7, 世の中、そんなに甘くはないのです!
「簡単なものですが、お気軽に、お召し上がりくださいませ。」
「フィー様に……。」
明らかに、いつもとは違う食材が並んでいますね。というか……、ちょっと待ってください。これらは調理されているのかな? ただ単に、そこに置いているだけのような気がしてきました。まあ……、フィーさんの場合は合成とか再構成とか、料理に似つかない用語ばかりで、それもちょっと気がかりでしたので、この地は、自然のまま、食材をダイレクトに味わうものだと、好感的に解釈しておきます。
「フィーさん、ちょっといい? この……、太いツルに付いている、小さな緑色の丸っこいのは食べられるの……?」
「ちょっとディグ? これを知らないなんて、冗談よね……? そんなんでよく、フィー様の相棒なんか務まるわね?」
「しょうがないでしょ? はじめてなんだから!」
「は、はじめてって……?」
ついうっかり、誤解を招くことをミィーに言ってしまうとは……。まさか、別の場所から来たなんてばれたら、確実に笑いものにされるだろうから。今後、気を付けます!
さてさて……、見た目は……、緑のミニトマト、かな。トマト自体があまり好きではなかったので、なぜが鮮明に、よく憶えている。うん……、俺の故郷の記憶ってさ、まったく、嫌なのは最優先で残るんかい!
「それは、なかなか実を付けない植物なのですが……、その実については、栄養満点なのです。」
おっと、ミィーが慣れた手つきで実をもぎとり、次々と口に放り込んでいる。その表情からうかがうに、おいしいみたいだね。たしか故郷に、皮ごといける甘くて美味しい何とかマスカットがあったな。あんな感じなのかな。えっ? そんな高級品を平然と食べていたから散ったんだと? これを、自ら買うことはなかったですよ。それどころか、スーパーでお惣菜が半額になる時間を狙って突撃とかです。おや、このあたりは……、まだ憶えている。
さて、いただいていきますか。このなんだろ……、ツルみたいのから実を外します。さすがにツルは食べられないだろう。皮はむくのでしょうか? ミィーの食べ方を真似るなら、そのまま口に放り込むんだよな。
早速、一つめを放り込んだ。芳醇な甘い香りが口いっぱいに広がり、少しずつ酸味が染み出てきて……。……。これは俺の脳が勘違いした幻想でした。
いや、青臭くツンとした異臭が、喉の奥まで刺激してくるのだが……。さすがの俺でも、これは厳しいぞ。これ……ここから噛むのか? いや、丸呑みした方が安全かもな。というか、噛む前からこの臭い、一体なんだよ、この植物は!
ミィーの視線をわずかに感じたので、仕方なく、勇気を振り絞って、ゆっくりと噛んでみた。つぶれた部分から汁が飛び出てきたのですが、おえ、恐ろしく苦いです! フィーさん、これ、本当に食べられるの? ううっ、吐き出したい気持ちで満ち溢れてきました。
それでも、これを吐き出してしまったら、フィーさん、悲しむよね? ……。無我夢中で、一気にかみ砕く強い気持ちで必死にアゴを動かします。噛むたびに、ジューシーとは真逆の青臭い汁が口の中全体にへばり付いてきて、とてもじゃないが、これを食べ物と認識すると飲み込めないため、何も考えずに、グッと、一気に飲み込みました。
「ディグさん? いかがでした? かなり味わい尽くしているご様子だったので……。わずか一粒に、それだけのお時間をかけていただくなんて、頑張って入手したかいがありました!」
「ほんと、そんな人は、はじめてみた。私なんか、お腹ペコペコだった影響も手伝って、一気に全粒を食べてしまいました! おいしくて、元気が出てきます! これ、なかなか手に入らないのに、さすがはフィー様です!」
ミィー、冗談も度を過ぎると、大変なことになるんだぞ? こいつは悪魔の食べ物ではないのか。そうだ、「魔の者」の主食……、いや、やめよう。フィーさんは冗談でも、そのような事はしない。やはり、この地では有名な食材とみるべきだな。
「ありがとうございます。その他、辛い物があるのです。あと……、赤い実です。」
「そうなんだ……。」
「赤い実!? それは、私みたいなものは口にできません。この界隈で名を馳せてからです!」
「信じられないくらい美味だけあって、非常に高価ですからね、赤い実は……。」
「私、辛いのも大好物なんです。たしかに、あれは慣れていないと厳しいかもしれませんが、私は全然平気です! フィー様は、どうですか?」
「えっ、わたしですか? 辛いのは……、ちょっと苦手なのです。」
赤い実って、まさか、ミニトマトのことなのかな? まあ、この謎な植物の実に比べたら、格別に美味しいものだと思います。はい……。
「赤い実か……。すぐに駆け上がって、それを……、手に取ってみたいです。そのために、ここまで来たのですから!」
「すでに準備は終えたのでしょうか?」
「はいっ! ただ、まだ何も始まっていません。そのあたりのアドバイスなどもいただけたら、私、もう……。」
準備? 何の準備なのだろうか。
「では、ディグさんが食べ終わり次第、ミィーさんの頭の中にある設計図を拝見いたしますね。」
「私の設計図を……、フィー様が直に、ですか!」
「はい、なのです。」
設計図? なにそれ。あっ、その前に大問題が! どうやって食べ終えようか、です。これ、何粒あるんだ。ボコボコとツルに付く形で結構あるね。そこに花が咲いて実を結んだのだろうか。それにしても、そう考えると数は少ないかな。ただ、この味を、お腹が減っていたという理由で簡単に食するとはね。
んっ? フィーさんが、何かに気が付いたのか、俺から視線をそらしました。それから、かなり言いにくそうにこちらをみて、つぶやき始めました。
「あっ……、もしかして、無理をなさらなくても……。ごめんなさい、なのです。完全な勘違いをしていて、わたしの言葉がすべて、嫌味になっていたり……、してませんでしたか?」
「……? それって? ゆっくり食べていたのではなく、苦手だったの?」
「ああいや、これは、その……。」
フィーさん、ごめんさない! 謝るのは俺の方だ。本当は我慢してでも、うまそうに食べるべきだったのに! 最初からこれでは……、もしこの地のものしか口にできなかったら、俺、どうなるんだろ。今は……、フィーさんが謎の方法で、俺の故郷のものを色々と用意してくださるので助かっていますが、いつまでも続きませんよね? 不安が頭をよぎります。
「まあ、独特な香りがあるから、苦手な人は、いるんだよね、これ。」
「ううっ……、すみません。」
「じゃ、もらっていい?」
「よいです!」
あっ、思わず声を張り上げてしまった。フィーさんの悲しげな視線が……。ほんと、すみません。それにしても、これを「独特な香り」で済ませてしまうミィー。今まで、どういうものを?
「では……。次なのです。」
うん。次、なのですね。はい。実は……、さっきから気になっていたんです。粒状の穀物が、そのまま置いてあるんです。どう調理されるのか、気になるね。ほんと、気になる。
気になって凝視していたら、そのまま器に取り分けて、そのまま、そのまま、出てきました。そのまま、ですか。フィーさん?
「ディグさん? これはそのまま、いただくのですよ。」
「えっ!」
なんだろ。焦げたような黒めの色が付いた粒状の穀物です。あっ、穀物なのかは定かではありませんが、それは、これを食べれば……わかるんだよね?
では、早速……。……。硬いです。噛み砕いて粒状にしてから「飲み込む」という表現が適切かな。ただ、青臭いとか、我慢できない要素はないです。味は、苦みが少々で、硬いんだけど、噛むほど、なかなかのうま味が出てきます。これは、硬いんだけど、悪くはないです。
「これはなかなか、悪くないね!」
「悪くない? そんなの当たり前じゃない! こんなにもおいしいものを……。」
ミィー? どしたんだ、急に?
「ディグを名乗っていて、これを……知らないわけ? 粒状の高級品だなんて、お祝いのときとか、そういう大切なときを祝うためのものなのに……。それを、『なかなか悪くない』とか、さすがの私でも突っ込みたくなりますよ! それにしても、さすがはフィー様です。私、嬉し過ぎて涙が……。」
そこそこ味の良いものは、この地では「高級品」なんですね。これは気を付けないと、やばいな。つまり、派手に散った投機家すら、うまいものを食えていたのだから、そこは感謝すべきだったんですね。ただそれでも、浮遊でもしていたかのような高いハシゴを外されたのはむかつきますが!
調子に乗って投機していたアホに言われる筋合いはないかもしれませんが、崩壊させることを前提とした鉄火場だったのかもしれませんね。なぜなら、本来あの世界は、そう簡単には含み益など乗らないんです。だから、それが僅かでも乗ると、褒められたみたいで嬉しくなるんです。それが……、狂ったように乗るんですから、次第に感覚がマヒして、マヒして大きく出たところを「外す」、これだったのかな。今回の投機については、ごく一部はラン・アウェイできるが、大部分はパス・アウェイだろうな。やばすぎる相場だったんだな。おっと……、俺はどちらになるんだ? 悩む。
「今回のは気に入っていただけて……、わたし、うれしいのです。」
おっ、そうだった。終わった朽ち果てた過程など思い返しても仕方がない。せっかく、フィーさんがご用意してくださったご当地物です。硬いけど、味わって味わい尽くします!
「これには、癖になるうまさがある。」
「ありがとうございます。水炊きするかどうか迷ったのですが、そのままダイレクトに出して、良かったのです。」
「それはもったいないです。水炊きすると、ふにゃふにゃになるじゃん。ダメですよ、フィー様!」
水炊き……、するものだったのかい。まあ、突っ込まない、突っ込まない!
「さて……、次なのです。」
それから、硬いけどおいしいもの……いや、まだ食べられる許容範囲内というべきかな。それと、やわらかいけど鳥すら敬遠するようなものを交互にいただきました! なぜか、やわらかくておいしいものが、ないみたいです。
「やわらかいもの以外は、完食なのですね!」
「信じられない。硬い物だけで、いままで生きてきた訳?」
「まあ、そんな感じです。硬い物のみで生きています!」
ミィーに、適当に話を合わせておく。ミィーなら良いでしょう。
「では……、ミィーさん、早速ですが『設計図』を拝見いたします。」
あっ、そういや、あの実に俺が苦しんでいるとき、そのような話をしていたな。
「フィー様に、直接みていただけるなんて、これは夢……?」
ミィーが浮かれている。なかなか単純なやつなんだな。
「では、はじめますね……」
フィーさんがミィーの傍に向かい、何やらはじめました。俺が……、なんだっけ? あっ、そうそう、「スマートコントラクト」だっけ? あの儀式らしきものと一緒かな。となると、これなのか?
あと、とにかく早い! 時間がかかるのかと思いきや……、すぐに完了した。この「スマートコントラクト」っていうものは、早さが売りの一つなのかな? ほんと、一瞬なんです。
「なんか……身が軽いです! ようやくこれで、今日から……。」
「ごめんさない、ミィーさん。この内容では、承認できそうにないのです。」
承認できない? それって、どういうこと? 急にミィーさんの表情に陰りが出始めた。
「ど、どうことなんですか! フィー様!」
「そのままの解釈なのです。『この内容では、承認できそうにない』、です。」
ミィーの瞳に涙が……。出鼻をくじかれた悔しさなのだろうか。
「そんな……。ここまできたのに!」
「ミィーさん? この内容で、本当に躍進できるとお思いなのでしょうか? そんなに世の中、甘くはないのです! ここで無理にでも承認してしまったら、ミィーさんを確実に失敗させることに対して、肩入れしたことになってしまいます。しかし、わたしは待っています。しっかり、一から作り直して、出直しなのです。良くするためのご相談なら、この身を削ってでも、いくらでも乗るのです。」
これって……。承認? いや、これは契約という意味なのかも? それで、拒否されたってことね。いやはや、拒否ってあるんだな……。しかもさ、急に辛辣な言葉が並んできたし。これは、圧倒です!
急に眼の色が変わったフィーさん……。あの浮かれたフィーさんからは想像すらおよびません。これが、成功した投機家の真の姿なのか……。ちょっと、うっとりです。