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80, フィーさん……チェーン管理精霊から解かれます。その解かれる直前……俺の記憶が償還されることになりました。この地に呼び出される瞬間……トレーダーとして再起不能級の大負けをしでかす前の記憶です。

 シィーさんから問われた恐ろしい問いの内容が頭から離れません。あれから何も答えらず、日だけが虚しく経過していきます。シィーさんと顔を合わせる度、俺はどうすることもできずにうつむくだけ。それでもシィーさんは俺に怒りをぶつける素振りなどは一切なく、答えが浮かんだら歪曲することなく直感で答えてちょうだいと……。でも、それが難しいです。


 とにかく「人」である俺自身で考える必要があります。ところで、フィーさんも首をかしげていました。もちろんフィーさんには頼れませんよ。「人」である俺自身で考え抜くしかありません。


 そのシィーさん自身の行動にも妙な点が目立ち始めます。「ラムダが狂気に目覚めた。よって地の大精霊ゼータの脅威からも護る必要がる」と妙に張りきっていて、各地を転々と飛び回り始めました。まだラムダの件を終えていないのにさ……。


「ねぇ、あんた? 暇そうね。」

「何? もちろん暇さ。それで?」


 不機嫌なネゲートに絡まれました。きっと「犬」のことだろう。こいつはどんな状況下であっても「犬」が大切。なぜなら、シィーさんがラムダに対する攻撃として仮想短冊の「パンプ」を全力で抑え込んでいる影響が「犬」にも直撃。不安定になっているためです。


「わたしの『犬』がピンチなの。この……な量が危機にさらされているなんて。」


 やっぱり「犬」でした。……。あれ? ……な量だと? そんなに投げてないぞ、ネゲート!


「おい、ちょっと待て。」

「なによ?」

「さりげなく俺が所有する量まで加えただろ?」

「……。だったら何よ?」

「だったらって……。まだネゲートに投げていないだろ。」

「あのね……。あんたの『犬』は、わたしの『犬』になる。これは『公理』なのよ。」

「……。それがネゲートの狂気か。」

「そうね。そういうことにしておいてちょうだい。」

「それが大精霊のすることかよ……。でも、ラムダに比べりゃかわいいもんか。」

「もう……。なぜそこでラムダが出てくるのかしら? もう……。」


 少しからかってやりました。ああ……、俺の「犬」がネゲートにしつこく狙われている点を再確認できましたね。


「まあ、俺に文句を言ったところでさ、どうしようもないよ。」

「もう……。ただでさえ狡猾なラムダによる燃料絞りの影響を受け始めているのに……。もう。」

「えっ? ああ……『犬』も『燃料』なんだ。」

「そうよ。数の叡智による非中央の構築を高々と掲げるチェーンは必ず『燃料』なの。その数の叡智が悲鳴を上げ、大精霊の悪巧みへの作用が強過ぎる『狂気の変更因子』なんて絶対にありえないの。あのラムダはこんなにも『真っ赤な哲学』ばかりを好んで取り込む性質が古代からあるのよ。だからこんな事態に発展したのかしらね。」

「その悪い癖からシィーさんに先を読まれ、おびき出されたのか……。」

「そうね……。シィーは一応否定はしていたわね。ちなみにこの地で『時代を創る大精霊』におびき出されたら勝ち目はないの。この地のヒストリーが証明しているわ。なぜなら、おびき出す方だって策略の詰め合わせで準備万端よ。シィーの配下には優秀な精霊、神官や策士が揃っているのだから。」

「シィーさんの配下か……。ああ……フィーさんみたいなタイプが集まっているのか。もしおびき出されたのであれば、ラムダに勝ち目はないね。」

「あ、あの……。」

「ああ……。フィーさん系の集まり。余弦で落ち着きたい。微視的表現。こんなのばかりかな。俺はフィーさんが誘ってくるこの二つのフレーズには細心の注意を払っています。何処に連れていかれるのか想像すらできませんから。俺みたいのが迷い込んだら帰ってこれません。そして、そのような集まりであるシィーさんの配下たちが、顔合わせの度に円卓会議を開き策略を洗練してきたのでしょう。そんなのに喧嘩を売ったら勝てないよ。相場で人が大精霊に喧嘩を売るようなものだ。再起不能になるまでボコボコにされる。」

「……。」

「ネゲート? 何か気に障ったのかい?」


 ネゲートの様子が変です。さて?


「そうですね。唐突に微視的表現では荷が重すぎました。では、思考を変え他の分野からみていくことにしましょう。大丈夫です。そのうち、必ずわかるようにできていますから。」

「ちょっと……、ネゲートまでおかしくなってしまったのか……?」


 あれ……。なんとなく、雰囲気が違うような……。そこに存在したのは「紅の瞳」ではなく……。


「えーと、俺はネゲートに絡まれていたはずだ。」

「そうですか。でも、わたしはフィーです。」

「だよね……。それならパンケーキでどうだ?」

「……。そろそろ、パンケーキには耐性が生じてきました。何度も同じ『甘いもの』では厳しくなりますよ。」

「耐性……。ああ……。」


 ……。ネゲートはどこへ?


「何が起きたのさ? ネゲートはどこに忽然と消えたの?」

「はい。あの神々から急に呼び出され、わたしと入れ替わったのですよ。」

「入れ替わったのか……。」

「はい。わたしも風の精霊ですから。入れ替えくらい簡単です。」

「……。その瞳の色を確認するまで、まったくわからない。」

「はい。意識することなく自然と入れ替われる。チェーン管理精霊ならこれ位は軽々こなせる必要があります。」

「ネゲートめ……。あいつ、こういう遊びみたいのを好むよな。あの厄介なソファの件もこれだろう。シィーさんの治療には大助かりだったが……。」

「はい。でも、そこがネゲートらしくて良い点です。」

「良い点か……。」


 何か……、背後に近寄る気配を感じます。振り向くとそこには……ネゲートの姿がありました。


「もう帰ってきたのかい。」

「ちょっとした用だったのよ。」

「それくらいならマッピングで……。でもあの神々、常日頃から顔を出せって要求するタイプでしょう。」

「そうよ。」

「つまり、マッピング経由でやり取りして、万一そこに情報が残ってしまうと困る。これだよね?」

「あのね……。そんな内容ではないわよ。もう……。」

「それを聞いて安心したぞ。一応俺はネゲートの担い手になっている。変な問題を抱え込むなよ。」

「わかっているわよ。もう……。」

「ところで、どんな内容だったの?」

「……。そうね、あんたは担い手。話してもよいわね。実はシィーの件なのよ。」

「シィーさんの件?」

「それでね……。」

「あ、あの……。わたしの姉様も、帰還しました。」

「えっ? シィーさんも帰ってきたの?」

「もう……。シィーの前では話せないから、後日ゆっくりね。」

「その手の話ね。わかりました。」


 するとほどなくして、上機嫌のシィーさんが目の前に映し出されました。慣れてはきましたが、不思議です。「大過去」から映し出されてくる、だったよね。大精霊の特権です。


「ただいま! どこもすごい歓迎ぶりで、久々に胸が高鳴ったわ。」

「……。シィー? 今はラムダの件が最優先でしょう。あまり荒波を立てない方が……。」

「ネゲート。なにかしら? あなたは……、そう。あの神々に対しても余計なことをしたわよね?」

「な、なによ?」

「あの神々は、はるか昔から私の配下にある優秀な精霊を高く評価していたの。そこに、ラムダの脅威が迫っているのよ。当然、私の優秀な精霊をすべて導入していただけると信じていたの。それなのに、それが一部に変更されたのよ。どうしてかしら? 一応うかがうけど、あの神々はすでに『超越性のある精霊』を手に入れていた、そんなことはないわよね? 『演算』の大精霊であるネゲート? 答えなさい。」

「なによ……。わざわざ『演算』と付けてくるあたり、すでにご存じのようね?」

「あら? あの神々……私が不調な頃、うまい具合にフィーを利用するために、私をダシにしようとしていたわ。そのときにみせつけられた精霊は……? 私は『時代を創る大精霊』、今は本調子よ。さあ、答えなさい。ネゲート。」

「シィーは不調くらいでちょうど良かったのかもしれないわね。でも……シィーを目覚めさせたのはラムダ。何かの因果かしらね? 久々に『大過去』の解析が必要かしら?」

「そうね。『大過去』に改めて問う。大精霊として悪くないわ。でもね、ゼータの脅威から護るためにそこで余った分の優秀な精霊をお渡しすることになったの。ちょうど間に合って完璧。」

「ちょっと、なによそれ? それではまるで……、わたしが悪いような言い草ね?」

「どうしてネゲートはいつもいつも悲観的に考えるのかしら? それがその名の所以なのかしら? ここはね、ネゲートの『超越性』おかげで精霊の手配が間に合って、ゼータの脅威からもこの地が守られたとみるべきよ。」

「シィー、これだけは伝えておくわ。この地を壊さないでよね。」

「……。ネゲート。それはどういう意味なのかしら? 私がこの地を壊す? なぜそうなるの?」

「それくらい、自分で考えなさい。もう……。」

「そう……。それなら、あなた。そろそろ、答えは出たかしら?」


 ああ……。そろそろ話を振られるとみていたよ。俺……、シィーさん……。


「シィーさん、何故そのような答えを求めるの?」

「それはあなたが『人』だからよ。ラムダが引き起こした作戦には『人』を動かした……すなわち精霊や大精霊にはわからない行動が含まれているから、改めてお願いしているの。そこが『コード、精霊』と『遺伝、人』との差かしらね?」

「コード? 遺伝? ああ……。俺には何を示しているのか、まったくわかりません。」

「私が仮想短冊を弄び始めた影響かしら。それともラムダの懐に余裕があるのかしら。血と肉と骨と精神の境界線が不明瞭になるほどの酷い仕打ちが繰り返されているようね。さらに、すぐには『大過去』に戻さない攻撃を仕掛ける残酷な精霊が暗躍しているわ。ラムダっていつもこれ。すぐには『大過去』には戻させず、たっぷりと相手を苦しめることにより、それらを助けようとする気持ちが働くことで戦力を削るという論理みたい。よくもまあ、こんな恐ろしい論理……想像できるのは『遺伝、人』だけね。そこでラムダは学習したのかしらね。どうやら非常に効果的のようで、残酷な精霊を次々と設置しているみたいよ。」

「シィー……。あんた『時代を創る大精霊』でしょう。早く止めなさい。」

「あのね、私だって何とかしたいわ。でも……『時代を創る大精霊』であっても『ステーク……変更因子』が輝く事は止められない。大精霊にはこの地を任せられないという考えから『精霊や人が笑顔で暮らせる時代の到来』を願って『非中央』ができたのに、その結果は血が流れる……つまり反対に向いてしまった。その原因を生み出した『ステーク……変更因子』が暴走しているの。この『ステーク……変更因子』を甘く見ていた点は『時代を創る大精霊』としても猛省しているわ。まさか、ここまで……とは。」

「シィーさん、そのような答えを俺から求めているのでしょうか?」

「そうよ。」


 無理だ。俺にまったくわからない。そんな生活とは無縁でした。最後に大負けしたとはいえ、トレードで飯を食えていたなんて本当に平和だった。


「姉様……。『変更因子』は、その価値をすべて享受できるという点があります。今はまだ無理ですが、もしその価値だけを取り出せるように神官が『変更因子』を組み替えたら……それこそ、残酷な精霊だけでは済まない事態に発展です。」

「そうね。でもその点は大丈夫。フィー、チェーン管理精霊から解かれなさい。」

「あ、姉様……。」

「これは『時代を創る大精霊』からの命令よ。それだけでも、かなり変わってくるわ。」

「……。はい、姉様。それしかない……ですね。わたしも『変更因子』を甘く解釈していました。」

「決まりね。私の配下には優秀な神官がいるから、安心してね。」

「はい……姉様。」


 フィーさん……。チェーン管理精霊をやめるんだ。


「フィー、無茶をしていたらしいわね? あの巨大なチェーンに『チェックポイント』だなんて……そんな事をして……。もう、これ以上は心配させないでよね?」

「はい……ネゲート。」

「では、そろそろ良いかしら? 答えの方?」

「えっ?」


 何も思い浮かばない。とにかく、何とか乗り切らないとな。


「シィーさん……。もう少しで答えが出てきそうなんだ。」

「もう少しで? ……。それならフィーに命ずるわ。チェーン管理精霊の最後の務めとして、この方から預かっている『最後の記憶』を戻してあげなさい。」

「……。はい、姉様。記憶を償還するのですね。」


 最後の記憶? ああ……。俺の記憶がおかしくなっていた原因は、それだよね。


「記憶が戻ったら、しっかり答えるのよ。」

「わかりました。」


 記憶が戻っても答えられるのだろうか。一抹の不安があります。


「そして、ネゲートにも『時代を創る大精霊』としての命ずることがあるの。」

「なによ? ……。」

「『この地の主要な大精霊』に昇格できる席が一つ増えるのよ。そこに、ネゲートが座るのよ。」

「えっ? ……、それは無理よ。わたしなんかに。」

「あなたは大きな力を持つ大精霊なの。主要な大精霊になるべきよ。」

「……。シィー、一つ疑問があるの。よろしいかしら?」

「なにかしら?」

「その席はもともと、誰の席になる予定だったの?」

「……。ラムダよ。」

「そう。それで、その席にはわたしだけ、なのかしら? 答えなさい。」

「……。『演算』の大精霊様は先読みがすばらしいわ。」

「なによ? そんなの当然よ。」

「記憶が戻る予定のこの方もご一緒になるわ。」

「えっ? 俺が一緒?」

「あら? わたしの演算には『担い手』が必須。それが狙いだもんね? シィー?」

「そこまでわかっているのなら、話がはやいわ。」

「わたしは……大精霊よ。でも、この地で任された地域一帯はないの。各地に民が点々としている感じかしら。もともと、そういうタイプだからね。そんなわたしがこの地の主要な大精霊? でも、拒否権はないのよね?」

「うん。『時代を作る大精霊』からの命令だから拒否権はないわよ。でも、もう『犬』などに頼ることはないの。『この地の主要な大精霊』だから。」

「それなら一つだけ約束して。それがわたしからの条件よ。」

「なにかしら?」

「早くラムダを止めるのよ。これ以上はもう……。」

「約束するわ。そのために、その席を任せるのだから。」

「そう……。」


 ネゲートは安堵の表情を浮かべていました。それからすぐに、いよいよ俺の記憶が戻されることになります。なんだろう、この感覚。この地に呼ばれてからよくある境界線がぼやける感覚です。この感覚に襲われたあと、俺自身が別の空間に飛ばされそこで強制的に夢を見ている状態になります。あれって、記憶が戻るたびに起きていたのかな。


 とにかく、俺の最後の記憶が戻ってきます。どうやら相場で大負けしてフィーさんにこの地へ呼ばれる前の記憶らしい。覚悟を決め、フィーさんより最後の記憶を受け取ります。

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