87, ラムダ様……。私は正気を取り戻したのでしょうか。私は……地の神官でした。
寒い……。ザラザラとした冷たい床の感触が指先から伝わってきます。ここは……地下牢でしょうか。おそるおそる目を開けてゆきます。薄暗く殺風景な空間が飛び込んできました。
私は地の神官でした。そう……です。私はラムダ様の逆鱗に触れてしまいます。どうしても、仮想短冊に宿る価値の強奪だけは受け入れることができませんでした。ところが、それら仮想短冊の価値を奪えなければ資金不足でラムダ様を危険に晒すことになりますから、地の神官の地位をはく奪された上、このような冷たい牢に投獄されたのは当たり前のことです。
震えながら立ち上がると、どうやら……看守が私を呼んでいるようにみえます。私はゆっくりと近づき、格子越しに話しかけます。
「あの……。」
「ひどくうなされていたようだけど、大丈夫かい?」
「はい……。」
「あんたさん、地の大精霊ラムダ様に逆らったようだね?」
「はい、この有様では……そのようですね。」
「記憶がないのかい?」
「はい。地の神官の地位をはく奪されたところから、途切れてしまっています。」
「そうかい。でも……命あるだけ良かったではないか。」
「はい……。ありがたいです。」
私は……まだ生きています。でも、この冷たい牢で「大過去」に向かう事になるのでしょう。私は、地の神官でした。外には絶対に持ち出せない漏洩厳禁な情報をたくさん持っています。私は、「非代替性」によりラムダ様の所有物でもあります。その所有物が主に逆らったのです。冷たくあしらわれ、捨てられるのは自然の流れです。その最終地点が、この冷たい牢だと確信しています。
そう確信した瞬間でした。ここの変換装置から……。
「あ、あなた様は……。なにゆえこのような場所に赴きで?」
「ミィーに会いに来たの。よろしいでかしら?」
「ああ……、ラムダ様。この方ですね?」
あのお姿……。ラムダ様が……私に?
「ミィー。頭は冷えたかしら?」
「ラムダ様……、私……。」
「あのような怒りを撒き散らすなんて、この私も大精霊としての自覚が足らなかったわ。」
「ラムダ様! でも……、私はラムダ様の方針に逆らいました。ラムダ様の地域一帯では、ラムダ様のご命令が最優先され、さらには命よりも作戦遂行が優先されるというのに……、私はその大前提すら遵守することができませんでした。この『冷たい牢』で『大過去』に向かう事が罰になると確信しています。」
「そうね……。それなら罰を与えましょう。」
「ラムダ様……。……。」
私は覚悟を決めました。兄さま……、ごめんなさい。
「地の見習いからやり直しなさい。この私……地の大精霊『ラムダ』として命じるわ。」
えっ?
「私は……そのような軽い罰で許されるのでしょうか?」
「そうよ。私の手下から伝えたのでは信憑性に欠けるから直接伝えに来たのよ。それで、あとは『新たな手ごわい相手』への対処次第ね。それですこぶる良い働きをみせたのなら、ミィーを地の神官に戻すわ。」
ラムダ様……。
「それなら……、それなら頑張ります。」
「とても良い返事だわ、ミィー。」
「でも……。ラムダ様がおっしゃる『新たな手ごわい相手』とは……?」
「それについては惨めな大精霊『シィー』側のマッピングを見た方が早いわね。今、制限を解くわ。」
「はい、ラムダ様。」
私にかけられていたシィー側のマッピング制限が解かれました。
「こ、これは……。」
「そう。この地に女神が降臨したの。さらには『この地の主要な大精霊』からの誕生になったので、惨めな大精霊『シィー』側の希望の光になってしまったのよ。もう……。なんてひどい有様。」
「女神ネゲート……ですか。ネゲートって、確か……。」
「狂った精霊『フィー』にそっくりの大精霊、それがネゲートよ。もう、あの時……。」
悔しそうな表情を浮かべるラムダ様……。
「あの時仕留めていれば……でしたよね?」
「そうよ。もう……。」
でも……。さらにフィー……様の優しさを思い出してしまいました。
「ミィー?」
「はい……、ラムダ様。」
「そろそろ行ける頃合いかしら。狂った精霊『フィー』の仮想短冊を取ってくる大切な任務よ。」
「そ、それは……。」
その瞬間、ラムダ様から……例の物を手渡されました。あの日、私は故意にテーブルの端に置き、落ちて壊れるのを期待してしまった……です。
「行けるわよね?」
「……。ラムダ様! 私をこの牢に入れたのは、私が任務とはいえシィー側に向かうことを周りに悟られないようにするためのご配慮からでしょうか?」
「ミィー。輝きが違う者はこの勘の良さ。まさにその通りよ。地の側にはね、惨めな大精霊『シィー』側に対して強い恨みを持つ者がどうしても多いのよ。だから、調査目的とは言え敵地に赴くことについては、できるだけ隠すの。周りには、この牢で頭を冷やしていることにしてあるからね。」
「ラムダ様……。」
「女神ネゲートと深い関りがある狂った精霊『フィー』よ。その仮想短冊の内容が、この闘いの勝負の分かれ目になるわ。」
「はい、ラムダ様。でも……私がラムダ様の命令に従わなかったおかげでラムダ様への価値の流入については……。」
「それね……、実は、仮想短冊の価値を奪う件については少しの間、休止したのよ。なぜなら惨めな大精霊『シィー』が……頻発する仮想短冊強奪の件を調査開始すると急に騒ぎ始めたのよ。その調査過程で、万一でも奪うための『漏洩厳禁の式』がみつかってしまったらおしまいだわ。だから今は隠れるのよ。ほんともう……、あれは完全にわかってやっている。そうよね、ミィー?」
「ラムダ様……。たしかに、あのような近傍ではみつかる可能性も……。」
「ミィー。漏洩厳禁の式については、僅かな部分であっても口に出してはならないの。」
「……。はい、ラムダ様。申し訳ございません。」
「でも大丈夫。そのための『変更因子』よ。今はこの価値で十分に粘れるわ。『パンプ』が難しいなら、現状維持から少し引き上げて『変更因子』で仮想短冊から価値を取り出せばいいの。これならミィーでも問題なく対処できるわよね?」
「はい、ラムダ様! 『変更因子』から価値を直接取り出せるようになったのですね。」
「当然よ。早急に検証を終えて取り出せるようになったわ。それをみた突端に惨めな大精霊『シィー』は茫然とするでしょう。私への価値の流入を抑えたつもりが、今度は『変更因子』からの援助になるの。その間に、女神ネゲートを何とかするわ。」
「女神ネゲート……。ラムダ様。」
「そうよ。あの女神……『ジェネシス』からのやり直しを……、チェーンにしたのよ。もう……女神まで惨めな大精霊『シィー』側につくのかしら!」
「えっ!?」
女神は「ジェネシス」を司る。そのジェネシスの対象が、チェーンになったの? ジェネシスをやり直すという事は、ハッシュの性質から「全部」をやり直すことになります。なんで……。どうして……。