64, そう……たとえば、価値に対する優先順位ね。神々が大切にする通貨と、あなたが手にする仮想短冊。どちらが大事かしら? よくもまあ、こんな保険を考えるとはね。
「ねぇ? ミィー?」
「はい……。」
「その表情……、なにか、言いたそうね?」
「……。」
「ところで、その『大切な装置』、壊れやすいの。落とさないでね?」
「……。わかりました。」
ミィーは、手渡されたその装置をテーブルの端っこに置きました。
「その置き方……。ミィー? 素敵ね?」
「……。もう、やめてください、こんなこと……。」
「やめる?」
「そうです。そんな計画を無理にでも押し通したら、各地からの反発で、すぐに頓挫します。」
「……。ミィー? ちょっといいかしら?」
「なんですか?」
「大精霊や精霊には、属性が割り当てられていることくらい、知っているわよね?」
「知っています。そして、フィー様は『風』でした。」
「……。フィー……様?」
「はい。そうしてください。」
「……。」
「いけませんか?」
「そこまで熱狂するほど、あの狂い方に魅了されているのね。」
「はい。そういうことにしておいてください。」
「わかったわ……。でもね、このわたし……大精霊『ラムダ』の属性を知ったあとも、あなたは抗えるかしら? そう……ラムダはね、『地』なのよ。」
「えっ? 『地』……、ですか。ちょっと、地って……。」
「少しは動揺しているようね?」
「それは……。だって、『地』って……。」
「無理に隠さなくていいのよ、ミィー? こちらでは完全な悪者にされているからね。でもね……『地』の力で、本当の意味での豊かさを民に与えるのが、このわたし……大精霊『ラムダ』の力。」
「それは……。」
ミィーはうつむいたまま、言葉を発しなくなりました。
「……。なにか、言い辛そうね? それなら、少し話題を変えましょうか。そうね……、ミィーが余暇の予定を立てるとしたら、どのような内容になるのかしら?」
「えっ? 余暇の予定……、ですか?」
「そう。述べていただけるかしら?」
「……。はい。まずは予算を決めて、その範囲内で楽しめるスケジュールを……。」
「はい、そこまで、ね。」
「えっ? まだ、何も、私は……。」
「輝きが違うミィーでも、ずいぶんと曲がってしまっているようね? 惨めな大精霊『シィー』による、悪い影響かしら?」
「……、意図がつかめません。」
「あら? そうね。『まずは予算』?」
「……。そうです。どのようなささいなことでも、無計画は破綻を招きます。」
「ご立派ね? ミィー?」
「……。」
「腑に落ちないご様子ね? それなら、このわたし……大精霊『ラムダ』が抱える大切な民の、余暇の過ごし方をお教えしましょう。それで、ご納得いただけるかしら?」
「……。はい。」
「とても簡単な話。それはね、『地』からの恵みを楽しみにしているの。」
「……。恵み、ですか?」
「そうよ。わざわざね、余暇に『カネ』はかけないの。わかるかしら? だからね、『まずは予算』という概念がないの。ふふふ。」
「……。そ、それは……。」
「まったくもう。惨めな大精霊『シィー』に飼いならされると、何をするにも、最初に『カネ』が頭に浮かぶように改造されてしまうのかしら? でも……、そこは価値観の違いとして、特に、干渉はしていなかったの。それはそれは、優しい大精霊の……ラムダよ。」
「……。あの……していなかった、とは? その表現だと、今は……。」
「良い勘ね、ミィー。実は、そろそろ『大精霊の祭典』が近いの。だからね……。ふふふ。あの頂点に君臨するお方を楽しませないといけないから、大精霊は、みーんな必死になるの。この祭典だけは、みーんな必死。」
「……。」
「落ち着いてね、ミィー。もしこの地で敵対する大精霊同士が衝突したら、まちがいなく取り返しが付かない事態に発展するの。だから、それはないわ。ふふふ……。」
「……。」
「こんな暗い話、やめにしない? このわたし……大精霊『ラムダ』を、少しは信用しなさいよ?」
「……。嫌です。」
「そう……。それなら、ミィーの興味を引こうかしら? そうね……『犬』、かしら?」
「えっ?」
僅かだが、ミィーの表情が明るくなった。
「そうそう。それ、すごいの。あの神々が管理するような通貨に生じる価値を、象ったシンボルの穴の近傍を出入りする仮想短冊で表現するという、このわたし……大精霊『ラムダ』も驚く発明なの。ところで、そのシンボルは……『犬』のようね。そして、仮想短冊で表現される通貨……、ふふふ。魅惑的ね?」
「……。ちょっと、それは、よくわからないです。」
「まあ……。でも大丈夫。このラムダの『神官』になるのよ? すぐに理解できるから。」
「そ、それは……、嫌だと……。」
「もうね、あなたは拒否はできないの。ミィー? 現実を受け入れなさい。」
「……。」
「ところで、表現はできても、なぜそのような価値が生じたのか、ね?」
「……。はい。」
「結局ね、あの神々は愛する通貨を過信し過ぎて、ちょっとやり過ぎたのよ。」
「えっ?」
「もし制御を失うと……、すぐにでも価値の補填が必要よね? 信用はすぐに消えていくからね。時間との勝負になるの。ああ、現実って『時間の概念』があるから、大変よね。」
「……。時間は、どこにでもあります。」
「まあ。それは、あなたが『神官』になったあと、ぜひとも『大過去』で、探求してみてね。」
「そ、それは……。わたし……。」
「さて、続き。そこでね……万一に備え、保険として、その価値をどこかに溜め込む効率的な方法、そう……プールの構築が必要となったの。そしてね、その方法がみつかったの。それが……。」
「それって……、まさか、この……。」
「そうよ。」
「でも、それだと、その……あの神々の通貨の価値に、何か毀損でも生じたら……。」
「ふふふ。そんなひどい状況下で、神々が大切にする通貨と、あなたが手にする仮想短冊。どちらが大事かしら? まさか、こんなのを迷うわけ?」
「そ、それは……。」
「もうね、迷わず仮想短冊なんか投げ捨てて、穴と一緒に、愛する通貨への『移動』かしらね。ふふふ。これで愛する通貨は助かるのだから、民は落ち着くでしょう。ちなみに、穴を失うと、そのシンボルの価値は……。」
「あ、あの! それは、どうなるのですか? 気になります。」
「あら……必死ね? でもね、その解は、ミィーが『神官』として、自ら示しなさい。」
「そんな……。」
「でも、それは『万一』の場合。でも、しっかりと役目を果たせるのだから、ね? ふふふ。」
「……。」
「さて、本題ね。ミィーはすでに『神官』になったのだから、もうすぐよ。頑張らないとね?」
「待ってください……。それは……。」
「なにかしら? さて、初仕事で必要となる、なぜか『端』に置かれた大切なものを、何とかしなさいよ?」
「……。どうしても、やらないといけませんか?」
「ミィーに選択肢はないの。早くしなさい。」
「……。」
ミィーは震えながら、端に置いた、ラムダが大切にしろと命じた装置を手に取りました。
「ねぇ、ミィー?」
「……。」
「さて、あなたが記述する『式』を楽しみにしているわ。さあ……、このわたし……大精霊『ラムダ』の支配下で、すべてを出し尽くしなさい。自由は『限定的』になる分、そこは保証いたしますの。」
「……。」
「惨めな大精霊『シィー』は、人に自由を与えすぎたのよ。そんな失敗は、二度と繰り返さない。そう……、それこそが、『強い大精霊』の条件、かしらね?」
そうつぶやきながら、笑みを浮かべつつ……、そして……。