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6, 山師

 んっ? なんか今日は朝っぱらから騒がしいな。まだ眠いんだが……。なんか、この地に来てからというもの、堕落した生活が継続しているような気がしてきた。まあ、それが本来の「俺」なので、しょうがないか。


 さっさと起きて、今日も……ですか。さっさと朝エサを食って頑張ろうか!


 すばやく身なりを整えて、軽く体を動かして頭を切り替えていきます。そうだった……、あのぶん投げの日々も、こうやって始まって、なぜか存在する妙な昼休み……機関が板を操作して個人から株をぶん投げさせるための「恐怖という名の成り売り」を積むための「大切な休憩時間」を挟んでさ、そのまま何気なく終えていたんだよな。別の次元に呼ばれ、このような突然なお別れになるならさ、もう少し、未知なる他の分野などに迷わず挑戦しておいたほうが、良かったのかもしれませんね。ともかく! いまこの地で俺自身に起きていることは、その未知すら遥かに超えた衝撃の連続です。フィーさんという「不思議な存在」から、なにやら価値のあるらしい「大切な犬」を頭の奥底に叩き込まれて、何やらまた、何がはじまるのか、です。えっ? 「新しいカギ」のことについては、おまえ、どうしたの……って? それについては、今は触れずに、そっと心の奥底にしまっています。正直さ、そのカギに絡んでいる、実態がわからない「魔の者」が怖いんです。もともと、元の地……いまは故郷と呼んでいるところで、そんな存在はありませんでしたよね? ですよね? もちろん、似た概念の者ならいましたけどね。もっとも、俺が恐怖を抱くのは、目に見える形で……この地では「サブスタンス」と言うんだっけ? それこそ、黒い翼でも埋め込んだ変人とかです。はい。


 おっと、元の地……故郷の記憶については、この地で瞬間的に交わされた「スマートコントラクト」……契約した以上、少しずつ忘れていくと伺っています。しかし、相場については、かなり記憶に残っています。それほど、強い印象で忘れられないのだろう。しかし、その他の記憶については、いよいよ、かなり消えてきています。そもそも、いきなり自分の名前すら憶えていなくて、ディグという……。もう慣れましたよ。うん、慣れると不思議と馴染んでくるものです!


 あくびをしながら、エサ……ではなく、飯をいただくために、下の階に向かっていると……。なにやら、訪問者のようです。フィーさんがすでに対応していました。


「今日から、この界隈でお世話になりますっ!」

「はじめまして。フィーと申します。朝早くから、こんな奥地まで……ご苦労様です。」

「フィー様なのですか! たしかに……、そのお姿! あなたが……、あの噂のフィー様!! どっ、どうしましょう! フィー様ご本人様、ですよね? もう、私ったら、どうしたらよいのか!」


 おや? 肩下まで伸ばした黒い髪を大きく揺らし、黒い瞳を輝かせています。背たけは……フィーさんと比べたら、かなりありますね。フィーさん、案外、小さいからな。それと、俺が強い印象を持ったのは、彼女の服装でした。えっと……、まだ微かな記憶にある、俺の故郷で古い時代に着られていた一般的なもの、だったかな。


 ……。なんだか、落ち着いてきました。黒い髪、黒い瞳、その服装……。懐かしさを感じます。うん、まだこちらに来て日が浅いというのに、懐かしく感じるというこの感情……、記憶が薄れてきていて、その薄れた分が懐かしさへの相乗効果となって、その想いを強くさせているのかもしれません。フィーさんの言っていた通り、無意識に、いや自然に、記憶が消えていくのは事実みたいです。ただ、自然に消えていくため、苦しみとか、歯がゆいとか、負の面を持つ感情は沸きません。気は楽です。


「あっ、あの……。」


 フィーさん……、とまどいを隠せない様子で、うつむいてしまいました。


「はっ! すみません! つい取り乱してしまいました! だって、目の前にフィー様がいるなんて、誰もがこのような反応を示しますよ!」


 それにしても、この黒髪の子の騒ぎ方からみて、フィーさんって、この地で有名みたいですね。俺みたいのを軽く別の次元から呼んでしまうのだから、当然か。


「そ……、そうなのですか?」

「それにしても、本人が目の前に……、ふふ……」


 そのとき、フィーさんが俺に気が付いたみたいで、助けを求める視線を強く俺に向けてくる。了解です。


「はいはいはい! 俺が通りますよ!」


 さっそうと登場して、適当に話をつなげていくのだけは得意なんです。少しくらいは取り柄がないとさ、不公平ってもんですよね!


「ちょっと? あなた、誰?」


 早速、フィーさんを困らせていた客人が反応してきました! ここはネタで乗り切るのではなく、興味を引いていきますね!


「投機で吹っ飛ばして、この美しきフィー様に、命を救っていただいた者です。」

「えっ……? ちょっとそれは……です。」


 フィーさんが応答に困っています。まあ、今回はこの客人を振り切るためですので、許してくださいね。では、客人の方は……。別の観点から、乗ってきました!


「と、投機って……。無茶苦茶な投資のことよね?」

「えっ? まあ……、そうとも言う。」


 ……。俺はてっきり、フィーさんの所で興味を引いて、こちらに思考を向けさせる予定でした。まさかっ! 投機の方にくるかい! そこを突っ込まれると、弱いかも。いや、弱いです。


「フィー様!! こんなやつ、なんで助けたのですか? いくら何でも慈悲が深すぎます。今でも、私ら民の憧れなのですから!」


 おいおい、それはちょっと……。俺のピュアなガラスの心にヒビが入りそうです。耐えます。いや、耐えなくては!


「あっ、あの……。助けたのではありません。わたしは、そう簡単には手を差し伸べませんよ?」

「そっ、そうなんですか! すみません! この、この、不躾な私をお許しください!!」


 うぐっ。いまのでヒビが入った……。というのは冗談です。俺みたいな存在、助ける価値なんてないない。はじめからないもん、考えるだけ時間の無駄ってやつです。


「あ、あのさ……。」


 完全に取り残されている俺。どうも、噛み合わない。どうしましょうか。


「まだいたの? そもそも、もう元気なら、さっさとここから消えなさいよ? フィー様には用はあるけど、あんたには全く用はないから。」

「消えろって、そりゃないぜ。まだまだいるさ。どのみち、他に行くあてもないからな。」

「ちょっと……。なんで……。なんで! どうやって、フィー様を独り占めにしたの? ここには……フィー様しか、いらっしゃらないはずなのに……。」

「えっ? フィーさんって、長い間、一人だったの?」

「なっ、そんなことも知らずに……。のうのうと、フィー様と……。しかも『フィーさん』って呼び方……。なんという、傲慢なやつなんでしょうか!」


 突然、おしかけてきた者に、ここまで言われる筋合いはありません。しかし、朝早くからこんな所で騒いだら、フィーさんが不憫でなりません。「大人の対応」をいたします。大人、のね。


「傲慢であっても『結果が全て』の世界で、それなりに生きてきました。そして、まだ生きています! それでね、ここから追い出されたら、間違いなく干からびて死ぬことになるでしょう。だったら、クズでもカスでもこの場にがっちりしがみついて……、迷惑をかけまくったことを開き直ってでも、とことん生きてやります。これでもダメか?」

「…………。」


 あれだけキャーキャーうるさかったにも関わらず、急に、まばたきすら動じなくなった。


「あの……?」

「失礼しました! ほんと……、自分自身の見る目のなさに、気が狂いそうです。『結果が全て』の世界で生きてこられた山師……フィー様の相棒だったのですね!」


 山師? ああ……、投機のことね。厳密には元投機家、です。おっと、この「元」は「大人の事情」でエリミネイトします。それにしても相棒って……、ただ、いきなり呼ばれただけです。ん? いやはや、山師で「相棒」になるって、フィーさんって、まじで何者なのか……すごく気になってきました!


「もしかして、山師に憧れているとか?」


 一応、聞いてみる。もしかしたらこれから、そういう世界に足を踏み入れるのかな? そうそう……、故郷にあった新興の世界も、恐ろしさを知らない新参者は、なぜか負けるつもりが一切ないんだよな。それでさ、ビギナーズラックという名の含み益……利益確定前の「儲かるかもしれない儲け」のことなんですが、そんなのが出たら大変なことになります。さっさと利確すれば……、何だっけ? このあたりは記憶が途切れてきているが、それなりに高価なものを買えたのにさ、なぜか「億」になるとか、思ってしまうんです。あっ、これ、本当ですよ。絶対に、絶対に、誰もが陥ります。そういう雰囲気に飲み込まれていくんです。というか……「億」という金額の記憶はあるんだな。絶対、忘れないだろうな。ううっ……。


「はい! だから、ここまで来ました。本当に、フィー様のご活躍については、魂が震えました。軽く百手以上は先読みして筋を軽く壊滅させたとか、それこそ『時を詠む』とまで謳われていましたね。低難易度から高難易度まで幅広く自由自在に操り、それで財を成し、あの『魔の者』すら恐れていると……。」


 ちょっと! その話は、本当なの? おっと、難易度云々のくだりは、それが相場にどう絡むか、わかりかねますが……。んっ? 単に、狂った銘柄の、その狂った度合いを揶揄しているのかな? でも、そんなニュアンスには感じないな。……、そういや、つい先日じゃん、フィーさん大好物「おやつ」の箱で、難易度の話があったが、もしかしたら……それなのかな。そうなると「この地」特有の指標なのが確実ですね。


 一応、消えかけている俺の記憶が正しいのならば、故郷の相場で、そんな「ぶっ飛んだ指標」はないはず……です。まあ、コラプスの指標……「恐怖指数」ならありましたが! おっと、あの新興にすら、そんな経済指標はなかったはずだ……よね? だよね? それとも、俺の記憶から消えてしまったのか? いや、ただただ俺の勉強不足で、そんなことも知らずに新興なんかを触っていたのか? ……色々な考えを巡らせる中、それでも確かで残っている記憶が一つあります。それは……、財を成したってことは「成功」したんだ、純粋にすごいとしか、言いようがないという一点です! 俺は派手に散りました。


 ところで、ここまで褒められたフィーさんは……。顔を真っ赤にしてうつむいていました!


「そ、それはです……、膨張のし過ぎなのです。」

「いいえ! これだけの結果を出されたのはフィー様くらいです。あの『魔の者』が天を司っていた暗黒を超えた悪夢……中央の時代すら吹き飛ばしたと伝わる、民の憧れなんですから!」

「そ、それは……。」


 何かをいいかけたフィーさん。しかし、言葉を詰まらせた。それに、ちょっとした違和感を覚えた。財を成したのだから、嘘ではないだろう。


「別に恥ずかしがることはないじゃん。『結果が全て』で成功したんでしょ?」

「いえ、これは成功したとは……。例のカギの件もありますので……。」


 また、何か隠しているような、そんな感じがした。これ以上はやめておきます。


「おっと、そういや、朝飯がまだだった!」


 一気に話題を変えます。ここは、飯の話が手っ取り早いです。単に、腹が減っていただけともいう。すぐにフィーさんが反応を示しました。


「あっ! そうですね。そんな時間だったはずです。そこで、この方もご一緒に、いかがですか? そういえば、だいぶ前に約束いたしました『この地のもの』を、お出しいたしますね。」

「えっ! いいの?」

「そういえば、約束していたな。楽しみです。」

「その前になのです……。」

「その前に……?」

「自己紹介ですね。」


 そうだった……。名前すら聞いていなかった。あっ……。いよいよ、あの恥ずかしい名前を彼女にっ! いや、いまさっき恥ずかしがるなって格好付けたばかりだ。腹をくくるしかない。


「じゃ、まずは私からっ! ミィーと申します。そもそも、先にフィー様に名乗らせてしまうなんて、情けない限りです。」


 ミィー? それは紛らわしいというか……。あっ、でも、そういうことか! 色々な意味で有名なフィーさんに似た名前、か? こういう遊び心は、俺の故郷でも、よくあったよね、たしか。では、その遊び心で付けられた、俺の名の自己紹介のはじまりです。


「俺は……、そう、ディグと名付けられました。」


 さて、ミィーさんの反応はいかに?


「ディグって……。難易度が、本当に好きだったのですね! さすがはフィー様の相棒。これこそ山師です! 本当の意味で、山師ですね!」


 まさか褒められるとは! ただ、この名と、難易度に、何の結びつきがあるのか。さっぱりです。ただ、そこを突っ込まれたらまずいな。でも、そこはフィーさんがしっかりフォローすると思います。うまく話をそらす方向で投げていけばよいかな。


「素敵な自己紹介を終えましたね。嬉しいのです。では、こちらへ……。」


 二人とも満足の笑みで終え、グッドです。そして、いよいよこの地の食材……か。楽しみです!

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