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626, 144000 part35 ステーブルは、預金感覚では通用しません。Hashrate-Groverの問題が解決されていない限り、それは安全資産ではありません。

 量子アリスが、少し退屈そうにしていた。計算の前。いつもの、あの間ね。


「……ネゲート様。」

「あら、なにかしら?」

「ひとつだけ。ステーブルの話をしても、いいですか? ステーブルに利回りという話が気になったのです。」


 そうね。その声は淡々としていた。感情はない。でも、その問いの置き方だけで、わたしは少し、嫌な予感がしたわ。


「ええ、良いわよ。」

「はい、ネゲート様。Hashrate-Groverの近傍で、量子グローバーが、ほんのわずかでもハッシュレートに触れた瞬間……。」


 量子アリスは、そこで言葉を切った。


「ステーブルは、全部、デペッグします。」


 ……。


「1ゼタを維持しなくてはならない。あれは『クリプト全体の防御壁』です。その防御壁が量子で崩れたとき、果たして、ステーブルは生還できるのでしょうか。そこに、逃げ場なんてありません。実際の例で、記憶に残る、豪快にぶっ飛んだ……あの件があります。あれに巻き込まれて、ステーブルは助かりましたか? そんなはずはありません。全滅に近かったはずです。そして、それすら遥かに超えるのが、1ゼタという防御壁を量子で破壊された瞬間の衝撃です。ステーブルは、すべてデペッグする。そこを買い付けても、生還不能。……直感で、わかります。」


 わたしは、何も言わなかった。否定も、確認もしない。量子アリスは続ける。


「あの1ゼタが陥落するというのは、価値が、意味を失うのです。そんな状況では、新規の買い手はいません。市場メイカーは撤退します。非中央は板を出せず、中央は取引を止めます。その状態では、ステーブルとして置いておくこともできません。残るのは、ステーブルの償還を求める行列だけです。」


 ……。


「そこで初めて、市場の問題は、制度の問題に変わります。」

「同時に、全員は処理できません。優先順位が生まれます。時間がかかります。」

「そして……。」


 量子アリスは、少しだけ視線を落とした。


「そのまま、静かにクリプトは終わります。」


 わたしは、ゆっくり息を吐いた。


「つまり……ステーブルは、ある程度は値が保証されている、ただのリスク資産という位置付け、ということかしら。」

「はい、ネゲート様。間違っても、預金感覚では通用しません。Hashrate-Groverの問題が解決されていない限り、ステーブルは安全資産ではありません。床が抜けた家で、地下室に逃げるようなものです。」


 ……なるほど。


 わたしは、うなずいた。


「ありがとう、量子アリス。これで、『利回りがどうこう』という話が、どれだけ位相のずれた議論かはっきりしたわ。」


 クリプトにとって、利回りは悲願。さらなる高い流動性を保つためには、どうしても必要だった。


 つまり、惹きつけ役になる、ということね。そして、それを制度化して強制力を持つ「約束」に変えたかった。そういうことなのね。


 ただし……。それをやれば流動性は上がるけど、責任も一気に上がる。Hashrate-Groverが未解決のままで、そこに触れて終焉する、なんて。……冗談にもならないわ。


 量子アリスは僅かに微笑んだのち、確認するように、少しだけ首をかしげた。


「ネゲート様。では……そろそろ、計算に入りますか。」


 わたしは、観測者。次は、量子グローバーの計算よ。とはいえ、概要を中心とするわ。

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