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69, ああ……温かいシャワーの時間が五分までになりました。えっ……俺は一分で済ませろだって?

「姉様……。」


 負傷したシィーさんはネゲートの適切な処置により無事です。そしてその傍には……すぐさま舞い戻ってきたフィーさんの姿があります。俺は……見守ることしかできません。


「あんたね……。……。なにぼけっと突っ立っているの? 席を外しなさいよ?」

「……。ああ、悪い、ネゲート。」


 ネゲートに促され席を外します。さて……。寒いです。この地の特性でしょう。急激に冷え込んできました。あんなに暑かったのに……。


 それなら暖でも取れば? そうなりますよね。しかし……突然現れた地の大精霊ラムダがそれを許しません。まったく、なぜ「地」の属性を任されたんだよ……、このラムダっていう大精霊は……。


 このラムダの気分次第で各地域への燃料の供給量が決まるため、人である俺らをもてあそぶ気満々なのでしょう。一段と寒さが厳しくなるなか、わざと供給量を調整しているのが目に浮かびます。恐ろしいです。


 そして、このラムダという気分屋は見事なまでに厄介そのもの。あろうことか、シィーさんと深い関係を持つ大精霊らが管理する地域一帯への燃料供給を次々と閉じていきました。


 ああ……、この追い込まれ感。普段通りの俺なら相場で大負けしたときのように寝込んでしまう状況でしょう。しかし今は違います。俺がこの地に呼ばれた理由が今まで見当たらず、だからと言ってフィーさんにそれを伺っても話をはぐらかされて不透明なまま、ここまでやってきました。でも、このラムダの件でしょう。


 俺の直感で頼りないのですが……このラムダの存在と俺に対しての深い関係がありそうです。ちなみに俺……特に失うものはありません。さて、もう一度……特に失うものはありません。……。そうです、もう既に腹をくくっています。俺が「大過去」に戻ったところで何の影響もありません。俺はこの地へ召喚される直前で大きく負けたのです。そこで終わっていたと考えれば……。すべて何事もなく完結です……。


「あら? あんたが、考え事かしら? あんたらしくもない。」


 ネゲートが傍にやってきました。


「何だよ急に? 俺だってな、考え事や悩みくらいはあるさ。」

「どんな悩みなの?」

「えっ? そんなの……、この先の事についてだよ。」


 実際に言葉に吐いてみると……、強烈な不安が襲いかかってきました。でも……、今回は勝ちたいです。勝ちたい? それは違う。勝たなくてはなりません。


「あんたがそんな心配をしているの? そんなに……わたしたち『風の精霊』が信用できないのかしら?」

「あっ……。そういう訳では……。」


 急に儚げな表情を浮かべるネゲート。ちょっとそれには……しました。


「な、なによ? わたしだって……ね?」

「どうしたの、急にさ?」

「ううん……、何でもない。」


 なんだか様子がおかしなネゲートですね。それだけシィーさんの治療で疲れたのだろう。


「それにしても……。ネゲートってフィーさんにそっくりだよな。ちなみに精霊にも双子のような概念があるの?」

「ううん……そういう訳ではないの。これにはね、大きな秘密があるの。」

「大きな秘密とは?」

「そうね……。わたしとフィーが目を閉じて黙って並ぶと、どうなるかしら?」


 ……。瞳の色しか変わらないからね。目を閉じて黙ってしまうと区別は付かないよ。ただし……。


「……。俺は、その……独特の雰囲気で区別がつくぞ。」

「なに? その独特な雰囲気って?」

「なんだろう。カネの匂いとかね……。」

「……。なによ。もう解決済みなの。掘り返さないでよ? だから『採掘者』は嫌なのよ。」

「あっ、いや……その。あのな。だってさ……シィーさんの治療後、すぐに慌てながらあの神々のもとへ向かったではないか。」


 えっと、「採掘者」って何? うーん。


「それがなによ? シィーを助けるために仕方がなく向かったのよ。」

「シィーさんを助ける……?」

「燃料の件よ。この地域一帯だけは気まぐれで供給されたが、残りはすべて閉じたのよ。」

「……。その件ね。」

「あれってね、すぐに止められる性質ではないの。だから、無理に破壊して止めたとかになるの。つまり……今回の件、ラムダは『本気』だという事をこの燃料の件を通じて示してきたのよ。」

「……。本気なんだ。ラムダ。」

「うん。間違いないの。」

「そっか。」


 ……。この地への召喚は俺で良かったのでしょうか。フィーさん……。


「それでね、この地域一帯に供給された燃料を分けることになったのよ。」

「分ける……?」

「うん。シィーを精神面から追い込むために仕掛けてきたのよ。大雑把なくせに、なぜかこういうのは気にするからね……あのシィーは。ほんと、パワーだけ。あの大精霊……シィー。」

「ははは。でも……燃料を分けるとなると?」

「うん。この地域一帯でも燃料の節約が基本になるのよ。」

「燃料の節約か……。俺はいいけどさ、あの神々は納得したの?」

「……。あんたは大精霊ネゲート様をみくびっているようね。この程度のこと、簡単よ。」

「なるほど。妖精が喜びそうなネタを大精霊ネゲート様に握られているから融通が利く、だよね?」

「な、なによ? わたしは……口は堅いのよ。」

「そうだろうと思ったよ。」

「……。使えるものはしっかり活用するのも大精霊としての……。」

「言い訳かい。大精霊としての……なんだい? そこで矜持とか言い出すのはやめてくれよ。俺としては、そうだね……新たなカネの問題に首を突っ込まなければよしとします。これでいいかい?」

「うん。そうして。」

「わかったよ。それで……燃料の節約はどうするのさ?」

「うん。それは……温かいシャワーを我慢することになるの。五分までになるかしらね。」

「五分? まあ……それだけ浴びられるのなら、ね。非常事態だし。」

「あら? あんたは一分までよ?」

「えっ?」


 俺……一分までなの?


「まったく。少しは気を遣いなさい。みなさいよ……この髪。」

「ああ……。みんな長いんだ。」

「そう。五分では厳しいの。だからあんたの分をいただいて補填するのよ。」

「……。」

「あんたからいただいた四分は、シィーに二分追加、わたしとフィーに一分追加ね。決まり。」

「ちょっと待って……。」

「なによ? シィーへの二分追加が不満なのかしら?」

「あっ、その……。そういうわけでは……。」

「あんたみたいのまで『自由』を満喫できているのはシィーの力のおかげなのよ? 時代が暗黒なら、あんたみたいのは足かせと首輪を付けられて『完全管理下』におかれ、力尽きて『大過去』に戻るまで隷属であり続けるのだから。わかっているのかしら?」

「……。ごもっともです。」


 暗黒な時代……俺の利用価値など、完全管理下の隷属しかありません。わかってますよ。


「わかればいいの。」

「……。一分だと、大事なところまで回るかな……。」

「な、なによ? 大事なところって?」

「あっ、それは、まあ……男として……。」

「……。あんた、やっぱり風の精霊をなめているわね?」

「えっ? そういう訳では……。」


 どうしましょう。……、何の話だったかな……。あっ、あれだ。


「ネゲート。そうそう、似ているって話だったよな!」

「なによ? ……、そうよ。」

「俺さ……、ネゲートとフィーさんの区別なら、すぐだから。うん、すぐだよ。」

「ふーん。」

「……。まだ怒ってる?」

「そうね……。」


 ……。場の空気が張り詰めていきます。


「そう言い切れるのなら……選ばれただけはあるわね。それでも、あんたの大事な所なんて知りませんし、知りたくもない。」

「……。謝るよ。だからさ、機嫌直してよ。」

「そうね。」

「わかったよ。カネの件も、これきりにする。これでいいね?」

「うん! そうこないとね。」


 ……。気付かぬうちにネゲートに誘導されたみたいだな。とほほ。


「では、似ている点について。」

「そうね。挑戦者がネゲートの存在を知っているのか……、それを確かめるために似ているのよ。」

「はい? 挑戦者……ね。」

「うん。そこでね、わたしとフィーを別室に待機させて、どちらがネゲートなのか、尋ねるのよ。」

「えっ?」

「尋ねるたびに、わたしとフィーをランダムに入れ替えるの。そして挑戦者に、また尋ねるのよ。」


 ……。何かの罰ゲームなのかな?


「もし挑戦者がネゲートの存在に対する知識があるのなら、ランダムに入れ替えても常に正答できるはずよ。」

「……。そうだね。」

「しかし、挑戦者がネゲートの存在に対する知識を持っていない場合、勘に頼って答える形になると……。ね?」

「それ、たまたま当たる程度では、そうだね……四回、五回も尋ねれば間違えるね。」

「うん、それそれ。なかなかわかるようになってきたようね?」

「でも……。なんか違和感を覚えるよ。もっと簡単にできそうな感じがある。」

「そうね。しかし、そこが重要ではないの。相手に余計な情報を与えずにネゲートの存在に対する知識を持っているのかどうか、そこを確実に引き抜ける点が重要なのよ。」

「……。なるほど、それは重要かもしれない。なぜなら、例えば……『甘いもの』を目の前にぶらさげたら、フィーさんはすぐさま反応しそうだ。」

「それね。それを挑戦者に許してしまうと、相手に『フィーは甘いものに弱い』という余計な情報を渡してしまうことになるの。だから、その方法ではダメね。」

「相手に情報は一切与えず、相手から情報を引き出す手法ってことだね。」

「うん。」


 フィーさんが甘いものに弱すぎる点だけは、絶対に知られてはならない。だね……。


「ところで、あんたが好きで好きでたまらない相場が荒れているのよ。」

「えっ? 相場が荒れているの?」

「うん。シィーの負傷の件がリークされ、その『きずな』の利率がね……。すごい動きなの。」

「リーク? それって、ラムダが流したのかな?」

「そうよ。疑う余地もない。」

「……。その……長引きそうかい?」

「さあ。ラムダは気分屋で案外すぐに飽きて終わる可能性も僅かにはあるけれども……。」

「ただし?」

「時代を創る大精霊の交代が迫っているからね……燃料の仕掛けの件も考慮して『本気』と断定できるわね。つまり、長引くわよ。」

「ついさっきも話していたよね。『本気』だって……。」

「うん。そのままの意味よ。」

「……。制裁とかはしないの?」

「もちろんするわよ。シィー側につく大精霊が管理する通貨を駆使して経済的な揺さぶりをかけるのよ。だから長引くのは間違いないが……、ラムダ側から手を引いてくることを強く願うわ。」

「なんだ、制裁はあるのね。それならいいか。それでさ、その……時代を創る大精霊ってさ……。」

「あら? そのまま捉えなさいよ。シィーの時代ならシィーで、ラムダの時代ならラムダになるのよ。」

「……。その他にはいないの?」

「大勢いるわよ。大精霊なら一応は候補になるからね。」

「……、なるほど。でも、大精霊ネゲート様が時代を創る大精霊になれるわけがないね。」

「な、なによ? そこでそうくるのかしら? わたしだって……候補よ?」

「候補ね……。みなで『犬』をねだる時代になるのかな?」

「……。あんたね? 今度はそうくるのかしら?」

「あっ、それは……その。ああ、はい。」

「もうね……。だから相場で負けたのよ。」

「うう……。そこでそうきますか。」


 今回は、ネゲートに笑顔で言い返されてしまいました。怒ってないようで安心です。


「フィーさんは精霊で、大精霊ではないから候補にはならないよね?」

「……。うん。」


 何かにとまどいながら返答を濁らせるネゲート。……まあ、いいか。


「おいおい。もしさ、フィーさんが時代を創る大精霊になったら、そうだね……食糧が不足してきたときは『パンがなければ式を眺めればよいのです』というお告げをするだろう。腹は膨れないけどさ、頭が痛くなるから食欲落ちますので効果は抜群。どう、ネゲート?」

「ちょっと……。あんた?」

「……? ああ……すまない。面白くないよね、こんな冗談……。」

「ちがうの。後ろに振り向いて……。」

「えっ? 後ろ?」


 ネゲートに促されるように振り向くとそこには……。


「そのお告げは違うのです。『パンがなければ甘いものをいただくのです』、なのですよ?」


 フィーさん……。甘いものだったですか。ははは。


「フィーさん……。シィーさんは大丈夫。ネゲートが完璧な治療をしたからね。」

「はい、なのです。」

「実はシィーさんと少し話したんだ。『売り売り』で少し盛り上がったので大丈夫。いつものシィーさんでした。」

「姉様……。」

「そうそう。そうよ。もっとほめていいのよ……大精霊ネゲート様ってね。」

「おまえな……。」


 それにしてもネゲートって……。平常時はずぼらで俺から「犬」をねだるだけですが、ここぞという時の行動力については速くて的確。かなり頼りになる大精霊という所感です。ただし、調子に乗りやすいので困りもの。まあ、フィーさんもごねると厄介なので、似たようなものと解釈しておきます。


 ともあれ、俺の温かいシャワーが一分になりました。……、頑張ります。

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