73, 売りの願いを叶えてあげる。それが今なの。売りで大成功と豪語していたわよね? だったら売りなさい。
「大精霊シィー様……。これ以上はさすがに……。」
あの神々の重鎮たちが大精霊シィーの前に集まり、皆ひざまずき何かの許しを請う。
「なにが『これ以上』、なのかしら?」
「そ、それはですね、あの……通貨の売りについてです。こんな状況を放置では『売ってください』と言わんばかりに……。」
「うん。それで、なにかしら?」
腕を組み、蔑んだ視線で彼らを見下ろす大精霊シィー。
「あの、その……。これ以上の売りについては、その……何度計算してみても……。」
「今、なんて?」
「あっ、その……。計算を……。」
「ねぇ?」
「はい……。大精霊シィー様。」
「何で計算をするの? そのような高度な演算を勝手に持ち出さないでよね。あなた達は、何も考えずに『大精霊シィーの命令』に素直に従えばいいの。それでよろしいかしら?」
「……。」
「どうしたの? 返事は?」
「……、はい。大精霊シィー様。」
「それでいいの。とにかく今は売りなさい。いいわね?」
「……。はい。」
「まったくもう、私だって泣きたい気持ちなのよ。」
「泣きたい……気持ちですか?」
「そうよ。あのラムダにはめられたのよ。それでミィーまで奪われたの。その上、私が弱った頃合いを見計らって仕掛けてきたのよ。ラムダの狡猾さ、陰険さ、傲慢さ、そして冷酷さには嫌になるわ。そうよね?」
「それはもちろんです。ラムダなど……。」
「そうよね。それなら大精霊シィーに貢献できるという大いなる気持ちから売りなさい。」
「そ、それは……。」
「ねぇ?」
「はい……。大精霊シィー様……。」
「あれだけ売りたいと望んていたはずよ。その願いを叶えてあげるのに?」
「大精霊シィー様……。これ以上は本当に……。本当に……。」
「……。売れるのに嬉しくないと?」
「そ、それは違います! 大精霊シィー様……。」
「そうよね。今は売り続けるのよ。『売り売り』の大精霊シィーがね、私の通貨の買いを容認するなんて奇跡だから。チャンスよ。」
「……。」
「ねぇ? 返事はどうしたのかしら?」
「はい……。大精霊シィー様、あ、ありがたき……。」
「ありがたき、何かしら? 語尾が途切れているわよ。まあ……良い方向に受け取っておくわ。」
「……。」
すると突然、大精霊シィーがしゃがみこみ、先頭にいる重鎮をじっと見つめる。
「あ、あの……、大精霊シィー様……。そ、その……。」
「あら? 私のこと『かわいい』のかしら?」
「そ、それは……。」
「あら? それなら『かわいい』ことしてみる?」
「えっ……。」
「でも残念ね。今のあなたに『かわいい』ことをできる余力はあるのかしら?」
「!? そ、それは……。」
「無理は禁物よ。まずは売って、売って、売り売りしてから、『かわいい』こと、しようね。」
「……。」
「私、知っているんだ。」
「あ、あの……。」
「最近、私に味方する大精霊たちと、やたらと接触しているらしいじゃない。そうよね?」
「……。それとこれとは……。」
「それとこれとは関係ないと。そう、言いたいのかしら?」
「あ、あの……。そうではなく……。」
「つまり、こうかしら? 私を見捨てる準備をしていると? これよね?」
「それは違います。絶対に、違いますから!」
「……。それを聞いてホッとしたわ。ラムダの脅威から身を守るには私が必要なのよ。」
「はい……、大精霊シィー様……。」
「だから売る。簡単な論理よ。悩んではダメ。」
「……。」
「あら? なぜこんなことになったのか。悩んでいるようね? それとも……?」
「それとも……、ですか?」
「そうよ。すべての元凶は『仮想短冊の通貨』よ。これよね?」
そう囁きながらすっと立ち上がった。
「そ、それは! 大精霊シィー様! それには大いに同意です!」
「あら? 急に元気になったの?」
「あ、あの……。あの短冊を成す流入量が思いの外高く、苦戦しております。申し訳ないです。」
「そうね。本来は、このような緊急事態に備え『仮想短冊の通貨』は存在していたはずなのよ。普段は揺らぐ短冊を提供して遊んでもらう代わりに、大精霊の『きずな』が危機に陥ったときには短冊を織り込む経路をすぐに丸く閉じてね、短冊に宿る価値を一気に大精霊シィーの『きずな』へ流し込んでもらうはずだったの。そして、短冊なんかを信じたトレーダー達がすべてを失う代わりに……この地の大精霊はみんなで助かるはずだったの。わかるわよね、この理屈?」
「大精霊シィー様、わかります!」
「でも……。『大過去』から映し出された現実はそう甘くはなかった。まさか、仮想短冊があれほどまでに『ずる賢い存在』だったとは……。」
「ずる賢い……、ですか?」
「そうよ。気が付いたら、私……大精霊シィーの弱みをしっかりと握っていたのよ。あれでは……、私でも手が出せないわ。」
「……。弱み、ですか。」
「うん。私の可愛い妹……フィーに対して、あんなことを……。」
「えっ? それはフィー様のこと……、でしょうか?」
「そうよ。最も仮想短冊の価値があるチェーン……現メインストリームをフィーにうまく押し付けたの。つまり、そのチェーンが仮想短冊を閉じるのならフィーも……なのよ! これでは私でも手が出せない。でも……それ位ずる賢くないと『この地では生き残れない』わ。そうよね。」
「……。」
「そして、ラムダよ。ラムダ……。間違いなく『本気で準備してきた』地のチェーンで勝ちにいくみたい。あのラムダすら本気にさせる莫大な仮想短冊の価値を持つチェーンたち。この先、仮想短冊でもこの地は血まみれの大荒れになるのは間違いないわね。そしてこれが……『チェーンの哲学』かしら?」
「そうです! 裏付けがない短冊が価値を描くなんて、やっぱり考えられません。」
「それで、私……知っているんだ。」
「知っている……とは?」
「このことを前もって知ることができたあなたたちは、表向きは仮想短冊への協力を見せつつ、裏では……短冊の経路を閉じようと懸命に努力したのよね? しかし、すでに揺らぎが大き過ぎて手に負えなかったと。」
「はい……。でも、こうなったら……。」
「あら? 何か名案でも浮かんだのかしら?」
「はい……。この地が血まみれの大荒れになるとしっかりアピールして……。」
「アピールして? 何かしら? そんなの『きずなも一緒』と返されておしまいよ?」
「……。」
「『きずな』が発明された当初も、その手法に懐疑的だった精霊や神官らが警鐘を鳴らしていたの。そして、その後は……ね? その莫大な価値により狂気に目覚めた大精霊が随分と楽しんだようね?」
「……。」
「上限無制限で発行を繰り返すことにより生じる『価値』……。これが問題なのかしら。」
「そ、それは……。」
「しかし、いよいよ反例が出てしまうのかしら? 結局、上限があっても? 短冊はこれが謳い文句だったはずよ。」
「はい……。そうなりますね。」
「よって、価値の保持について『きずな』から『仮想短冊』へ移行したとしても、『大過去』から映し出される現実は何も変わらない。『きずな』と『仮想短冊』……。形は違っても、積んだり砕く過程を繰り返したらどこかで『同じ形』になるのね。そして繰り返す度に微視的表現の解が出て時間が経過するから……結論は、映し出されるまでの現実の時間が変わるだけ。納得ね。そしてこれも『チェーンの哲学』に加えていただけるのかしらね?」
「……。」
「結局、どこかで同じ形になるには同次元で何度でも砕ける性質が必要になるわね。よって、その性質を生み出す力……そう、ひたすら無限遠まで続く力を手に入れた瞬間、上限の意味を失う。そして、仮想短冊はいつの間にかそれを手に入れてしまった。こんな感じかしら?」
「はい……。」
「あっ……。私らしくもない内容ね。ラムダにはめ込まれたのが原因で、急に調子が戻ってきたのよ。」
「調子が戻られた……のですか?」
「あら? 嬉しくないの?」
「……。あ、はい。嬉しい……です。」
「良い感じで論理が組み上がってきたわね。どうせ変わらないのなら『きずな』で十分。だからこそ売り続けるの。さらに『売り続けることを宣言』しなさい。これは大事よ。いいわね? 大精霊シィーとの約束よ。」
「えっ……。」
「どうしたのかしら? 返事がないわよ?」
「……。そ、そんな宣言を出してしまったら……。」
「なにかしら? そう……。先を予測して約束しながら売買する相場が大喜びかしらね?」
「……。」
「そうね。近い将来、絶対に価値が下がるなんて。こんな素敵な相場を提供してくださり、ありがとうございますかしら? 先を予測して約束しながら売買する相場で勝ち続けるなんて本来は『予知の力』が必要で『大過去』に触れられる『大精霊の特権』だったはず。それが、人の立場なんかでも儲けられるとなったら……今まで長期現物一筋だった人ですら何の迷いもなく参加してくるわよ? そして、大精霊シィーが管理する通貨はその作用素が壊れるまで買われ続けるの。それで大精霊の『きずな』も助かる。完璧で抜け目なし。そうよね?」
「……。」
「あら? こんな素敵な相場が誕生したのだから、仮想短冊の相場は当分お休みね。」
「……。」
「たまにはいいわね。買われ続けるのも……。大精霊シィーの容認だから大丈夫よ。」
「……。」
「でも、そう……あれがあるじゃない。そこで『旅行キャンペーン』よ。」
「……。えっと、旅行……、ですか?」
「うん、そうよ。他の地域一帯からガンガン客を誘うのよ。それなら両替による買い需要が発生するわ。それ位は許してあげる。ラムダの気まぐれで食べ物もバッチリよね? チャンスよ。」
「……。ありがとうございます。」
「私、知っているのよ。その両替で仮想短冊が買われたら意味がないので、そこはしっかりと対策されているわね。さすが、完璧。それでこそ『大精霊シィーの傘に入る』、よね?」
「……。はい、大精霊シィー様……。」
「それでね……最近この地で、私に対して『約束はするが行動はしない』というとんでもない噂が流れているの。これ、ラムダがよく好む陰謀だから。そこは大丈夫よね?」
「はい、大精霊シィー様。」
「では、お願いね。今回の件が片付いたら……ご褒美として『泡』かしら? そこが私とラムダが大きく異なる点よ。ラムダって、無理に協力させるくせに褒美は出さないから。どうかしら?」
「そ、それは……。ありがとうございます。」
それから褒美の詳細を交わし、理不尽な五分シャワーを浴びにいくと言い残して大精霊シィーはその場から消え去りました。褒美の内容とはいったい……。