72, ラムダ様……。地のチェーンと地の民、どちらが大切なのですか? 地の糧、地の礎は地の民にあります……。
先日の楽しいはずだった……キノコ狩りから帰還して以来、ラムダ様としばし離れるようになりました。なお、ラムダ様もそれを快諾してくださいました。とにかく今は頭を冷やしなさいと命じられています。
その代償として……シィー側のマッピングがみられなくなっています。なぜならシィー側が一方的に垂れ流す低俗なマッピングの内容に私が過剰に反応していると、ラムダ様がそう判断されたためです。
そして、ラムダ様より許可されている地の側のマッピングをぼんやりと眺めています。そこに映る現実は……、地の民はラムダ様に全権を委ねたいという内容がずっと流れています。
あれ? どうやら……ラムダ様よりマッピング経由で通知が入りました。
(ミィー? 心の具合の方はいかがかしら?)
(はい、ラムダ様。だいぶ、落ち着きを取り戻してきました。)
(そう。それなら、ちょっと顔を出していただけるかしら?)
はい、ラムダ様。素早く身なりを整え、ラムダ様のもとへ向かいました。久々のラムダ様です。少し緊張いたします。
「ミィー、気分はどうかしら? その様子だと……回復したとみるの。」
「はい……、ラムダ様。この通り元気になりました。」
「それでねミィー。あの惨めな大精霊『シィー』側に動きなの。お仲間の大精霊とご一緒に『ヒトへの自由を守り抜く』なんて、狂った概念で結託するみたい。」
「はあ……、ラムダ様。」
「こんな状況下で、まだそんな大馬鹿を演じられるなんてね。逆に感心したわ。」
「あの……。ヒトは管理されるべき、ですよね、ラムダ様?」
「うん。それしか絶滅を防ぐ方法が見当たらないの。ほんと、面倒な『動物』よね。」
「……、ラムダ様。」
ヒトの完全管理。それは、ラムダ様が提唱するヒトが人形に向かう事を防ぐ唯一な手段……。
「さて本題に入るわ。まず、ミィーは病み上がりだから狂った精霊『フィー』に接近するのは難しいと思うの。」
「はい、ラムダ様。大変申し訳ございません。」
「そうね……。それなら、魔の者たちが色々なチェーンから得てきた『仮想短冊』の様子を伺ってきて欲しいの。」
「魔の者たち……、ですか。ラムダ様?」
「うん。魔の者たちって働き蜂によく似ているの。色々なチェーンから『甘い蜜』を取ってきて集めているの。大精霊への忠誠心は高く、大精霊に尽くして日々の糧を得ているのよ。」
「甘い蜜って……、それって……。」
チェーンに甘い蜜は存在しません。そこに存在するのは『仮想短冊の価値』です。つまり、甘い蜜とは……。
「大丈夫よミィー。『虚ろの式』で洗ってあるから。地の神官ならわかるわよね?」
「式で洗うって……。ラムダ様……。」
「そうね……。昨年の暑くなる前だったかしらね。莫大な量の『仮想短冊』が行方不明になったの、覚えているかしら?」
「ラムダ様……?」
莫大な量の「仮想短冊」が行方不明にでもなったらこの地で大騒動になりますので、それが本当なら嫌でも覚えているはずです。ラムダ様……。でも……そのような記憶はないです。
「その様子だとご存じないかしら。それなら『虚ろの式』が正常に働いたことを暗に示しているわね。」
「式が正常に働いた……? それはつまり、ラムダ様……。」
「うん。あらゆる全取引がチェーンに記録されていると勘違いしたヒトを蹴散らすには『虚ろの式』が最適なの。なんといっても大精霊なら洗い放題。このわたし……地の大精霊ラムダは、この仕組みについてはとても感謝しているのよ。これから、惨めな大精霊『シィー』側になびく壊れた大精霊どもがラムダを全力でいじめにくるでしょう。それでも大丈夫。十分にしのげるだけの『仮想短冊の価値』がそこにあるのだから。そして、惨めな大精霊『シィー』と戦うには『カネ』が必要になるの。」
「ラムダ様……。」
「チェーンにはね、大精霊にとって好都合な場所があるのよ。それでね、その場所がハッシュされていないのよ。仮に、全部でなくともそこがハッシュされていれば抑止力につながるからね。ところで、これはなぜかしら? よーく考えてみて。それが『チェーンの哲学』だから。地の神官ならその哲学が何なのか……自ら導いてみて。」
「ラムダ様……。それは、その……。」
「さて。一部の憎たらしい神官が『虚ろの式』の作用に勘付いてきたの。それでね、大精霊相手に探りを入れてきたのよ。」
「えっ? 大精霊に探り……ですか?」
「うん。驚くのも無理はないわね。ただし相手は腐っても神官だから論理での反撃には隙が出る。だからね、そこで使うのが『大精霊の力』なのよ。これには神官を含めみな弱いから、この力でちょっとおどせば……ね、ふふふ。そのときは笑みを浮かべながら『大精霊黙認』という解釈で突き返してやったわ。」
ラムダ様……。
「えっ! 黙認って……、ですか……。はあ……。」
「うん。知らぬふりをして見逃す。そのままね。」
「はあ……、ラムダ様。」
「さて、この催し物は大盛況ね。そろそろかしら、誇り高き地の民の出番。地の大精霊ラムダの時代を、地のチェーンと共に勝ち取るのよ。そうよね? 地の神官ミィー。」
地の民の出番って……。それは……。ヒトを動かす、ですよね。そんなこと……。
「ラムダ様……。……。一つ、不躾なご質問を……。」
「なにかしら? ミィー?」
勇気を振り絞り、ラムダ様に究極の質問をぶつけてみます……。
「ラムダ様は……。地のチェーンと、地の民、どちらが大切なのですか?」
「あら、素敵なご質問ね?」
「ラムダ様……。」
「それでは、地の神官ミィー。その素敵なご質問に対する回答として、このわたし……地の大精霊『ラムダ』に、何て答えてもらいたいのかしら?」
「えっ……?」
とっさに返されてしまい、まごつく……私。ラムダ様にはかないません。何もかも……。
「あら? ちょっといじわるだったかしら。『模範解答』は……そうね、地の糧と地の礎は地の民にあるのだから、地のチェーンを投げ捨ててでも地の民を寵愛すべき、かしら?」
「ラムダ様……。」
「これで問題ないかしら?」
「はい……、ラムダ様。」
結局、核心にふれることはできず……、いとも簡単にかわされてしまいました。
「ところで、ミィー。このわたし……地の大精霊『ラムダ』はマッピングのゲームが趣味なのよ。」
「えっ? ラムダ様? マッピングのゲーム……、ですか?」
えっと……。ラムダ様にゲームを楽しむ趣向があることは意外でした。この地のマッピングのゲーム……。それは、いつもと違う「誰か」になりきって冒険を楽しむ内容が大多数を占め、人気があります。そして、その冒険の舞台で使われる通貨の価値に「犬」などのチェーンの「仮想短冊」が利用されています。
「それでね、マッピングのゲームのなかでも……役割を担って進めていくゲームが好みなの。」
「はい、ラムダ様。ロール系ですね。マッピングのゲームの界隈はその内容が大多数を占めています。」
「そうそう。その中でも役割を担ったヒトが集結して狂気に目覚めた大精霊を倒しにいく展開とか、最高よね?」
「ラムダ様……。それは、その……。」
「少し前に遊んだ内容は素敵だったの。」
「えっ……。」
「狂気に目覚めた大精霊が瀬戸際まで追い詰められ、そう……『時間』を盾に命乞いを始めたの。」
「……。時間ですか、ラムダ様。時間となると……この地の時間の概念を刻む『現メインストリームのチェーン』ですよね?」
「うん、それそれ。それでね、このわたし……地の大精霊『ラムダ』と組んだ参加者は、そんな程度でみな立ちすくんでしまったの。」
「あの……、それはゲームですよね? ラムダ様? そこまでみな真剣に……?」
「うん。実はね、負けたら簡単に復活……ではないの、このゲーム。負けるとキャラクタの役職が『一ランク降格』するのよ。そうね、大精霊の役職で負けたら精霊になるの。だからみな必死で面白いのよ。」
「それなら……、戦っている相手が想定外の行動を取ったら、身動きが取れなくなります。」
「うん。大精霊の役職で負けたら精霊に降格。……そう、『現実』もその仕組みなの。」
「……。現実って……。ラムダ様……。それって……。」
「このわたし……地の大精霊『ラムダ』はヒトに負け、地の力の一部を失った瞬間の出来事。その現実が……大精霊から精霊への降格だったの。」
「ラムダ様……。」
「いいの、もう。そんなのは地の大精霊を『本気にさせた』だけ。前向きに解釈しているの。今はこうして大精霊に復帰してね、地のチェーンだって十分に成長し、思う存分戦えるようになったの。」
「はい! ラムダ様。」
「でもね、このわたし……地の大精霊『ラムダ』が力を失っているさなか、惨めな大精霊『シィー』が『力は正義』をぶん回して『やりたい放題』だったの。そうね……、『この地の大掃除』が必要だわ。」
ラムダ様……、シィーがやりたい放題だったなんて。許せないです……。
「ラムダ様……。私……。」
「お互い、がんばりましょう。」
「はい! ラムダ様。」
「元気なミィーが一番ね。そして輝きが最も増すの。あなたは特別だから。」
この地の大掃除か……。どんな結果になろうとも、私はラムダ様についていきます。
「あの、ラムダ様!」
「あら? なにかしら?」
「ゲームとはいえ、地の大精霊ラムダ様と組んで戦っていたなんて……もしそれを知ったら、その参加者さんたちはみな驚きでしょう。」
「そうね、ミィー。でも……そのときの参加者はみな惨めな大精霊『シィー』側の民ね。」
「えっ?」
「もし誇り高き勇敢な地の民なら、そんな程度で立ちすくむことはないの。」
「……。ラムダ様、申し訳ございません。」
「ううん。ミィーは本来いるべき地の場所に長い間いなかったのだから、気にしないで。少しずつ慣れてくればいいのよ。」
「はい、ラムダ様。」
「それでね、このわたし……地の大精霊『ラムダ』は何のためらいもなく、根性がねじ曲って腐りきった命乞い大精霊を叩き潰したの。これは……これでスッキリね。」
「はあ……ラムダ様。」
「あんなチェーンで命乞いするなんてね。それを盾にして助かると思ったのかしらね? ゲームとはいえ、その惨めさには同情しているのよ。」
「はい……、ラムダ様。」
「それでね、そのマッピングのゲームに登場した命乞い大精霊。惨めよね。一体誰を参考にしたのか。それを考えるのが非常に楽しいの。」
「はあ……、ラムダ様。それは……、シィーですよね?」
「今のミィー、さらにかわいい。」
「えっ?」
「ううん。今ちょっと気になっただけよ。それにしても惨めな大精霊『シィー』の最期を見届ける……それを疑似体験できるゲームはいいわね。」
「はあ……、ラムダ様。」
「さて、『現実』に話を戻すわよ。」
「はい、ラムダ様。」
「あんなチェーンで命乞いをするような大精霊にならないように、どうしたらよいかしら?」
「えっ……。ラムダ様……。」
それはなんだろう……。
「それはね、そうね……マッピングのゲームでありがちなラスボスが備えている、あれよ。」
「えっと……。ラスボスですか、ラムダ様。」
「うん。たしかなダメージを毎ターン与えているのに、なぜか倒せない。あるわよね?」
「はい、ラムダ様。」
「その秘密が大切なの。そう……裏で『自動的に回復』している、よくある仕組み。」
「……。回復ですか、ラムダ様。」
「そうよ。その回復以上のダメージを毎ターン与えないと絶対に倒せない。」
「そうなりますね……、ラムダ様。」
「そこで、時間稼ぎをするの。どんな手段を用いてもね。」
私は地の神官ミィーです。その自動的な回復が……あの「変更因子」だと気が付きました。
「あら? なにか察したのかしら? それが地の神官の証よ。ミィー。」
「はい、ラムダ様。『変更因子』をその自動的な回復へ割り当てる。そして、それらを信用の担保に対応させ、ラムダ様が管理する通貨を支えていく仕組みですね。ここで新たに異なるアグリゲートを用意します。それで……、それらを『変更因子』の位相と同一にして、その作用により自動的に『変更因子』の仮想短冊を取り込みつつ、ラムダ様が管理する通貨と同じ振る舞い……すなわち条件を満たすとき、同時にラムダ様の通貨を支える仕組みが確立します。」
「……。目覚めたようね、地の神官ミィー。すでに『変更因子』への完全移行を済ませ、次の手を打つだけなの。あとは任せるわ。」
「はい、ラムダ様。私に新たなアグリゲートの構築をお任せください。その『仮想短冊』でラムダ様と地の民を支えます。そして私は何より、あのシィーを許すことができません。」
「大丈夫よ、地の神官ミィー。今回は抜かりなしで美しい。神官は美を追求する事も大切な概念なのよ。解ければ問題なし、そうではないの。美しさが重要なのよ。」
「はい、ラムダ様。つまり『変更因子』の取引については……美しさを追求、ですね。」
「さすがね。『変更因子』を取引する相手とは……トレーダ達よね。ところで『変更因子』なんてものを喜んで取引しているようなトレーダはみな『この地がどうなろうとも自分の懐が暖かくなれば問題なし』という考えを根底に持っているの。それでね、現メインストリームのチェーンは燃料の不足で先が見通せず、その大切な燃料の供給を握るのはこのわたし……地の大精霊『ラムダ』。それ位は瞬時に見抜きポジションをすばやく再構築してくるのが真のトレーダよ。勝ったも同然。だからご安心なさい。そして、力を貸しなさい。」
「はい、ラムダ様。」
「ところで……惨めな大精霊『シィー』ですらそれだけはやめておけと助言したにも関わらず、現メインストリームのチェーンの仮想短冊を自己の管理通貨の価値へ置き換えてしまった大精霊がいるのよ。」
「あの……、その話題は盛り上がったのをよく憶えています。ラムダ様。」
「そうね。それでね……いよいよ現メインストリームのチェーンに影響が出始めたとき、あれらはちゃんと返せるのかしらね。そこはちょっとだけ心配かしら。ふふふ。」
「あれらを返せる……とは? ラムダ様?」
「あら、ミィー。そこは己の力で調べるのよ。」
「……。はい、ラムダ様。」
なんだろう。凄く気になりました。あとで調べてみますね、ラムダ様。
「さて。かわいいミィーからの質問に真剣に答える必要があるわね。」
「質問……。そ、それは……、先ほどの!」
「そうよ。それではよろしいかしら?」
「はい、ラムダ様。……、うれしいです。」
「そう……。このわたし……地の大精霊『ラムダ』は、『力は正義』という概念を『地のチェーン』上で実現するのよ。これが答えかしらね。」
「はあ……、ラムダ様。」
「チェーンの利用目的を定め、それは同時に地の民を守ることにつながるのよ。いかがかしら?」
「……。どんな手段であっても勝ちさえすれば、この地のヒストリーを刻める立場になれる……これでしょうか?」
「ご名答ね、ミィー。わかりやすく簡潔で、そして『美しい解』だったでしょう。」
「はい、ラムダ様!」
私……、どうしたんだろう。なぜか……急に目が覚めました。これでようやく……あのシィーを相手でも……。