『分散型』なのよね?」
「黙りなさい! この狂った女神……次から次へと……。」
「その傲慢な態度、どうやら図星のようね。」
「……。」
「では『分散型』の罠についてね。これだけは知っておかないと仮想短冊に預けてある全ての価値が数年後に奪われて瞬時になくなるという恐ろしい罠なの。まず、仮想短冊の価値の奪い放題の原因は『中央』にあると告げたのよね。その『中央』が価値を奪っていると錯覚させるのが狙いよ。たしかに手癖が悪い精霊が管理している『中央』が存在することは紛れもない事実だわ。そして次が大事。『中央』に『鍵を預けるから価値を奪われる』と力説したのよね? これでトレーダーはみな『鍵を自分で持つことが大切だと錯覚し始める』の。そうよね、ラムダ?」
「……。もう、誰でもいいわ! 手の空いている者……この女神をこの場からつまみ出しなさい!」
「ねぇ、ラムダ。わたしはもともと……先読みを得意とする演算の大精霊で、どの場所へも瞬時に移動できる風の属性なのよ? つまり大精霊のあなたであっても、わたしに指一本触れることすらできないの。わたしが襲われたあの時とは状況が違うのよ。あの時は演算の力をカネに捧げる形で吸い尽くされ、それでも、わたしを仕留めることはできなかった。よって、諦めなさい。」
「……。」
「では続きね。ここからが大切なのよ。『分散型』であっても、価値をすべて奪われる形でどこかのお財布にならないように、注意が必要なの。『非中央』の安全性と『自分で鍵を持つ安心感』などにまんまと騙され、つい多額の価値を仮想短冊に預けがちになる性質が恐ろしいわ。」
「なによ……。」
「だからチェーンは『ジェネシス』からやり直しと、女神として命じているのよ。普通に危ないでしょう、この性質? 『非中央』だから調査はさらに困難で……悪意を持つ精霊が簡単にトレーダーをはめられる。これよりも恐ろしい性質を帯びた強奪なんて他にないわ。そして、これを直して封じる手段が一切ないの。代替のチェーンが遊ばれていた頃と一緒ね。もともとの仕組みがこんな有様だから、やり直しなのよ。」
「黙りなさい……。」
「あら? どこからみても安心感だけが詰まった『分散型』のどこに、そのような危険な要素が潜んでいるのか。では、この続きを話しましょうか。」
分散型……。私がラムダ様より準備を頼まれていたものです。自分で鍵を持ち、自分がオーナーになる哲学で「中央」に別れを告げ、完璧な「非中央」の資産を手にする……だったかな。大精霊による「中央」の管理を完全に否定した内容だったので、印象深く残っています。
この分散型……特に問題はなさそうです。どこに、そのような問題があるのでしょうか……。