70, はい、ラムダ様……。現メインストリームのチェーンを……まさか、打ち砕くのですか。
「地の神官としての初任務の前に、心身ともにリフレッシュしましょう。」
「はい、ラムダ様。」
ラムダ様……。あれ? 可愛らしいカゴをお持ちです。麗しいです。
「ねえ? ミィー?」
「はい、ラムダ様。」
「唐突だけど……ゼータをご存じよね?」
「はい、もちろんです。ラムダ様。」
地の大精霊ゼータ様。古の時代からこの地の交易を支えてきたことで広く知られています。そのため、この地でゼータ様を知らぬ者はおりません。もちろん……、ラムダ様も、です。
「ところでゼータは……私に気があるのかしらね?」
「はあ……、ラムダ様。」
「ううん、何でもないわ。ふふふ。忘れて。」
「はい……、ラムダ様」
なぜが、気持ちが軽くなってきました。
「では、地の恵み……キノコ狩りに同行していただけるかしら? 命じる、地の神官ミィー。」
「ラムダ様……。キノコ狩りですか……楽しみです。是非とも同行させてください。」
ラムダ様にお仕えしてから初めてとなる外出です。だから……可愛らしいカゴだったのですね! そして……、そのときでした。
「おー。ミィーちゃんではないか!」
「覚えているかい、ミィーちゃん? 俺たち『天の使い』をさ!」
「あっ……。」
びっくりしました。ラムダ様が外出されるのですから……、彼ら「天の使い」も同行でしたね。
「その凛とした装いは……ミィーちゃん! 地の神官になったのか!」
「おおっ!」
「はい。地の民に暖かく迎えられ、この上なくありがたき幸せでございます。」
「それなら良かった。それなら今日はな、姉さんの『穴掘り姿』がみられるから楽しみなんだ。」
「穴掘り……、ですか?」
「あれだけは……『強い大精霊』のイメージが瞬時に崩れるからな。口外禁止だ。そこだけは頼むよ、ミィーちゃん!」
「えっ……、あっ、はい。」
ラムダ様の穴掘り姿って……。ううん、考えないでおきます。
「おまえたち。余計なことをミィーに教えてはいないかい?」
「おっ! 姉さん。そこは大丈夫。信用してくれ。」
「そうだそうだ。俺たちは、あのキノコを酸味のあるクリームと一緒にパイ生地で包み、高温で焼いたものが好物なんだ。地の民の祝いの席で登場するくらい本当にうまい食べ物なんだぞ。」
「そうなのか? 俺は、スライスした硬いパンの上にひとかけらのチーズを置き、それを高温で焼いてから……あのキノコをソース状にしたものをかけるんだ。こっちの方がうまいぞ。」
「それは……どちらも美味しいですよ。」
なつかしい……。兄さまと一緒に拝見した、あの神々が資料として保管していた古の時代の料理のカタログ……、そこに該当するものがありましたよ。ううん、……もう帰れません。このような想いはそっと心の奥にしまっておきますね。ラムダ様……。
「まったく……、おまえたちは。それでも地の民以外でね、このわたし……地の大精霊『ラムダ』が信頼を置けるのは、おまえたち『天の使い』と、どんな汚れ仕事であっても華麗にこなす『魔の者たち』だけ。」
あの……。魔の者たち……って。ううん、こちらも考えないでおこう。
「ミィーの地の神官としての輝きはもちろん、おまえたちの『売り売り』や、魔の者たちの働きはすばらしかったの。だからね、今日だけは何も考えずにリフレッシュしましょう!」
「はい! ラムダ様。」
「姉さん。俺……嬉しいぜ。嬉しすぎて走り出しそうだ。」
「俺もだ。走り出してどこまでも、どこまでも。」
「もう、おまえたち。走り出す必要はないの。では……この『変換装置』の上に立つわよ。」
あっ……。そうです、「変換装置」です。これは、大精霊の力で作用します。そして……、私がこの場所に連れて来られた最初の地点でもあります。ところで、この変換装置の作用の方は、マッピングの連続性を保ちながらある媒介につなげ、そのひねりを考慮しつつ「大過去」に映し出します。そして、そこでの処理……大量の積み込みなどを終えた後に、揺らいでいる仮想短冊を打ち消すように現実へ映し出しすと……、狙った別の変換装置へ移動できるという仕組みです。……、少しは地の神官らしくなってきたかな。ラムダ様……、頑張ります。
ところで、大精霊であっても自由な移動は難しく「変換装置」がある場所の間を行き来するに留まります。ただし例外があって、あの「風の精霊」たちだけは変換装置の場所に関係なく自由に行き来が可能で、その自由さとチェーンから弾き出された「小さなハッシュ値」が相まって大きな力……桁違いのパワーが生じて、憎き風の大精霊「シィー」が誕生してしまった。本当にくやしいです。でも、これだけは『埋められない力の差』だとラムダ様が説明されておりました。ラムダ様……、頑張ります。
「俺たちは、どうも変換装置にだけは慣れない。それでも『天の使い』の中には大精霊と一緒に変換装置で飛び回っている変わり者もいるが、な。」
「おまえたち。それはつまり『大過去』は慣れないのかい?」
「おっ、姉さん。姉さんと一緒ならどこまでもついていくぜ。どのみち『変換装置』は大精霊にしか動かせないからね。」
「おまえたち。嬉しいことを言ってくれるじゃない。」
いよいよ、ラムダ様が「変換装置」に力を投入します。あっ……徐々に周りがうっすらとしてきました。これって……これは……ううん! 何を思い出しているの! あんなシィーのことなど……。似てない、似てない、似てない、似てない、だから、似てないって! なんか混乱する。もう……。
「ああ……。これこれ。このさっぱりとした無秩序の色彩……ここが『大過去』だ。姉さん、早く現実に映し出さないと、これらの無秩序な変動に取り込まれなんかしたら……『あの世』に取り込まれちまうぜ。」
「えっ? あの世って……。」
変換装置の原理と共に地の神官の書物で触れましたが、それが目の前にあるというのは不思議に感じます。
「あの……。」
「……。」
あれ。あっ、そうか。「大過去」に映し出された後では会話できません。心と心で通じ合うしかない、だったはず。では、やってみよう。
(あの……。)
(おっ? ミィーちゃん。怖い話でもしようか。)
(えっ?)
(よくさ、大過去……あの世に戻りそうになった者が現実……この世に帰還した話、あるだろ。)
(はい、あります。)
(そのときの体験でさ、落ち続ける感覚に襲われたってあるんだ。)
(はい……。)
(なぜだと思う?)
(えっ? それは……。そうですね。大過去に砕かれ始めた、でしょうか? たしか……、何度でも砕くことができるので、途中で偶然にも同じ形になってこの世に帰還できた。こんな感じかな。)
(おおー。さすがはミィーちゃん。地の神官だ。)
(はい。地の神官の書物で学びました。)
(ミィーちゃん! たまらん。)
「天の使い」さんたち。実際に会話を重ねてみると案外……、でした。
(おまえたち。この地の神官ミィーをみなさい。『大過去』に対して何の恐れもない。)
(おー。さすがはミィーちゃんだ。)
(あっ、はい。ラムダ様。)
嬉しいです。ラムダ様……、頑張ります。
(このあたりかしらね、地の恵み……美味しいキノコたち。では、現実に映し出すわね。)
(おー、姉さん。)
(はいよー。)
(はい、ラムダ様。)
徐々にあたりの空間が鮮明になってきました。これって、マッピングに似ていますね。ただし……情報だけではなく実際に「移動」しています。そこが大きな違いですね。
そして……。ここは針葉樹林かな。ある森の中に設置された「変換装置」に対応しました。
「うわ……木々が生い茂る森の中……ですね。ラムダ様。」
「ひい。でかい動物が出そうだな。」
「えっ?」
でかい動物って……。食べ物を求めて……ですよね?
「おっ。やっぱりね。驚いたミィーちゃんの表情が一番かわいい。」
「たまらん。たまらん。たまらん。たまらん。たまらん。たまらん。それに加えてよ……地の神官の装いが本当によく似合う。これは姉さんのセンスに脱帽だな。」
「あ、あの……。」
「おまえたち。このわたし……地の大精霊『ラムダ』のお気に入りのミィーに手を出したりなんかしたら……その日に『天の使い』は消滅するわよ。わかっているわよね?」
「おお……。怖い怖い、怖い。姉さん。わかっているさ。でも怖い……。」
「もちろん眺めるだけさ。こうやってね。こうして……ね。こう……さ!」
「あっ……。あの……。」
じろじろ見られるのは……恥ずかしいです。ラムダ様……。
「そういや、でかい動物は逃げ出したかのかな。気配すらない。」
「当たり前だろ。姉さんに喧嘩を売る『広義の意味での動物』なんてこの地にいない。仮にいるのなら紹介していただきたいね。ミィーちゃんも、そう思うだろ?」
「はあ……。」
あっ。ラムダ様が頬を赤く染めながらこちらをみています。
「おまえたち……。もう。」
「さて、『穴掘り』の時間だな。」
「えっと……。穴掘り、ではなくてキノコ狩りですね。楽しみです。」
この森……。明らかに他の地域一帯の木々とは異なります。すでにこの地は……なぜか美味しいものが実らなくなって、生い茂るのは毒を持つ生命力が異様に高い草ばかり。どうして……なの、ラムダ様……。
「ラムダ様。一つ、見識をご教示いただいてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいわよ。なにかしら?」
「水が豊富な私が生まれ育った地域一帯ですら、植物から美味しいものがなかなか実らなくなりました。必須栄養面などから、おいしくない苦くて硬い実などを我慢して食する機会も多いです。しかし……この森は雰囲気から異なります。なぜでしょうか?」
「……。知りたい?」
「はい、知りたいです。」
「そうね。まずね、植物は生き残るために実を付けるの。そして、植物だって生存のための効率を求めるのよ。寛容になってヒトを受け入れた方が生き残れる確率が高いと判断したら、ヒトを満足させる実を付けるために『植物も努力して進化』するの。植物をなめてはいけないのよ。ところが、その満足感を投げ捨てヒトが人形に向かい始めたのだから状況が一転したの。植物をなめてはいけないわ。それでね、植物だって……、人形に向かい始めたヒトでは、すでに得るものがないと判断したのよ。そして急激な『先祖返り』を繰り返し、美味しくないけど生き残るための実に戻ったり、排他的……そうね、毒を持ち、トゲを持ち、異様な繁殖力を身にまとう植物まで現れはじめたのよ。ただそれだけ。『大過去』からみたら至って普通の事象。人形に向かい始めたヒトが元凶ってだけね。」
「はあ……、ラムダ様。」
「植物も備え持つ先祖返り。味方だと考えていた相手が人形に向かい始めたのだから、自分らも絶滅しかねない。だから『先祖返り』で急激に……ブロックを巻き戻して自分を守るの。これについては宇宙にも通じるものがあるわね。ふふふ。」
「はあ……、ラムダ様。」
「植物には植物の視点……位相空間でこの地をみているの。ただそれだけ。そこに眼や脳なんて必要ないの。それこそ、眼や脳が発達していると高度な生物になるという定義なんて、ただのおごり。」
「はい、ラムダ様。」
「それでね。植物だって……。カネのためにその身を削られたら怒るのよ。欲を出さずに必要な分だけ採る分には『しっかりと回復する』のに。それを……カネを稼ぐ効率のためだけに植物の回復能力を大幅に超えた破壊が行われてしまったの。その原因は、そう……惨めな大精霊『シィー』がヒトに自由を与えてしまったからなのよ。」
「はあ……、ラムダ様。」
「そうね……。その中でも特にひどすぎるのは『油絞り』かしら。あの惨めな大精霊『シィー』は、その現状をどう受け止めているのかしらね。このわたし……地の大精霊ラムダの時代が到来したら最初にそれを問い詰めてやるわ。あと、これは植物の問題だけではないの。その地域特有の植物を失うと、そこにいる希少動物や虫も影響を受けるのよ。だから……虫も激減。そして、希少動物は絶滅。」
「はい、ラムダ様。」
「それで今さら『持続』って何かしら? ちなみに地の大精霊が管理する地域一帯ではこの『持続』という概念について、持つこと自体が禁止されているの。それは地の見習いで得た知識よね?」
「はい、ラムダ様。」
「うーん……貴重なリフレッシュの機会に惨めな大精霊『シィー』の話題はよしましょう。」
「そうですね……、ラムダ様。」
「さて、この森はね……地の大精霊が常に見守っているから、まだ大丈夫なの。」
「はい、ラムダ様。だから、木々がみなぎっているのですね。」
「うん。そして……このあたりかしら。」
「このあたり……ですか? あ、あの!」
ラムダ様がその場にしゃがみ込んで……優しく土を掘り返し始めました。これがラムダ様の穴掘りなのかな……? えっと、あ、あの!
「ラムダ様! ラムダ様! お手が汚れてしまいます。」
「……。ミィー? このわたしは……『地』の大精霊なの。土に触れ、その豊かさを享受するのは地の大精霊としての使命。だから気にしないで。」
「はあ……、ラムダ様。」
「このキノコね。こうやって……。」
地の大精霊『ラムダ』様……。ナイフで優しく根元を切ってキノコを採っていきます。そして、カゴの中に優しく収めていきます。それを見て私も……優しい気持ちに包まれ始めました。
「姉さんの穴掘り姿……。たまらん。」
「キノコもいいが、これもまたいい。絵になるね。うん……最高にリフレッシュできるぜ。」
「あ、あの……。」
もう……。ラムダ様が怒ってしまいますよ。
「おまえたち……。この場で消滅したいのかい?」
「おお、怖い。」
「ああ、消滅したくない。悪いね、姉さん。」
「あ、あの……、ラムダ様。」
もう……。助け船を出しました。
「なんだい?」
「このキノコ……美味しそうです。」
「そうよ。これは地の民が大好物なキノコで、この地域一帯の料理との相性が抜群なの。こうしていただく分だけを無駄にせず、森の精霊から分けていただいたという感謝の念からありがたく頬張るだけなら別にいいの。そして、その心を常に忘れてはならないのよ。」
「ラムダ様。わあ……、大自然の恵み、そして地の恵みですね!」
これが……、地の神官の書物にもありました「地の恵みを享受しながらゆっくりと豊かに生きる」です。これこそが「スローな生活」……素晴らしいです。
そうだ。私も、その……キノコ狩りを……してみようかな。えっと……。
「ミィーちゃん! 森の中を動き回ってはダメだ。姉さんオーラの圏内から出てしまったら、でかい動物にやられるぞ!」
「えっ……。オーラ、ですか。そうでした!」
慌ててラムダ様の位置まで戻ります。そしてその途中……美しい「純白」のキノコが目の前に現れました。場所を覚えて……、ラムダ様にご報告です。
「ミィー。森の中で走り回らないの。このわたし……地の大精霊『ラムダ』から離れないでね。」
「はい、ラムダ様。申し訳ございません。」
「その表情……。何か言いたそうね?」
「あの……、ラムダ様! あちらに純白なキノコがありました。それで……。」
純白ですらっとした美しいキノコで……、それらが大小で並んでいて、とても幻想的でした。
「あら、ミィー。純白ですらっとした美しいキノコですって? そうね……それは惨めな大精霊『シィー』にお譲りするわ。」
「えっ……、ラムダ様?」
「それは猛毒キノコなの。」
「……。ラムダ様……。あの純白なキノコが、猛毒……。」
「うん。口にしたら最後。その猛毒により数日はもがき苦しみ抜いて、黒い血を吐きながら確実に『大過去』へ向かうの。」
「えっ……。」
猛毒のキノコをみつけてしまいました。しかも……そんな恐ろしい苦しみ方で……。
「でも……麗しいキノコよね。もちろん鑑賞するだけなら大丈夫で、人気はあるのよ。そうね……、そのキノコを大精霊に例えるのなら、惨めな大精霊『シィー』や狂った精霊『フィー』にそっくりね。その純白さ、偽りの美しさ、そして惨めさに加え……『毒の作用』も、ね?」
「はあ……、ラムダ様。」
「ミィーちゃん、とんでもないキノコをみつけたな。がはは。」
「おう……。シィーちゃんか。それなら食べてもいいかな。なんてな。」
「おまえたち。食べたければご自由に。ただ、食べたら絶対に助からない。よって、この森に置いていく。それでいいね?」
「あ、姉さん……。食べない、食べない、食べないから、大丈夫だ!」
「だったらフィーちゃんなら……。」
「おまえたち?」
「……。」
「わかればよろしい。」
……。今日は色々と楽しいです。ラムダ様……、普段のご様子は至って普通の大精霊様でした。今までは怖いところしかみていなかったので……。
しかし……。そんな楽しい一時は……、脆くも崩れ去るのでした。
「あの……、ラムダ様?」
どうやら……ラムダ様のマッピングに、地の参謀から情報が入ったようです。
「……。ねえ、ミィー?」
「はい……。」
みるみる険しい表情に変化していくラムダ様……。その表情を伺った「天の使い」さん達は、身をこわばらせて、その場で立ちすくんでしまいました。
「ミィーが生まれ育った地域一帯は……いったい何を考えているのかしら? 信じがたい『愚かな決断』をしたのよ。」
「えっ……、ラムダ様。」
愚かな決断って……。兄さま……。
「惨めな大精霊『シィー』側にこびて燃料に困窮した自業自得な地域一帯に、燃料を分ける、ですって? 冗談じゃないわ。どうなっているのかしらね?」
「あっ、あの……。」
「……。このわたし……地の大精霊『ラムダ』は、ミィーが生まれ育った地域一帯を管理する……あの古の都の象徴『地の大精霊……黒龍』については一目置いているの。」
「えっ……、ラムダ様。いま、なんと……?」
私が生まれ育った地域一帯に「地」の大精霊様が……です。
「ミィーのその様子だと……。でも気にしないでね。『地の大精霊……黒龍』を知る機会を奪われるほど、あなたの地域一帯はあの惨めな大精霊『シィー』に汚染されていたと考えるべきね。このわたし……地の大精霊『ラムダ』の時代が到来しても、ミィーが生まれ育った地域一帯の民は優しく見守ることにするの。それはここでミィーと堅く約束する。そして、ゼータと一緒に新しい時代を頑張りましょう。そして……黒龍だから、その地域一帯の民は本来『龍の民』と呼ばれるのよ。ところが……『都の民』とか、明らかに不自然な言葉に置き換えられているわ。まったく……。」
「はい……。ラムダ様。ありがとうございます。」
びっくりしました。でも……。でも……。でも……。
「でもね、このわたし……地の大精霊『ラムダ』は、そう……『あの神々』だけは絶対に許さない。なぜなら、龍の民を危険にさらし惨めな大精霊『シィー』に汚染される原因を生み出したのは間違いないから。覚悟していなさい。」
「はあ……、ラムダ様……。」
「あのとき、狂った精霊『フィー』にぐちゃぐちゃにされたあの悔しさ。そしてあの時、このわたしは……地の力の一部を失ったの。」
「……。」
「失った地の力を『すべて』取り戻し、このわたし……地の大精霊『ラムダ』の時代に完全移行するまでは、このはずかしめに耐える必要があるの。だって……狂った精霊『フィー』の力を借りたとはいえ……あんな人形に等しいヒトごときに……、大精霊であるこのわたしが……負けたのよ。」
「あっ、あの……。」
「ミィー? どうかしたのかしら?」
ラムダ様……。この瞬間、僅かですが……ラムダ様の狂気をみたのかもしれません。
「あの……。」
「そうね……。一応、『あの神々』の中に多少の切れ者はいるようね。まさか……、ううん。漏れていないはず。でも、そこだけはちょっと気がかりね。そうよね、ミィー?」
「はい……、ラムダ様。」
漏れていないって……。何だろう。
「でも、心配しないで。このわたし……地の大精霊『ラムダ』の計画は順調なの。」
「はい……、ラムダ様。」
「それではミィー。なぜ惨めな大精霊『シィー』が関わる地域への燃料供給を閉じ始めたかわかるかしら?」
「えっ、それは……。あの憎きシィーを困らせるため、ですよね?」
「うん、それもあるわね。」
「それも……ですか? ラムダ様?」
「うん。本当の事情……真実を知りたい?」
「はい……、ラムダ様。」
地の神官として、真実を知りたいです。でも……その内容は……衝撃的でした。
「それならそうね……まずは、惨めな大精霊『シィー』側のマッピングが騒がしい点からよ。あのラムダはそこまでして得るものは何もないとか……、このわたし……地の大精霊『ラムダ』が管理する通貨を崩壊させるとか……、すでにラムダは崖の端まで追い込まれているとか……、連日連日、よくもまあ、飽きもしないで。ほんと、惨めな大精霊『シィー』が飼い慣らしている妖精は程度が低くて嫌になるわね。やれるもんならやってみなさいよ。そうよね、ミィー?」
「はい、ラムダ様。『真実』をわかっていない、ですよね?」
「その通りよ。ではなぜこのわたし……地の大精霊『ラムダ』は、燃料にこだわるのか。」
「はい、ラムダ様。」
「それはね……『現メインストリームのチェーン』に狙いを定めたからなの。」
「えっ? ラムダ様……。現メインストリームのチェーン……それは『大過去』から過去、現在、そして……孤児ブロックと呼ばれる未来を『時間の概念』と共にハッシュで映し出す、この地の心臓と呼ばれる最高難易度のチェーン、ですよね?」
「さすがね、地の神官ミィー。」
「はい、ラムダ様。」
「それでね……この現メインストリームのチェーンには『大きな弱点』があるのよ。」
「大きな弱点……ですか?」
……。
「うん。その秘密は刻まれたブロックのハッシュにあるのよ。綺麗にゼロが並んでいるでしょう。」
「……。はい、ラムダ様。それは不思議に感じていました。あの変動が激しい『大過去』から現在を映し出して……偶然にもゼロが並ぶものでしょうか。ううん、それは……。」
「無理ね。そんな偶然が何度も起きようものなら、何度も宇宙が誕生してしまうわよ。ふふふ。」
「ですよね……、ラムダ様。」
「ではどうしているのか、ね。実は……『膨大な燃料を消費しその力で演算させている』の。もちろんその内容は……現在から現在へ何度も繰り返して映すあの演算よ。」
「……。ハッシュを繰り返す演算で求めている……、ですか。ラムダ様。」
「うん。何度も何度も、ゼロが並ぶハッシュを探すの。そんな演算を現在から現在へ映し出すだけの古い方法でずっと繰り返す。力ずくって大変よね。」
「はあ……、ラムダ様。ハッシュの和と回転の性質からみて、それは気が遠くなるような演算ですよ……。」
「うん。だから『もの凄い勢いで燃料が消えていく』の。もったいないわね。」
「はあ……、ラムダ様。えっ……。まさか、ラムダ様!」
「あら……気が付いたのかしら? その燃料を仕切れるのは、このわたし……地の大精霊『ラムダ』なの。」
燃料の大量消費が弱みになっているチェーンに対し、ラムダ様はいったい何を画策しているのでしょうか。ううん、そんなこと……。違う、違いますよね。私は……ラムダ様を信じています。でも……。
「……。ラムダ様……、さすがにそれは……。」
「どうかしたのかしら?」
「そんなことをしたら……他のチェーンだって……。」
「このわたし……地の大精霊『ラムダ』は、前回の失敗……このはずかしめの原因の一つに、この現メインストリームのチェーンの存在とみているの。前回、なぜこれを残したまま時代を『地』へ移行したのか。今でも、悔やんでも悔やみきれない。だから今回は容赦なしよ。だから現メインストリームのチェーンも……『地』に移行するの。」
「容赦なし……ですか、ラムダ様。でも、現メインストリームの移行は容易ではないはず。この地最大の高難易度で、相手だってそう簡単には譲る気はないはずです。そしてチェーンは『非中央』です。よって、時代を創る大精霊の命令すら従う必要がありません。なので……。」
「うん、そうね。だったら簡単、奪えばいいの。つまりね、この現メインストリームのチェーンを……『打ち砕く』の。」
えっ……。奪うって……。現メインストリームを打ち砕くって……、ちょっと待ってください! ラムダ様! それだけは……。
「ラムダ様! それは、それだけは……。それだけは! それだけは……。」
「ミィー? それだけは、なにかしら?」
「……。」
「落ち着いて、地の神官ミィー。それでね、地の参謀をあなどらないでね。この現メインストリームのチェーンの代わりとなれる『地のチェーン』を用意してあるの。こちらは……だいぶ前から計画していて『僅かな燃料で動くように改良』してあるの。すごいでしょう。ふふふ。」
「あの、ラムダ様、その……、代わりの『地のチェーン』……。でもそれは……その……。」
「なにかしら?」
「……。」
「大丈夫よ。そして今ごろ……、この真実に気が付いた現メインストリームの『チェーン管理精霊』は大慌てかしら? でも、もう『手遅れ』よ。これまでに地の大精霊をなめたツケ……、地への一線を何度も越えたツケ……、その『究極の大失態』ですべて払っていただくわ。もちろん、お支払いは『地への仮想短冊の流入』でね。ふふふ。この先、惨めな大精霊『シィー』側の大精霊が管理する各通貨でいじめられる惨めなお遊びが待っているからね……価値が流入したことにより得られる、この『仮想短冊の通貨』が役に立つことでしょう。利用できるものはすべて活用する……それが地の大精霊よ。」
「あ、あの……。」
「なにかしら?」
「その……現メインストリームのチェーン管理精霊だって、すぐにその……『僅かな燃料で動く』のと同じロジックを導入してくるはずです。さすがに……そううまく事が運ぶとは……、です。」
「ねえ……、さっきからどうかしたのかしら? 熱でもあるの? 地の神官ミィー。」
「えっ! あの……、その……。」
「そうね。それならば……なぜ現メインストリームのチェーンは『手遅れ』なのか、説明いたしましょう。」
「本当に手遅れなのですか……。ラムダ様……。」
「うん。そうね、まずは……地の神官なら『カーネル』の仕組みくらいは、理解しているわよね?」
「はい……、ラムダ様。」
「うん。それでね……、その『カーネル』に『変更因子』と呼ばれるものを組み合わせると、僅かな燃料で作用するチェーンになるのよ。そして……『変更因子』は『ブロック……時間』の積み重ねで輝きが増すから……、現メインストリームに匹敵する高難易度のチェーンの『変更因子』となったら、それこそ十分な時間……『年単位』をかけて育てる必要があるのよ。ねえ、もう間に合わないでしょう。なぜならこのわたし……地の大精霊『ラムダ』は動き始めてしまったのだから。ふふふ。」
「はあ……、ラムダ様……。だから現メインストリームのチェーンが今から慌ててその仕組みを導入しようと試みても『変更因子』が浅過ぎて……チェーンの分岐が多発してしまい、チェーンとしての機能を失ってしまう……。これが手遅れとなる直接的な原因なのでしょうか?」
「うん、その通りよ。チェーンにおいて『分岐多発』は厳禁。だから今さら大慌てしたって、もう遅いの。どうかしら、この策略? 用意周到なこのわたし……地の大精霊『ラムダ』の完全勝利。ふふふ。古の時代から、このような『はかりごと』や『まつりごと』は地の大精霊が圧勝するのよ。」
「ラムダ様……。そんな……相手の弱みにつけこむそんなやり方では、その……。」
「そうね……ミィーは龍の民。相手の弱みにつけこめないところが難点という伝承があるわ。でもね、これだけは覚えておいて。そんなに……この地は優しくないの。そして、このわたし……地の大精霊『ラムダ』だって、ここまではしたくないの。でもその相手が……惨めな大精霊『シィー』では仕方がないの。」
「ラムダ様……。」
「すでにサイは投げられたの。燃料供給は閉じられたのよ。ミィーが生まれ育った地域一帯から分けられた燃料分が流入してしまうのは残念だけど、それでも限界はあるはず。そして……限界を迎えた瞬間、現メインストリームのチェーンは……そう、あの純白な猛毒キノコを現メインストリームのチェーンが取り込んでしまった状況かしら。もう助からない。治療法もない。そして絶望への旅路のはじまり。その毒により少しずつ内部を破壊されていくそのさまが……ね?」
「……。」
「ねえ、ミィー? 時代を創る大精霊が『地』へ交代するのだから、この地のメインストリームのチェーンも『地のチェーン』へ交代するのが自然よ。それでね、『地のチェーン』はだいぶ前から『変更因子』を育ててきているから大丈夫なのよ。」
「だいぶ前からって……。ラムダ様……。それって……。だいぶ前から準備されていたと……。」
「どうかしたの? ミィー?」
「……。」
「それで、さーて、最後の仕上げね。今より少し前に『歪みのハッシュ』で最後の調整を実施したのよ。さて、この最後の調整が必要となったその背景って、なにかしら。地の神官なら即答よね?」
「……。それなら、ラムダ様……。まず『歪みのハッシュ』とは、新たなハッシュを積んだブロックの受理条件を曲げる作用……です。ラムダ様の時代に備え、燃料を大量に消費するハッシュについては『受理しない』ように、ブロックの受理難易度を『上に歪ませた』のですね。そうしないと『地のチェーン』も燃料枯渇の影響を受けて『壊れます』から……。」
「うん、さすがね。その通り。地の神官らしくなってきたわね。ところでミィー。まさかね……、『ヒトの完全管理』を実現するための論理の心臓部……『歪みのハッシュ』がこんな所で役に立ったのよ。」
「はあ……、ラムダ様。」
「地の神官なら『運命論』と『ランダム論』の解釈くらい余裕よね。『運命論』は『大過去』の一致性を構成する重要な定理により否定されているけれども、こんな偶然なんて『運命論』よね。どうかしら、ミィー?」
「……。」
「そして『仮想短冊』といえば……あなたは『犬』をいつも気にしていたわ。そうよね?」
「ラムダ様……。」
「現メインストリームのチェーン管理精霊ですら……黒い血を吐く状態になるのだから、『犬』はどうかしらね?」
「……、『犬』は……。」
「ぐちゃぐちゃね。そうはもう……『犬』のどこに『仮想短冊』が存在したのだろうか、それすらもわからない位に押し潰れるのかしら?」
「……、ラムダ様……。」
「だったら、『犬』の仮想短冊など今すぐにでも捨てて『地の通貨』へ乗り換えるべきでしょう。このわたし……地の大精霊『ラムダ』が管理する通貨か……、それとも『地のチェーンの仮想短冊』かしら。」
「それは……、その……。」
「あら? そうね……この輝く『新秩序』が動き始め『仮想短冊の通貨』で地の力が回復し、余裕が出てきたのなら……うん、たまにはヒトを動かしてみようかしらね?」
「ラムダ様……。ヒト、ですか?」
「そうよ。ヒトが人形へ向かう現象を阻止する大事な役割を引き受けたのだから、たまには大精霊を楽しませてよ。そうよね、ミィー?」
「……。何をされるのですか、ラムダ様……。」
「うん、そうこないとね。采配は地の神官ミィーにおまかせするわ。」
「采配って……。」
「どうかしたの? 大精霊を楽しませる采配って大変よ。でも、ミィーならできる。信じてる。」
私は……それから何も答えられず、キノコ狩りの森から地の都へ帰還しました。……。ラムダ様……。どうかそれだけは、それだけは……思い留まって……。