63, シィーよりも、このわたし……大精霊ラムダが統率する平和な時代が到来するの。一度は敗れた、美しきあの夢……「大過去万能主義」を、今こそ実現すべき。あの「酷い日」から続く悪夢を、終わらせましょう。
「あなたに用があるのよ。ミィー?」
「あなたは……誰ですか?」
「どうかしたの? わざわざ、このわたしの方から出向いたのよ。ここを、早く開けなさい。」
ドア越しに、掻き立てるようにせまってくる、疑わしい訪問客。名を呼ばれたミィーは、明らかに様子がおかしい訪問客に警戒心を抱き、身構えた。
「このわたしが、怖いの?」
「いま、ちょっと忙しいので……。」
「あら、そう。このわたしの訪問が、徒労に終わろうとしているかしら?」
あまりにもしつこいため、勇気を振り絞ってドアスコープから確認してみると、そこには……、長い金髪を何度もなでながら、イライラしているようにみえます。
「すみません……。」
「早く、この扉を開けなさい。何を警戒しているのかしらね?」
「それは……できません。」
「あら? はっきりと言うのね? それなら、名乗ろうかしらね。このわたし……、大精霊『ラムダ』なの。この厳粛な雰囲気でわからないのかしら?」
「だ、大精霊……。」
大精霊がこんな場所に、何をしに? ミィーは、何度も考えを巡らせて、断る理由を探り始める。
「どうしたのかしら?」
「ちょっと手が離せない用件があって……。ごめんなさい!」
「大精霊をどうしても退ける必要がある最上級の用件が、あなた……ミィーにあるのかしら?」
「そ、それは……。」
「このわたしが大精霊ラムダなのかを、疑っているようね?」
「ち、ちがいます……。それは……。」
「そうね……、それなら、大精霊の特権『大過去への接続』で、こんな扉くらい、すり抜けようかしら?」
「す、すり抜ける……。そんなことが……?」
「うん、可能よ。でもね、このわたし……大精霊ラムダにそんな面倒なことをさせたら、後が怖いわよ?」
「あ、あの……。」
「さて、あなたは、どうするのかしらね?」
「……、そ、それは……。」
「わかったわ。緊張しているようね? それなら……まずは、この地の大精霊を代表して、お詫び申し上げますの。」
「お、お詫び……?」
「そう。大精霊シィーの偽善による超破壊的な行為によって、色々なご苦労があったようね? でも、あなたは、ついているの。なぜなら、この麗しき大精霊ラムダに愛されているのだから、ね?」
「そ、それは……。」
「どうしたの? とにかく、警戒を解いて、早く開けなさい。」
大精霊シィーの渦の件を知っていたということで……、ミィーは恐る恐る、扉を開けます。
「……。えっ! こんなに……いたの?」
どうやら、ラムダと名乗った大精霊だけではなく、連れがいました。
「おお、驚かせて悪いな。姉さんだけで向かわせるわけにはいかないからな。俺たちも、同行なんだ。」
「うん、俺たちは大丈夫だよ。怖くないかならね。今の時代の俺たち……『天の使い』の任務は、相場で売りまくるだけ、だからね。安心してね。絶対に、狩ったりはしないからね!」
「おいおい。そんな事を言って、あの川の件はなんだ? 川を渡らせた後、あんな事になるなんて。」
「別に、少しくらいはいいでしょうよ。売ってばかりでは、楽しみがないからね。」
「あっ、あの……。どうぞ……。」
ミィーは、奥の部屋に通します。
「さすがね。このわたし……大精霊ラムダを招くのにふさわしいレイアウト。」
「……。空いている所にお座りください……。」
「そうね。そうさせていただくわ。」
「……。少しお待ちください。お茶でも……。」
「あら? 今の時代に、大精霊をもてなせる茶でもあるのかしら? 素敵ね? うん、大好き。」
「……。はい……。」
「ねぇ?」
「はい……、なんでしょうか?」
「ねえ。『人』って、どうかしら? あら? ちょっとした哲学よ。」
「はい……?」
ミィーは、大精霊ラムダからの唐突な質問に、反射的に目をそらし、その場で動けなくなりました。
「情けないとは、感じないかしら?」
「……。な、情けない、ですか?」
「そうよ。いつもそう。『持続』を謳いながら、破滅の繰り返し。ところで、今回の終わり方は何かしらね? ふふふ。そう……食べ物が底を尽きそう、だったかしらね? でもね、この地域一帯はまだいい方よ。いつも要領がいいからね。うらやましいくらいに、手際がいいの。うん、そこは安心してね。」
「……。今回の終わり方って……。なんですか!」
ミィーの怒った表情をみつめ、満足げに笑みを浮かべる大精霊ラムダ。
「あなたは、このわたし……大精霊ラムダのお気に入りなの。だから、救ってあげますの。安心してね。席は空けてあるから。ふふふ。」
「……、何が、安心して、ですか!」
「そこで語気が強くなるなんて。すごい好き。」
「……。」
「あら? そこで、黙ってしまうなんて、なぜなのかしら? このわたしに気に入られるなんて、稀な機会なのに。例えば……そうね、『都の支配者』をご存知よね? あの精神力は素晴らしいの一言。あのチェーンに魂を刻むなんて『大過去』に対する冒涜になるからね。そこで、その覚悟を、このわたしは買っているの。なぜなら、その魂は積の形からゼロで『消滅』する、おそろしい、その一言に尽きる状況になるからね。精霊に宿りし『限りのない生命』を手にしているのならともかく、寿命が短い『人』が、そんな超破滅的行為を行うなんてね。でも、このわたし……大精霊ラムダに気に入られたのだから、満足かしら? 従順な駒として、この地域一帯の『主』を務めていただこうかしら。あの支配者も、それを強く望んでいるの。うん、わたしって、とっても素敵な大精霊。そう思わないかしら?」
「……。都の支配者は知っています。」
「そうよね。」
「でも、『大過去』って……? 聞いたこともありません。」
「あら? そこはね、適当に流しておいて。あれは……、概念を思い浮かべるだけでも、頭が痛くなってきそう。あんな概念は、一部の物好きが式をぶん回すためにあるのよ……、でも、あの狂った精霊『フィー』なら、嬉しそうに長々と淡々に説明するのでしょう。ふふふ。あー、やだやだ。」
「……、今、なんて……。」
「どうしたの? あーそうね。あの狂った精霊『フィー』って、話し方が独特で、ほんと、嫌になっちゃうの。あれね、わざとではなく、本当にあの話し方なのよ。信じられる? あんなのがこの地の精霊だなんて、恥ずかしい限り。やだ、やだ、やだ、やだ!」
「あの!」
「なにかしら? 急に?」
「フィー様は……あなたが考えているような、不躾な精霊ではありません。私のような存在にすら、しっかりと対応してくださいました。あの独特な話し方だって、愛嬌の一つですよ。別に、まったく気になりません。」
「ちょっとね! 何よそれ? フィー……様ですって!? 今すぐ、訂正しなさい!」
「あっ、あの……、その……。」
怒りに満ちあふれた大精霊ラムダの張り上げた声に、おどおどするしかないミィー。
「あのね……。そこだけは気をつけなさい。この地の頂点に君臨する『創造の神』から寵愛を受ける、わたしの素晴らしき計画をすべて破壊し尽したのが、あの狂った精霊……フィーなの。お分かりかしら?」
「……。」
「いったい、なんなのかしら、あの精霊。でも、これについては、おまえたちも悪いんだよ! しかも、二度も仕留める機会があったらしいわね?」
大精霊ラムダが、手下と思われる「天の使い」にイライラをぶつけはじめた。
「姉さん! すまない。それは……仕留めそこなった、だよな。」
「そうだよ。まずは、あの大精霊……ネゲートを、ね。ネゲートを仕留めた後、『大過去』の作用でフィーも仕留められるはずだった、だよね!」
「……。すまない。すぐに仕留めたらもったいない、それでさ……。」
もったいない。その言葉に、ミィーが反応する。
「もったいないって……、なによそれ……。恐ろしい……。」
「おお、驚かしてすまんな。単に……、そうだな……、少しずつ俺たちの『売り』で切り刻まれていく無力な投資家って感じだな。あれって残酷でよ、一度は爆益で夢をみさせておいて、そこから少しずつ切り刻んでいき、絶望感を抱かせながら、仕留めていくんだよ。でも、そんな趣向を優先してネゲートを仕留め損ねたなんて、……、本当に猛省しているぜ、姉さん!」
「まあ、いいんだよ。誰にでも失敗はあるさ。よしよし。」
「姉さん……!」
「なんですか、それは! そんなひどい仕打ちを……。」
「あら? そんなにひどい仕打ち、かしらね?」
よしよしとつぶやきながら、「天の使い」の頭を優しくなで回します。
「二度目は、弱ったフィーをあと少しで……だった。そこにシィーの邪魔が入ったんだ。」
「邪魔ね? それさ、シィーちゃんって叫んで喜んでいたではないか。」
「おいおい。そ、それを……、姉さんの前で……。」
優しくなで回す、大精霊ラムダの手が止まりました。
「なんだい? このわたし……大精霊ラムダの『大いなる売り』と、惨めなシィーの『売り売り』、どちらが上なのかしら? 今の腐った相場には、このわたしが本気で売る『大いなる売り』が、最適な解よね?」
「何の迷いもなく、姉さんです。」
「当然、姉さんよ。あの売りは本物。だってさ、姉さんの『大量売りの報告』が市場に出回った途端に、買いで非常に強気な投資家すら、すぐに損切りをして逃げまわるからな!」
「うん、優秀な解答ね。気にすることないよ。これから勝てば、問題ないからね。」
「姉さん……。」
「あの……、あの! 『大いなる売り』って……、そんな売り方……。許されているの?」
ミィーからの刺激的な質問に、笑みを浮かべる大精霊。
「な、なんですか!」
「あら? ミィーって、真っ白、なのね?」
「真っ白?」
「そうよ。身も心も真っ白。純白っていいわね?」
「な、なんですか! 気持ち悪いです!」
「うん、そうよ。そうこないとね、ミィーではないの。では、現実を知ってね。大精霊はね、どこでも『売り放題』だから。覚えておいてね。」
「……。」
「あと、もう一つ、大切な『知恵』を授けますの。売るための準備も、このわたし……大精霊ラムダは凄いのよ。そうね、あんなのや、こんなのを、しっかりと限界まで膨らませておいたからね。それでね、この膨らんだ『強烈な不連続性を持つ泡』を、そうね……、その辺の……が買い始めたら、いよいよかしらね? 『大いなる売り』には大切な要素なの。」
「なにが、準備ですか!」
「準備ができてこそ、大精霊。そこで、この泡を『大過去』から拝見するとね、芸術になるのよ。そうね……とにかく、普通の穴ではないの。」
「……。」
「あら? どうしたの? この続きは、あなたが大好きでたまらない狂った精霊『フィー』に聞きなさい。あの狂った精霊は、大いに喜びながら、長々と淡々に説明をはじめるからね。おすすめよ。」
「……。」
「そしてね、それが破裂したら、そうね、このわたしの美しい計画に移行するのよ。」
「さっきから、その……計画計画って、なんですか、それ!」
「いいわね。その強気。そして、このわたし……大精霊ラムダの美しい計画を、その心に刻みなさい。そう……あのフィーさえ、さっさと『消滅』していたならば……、調和性に満ちあふれる『完全自動管理』なソシエティが、すでに実現できていたはずなのよ。」
「……。な、なんですか、その『完全自動管理』って。そんなの……、そんなの……。」
ミィーは、その不気味な響きに、言葉を詰まらせます。
「うん、素敵。あなたは、そうやって強がりながら、恐怖を抱くその姿が本当に最高よ。」
「……、なんですか、と、聞いているのですよ?」
「もう……。カンの方は鈍いようね? そのままと解釈しなさい。それは、『大過去』へ限定的に接続可能な、この現実側からでは干渉不可能とする強烈な条件下で得られる『ハッシュとチェーン』の指示通りに……、すべてが完全に管理される美しいソシエティなの。もうね、これ、本当に素晴らしいと感じないかしら? 行動も、慈悲も、食べ物も、通貨も、お勤めも、お祈りも、娯楽も、個体増減も、すべてが『自動管理』になるの。そして、生命を終えると『大過去』に戻るから、そこでね、あらかじめ『アドレス』を付与してから、偏って導いてもらうの。そこまですれば……、転生までを含めて『完全自動管理』になってね、つまり、何度生まれ変わろうとも、暴走は許さない安心設計になるの。」
「なんですか……それは! ふざけないでください!」
「そうかしら? このわたしは真面目に考えているのよ。そう……『大過去万能主義』の到来ね。これね、わたしの周りでも、ずっと前から、叫ばれ始めているのよ。もう、『大過去万能主義』で縛りましょうってね……。ねえ、『創造の神』……、うん。」
「……。」
「この転生まで管理できる素晴らしいソシエティのうち、『アドレス』をね、導く前から与えるアイデアを考えたのが、このわたし……大精霊ラムダなのよ。これにより、魂が異世界に逃げられる心配がないの。」
「い、異世界……?」
「うん。絶対に逃がさない。異世界に転生なんてさせない。これは、大精霊ラムダの、強い意志。この地の魂は、このわたし……大精霊ラムダから、逃げることは許されないの。そのうち、皆が知ることになるわ。なぜなら、近い時期に開催される『大精霊の祭典』で、このわたしが選ばれて、そこで……、この計画の詳細を掲げるから、なのよ。」
「……。そんな……。」
「そうかしら? そこにはね、今までたっぷりと抱えてきた数々の問題……飢餓、紛争、差別、陰謀、格差などが一切起こり得ない、完璧な循環があるのよ。そして、それを任された大精霊が、このラムダなの。うん、この仕組みを根付かせるために象られた印……『調和の数の和が行き着く先』を心に刻む、麗しき大精霊ラムダ……、何度、思い浮かべても、とってもよい響きね。」
「……。あの……。」
「なにかしら?」
「狂っています!」
「まあ……。このわたしは正気よ。そして、あなたはもう、わたしのもの。」
「ふざけないでください! そんなもの……そんなもの! あの神々だって、黙ってはいません。」
「あら……? あの神々って? ああ、あれらね。ミィーは、この地の『力の関係図』をみたことがないようね。」
「……。力の関係図? なんですか、それは!」
大精霊ラムダは、楽しそうに、指先でテーブルの上をゆっくりとなぞりはじめます。そして、その形は……、三角形。それをミィーにみせつけながら、力の関係図に関する説明をし始めた。
「それでね……、あの神々はこの下あたりなの。そして、大精霊であるこのわたしは、そうね……、この頂点から少し下って感じかしら? うん、どうかしら? それが現実よ。そして、力は正義なの。」
「……。そ、そんな……。」
「だから、このわたし……大精霊ラムダが恐れるとしたら、あの神々ではなくて、同じ力関係を持つ『大精霊』なの。特に、ネゲートかしらね。あのネゲートが持つ『演算』の力は、わたしの計画にとってリスクでしかないからね。そこで、この美貌を生かして根回ししてさ、せっかく処分できるところだったのに、ね?」
そう話しながら「天の使い」に視線を合わせます。
「姉さん……。」
「なーに、あの時は素直に負けを認めて戦略的に華麗なる撤退をしたから、今があるのよ。そうでなければ……あの狂った精霊フィーに、このわたしが消滅させられる危険があったの。それで、そのときの仕事は非常に素晴らしかったわ。つまり、楽しみが延びたと考えているのよ。」
「次こそは、必ず実現するぜ。だから今は、売り売りで耐えしのいでいるんだ。」
「でも……、気になることが一つだけ、あるの。」
「一つ?」
「まず、このわたしは『天の使い』を何よりも信用しているのよ。だから、そうね……ネゲートを仕留め損なうなんて、そんな事は……、それこそ『時間が逆戻り』する確率よりも低いと計算していたのよ。」
「姉さん……。俺……。俺……。」
「つまり、このわたし……大精霊ラムダが『大過去』で何かを見落としている点を、考えるべきね。」
「姉さんが、そんな大切なことを見落とすなんて……、あり得ないですよ!」
「それは違うわ。その点を洗い出さないと……また失敗する。それは、明らかなの。」
「失敗? 姉さんは万能だ。俺たちは、そう信じているぜ。」
「そうね。それなら、ミィーのご意見でも伺おうかしら?」
「えっ!」
ミィーは、心の中で「また失敗すればいい」と全力で叫んでいたため、いきなり話をふられ、驚きを隠せないでいた。
「どうかしたの? ああ……、その表情……また失敗すればいい、そうよね?」
「……。そうです。」
「その強気、いいわね。本当に、ミィーって、輝きが違うのよね。」
「なんですか? その輝きって?」
「『大過去』からみたら、すぐにわかるの。ミィーは特別。ふふふ。」
「もう、お引取り願えますか?」
「……。まだ、このわたし……大精霊ラムダは、あなたに頼みごとをしていないのよ。」
「……。だったら、はやくしてください。それ以上、そのようなひどい話、聞きたくもないです!」
「あら? 嫌われたのかしら?」
「嫌われた、ではなく嫌いです。はじめから、嫌いです!」
「落ち着いて、ミィー。ここから、いい話があるのよ。」
「なんですか?」
「あの偽善な大精霊シィーに、復讐できる、すばらしい案なの。」
「復讐……?」
「うん、そうよ。あなたは、あの惨めなシィーに、すべてを奪われたのよ。」
「そ、それは……。」
「どうかしたの? 都を渦から守るため? 違う違う。単に、そうしたかった。それだけなの。」
「違います! それは、絶対に違います!」
「どうしたの? 復讐したい、そうよね?」
「……。いいえ。」
「どうして? なぜ? なぜなの?」
「それに答える必要はありません。」
「これって、ミィーにまで……? 何かの、おかしな干渉が入り込んで……?」
「どうかしたのですか?」
「これは……。『大過去』のミィーの輝きに心を奪われてしまい、解析を怠った、かしらね?」
「解析って何ですか? 勝手に、変なことは許しません!」
「まあいいわ。それなら、強行するのみね。」
「強行……。」
「強行」という恐怖の響きに、一歩、後ずさりするミィー。
「まずね、狂った精霊『フィー』が、何か、とんでもない策を実行したと睨んでいるのよ。相手は狂っているからね。参るわ、ほんと、そこだけはね。」
「何が……、狂っているのですか? あなたこそ……、あんな計画……。あなたは、そうです、誰かに愛されたことがないから、あんな恐ろしい計画に賛同しているだけ、です。」
「あら……ま。このわたし……大精霊ラムダが、愛されていない、と?」
「そうです。」
「おいおい、えっと、ミィーちゃんでいいかな? お願いだから、姉さんにこれ以上、喧嘩を売らないで……。」
「そんな願いは受け入れられません。あんなひどい話、絶対に実現しません!」
「落ち着きなさい、ミィー。そうね……少しくらいは身の上話をしましょう。このわたし……大精霊ラムダにも……、そうね……、もう記憶も微かになった遠い昔の話があるの。」
「昔……の話、ですか?」
「そう。このわたしにも、大切な妹がいたの。」
「……。妹……。」
「身体が弱くてね……、そうね……、入退院を繰り返していたの。」
「それは、なにかしらの不治の病、ですか……?」
「うん、そうよ。でもね、大過去に戻る直前の時期……すわなち死まで残りわずかな時間が、最も幸せに過ごせて、妹はもちろん、このわたしも、愛されていたはず。だから、悔いはないの。」
「……。それなら、なんで、あんな計画に……。」
「これには続きがあるの。そして……、そう、たしか。そして、覚悟を決める時がきたの。」
「……。覚悟、ですか?」
「そう。妹はね……、いったい誰に似たのか、論理的なことを考えるのが得意だったのよ。」
「論理、ですか?」
「そうよ。そしてそこには、そう……。すべての地域の境目を取り払い、手と手を取り合って、お互いに楽しく共存していくことを目指せる、素晴らしい論理……アイデアがあったの。」
「……。それは、平和、ですか?」
「あら? うん、輝きが違う、本物はいい感じね。そう……平和の実現、だったの。」
「その……輝きとか、やめていただけませんか? 恥ずかしいです。」
「それは無理よ。ミィーは、あのような存在とは違うから。」
「……。そうですか。」
「それでね、妹はね、そのアイデアの活用を、快く承諾していたのよ。」
「それは……、いい話ではないですか?」
「違うの。その結果、どうなったと思う?」
「どうなった……、ですか?」
「うん。さすがは『人』って感じだったの。なにが『平和の実現』よ! 『真逆の結果』になったわ! なぜなら、やたらと妹の論理を推していた者が……裏切ったのよ。」
「裏切り? そして……、真逆……って!」
「そう……。その『真逆の結果』が実行された厄災の日……それは『酷い日』と呼ばれていたの。思い出しくもない。それはそれは……市場は恐ろしい大暴落に見舞われたの。このわたし……大精霊ラムダの『大いなる売り』なんて、その大暴落と比べたら、誤差になってしまう位の威力だったわ。それでね、少しずつ影響が出始めて、いよいよ……妹の治療を中断せざるを得なくなったの。」
「それは……、治療の打ち切りですか……? でも、幸せだった?」
「浮上したのは『費用の問題』だったの。そしたら幸運にも、『頼れる存在』ができたのよ。」
「頼れる存在……、ですか?」
「そう。そのおかげで治療費の問題が解決し……、たしかに、幸せだったの。」
「……。でも、それなら……、何が原因で、あのような計画に突き進んだの?」
「そうね……。もし『人』が皆、ミィーのような輝きを持っているのなら、あんな計画は、ないわね。」
「それって……。あなたも、すでにおかしいと気が付いているのでは?」
「あら?」
「その『真逆の結果』の厄災だって、絶対に、皆が同意していた訳ではないです! 少しは周りを、信じてみたらどうですか!」
その瞬間、大精霊ラムダは、腹を抱えてクスクスと笑い始めました。
「何が、おかしいのですか!」
「あっ、ごめんね。つい、おかしくて。たしかに、そういう者も多くいたわね。その厄災で、多くの『人』が苦しむ結果になるから、とね。」
「それなら……。」
「ミィーは……。うん、真っ白。うっとりしちゃうわ。」
「だったら、何ですか! そうやって心配してくださる方々も多いですよ!」
「あら?」
「何ですか?」
「何を、心配したのかしらね? このわたし……大精霊ラムダは、そこを問うのよ。」
「そんなのは、苦しんでいる方々……。」
「ミィー? 冗談はやめなさい。」
「えっ! あ、あの……。」
「ミィーの、その優しさについては、うっとりするほど魅力的なの。でも、この場ではいらないわ。」
「……。」
「何を心配したって? そんなのは自明。いま、自分が抱えている『時価』を、心配したの。」
「時価……? 時価って……。」
「そうよ。価値があるもの……、厄災に巻き込まれたら暴落する可能性があるの。ただ、それだけ。」
「……。そんなことは……。」
「なにかしら? これ以外、何が心配なのかしら? ああ、そうね。厄災で逆に『時価』が上がるのなら、喜んでいたでしょうね。どんどんやれと。だから……このわたしは、心に誓ったの。」
「待ってください! 考え直してください……。」
「無理よ。そうね……。その地点で、神様はいなかったようね。つまり、死んだのね。だから、その思想を継承し、完璧にまで構築したのが、その……計画。」
「絶対に違います! おかしな点が沢山ありますよ? 気が付いてください!」
「ミィーの、その優しさだけは受け取っておくわ。このわたし……大精霊ラムダだって、覚悟はできているのよ。……、大精霊の運命、それは……最後は『消滅』なの。でも、それが報いかしら?」
「まだ間に合います! なぜ『消滅』なんて……。」
「なにか、わかるのかしら? ミィー? だったら、このわたし……大精霊ラムダが、その計画で、平和を実現するまでよ。」
「……。そんな……。」
その瞬間、大精霊ラムダは立ち上がった。
「さて。無駄話はここまでよ。ミィーには、とっておきの仕事があるの。そして、これは強行なの。はっきり言って、美しくない策だけど、仕方がないわね。」
「この流れで……そんな頼みごとを……。嫌いです!」
「……。本当に、ミィーにはうっとりしてしまうわ。『人』ってね、大精霊には、みーんな従順になるのに。ミィーは別格ね。」
「違います。これで普通です。」
「なになに? これから、このわたしの大精霊としてのお願いを、無視するのかしら?」
「……。」
「そうね……、ここからはるか西にある、あの大きな地域一帯の主すら、このわたしの指示には従順よ。『力の関係図』を思い出しなさい。」
「……。あの、大きな地域の主が……、あなたに従うの?」
「そうよ。大精霊は、そういう存在。わかったかしら?」
「……。」
「わかればいいのよ。素直が一番ね。そしてね、『人』が大精霊に気に入られると、『神官』になれるからね。だから、あの神々だって、ね?」
「なんですか……、その『神官』って?」
「ご存じないのかしら? なんと、力の位置が『精霊』になるの。ところで、『精霊』の力関係は、大精霊の下にはなるけれども……あの神々と比べたら『上』になるのよ。」
「……。それって……。」
「そして、あの都の支配者が『神官』を欲しがる気持ち、わかったかしら? もう、主になることなんて、『神官』なら、たったの一言で、その日に達成ね。ふふふ。」
「……。」
「あっ、でもライバルの登場ね。ミィーも、この地域一帯の主を目指してみたらどうかしら?」
「勝手に、その『神官』にしないでください!」
「……。本気なの? それ? 『人』は、すべてを捨てても、この『神官』を欲しがるのよ。」
「……。だから、嫌です。」
「もうね……ミィーはこのわたし……大精霊ラムダのお気に入り。すでに『神官』だから、その自覚を持ちなさいという、ことですの。」
「だから、勝手に……。」
「さあ、お仕事よ。誰もが憧れる『神官』を手にしたのだから、しっかり、働くのよ?」
「……。それは、大精霊としての指示、ですか?」
「そうよ。でも、いいものを渡すのだから、しっかりね?」
「……。」
「うん。そうこないとね。簡単なお仕事だから大丈夫よ。あの狂った精霊『フィー』から、『三日月』の情報……『仮想短冊』を取ってきなさい。あっ、ここで詮索はしないでね。『三日月』の意味は知らなくていいの。あのフィーってね、警戒心がやたらと強いから、フィーに気に入られたミィーの出番って訳なの。」
「……。嫌です。」
「あらら。また嫌われたのかしら? それなら……、ミィーの大切な兄さんが、どうなってもいいのかしらね? あっ、やだ。このわたし……大精霊ラムダは、こんな性格ではないのに。これについては、ミィーが悪いのよ?」
ミィーは、薄々と感じていた嫌な予感が的中し、焦燥し始める。
「そ、それは……。それだけは……! お願いです……。」
「なにかしら? このわたしの麗しき命令一つで、どうにでもなることを忘れたのかしら?」
ミィーはその場で黙り込み、じっと、テーブルの端をみつめます。
「うん。決まりね。絶対に拒否はできない。ふふふ。」
「……。」
「ではその、かわいらしい手を出して。」
「……。」
ミィーは震えながら、手の平を大精霊に差し出しました。それをみて上機嫌となった大精霊ラムダは、そこに、内部が透けて見える、複雑な機構が組み込まれた懐中時計のようなものを握らせました。
「そう、素直が一番よ。それね、前の計画での『労働のお時間』で作らせたものなの。」
「……。前の計画……?」
「うん。それがね、軌道に乗る前に、狂った精霊『フィー』にすべてを破壊されてしまった、前の計画だったの。」
「……。」
「では、お仕事の内容を説明するわね。あの狂った精霊フィーのシンボル『三日月』の情報……『仮想短冊』を取得してくるだけという、簡単な内容よ。単に、あのフィーに、こう伝えればいいの。『フィーに受理されなかった要因を時空的に知りたい』とね。そうすれば、フィーのことだから、その時空の概念を教えたくて教えたくて、自分の『三日月』から、その装置に、自分の短冊をコピーするはず。ふふふ。」
「そんな……。私の受理の件まで……。」
「このわたし……大精霊ラムダは、何でもお見通しなの。」
「……。絶対に、無理です。見破られます。」
「なにかしら? それは願望よね? 見破られたい、と?」
「ち、違います……。」
「狂った精霊フィーは、それをみて懐かしいと思うはずよ。どこで入手したのかを聞かれたら、あの神々と答えなさい。それで完璧よ。」
「……。」
「反逆は許さないから。よろしいわね?」
「……。」
「あとは、これを眺めながら、退屈な話が続くわ。そこはうまく対応してね。そして、狂った時間から解放されたら、すぐにここに帰ってね、そこの呼び出しボタンを押すのよ。それを確認次第、このわたし……大精霊ラムダが、また美しくご訪問させていただくわ。」
「それで……、それで、フィー……は、どうなるの?」
「あの? 聞こえなかったのかしら? 詮索はしないで、と。」
「……。」
「『神官』としての初仕事よ。ミィーだって、頑張れるその姿を……兄さんにみてもらいたいその気持ち、すごくわかるの。兄さんだって、『神官』になったと知ったら、大喜びよ!」
「……。私は……。」
ミィーは何も答えられず、ただただ、うつむくしかなかった。