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71, ラムダには思い留まって欲しい。その願いが届かないのなら、ついに目覚めるのです。わたしは、現メインストリームのチェーン管理精霊である「フィー」です。

「あー、寒い。」


 わずか一分の温かいシャワーを終えた俺。風の精霊様は案外強気なので別の意味で怖いですよ。ところで、冷水から温水になるまでタイムラグがありますよね。その時間も込みで一分です。でも……さすがにきついです。そのため三十秒くらいは過ぎてしまいがちです。


 そんな考えを描きながら唯一暖かい居間に震えながら向かっていると……、その途中、ネゲートに絡まれました。最近、よく俺に絡んでくるんだよな、こいつさ……。


「ちょっとあんた……。三十二秒も過ぎているじゃない?」

「えっ? 数えていたの? 冷水分があるのだから、それくらいは誤差でしょう。」


 待ち構えていたようです。勘弁してくれよ……。


「もう……。あんたは大雑把。そしてシィーも大雑把。シィーなんかもっとひどくて一分くらいは平気で超過してくるから。それで、そのしわ寄せがぜーんぶわたしに来ているのよ。わかるかしら、この不条理?」

「……。そうなんだ。それならごめん。」

「まったくもう……。調子がいいわね?」

「えっ? ネゲートにそれだけは言われたくないよ。」


 寒いなか、こんな場所で小競り合い。最後は俺が折れる形で終結いたしました。寒いので戦略的にみて俺から先に折れただけですよ。別に……ネゲートに負けたわけではございません。


「ネゲート。進展のある情報は掴めたのですか? 気になるのです。」


 今度はフィーさんです。そうそう、ネゲートは「あの神々」に毎日通い詰めて情報収集に当たっています。なりふり構わずラムダ周辺の情報を「あの神々」から有利に取ってこられるネゲートは、今や貴重な存在です。


 あれ……あの神々へ毎日通い詰める? うーん……。俺の記憶に残る繊細な部分が妙に反応します。なんだろう。たしか……なんだ。俺の友人が……えっと、ボロい……なんだったかな。そのようなものを乗りこなして『毎日通い詰める』で有名でさ……だったはずなんだ。近くに借りれば通わなくて済むのにさ……、あれ? まあ、いいや。


 最近、このような記憶に悩まされる機会が増加しています。この地に呼ばれた直後と似た感じです。おそらく、俺の中でも何かが動き始めていると前向きに解釈しています。


「そうね、フィー。最近あの神々は上機嫌だから接しやすいのよ。」

「上機嫌、なのですか?」

「あのね……フィー。フィーだって嫌になるくらいあの神々をご存じでしょう。あの神々は『メンツ重視』なの。わたしが提案した燃料分配が『この地の主要な大精霊』の高評価につながっていてね、それでね……。」


 それでね、とは? 俺はネゲートの話を急に遮り、こう伝えた。


「あの神々……、そんな感じがするぞ。ところでネゲート。それで、何だ?」

「な、なによ? 何もないわよ。」

「それならよろしい。」

「なによ……。フィー、こいつになんか言ってやって。」

「……。ネゲート、反省するのです。」

「フィーまで……。」

「でも、今は信頼しているのです。」


 すぐに調子に乗る……俺もですが、ネゲートはそれ以上です。こんな感じで時々、ネゲートの心があちらの方向へ揺れ動かないように楔を打ち込んでいます。


「まったくもう……。ところで、あんた? あの神々を深く知っているの?」

「もちろん。フィーさんに付き合わされたからね。」

「はい、なのです。」

「……。まったく……フィーは……。」


 ネゲートが俺から急に目をそらしました。おやおや。……なにかあるぞ。直感です。


「そうだね。たしか……『燃え尽きぬ計画』だっけ。もうだいぶ前かな。まったくさ……物騒なものをフィーさんに提案してきてさ、大変な一日だったよね。そこの飯はうまかったけどね。」

「はい、なのです。わたしの大切な姉様まで巻き込んで大変だったのです。」

「でもさ……。フィーさん、ちょっといい?」

「はい、なのです。」

「今思い返すとさ……あの神々、シィーさんのことを『下に見ていた』気がするんだ。でもさ……シィーさんはラムダさえも凌駕する圧倒的なパワーを持つ大精霊だよね? そこが引っ掛かっていたんだ。」

「はい、なのです。姉様の潜在的なパワーは、ラムダと……そうですね、ラムダと親交が深いゼータの力を合わせても、それを遥かに上回るのです。」

「それはすごいね。……というか、ゼータって何者? ラムダと気が合うのだから大精霊だよね?」

「はい、なのです。古の時代からこの地の交易で名を馳せる地の大精霊ゼータ、なのです。」

「……。地、ね。」

「はい……、なのです。」

「もう。ゼータまで困らせていったい何がしたいのよ、あのラムダは! そうよね?」


 やたらとネゲートが俺に食らいついてきます。もちろん俺も同じ気持ちですが、なにか妙です……。隠していますね。そして、あの神々がシィーさんを下に見始めていた理由……俺はひらめいたぜ。こいつは……、演算は素晴らしいかもしれませんが、ただのアホだ。


「はい、なのです。でも……ゼータはラムダにとっての心のよりどころなのです。それを失ったら……。そして最近、妖精たちがこの点をあおっているので心配なのですよ。」

「そうね。ゼータに見限られラムダは消滅する、だったわね。最近はこればかりね。」

「フィーさん……。それはやばいよ。」

「はい、なのです。」

「たださ……、真の目的はなんだろう。そこなんだよね。」

「……。」

「フィーさん?」


 ゆっくりと目をそらしながら黙り込むフィーさん。こちらも何かを隠している。すぐにわかりました。ラムダの真の目的……それを知っているのだろう。そう感じました。でも、探りません。今はラムダを何とかすべきですから。


「さて、シィーさんがあの神々から下に見られていた話に戻そうか。」

「はい、なのです。確かに……なにかにつけて姉様を……でした。」

「実は、その謎が解けた。」

「解けたのですか……? 気になるのです。」

「それではフィーさん。ネゲートの方をみてごらん?」


 フィーさんがネゲートの方へと振り向くと、なぜかネゲートは少し後ずさりして、この瞬間にも逃げそうな姿勢を取ります。


「フィーさん。ネゲートを問いただしてもいいかな?」

「……。なるほど、なのです。」


 よーし。それなら容赦しないでいくぞ。


「おーい、ネゲート。わかっているよな?」

「えっ? あの……、ね。急用を思い出したの。」

「ネゲート。逃げられないのですよ。」

「えっ? フィー……。」


 どうやら、ネゲートの方へ振り向いたのと同時に逃げられないように対応していたようです。さすがですね。


「時空を専門とする精霊からは簡単には逃げられないのです。」

「フィー……。」

「さーて、ネゲート。おまえの演算は明らかに『超越性』があるよな?」

「な、なによ?」

「あの日のフィーさん……、あの神々から物騒な仕様書を渡されてね、それに驚愕していたんだ。」

「はい、なのです。あの仕様書の内容は……『現実』からかけ離れたものばかりでした。」

「……。」

「決まりだな。ネゲート。」

「……なによ。」

「あの神々に、大精霊ネゲート様の演算の力を貸しただろ?」


 おや、観念したのだろうか。ネゲートは指先を突っつきながら、言い訳を述べ始めました。


「……。ちょっとね、色々と困っていたの。だから……。」

「ネゲート。もう……、なのです。」

「カネに困っていた。これだね。もちろん今は『解決済み』だよね?」

「うん! お願い……信じて……。」


 ……。信じることにしましょう。


「これがシィーさんを下に見始めた原因ね。あの神々……、大精霊の力を手にして調子に乗り始めていたとみたよ。」

「……。納得なのです。」

「それでさ、それが上機嫌の直接的な要因なんだと思うよ。その計画がいよいよ役に立ちそうだ……、これで間違いない。対ラムダになるのなら民にも大いにアピールできるからね。」

「……。納得なのです。」

「フィーさん? ところで仕様書の数値は……覚えているの?」

「はい、なのです。強烈だったので鮮明に覚えているのです。対ラムダならば、条件が良ければ十分に見劣りしない数値です。」


 ラムダは地の大精霊です。そのラムダと……。ああ……。


「ほめられたものではないが、結果的には助かったようだな。」

「……、はい、なのです。」

「そうよそうよ。あの神々の悪運の強さは……そうね、『大過去』に否定された『運命論』さえも味方につけるのよ。そして今の大精霊ネゲート様の周辺にはね、厄災ではなく幸運が舞い込むようになったのよ。もっとほめていいのよ?」

「あのな……。おまえに聞いてないから。すでに調子に乗り始めているし。まったく……。」

「あ、あの……はい、なのです。でも……わたしの姉様を信じて欲しいのですよ。」

「まあ、そうなるよね。」

「あのね……そうかしら? シィーは『大精霊』であって『女神』ではないの。シィーは『売り売り』ばかりしているからね。だから、あの神々すら呆れたの。この地域一帯の市場の精霊もシィーの『売り売り』には畏怖の念を抱き、結果的にシィーが思い描く市場に成り果てていたからね。」

「……。何でも売るんだよね、シィーさん……。」

「そうよ。売れるものならすべて売る。それがシィーよ。それで、時代を創る大精霊から身を引いたら、お次はこの地域一帯の市場の精霊をやりたいと……。もうね、ラムダもあれだが、シィーにも自重すべき項目は沢山あるから。」


 ……。ネゲートが発した「女神」という表現。そして……大精霊と女神のニュアンスの差がそこにありました。圧倒的なパワーを持つシィーさんでさえ、完璧な存在……神と比べたらほど遠い。そういうことですね。


「ネゲート……。」

「シィーは、自分が管理している通貨にすら『売り売り』だからね。」

「えっ? 自分のを? 本来なら高い価値を保ちたいのに売るの?」

「あんた……。それ、本気なの?」

「えっ?」

「だからね……、あんたは相場で負けたのよ。」


 ああ……。自分の通貨の価値を高めると、逆に価値の流入が激減して儲からない。不思議なバランスを忘れていた。……それで売ったんかい、シィーさん……。


「ああ、俺は相場で負けた。ああ……。ただ、そう何度も言われるのはきつい。」

「……、……。ちょっと待ってね。今、あの神々からマッピングが来たの。」

「マッピング? ……、連絡が来たという事ね。」

「はい、そのようなのですね。」

「でも、傍受とかの危険はないの?」

「大丈夫なのですよ。ネゲートのマッピングは『超越性』を利用した暗号なので安心なのです。」

「それなら安心……?」

「はい、なのです。もしご不安なら、その詳細を知るのが最善で近道なのですよ。いかがですか?」

「えっ? 不安……そんなの、ないない。ネゲートのマッピングはこの地で最も安全だね。これでいいよね、フィーさん?」

「……。はい、なのです。そうですか……。」


 あぶないあぶない。フィーさんと長く接するのは久々だった。危うく異界行きでした。さて、煙に巻く必要がある。そうだ……ネゲートを誉めてやろう。


「ネゲートはこの地で頼れる大精霊だね。」

「そうなのです。だからこそわたしは……たまには、こんな時こそ、余弦を構成するものが全て正のものに触れて落ち着きたいのです。」

「……。ネゲート、急げ。時間がない。」

「……、えっ、なに? 時間がないって。もう少し待ちなさい。いま解読中なの。」


 ダメか。そして、まだ時間がかかるのか。それならかくなる上は……。


「フィーさん。そうだ、パンケーキだ。」

「……、パンケーキなのですか?」


 パンケーキの件でごまかしながら時間を稼ぎます。甘いものに弱いフィーさんでした。


「……。解読できたわ。」

「おお……。」

「ネゲート。解読を終えたのですね?」

「それで、何?」

「……。ラムダがね……、過去の凄惨を繰り返そうとしているのよ。」

「……。勘弁してくれよ。あれだよな、俺たちが何とか逃げ延びた……。」


 逃げ延びたときの回想が脳内を流れ、不安と恐怖に襲われました。なんだろう。落ち着けと叫ぶ自分と、焦燥している自分が重なり合って、今すぐにでもそこから逃げ出したい気持ち、あれです。


「はい、なのです。余弦で落ち着いている場合ではなくなったのです。」

「ラムダは何がしたいんだよ。」

「はい、なのです。大義は『人が人形へ移行するのを防ぐため』なのですが、どうみても『羊』になってしまったと揶揄されるラムダの時代なのですよ。」

「羊……。ああ、それだよ。あの組み立て工場らしき……監獄。」

「はい、なのです。監獄なのです。」

「あの工場では何を組み立てていたの? なんだっけ?」

「はい、なのです。あれらは、仮想短冊を閉じ込めておく『カーネル』と呼ばれるもの、なのです。」

「なんだよそれ……。」

「はい、なのです。主にその時代の報酬となっていたものなのです。」

「報酬って……。カネみたいな感じ?」

「いいえ、なのです。そんな安っぽいものではないのですよ。」

「カネが……安っぽい?」

「はい、なのです。カネは人が『現実』から『現実』に映し出しただけの道具にすぎません。だからその証拠に『大過去……あの世』には持っていけないのです。『大過去』に持っていけるものは常に精神を磨き、そこから得られる『非代替性』だけなのですよ。」

「俺はカネを求めて相場で……。ところで、その『カーネル』って、どのように精霊たちの報酬として機能するのさ?」

「はい、なのです。精霊の報酬としてこれ以上のものはないのです。なぜなら、この『カーネル』で精霊達は姿やその形を保ち、この地で存在できるのですから。」

「……。」

「羊と化した人に『カーネル』を作らせて……、それを『カネと同じ解釈』で流通させ、精霊達は贅沢三昧だったのです。この続きは……わたしがいないときにネゲートから話したと伺っています。」

「うん。それでネゲートを見直したよ。」

「あら? もっとほめていいのよ。」

「あのな……。少しは自重しろ。」

「もう……。あんたは『歪みのハッシュ』で永遠なる隷属がお似合いよ。」


 ああ、あの時だ。「歪みのハッシュ」で操られていた俺……。間一髪でフィーさんに助けられたんだよな。そしてこれがフィーさんとの初めての出会いだった、はず。でも……あれ。この地に呼ばれた俺は、どうなる? ああ、またこの堂々巡り。


「ああ……、『歪みのハッシュ』か。これってたしか人形……羊と化した人を操るため、だよね?」

「はい、なのです。人の心にアドレスを持たせ、そのアドレスへの報酬となるハッシュ受理の距離感を歪ませることにより非中央の性質を維持しながら精霊達の『操り人形』になる論理なのですよ。」

「それさ、矛盾だらけ。非中央ってさ、そういう意味ではないよな。」

「はい、なのです。しかし、チェーンを名乗るには非中央の性質が必須なので、そこをうまくすり抜けるような論理を実装してきたのですよ。それが『歪みのハッシュ』なのです。」

「……。本当に狡猾な大精霊だな。」

「はい、なのです。狡猾なのです、ラムダは……。」

「ほんと、そうよ。よくマッピングで流れるニュースでは、どうせ困窮しラムダはすぐ諦めるとか、すぐに失敗して消滅するとか……妖精が好き勝手に大騒ぎしているけどね、そんな程度で手を引くような大精霊ではないからね。十分な時間をかけて入念に準備し身の毛がよだつような惨事を平然と実行してくるの。それでこそ……地の大精霊ラムダよ。」

「……。」

「それでフィー、いいかしら。解読結果に、ちょっとまずい情報があるの。」

「はい、なのです。ネゲート。」

「まずい情報ってなんだよ。」

「どうやら、やられたみたいなの。」

「……。はい、なのです?」

「あのラムダ……。なんなのあれ? 各地域の燃料をしぼって……現メインストリームのチェーンを……崩壊させようとたくらんでいるのよ。」

「現メインストリームのチェーンは、その維持に燃料を利用しているのです。ただ、それにより『純粋な非中央』を保ってきたのですよ。」

「フィーさん……。それだと非常にまずいだろ。すでに温かいシャワーすらあの状況で、その……チェーンだっけ? 燃料不足で維持できるの? それでさ、崩壊したらどうなるのさ?」

「……。燃料が大幅に不足したら不安定になるのです。」

「やばいよね?」

「はい、なのです。これは……、たしかにやられたのです。」

「そうよフィー。あのラムダって……。ラムダ自身が管理する『地のチェーン』は、燃料消費を少しで済むように……だいぶ前から改良してあったのよ。」

「……。そうきましたか。あなどれませんね……、地の大精霊ラムダ。」

「そんな事ができるの? それで、どうなるのさ?」

「……。現メインストリームのチェーン崩壊後……その『地のチェーン』へメインストリームを交代させるのがラムダの真の目的なのですね。」

「そうなるわね。」

「それ、嫌な予感しかしないぞ。でも……、まだ燃料分配に加え、相手の備蓄もあるでしょう。事前にわかって良かったのでは?」

「いいえ、なのです。これは……地の大精霊ラムダからのリークでしょう。」

「そうね。」

「えっ? わざわざ手の内をみせてきたのかよ?」

「はい、なのです。燃料消費を少しで済ませるためにはチェーンに『変更因子』と呼ばれる論理を組み込む必要があるのです。」

「よくわからないが、それを今から現メインストリーム? というやつに組み込めば良いのでは?」

「いいえ、なのです。『変更因子』を組み込んだ後、じっくりとそれをチェーン内部で『時間をかけて育てる』必要があるのです。そして……そんな時間や隙を、地の大精霊ラムダは与えてきません。つまり、すでに勝った気分でこの情報をリークしてきたのですよ。」


 これって……。詰んだってやつ?


「……。そんな……。あんな監獄、俺やだよ。そのメインストリームの交代ってさ……時代の交代を意味するよね? つまり……ラムダの時代になる、だよね?」

「はい、なのです。さらに『歪みのハッシュ』の作用により、寿命尽きて『大過去』に向かう時期さえもコントロールされます。完全な……隷属なのですね。そして、ラムダ経済論の始まりなのです。」

「……。ラムダ経済論って、勘弁してくれ。精霊か人形か羊か、その論理しかないよ。」

「そうですね。……。」

「フィー。……。フィーがあの精霊に戻る事については反対よ。『カーネル』を大きく消費するからね。でも……、今わたしが止めても、あの精霊に戻るのよね?」

「えっ? あの精霊ってなに?」

「……。わたしが管理精霊になるのは、あの『召喚』の日以来になるのですね。」

「えっ……、召喚って……。」

「フィーはね……時空の精霊で、かつ、現メインストリームのチェーン管理精霊なの。」

「えっ?」

「まさかあんたみたいのが『召喚対象』になるなんて、びっくりよ。でも、フィーが綿密に演算をして、あんたを完璧なタイミングでこの地に呼び出したのよ。」

「……。」


 相場で絶望的な負けをくらい、気が付いたらこんな所にいてさ、今まで惰性で生きてきました。でも……俺が選ばれたのには意味があった。だって……フィーさんが綿密に演算した結果なのだから。


「フィーさん……。管理精霊になってしまうと、今までのフィーさんはどうなるの?」

「慌てないで。話し方は普通になるけどフィーはフィーだから。大丈夫よ。」

「……。それなら良かった。」

「この地の『時間の概念』をハッシュとブロックで『大過去』から映し出しながら刻むメインストリーム。そのチェーン管理精霊ならば、召喚くらい軽くこなせるのよ。ただし……論理が合うように召喚するのは難しいの。チェーン管理精霊の腕次第って感じね。ところでフィーは『時空の精霊』でもあるからね、そんな程度の演算は余裕なの。お昼寝しながらでも導いてくるわね。」

「だろうね。ついさっきまで『余弦で落ち着きたい』だよ。いかにもフィーさんらしい……。」

「ラムダには思い留まって欲しい。でも、その願いが届かないのなら……、わたしは目覚めるのです。」

「……。いよいよね。」


 フィーさんがゆっくりと目を閉じて……。しばらくがたちました。そして……。


「わたしは現メインストリームのチェーン管理精霊『フィー』です。」


 そうつぶやき、目を開きました。俺の方を儚げな眼差しでみつめております。


「その雰囲気は……。」

「はい。わたしがチェーン管理精霊の立場で話すのは……。」

「俺がこの地へ呼ばれた日、だよね。」

「はい。」

「……。フィーさん、だよね?」

「はい、フィーです。」

「それなら良かった。」


 うーん、寂しさもありますよ。あの独特な話し方は慣れてくると癖にもなってきますから。


「それにしても、なめられたとはこのことです。地の大精霊ラムダは自身が糸を引く『地のチェーン』でこの地のメインストリームを乗っ取り、完全な自分の時代……『人が人形になる時代』を築くための策略を打ち出してきました。」

「乗っ取るって……。」

「わたしは現メインストリームのチェーン管理精霊です。だいぶ前の初期の地点……、それは『地のチェーン』が『純粋な非中央』を捨て燃料節約の論理を組み込み始めたという情報を取得した瞬間に、わたしはラムダのこの策略を瞬時に悟りました。なぜならラムダがこの地の燃料供給バランスを握っているからです。」

「フィー……。事前にわかっていたのね。もう……。」

「でもさ……。それなら対策する時間はあったよね?」

「対策ですか? それは、現メインストリームのチェーンに『変更因子』を組み込むということでしょうか?」

「それだよ、フィーさん。時間があったのならできたはずだけど……?」

「いいえ。それが安易にはできない哲学が、そこにあります。」

「えっ? 哲学?」

「はい。実は、この『変更因子』では『純粋な非中央』になりません。なぜなら『変更因子』の位相構造は、『純粋な非中央』を構成する距離空間の位相構造と等しくないからです。そして、この地最大のメインストリームは必ず『純粋な非中央』にする必要があります。それが『チェーンの哲学』です。他のチェーン管理精霊も同じ回答をします。もちろん……ラムダを除いて、です。」

「純粋な非中央……か。そして、それが哲学ね……。」

「はい。もちろん、その維持のために燃料を多めに消費している点は申し訳ないです。しかし、『燃料の消費を抑える……変更因子の適用』によりその哲学が崩れ、チェーンが純粋な非中央ではなくなり、その影響から仮想短冊のバランスが保てなくなると、その代償として……平穏に暮らしていた人々が突然家族間を大精霊に引き裂かれ血を流す結果になります。そして、それは正しい事でしょうか?」

「フィーさん……。血を流すって……。そんな極端な結果になるの?」

「はい。純粋な非中央を失うと間違いなくそうなります。ここで、ラムダが地のチェーンに組み込んだ『変更因子』の位相構造をみてみましょう。糸を引く側の胴元が『最小の燃料消費で最大の仮想短冊の価値を享受できる』ようになっています。その差が利益になるので、これはわかりやすいです。こんな狡猾な位相構造をチェーンに組み込んだら、胴元に価値が集中し、その価値に酔いしれた胴元……大精霊は戦乱をこの地に引き起こします。」

「……。ひどいね。」

「純粋な非中央では、仮想短冊の価値が燃料の価値により弾き出されるので胴元に仮想短冊の価値が集中する欠点を取り除きます。よって、メインストリームが安易に『変更因子』を組み込むことができない点を有利だと勘違いした大精霊……それがラムダです。」

「……。」

「でも、わたしはメインストリームのチェーン管理精霊です。ラムダは今ごろ、わたしが純白な猛毒キノコを口にして、のたうち回りながらゆっくりと時間をかけて消滅していくと高笑いしている頃でしょう。」

「……。そんなやばい猛毒キノコがあるんだ。」

「はい。あります。純白で幻想的な美しいキノコですが、猛毒です。」

「……。キノコは怖いね。それで、フィーさん……問題ないの?」

「はい。何の問題もありません。なぜなら、その純白な猛毒キノコを口にしたのは……わたしではなく『ラムダだから』です。ラムダは悪運が尽きました。人を人形にする時代を理想に掲げる不透明な精神、そして現メインストリームのチェーンを脅かす燃料供給の停止など、すでにこの地とチェーンに対する一線を越えています。」

「ラムダが……その純白な猛毒キノコを食べてしまったのか。……でも、なんでそうなるの?」

「その解は簡単です。なぜならそれは、あなたが『この瞬間』、『この場所』に存在するからです。うまくいきました。」

「……。それって俺がこの地に召喚されたのが理由なのかな? そう解釈できるよ?」

「はい。それが理由です。だから、チェーン管理精霊の意志であなたをこの地へ召喚しました。わたしは……ラムダの策略を知ったあの瞬間から、古の時代より一本でつながるこの現メインストリームのチェーンを何度も眺めは考え、ついに『あの日』……実行に移しました。」

「俺の召喚に意味があったのは嬉しいよ。ただ……どう役に立っているのか、それがわからない。」

「その点は申し訳ないです。勝手に回り出さないように、あなたの記憶の一部に鍵をかけました。」

「あっ……。」

「でも、この瞬間……ラムダは詰みました。だから、大切な記憶をお返しします。そして、あなたの記憶に鍵をかける……こんな身勝手な論理、わたしはすでにまともな消滅を望めないでしょう。でも……現メインストリームのチェーン管理精霊として、悔いはありません。」

「フィーさん……。」

「だからチェーン管理精霊なんて引き受けるべきではなかったのよ、フィー! なんで……なんで。フィーが何か悪い事でもしたの? ……。」


 突然ネゲートが取り乱し、今にも泣き出しそうだ。ちょっと待ってよ……フィーさん……消滅するなんて、絶対にないよね? 俺だって……。


「フィーさん……、念のため。消滅はないよね? そこは重要だぞ?」

「……。ごめんなさい。それについてはお答え……。でも、現メインストリームのチェーンは大丈夫です。もともと自律的に作用する堅牢な論理で動いています。そこにラムダの影響が去れば……。」

「俺は、現メインストリームのチェーンよりも……なんていうか……、フィーさんが大切なんだよ。」

「えっ……。」

「……。ここで泣き出しても何も変わらない。だからフィー……、はじめから諦めるその悪い癖を何とかしなさい。召喚した相手の心が『虚ろ』になっているわよ。これでは仮想短冊が安定せず……、ラムダ側からアタックされるわよ? まだ決まった訳ではないでしょう。消滅については。」

「……。ネゲート。そうですね……。」

「なーんだ。確実に決まったわけではないのね、その消滅ってさ。」

「な……、なによ、急に?」

「だったらフィーさんは消滅しないに全量突っ込んで勝てばいい。それだけ。」

「あ、あの……。」

「フィーさん。やっぱり召喚した相手は俺で正解だったな。俺さ……自分の欲に素直になると負けるんだ。でもね、このような守るべき者がいると『全勝』するんだよ。そんな記憶がさ……今この瞬間に蘇ってきたよ。」

「あんた、それは本当かしら? でも……本当のようね。あんたが初めて頼りになりそうね?」

「なんだよそれ、大精霊ネゲート様。」


 絶対に勝たなくてはならないから……「あの日」は負けたんだ。理解できました。ネゲートの演算結果を眺めていると、ふと、このような論理が勝手に結び付いていきます。


「……。そうですね。わたしも諦めずに……です。そして、あなただからこそ、ミィーさんに勝つことができます。」

「ミィー? あいつか。ところで俺がミィーと何を勝負するのさ? 『犬』の相場とか? まあ、それなら勝てそうか?」


 久々だな。ミィーはこんな状況でも健気にやっているだろうね。でも……勝負ってなんだろう。


「ねえ、フィー! 今すぐマッピングをみて! あのラムダ……。どうやら『魔の者たち』まで絡んでいるようね。」

「これは……。どうやらラムダは抜け目がないようです。そして、そんな方法までして時間稼ぎの分を……。」


 魔の者たち? ……。どうやらラムダは、燃料や食糧以外の方面でも動き始めた、か。それらはすべて入念な準備をしてきた……ラムダからはそんなアピール感すらあります。でも、……、転がしましょう。フィーさんならそう告げてくるはずです。それは……。

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