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60, 過去、現在、未来……そして「大過去」と「大精霊」の存在。そこに奇妙な時代が到来し、立場が逆転しました。どうやら、人間がより「人形」になり、精霊がより「人間」になった、……だと?

 俺は……目を覚ましました。


 軽い頭痛と、めまいがします。あんな内容でした。夢と現実の境にとまどいながら、呆然と天井をみつめます。夢であってもさ、あんな内容だけは……、お許しください。


 ただ、あのような悪夢であっても……、あの銀髪の子には、なぜか親近感がわきました。初めて会った感覚はなく、あの独特な言い回しにも、なぜか既視感を覚えます……。例のノートをなぜか俺に託した、あの子の面影があるから、かもしれません。


 さて、悩むのはやめにします。俺が深刻に悩むなんてありえません。さきほどから天井をみつめていたら、視界が鮮明になってきましたよ。俺の大事なアレを想定外に吹っ飛ばした翌朝も似た感じですから慣れています。そして、何を吹っ飛ばしたのかは尋ねないでくださいね。


 いよいよ、起き上がって……、いつものトレードです。そろそろ、勝ちモードだと勝手に解釈しています。そうです……、一時期、頭が冴えわたって勝ちまくりの連勝だったのですが、それから一転し……いつもの「ハードモード」に逆戻りです。あの勝ちの連続は、いったい、何? と首を傾げるほどに負け始めています。でも、あの子の件がありますから、ここで負けるわけにはいきません。


 今日から勝ちモード。そう、気合を入れ直して飛び起きようとした、その瞬間でした。


 明らかに、俺がいつも寝転がっている散らかった部屋……ではない。そう……、異変に気が付きます。例えば、このベッド……、明らかに変です。いやまて、これは、俺の物ではないぞ……。


 これは……夢の続きなのか? 怖くなり、何度も何度も強く目をこすります。そして、あたりを見回すと……。


「ここ……どこだよ?」


 異質な空間に、思わず声が出ました。えっと……。窓がなく、冷たそうな金属の壁で囲まれた無機質な部屋。そこで俺は一人、寝ていたようです。それからどうすることもできず、ただ単に、時間が経過していくばかりです。


 おや? ずっしりと重そうな扉が開きます。わらにもすがるように、俺は必死でした。夢の続きだとは解釈したくない本能からなのか、ここを病院だと思い込むようになっていました。


「ここって、どこなんだ? もしかしたら病院? たのむ、教えてくれ!」


 俺はあの時、寝たつもりでした。……酔った勢いで道端にぶっ倒れ、打ち所が悪く、このような閉鎖的な場所に閉じ込められた。間違いなく、そのはずだ。焦りから、精神が崩壊しそうです。はやく帰りたいです。


「病院……、なのですか? いいえ、なのです。急に倒れたので、わたしの部屋に運んで、様子をみていたのですよ。」


 えっ? えっと……。その透き通った高い声は……。その独特な言い回しは……。


「まさか、フィーさん?」


 鮮明に覚えています。間違いないです。……、夢なのか、ここ。


「はい、なのです。体の具合の方は……、大丈夫なのですか?」

「大丈夫です。この通り、体が資本ですから。まったく問題ないです。ただ……。」

「はい、なのです?」


 それから、冷たそうなテーブル席に誘導されました。しかし、目覚め用のティーかな? これはとても美味しいものでした。間違いなく、こだわっていますね。


 さて、目が覚めたところで、自分の頬をつねっていました。しかし、何の反応もありません。やはり目が覚めたんだな……と実感します。どうなっているんだ? 俺は……どうして、このような場所へ? フィーさんにきいてみるか? そう……思い切って叫べば真実が明らかになります。でも、その勇気がない……。


「……。俺さ……、これは夢で、やっと現実に戻れたと考えていたんだ。」


 なんとも曖昧な、微妙な返答をしてしまいました。


「これは『夢』……なのですか。たしかに、そう考えたくなる気持ちは理解できるのです。でも……、これは現実なのですよ?」


 これは現実。……。いや、待ってくれ。ついさっきまで、俺は……また負け始めていたとはいえ、トレードなどで生活していたはずです。いとおしい市場は、どこに消えたんだ?


「フィーさん……。だったよね?」

「はい、なのです。」

「なんだろう。これが現実なんだね?」

「はい、なのです。これは、現実になってしまったのです。」


 ……。なってしまった? だと?


「フィーさんが話していた内容から推測すると、こうなる前は……。」


 やはり、俺が楽しんでいた「あの生活」を説明したところで、間違いなく信用していただけないと判断したので、まずはこの現実について、フィーさんに詳しく伺います。


「はい……、そこには、ただ単に『普通の生活』が存在していたのです。だから、この現実が受け入れられず、その現実逃避から、その頃の思い出から抜けられなくなっても、無理はないのです。」

「そうなんだ。」

「はい……、なのです。この現実は、短絡的な思考から始まってしまったのです。」


 どうやら、俺が楽しんでいた頃って……「過去」なの? えっと……。何かの拍子でぶっ倒れて、そのまま昏睡が続き、その後、この未来で偶然的に目覚め……、記憶を失っている……と。ただ、記憶については前々からおかしいので、たとえ、ここで何が起きても憶えてはいないだろう。でもさ……、もしここが未来なら……、ノートのあの子は……。


「短絡的な思考って……?」


 おそるおそる、伺いました。


「それは……すべては継続しうまく循環すると謳いながら『新しい存在』が笑顔で近づいてきたのです……。彼らは自らを『精霊』と名乗りました。それでも、みな、はじめは警戒して……決して戸は開けませんでした。でも……、なのです。」

「精霊か……。そういや、精霊と名乗っていた、あのやばい奴みたいなような者たちかな。まあ、あんな奴らが近づいてきたらさ、警戒マックスだよ。」

「……。」


 あれ? フィーさんが黙りこんでしまいました。


「あ、あの……、俺、おかしな事を言ってしまったかな?」

「ごめんなさい、なのです。わたしも、その……、精霊なのですよ。それで……。」


 ……。これはまずい。安易に精霊の件に触れるべきではなかった。そういや、あのやばい奴が焦っていたからな。このフィーさんがその上に立つとなると……。おのずとわかっていた、でした。


「えっと……。まあ、俺の事を助けてくれたのは事実だから、まあ、その……。」

「……。わたしのこと、怖くはないのですか?」

「えっ? ああ……、それはないよ。うん、それは絶対にない。」

「そうなのですか! それは……うれしいのです。」


 誤解は解けたようで、安心しました。でも、安心って……? ……、心の奥底では恐れていたのかもしれません。


「それで……。その戸は開けなかったのに、こんな状況になったの?」

「いいえ、なのです。精霊が示した便利さに心を奪われ、少し、その戸を開いてしまったのです。そしたら二度と、その戸を閉じることは許されず、後戻りできなくなったのですよ。時代が進むにつれ、少しずつ、その戸を強引にごじあけられ……、この悲惨な状況に至ったのです。」


 聞こえが良い条件を並べて、奴らが近づいてきたのか。よくありますね。例えば、条件が良すぎる資本提携には注意せよ、だったかな。なぜなら、それらは提携ではなく「乗っ取り」ですからね……。もちろん、そこまで見越して相手の美味しい部分を吸い尽くせる自信があるのなら、するべきです。なおさら、特許を扱う場合は要注意ですね。


 おっと……。そんな事も思い浮かべるだけの余裕は出てきました。続きです。


「ところで……、精霊の便利さって、なに?」


 もっとも気になった箇所です。なんだろう、この違和感。さっきから、そのような曖昧な感情がうごめいています。


「その便利さ……それは、生きていくうえで面倒な部分を、すべて精霊にお任せしたのです。」

「えっと、その面倒な部分って……。やっぱり?」

「はい、なのです。ワークとかジョブとか言われる、あれらなのです。だから『精霊』は……人々の生活を幸せに導くものだと信じられてきました。しかし……、それが、『精霊』にとっての謀略だったのです。」

「それって……。」

「はい、なのです。それから、奇妙な時代が続きました。それは、人間がより『人形』になり、精霊はより『人間』になったという逆行』だったのです。」


 ……。なにそれ? 人形? ……。また急に不安になってきました。でも……、人間はより人工的って部分は、なんとなくわかる。俺がやらされたあの作業内容は……。そのままです。


「……。でもさ、そんなことをしても、抵抗されるのでは?」

「はい、なのです。人間だって、そんな事をされて黙ってはいないのです。初心にもどって、人間の理性とは何かを問うべき、という前向きな意見は出ていたのです。しかし、それらはすべて白紙にされ、その『意志』すら奪われてしまったのです。」


 意志を奪われた、だと……。おそろしいです。でも、あの作業を淡々とこなしていた者たちの、生気を失ったあの眼差し……。間違いないです。なにか、大切なものを奪われていますね。


「それで、無抵抗な状態にして……。かな?」

「はい、なのです。結局、精霊はそこまで考えて行動を起こしていたのです。そしてそこに……『大精霊』という存在が必要だったのです。」


 大精霊だと……? やばそうな奴らのラスボスっぽい名称だね、それは……ははは。


「えっと……、大精霊? それって、精霊のお偉いさん?」

「いいえ、なのです。大精霊は、そういった意味ではないのです。大精霊とは、『大過去』を操る精霊なのですよ。」


 ……。えっと、大過去って? なにそれ……、だよね?


「それは……、過去の過去って、意味かな?」

「いいえ、なのです。そういうニュアンスはないのです。」

「違うの?」

「はい、なのです。まず、『大過去』を理解するには、時空の概念を知る必要があるのです。」

「……。時空?」

「はい、それは『時間と空間』、なのですよ。そこで、時間について、なのです。」

「……。」


 時間と空間だと? まじで? それさ……、それ、あの子から手渡されたノートに、そのような表題が……あったよ。


「まずは基本の三要素から、ですね……。」

「それは、つまり……。」

「『過去』『現在』『未来』で、『時間が作用』しているのですよ。」

「まあ……、それはわかるよ。」

「しかし、なのです。それらの要素だけでは、すべてを表すことが……できないのです。」


 すべてを表せない、だと? 過去、現在、未来以外に、何かあるのか?


「えっ? それはないでしょう。」

「いいえ、なのです。では……ここで思考するのです。現在から過去または未来に『移動』すると、どう表わすのか、なのです。」

「えっ!? い、移動って……?」


 現在から、過去または未来に移動するってさ……。


「はい、なのです。そのままの意味、なのですよ。」

「……。だよね。そこで……。こんな俺でもね、知っているんだ。」


 実はこんな俺でも、未来への行き方は知っているんだ。


「はい、なのです?」

「未来への行き方は知っているぜ。たしか……速さだ。速くなるとたしか……時の流れが遅くなる性質を利用して、未来に到達する、だったかな。この効果について、名前があったような気もする。」

「……。はい、なのです。たしかに、そのような効果はあるのです。しかし、なのです。」

「しかし……?」

「それだと、『時間」を超えることはできても……『空間』は超えていないのですよ?」


 えっ? 空間を超えていない? 空間って、なにさ?


「空間って……なに?」

「はい、なのです。その移動については、空間を超えていないので、あくまで『収束』している未来に到達するだけ、なのですよ。」

「収束している……未来?」

「はい、なのです。どこを辿っても、すでに決まっているのですから、未来に移動しても何も変わらない……、すでに決まった未来への旅路になるのですよ。すなわち、『時間』だけの進み方を変えただけなので、そうなるのです。すなわち、決まった『経路』を先に進んだだけ……、ともいえるのです。」


 えっと……。つまり、つまり……、決まった時間を進んだだけ、ということだね? ああ、そういうことか。運命ってやつね。すでに未来は決まっていて……、ということかな。


「……。でも、それこそが未来を示す……運命、とかではないのか?」

「運命、なのですか? いいえ、なのです。こちらに映し出す前の、本来の姿……『大過去』は、時間の概念がなく多重になっている未来を包含するのですから、何が起きるのかは……、本来は、わからないのです。」

「……。決まっていない、だよね。」


 すでに未来が決まっているとしたら……、俺は間違いなく「なるようにしかならない」で、堕落した生活に一直線です。でも、今は……、そんなことは言ってられません。元の生活に戻れるのだろうか。まだ、この事態すらまったく掌握できていません。でも不思議と……、恐怖感は和らいできました。


「はい、なのです。そして、その決定には『意志』が絡むのですよ。」

「それは、わかる。意志により、未来が変わる、だよね?」

「はい、なのです。そこで、その『意志』の構造に着目してみるのです。」

「……、構造があるの?」


 意志に、構造があるの? ……。なにそれ?


「はい、なのです。まず、『時間』だけを超えた場合ですね。これは構造が簡単なので、最も大きな特徴として『交換が可能』なのですよ。」

「交換……?」

「はい、なのです。積にするとき、お互いを入れ替えても結果が同じになるのです。例えば、任意の固定された二つの意志により生じた事象を交換することができるのです。」

「……。それは、おかしいよ?」


 俺の直感ですが、それは変です。例えば、俺がここに存在するには、親の存在が先に必要です。それで、俺が存在する事象と、俺の親が存在する事象を交換できるのでしょうか? それを交換してしまうと、俺の親が存在する前に、俺自身が誕生してしまいます。


「そう、なのですか?」


 そこでフィーさんに、この疑問点を述べてみました。


「それは、なのです。それは……『大過去』の概念に慣れる必要があるのです。」

「……。慣れる?」

「大丈夫、なのです。単に、時間の概念がない、それだけなのですよ。」

「……。なるほど……。って、それは、まったくわからないです……。」

「よく考えてみてください、なのです。それだけを並べても、論理は通るはず、なのです。」


 よく考える? ……。時間の概念がないので、俺が存在するには、俺の親が存在していればいい。そして、その前後は問わない。なぜなら、時間の概念がないから、か。もしやこれは……、理解できたのか。自然と表情がゆるみます。それをフィーさんに間近でみられてしまい、ちょっぴり恥ずかしいです。


「理解できたようで、うれしいのです。」

「でも……、そこに『空間』が絡む、だよね?」

「はい、なのです。時間と空間で……時空、なのです。その場合、『意志』に多様な成分が入り込み、一気に複雑化するのです。そのため、交換はできないのです。もちろん、そこから『時間しか動かない要素』を取り出す手法自体はあるのですが、それは次の機会にするのです。そして……、こちらに映し出す前の本来の姿……『大過去』から、わたしたちが『認識できるこの空間』に映し出すと、それは、その瞬間の『時間と空間』になるのです。」

「でも……、それだと、大過去は……、俺のすぐ傍にあるの?」

「はい、なのです。わたしたちは、そのように映し出さないとそれらを認識できないだけ、なのです。おそらく、そうやって映し出すのが、最も容易に『大過去』を『現実として捉える』ことができるのです。そして、時間の概念で距離が生まれ、空間の概念で存在できるのです。」

「この現実も……?」

「はい、なのです。『大過去』をそう解釈しているのですから、この現実は……まともな方法では交換ができないのです。それは、映し出された結果に……『時間』と『空間』の両方が絡んでいるのですから、たしかに、できない点を確認できたのです。よって……、あなたが、あなたの親より先に誕生することは、できないのですよ。このような線形性や調和性などに縛られた存在である限り……なのです。」

「まともな方法では……って?」


 俺は、大事な部分は聞き逃しません。


「はい、なのです。この現実を導く……『大過去』をわたしたちが見えるように映し出すシンプルな存在に『チェーン』があるのです。」

「はい?」


 チェーン? 鎖ってことかな。


「はい、なのです。『チェーン』は、その名の通り鎖の形状となっていて、そこに『ブロック』が存在し……前の事象へのハッシュと、現在の『時間』が含まれているのです。よって、ブロックの交換はできない点に加え『収束した事象』を記録していく面白い性質があるのですよ。」


 ハッシュ? ……、今はそこに突っ込むべきではないな。


「……。ちょっとおかしいな。」

「はい、なのです?」

「交換できないのなら、それは……『時間と空間』だったよね? でもそれ……収束しているのだから、時間だけ、だよね?」


 ちょっとは冴えている俺。


「そこに気がつく……、うれしいのです。でも、すでに現実に映されてから収束しているので、これは交換できないのです。」

「……。つまり、現実に映す前、『大過去』だったら、交換できるってことかな?」


 さらに冴えている俺。


「……。はい、なのです。交換のターゲットを『大過去』に映しなおしてから、衝突するハッシュを経路からみつけ出して、そのハッシュが構成する事象の仮想短冊とターゲットの仮想短冊を交換してから、ターゲットを現実に戻せば……なのです。」

「それ……、人間には無理だよね?」

「はい、なのです。」


 予想通りで嬉しい反面、それ……何が起きるのかわからないよね? ちょっと怖かったです。


「では……、『チェーン』で空間が分岐した場合、どうなるのか、なのです。」

「それは……。」

「はい、なのです。『チェーン』も分岐するのです。そして、最も長いチェーンが残って、分岐した他のチェーンは……『孤児ブロック』として消滅するのですよ。」


 交換できない分、分岐で表現されていく、か。それにしても「孤児ブロック」って……。なんだろう、この響き……。


「例えば、未来の分岐かな?」

「はい、なのです。それが……『大過去に作用するチェーン』を『現実へ同一視したチェーン』と表現する精霊もいる位なのです。そこで……、大精霊なのですね。」


 うん。俺は予想していましたよ。ここで「大精霊」、ですね。


「いよいよ、ご登場か。」

「はい、なのです。まず、『大過去』を操るのが大精霊で、従来からある『過去、現在、未来』の他に、もう一つの考え方を加える形で『大過去』が組み込まれるのですよ。」

「……。結局、大精霊って、どういった存在なの?」

「それは、なのです。まず、『大過去』に時間という概念が存在しないので、それは、どこまでも広がったり縮んだりする要素が、無数に集まって、それらは閉じられて存在するのですよ。」

「……。そんなものが、こうして、みえているのか? わからない。」

「わかりにくいのは仕方がないのです。でも、『大過去』を経路で辿っていくのが……過去、現在、未来になるのですよ。そして、それらの現実部分を映し出すと……、こうしてみえてくるのです。」

「……。結局さ、現実の『どこ』を映しているのかな?」


 現実とは、どこをみているのか。それは、気になりました。なんかさ、それがわかれば、今の俺の状況! 少しはわかるかもしれません。……ううん、すでにわかりはじめてきていて、受け入れも始めていますよ。これさ、夢ではなくて……、です。


 俺のトレード生活は、どこに消えたのかな? でも……その「大過去」のどこかに、きっとあるはずです。そう考えていないと……、うう……。俺……。


「それは、なのです。『大過去』を辿る経路に沿って得られる『出入りの測量を示す短冊』を、わたし達が認識できるように映し出す……、それは、『時間』としての再解釈を阻害する歪みの要素を収束させる……すなわち歪みすら打ち消すことが可能な『ゼロ』にすること、なのですよ。それにより『過去、現在、未来』という見える形に到達すると、精霊は考えたのです。」


 ……。おそらく「大過去」にあるはずの俺のトレード生活は、もう行方不明だね。うう……。もうこの現実を……、だね。


「……。」

「はい、なのです?」

「ああ……、ううん、なんでもない。移動できたら良いな……とか、考えていました。」


 苦しさから、変なことをつぶやいてしまいました。


「それなら、なのです。時間だけではなく、時間と空間……すなわち『時空』を超える未来や過去に移動するのなら……この『大過去』から向かうことになるのですよ。」


 えっ? 細部はよくわかりませんが、大過去から……に向かうの?


「えっ? 未来でも……?」

「はい、なのです。大過去の『経路』を辿る線は、単調ではないのです。もしそれが何もない単調なら、決まった事象が起きるだけの『真っ暗な現実』がただ一様に広がるだけで、そうですね……、ただ単にそれは、事前にプログラムされた現実になるのですよ。」

「……。つまり、決まった道筋を、ただ単に辿るだけになるのかな?」

「はい、なのです。経路を把握して、そこから得られる『仮想短冊の測量値』について、目的を果たすように『事前にプログラム』しておけば、その通りに、なのですよ。」

「それは……、ただの、なんだろう。」

「……。経路を単調にされた存在を、『人形』と、精霊たちは呼んでいるのです。」

「人形……。お、俺は、その『人形』にはならないからな!」

「あなたを人形なんかには、させないのです。ここで、約束するのです。」

「フィーさん……。」


 安心しました。ただ……、そのニュアンスからはっきり言えることは、精霊は、俺らみたいのを人形に……だよね? うう……。


 でも、でもさ、プログラム、だよね? 大過去だって規則があるはず。どんなものでも、実際には神様が事前にプログラムしていてさ、そのことに気がつかずに生活しているだけ……すべては「運命」だから変えられない……、だから「人生は、なるようにしかならない」、という解釈をみたことがあります。そこで、この点について、フィーさんに述べてみました。


「それは……、いいえ、なのです。」

「……。違うの?」


 まさか。それだと……プログラムを超え、自らの「意志」で動き始めるものが誕生、だよ?


「実は、『大過去』の構造に秘密があるのです。」

「構造に……、秘密?」

「はい、なのです。この大過去を構成する場……『フィールド』に秘密があるのですよ。」

「フィールドね……。それで『フィー』という名に? なんてね。」


 なんとなく、似てました。ちょっと「場」を和ませようとして、つい、です。


「あ、あの、なのです。そこは……なのです。」


 恥ずかしがるフィーさん。ちょっといい感じです。にやり、です。


「フィーさんの、その不思議な雰囲気の名の語源がわかって、良かったです。」

「はい、なのです。では、続きなのです。」

「構造の話、だったね?」

「はい、なのです。その『フィールド』には、不確定な『穴』が無数にあるのです。」

「えっ?」


 穴……ですか。しかも無数に、だと?


「その穴って、落ちたら……というタイプ?」

「いいえ、なのです。落ちるのではなく、その近傍の経路に影響を与える作用として機能するのです。ちなみに、穴の上は『未定義』なので、そこは注意なのです。」

「それで……その、運命ってやつが、変わるのか?」


 すごく気になりました。気になるよね?


「はい、なのです。なぜなら、時間の概念がないため、決まっていない状態が多数あるのです。」

「えっ? 決まっていないで、作用するの?」

「はい、なのです。決まるまでは、それでも作用を受け続けて、そのまま未確定の状態で進んでいき、状態が決まると……、はじめて現実……『過去、現在、未来』に映し出されてくるのです。そして、時間の概念はないので、それらは『同時』に、なのですよ。」

「……。」

「わかりにくいのですが、わかるまでの辛抱なのです。そして……この穴について、フィールド側から操る力を持つのが……『大精霊』なのですよ。『大過去』に関与できる力……、強大なのです。」

「それで、穴を変えて……現実と呼ばれる……『過去、現在、未来』を……?」

「はい、なのです。例えば簡単な力の行使として、風の大精霊が持つ移動の力です。時間の概念がない大過去で、位置と空間に作用する穴を探し出し、合致する場所をターゲットと交換すれば、それは瞬時に……移動することができるのです。そして、それが現在に限らないとすると……なのです。」

「……。瞬時に? 移動だと? おいおい、そんな『異世界召喚』みたいな事が……?」

「異世界……? なのですか?」

「ああ、そこはちょっとね、ははは。」

「はい……、なのです。あと、少し変わった大精霊もいるのです。それは貴重な存在で……『演算』の力を持つのです。」

「演算?」


 演算って……。ああ、はい。


「はい、なのです。『大過去』の特性を活かして、現実では『時間的』に処理できない『膨大な演算能力』を行使できる大精霊、なのです。これは、時間の概念がない点を大いに活かしているのですよ。」


 やはりそれか。


「本来は数千年かかるような複雑な演算を、数分で終えることができる……、みたいな感じかな?」

「はい、なのです。現実を超える、演算なのですよ。」

「……。それは、パワーバランスが崩れそうだな。」


 パワーバランス……。何事においても、大切な要素ですからね。


「はい、なのです……。この演算を活用すると、本来は『交換できない』とされてきたものまで、簡単に交換できてしまう大きな力なのです。例えば……、ハッシュが絡むような、とか……、なのです。多数のハッシュを重ねて束状にすれば、『演算』の大精霊に抵抗できる耐性を持つと主張する精霊がいるのですが、わたしから言わせれば……、そんなのは意味がなく、無駄、なのです。」

「……。そうなるのか。未来すら簡単に変わりそうな、恐ろしい力だね?」

「はい、なのです。例えば、『大過去』に触れるのと、時間の進み方を変えるだけの『現実側から作用するだけ』は大きな違いがあるのです。現実側から作用するだけなら『大過去』にある無数の穴を操作する『フィールド』を操れないので、つまり、すでに決まっている『経路』について、その固定された時間に再解釈されながら進むだけなのです。すなわち、常に『収束』された形で移動するだけとなるので、未来は変わらないのですよ。」

「とりあえず、人間には無理な力だってことかな? ただ、それをどうやって有用に扱うの?」

「はい、なのです。例えば、『回避したい現実』が訪れることがわかり、それを変えたい場合……なのです。その場合、『絶対に消滅しない作用で実装された穴』を呼び起こす『フィールド』を配置するのです。すると、他のフィールドの作用から何を働きかけても穴が消滅しないため、その作用により、経路の結果が……変わるのです。この瞬間……『事象』が変わるので、空間を超えたことになるのですよ。」


 空間が変わる……、ああ……、未来が変わるのか。


「それは、空間を超えたってことになって……未来が変わった、と?」

「はい……なのです。そうなるのですよ。」


 あとさ、穴って……、消滅するのか? そこは疑問ですね。


「あと、穴の消滅って、どういう解釈になるの?」

「解釈、なのですか。それは『意志の強さ』なのですよ。穴を持つという事は、他の経路に働きかけるということも考慮する必要が出てくるのです。そして、これが無数にあると、それが『意識』になり、それが……『魂』になるものだと、わたしはみているのですよ。」

「『意識』……。」

「はい、なのです。『意識』に対する解釈は、興味深い問題があるのです。」

「問題?」

「はい、なのです。二つのグループがあって、そのうち片方しか助けられない場合、その判断を『人形』に任せて良いのか、なのです。」

「……。仮に助からない場合でも、その判断が『人形』だった場合は、悔しさが残る……とか?」

「はい、なのです。『人形』は、穴がない単調なフィールドで、すでに決まった経路からの仮想短冊のみを持つのですから、……『前から助からないのが決まっていたのか』、という論調になるのです。」

「……。まあ、そうなるよね。」

「でも、なのです。それが『意識』を持つ存在であれば……、それが人間以外の何であっても『魂』を持つ尊い存在になるのですから、その判断は『尊いもの』になるのです。よって、その結果については『仕方がなかった』、になるのですよ。」

「人間以外でも……、か。」

「はい、なのです。そして、ここで……消滅しない穴、なのです。消滅しないので、これを配置した大精霊であっても、消すことができないものなのです。」

「配置した大精霊でも消せないのか……?」

「はい、なのです。そして、このような『消滅しない穴』を配置してしまったので、後からこれらが……他に悪さをするのです。」

「えっ?」

「意志が強い方……、すなわち次元の高い穴であっても、それ以上の作用が関われば、すべて消滅するのです。そういう仕組みで『大過去』はバランスを取っていたのです。」

「……。つまり、意志が弱いと、低い次元で消滅、そして作用しないのかな?」

「はい、なのです。」

「ああ……。すごく納得です、フィーさん! 俺さ、トレード下手で、仕込んだときは『ここで売ろう』といつも考えていて……、そして、実際にその価格になっても、売れずに終わるんです。これが『穴の消滅』だったのね。次元が低すぎて消えたのね。納得です。」

「それは……なのです。」


 おや? フィーさんが首を傾げています。……、呆れているのだろう。


「そうなると、消滅しない穴は……なんだろうね?」


 相手の興味を利用して話題を戻すというテクニックです。ははは。


「はい、なのです。それは決して、消滅しないのです。それゆえに、わたしたちの意志では『絶対に配置できない穴』になるのです。そして、これを『揺らぎ』や『予知』と呼んでいる精霊もいるのです。」

「そんな力を『大精霊』に握られたらさ……。」


 ……。


「はい、なのです。それで、人間に近づいたのです。力はあっても『場所が問題』になりますから……、それを探るために笑顔で近づいて……、場所がわかり次第、次々と本性を……なのです。」

「……。」

「はじめのうちは、和やかなもので人間を楽しませたのですよ。」

「……。」

「あっ……。ちょっと、いい……なのですか?」

「はい?」


 急に……、フィーさんが俺の右手を握ってきました。びっくりです。


「これは……、良かったのです。大丈夫、なのです。」

「えっ?」

「そのような大切な場所に『アドレス』が振られている場合があるのです。」

「……。それは、嫌な予感しかしません。そのアドレスを振られると、どうなるの?」

「はい、なのです。その部分が次々と、別の方の所有物になるのです。」

「……。えっと、理解できないというか、なにそれ……?」


 俺の右手に、価値なんかないとは思うが……?


「一部であっても、他の方の所有物になるのですから……、その部分だけでも、その方の『意志』に従う必要があるのです。そして、そのようなものを好んで転がしているのは『精霊』なのです。」


 それを転がすって……さ、ああ……。そんなものまで操れるのか。


「そういう……ことね。」

「はい、なのです。いわゆる『データ』と呼ばれるもの……すでにこの空間に移された、単調な情報を扱うだけなら、豊かな日々だったのですよ。それが……『大過去』を操る力を獲得してしまった……なれの果てが、それらとも考えられるのです。本来、身体は多元宇宙の微視的な表現であって、そこでも、わたしたちの存在は『意識』なのです。その表現手法としては、数十億にもわたるゼロとイチで構成された情報の感性とも呼ばれ、本来は尊いもの、なのです。そして……」

「えっと……。」


 フィーさんの話を遮りました。なぜなら、明らかに話の様子が違ってきたからです。これは……ね?


「はい、なのです?」

「もしかしたら、ギアを上げた? 四から五、くらいにさ?」

「……、ギア、なのですか? ……。はい、なのです。でも、一から二、なのですよ?」


 フィーさんが笑みを浮かべています。ところで、そのシフトは一から二、ね? ああ……。


 そして、あれ……? この絶妙なタイミングで……、急に、部屋の扉が開きました。


「フィー……。」


 かすれた声で、苦しそうに、そう訴えてきました。すぐさま、近くに駆け寄ります。


「ど、どうしたのですか?」

「……。」


 近くでみると……、フィーさんにそっくりです。これは……なんでしょうか。とにかく、休ませる必要があります。


 この子のふらつく足どりを、フィーさんと一緒に支えながら、俺がここで目覚めたベッドへと誘導します。そこで少し落ち着いてから、話し始めました。


「大丈夫、なのですか?」

「……。ううん。」

「いま、呼んでくるのです。」


 このまま寝て、治りそうな雰囲気はない。フィーさんが目を閉じて何やら始めようとした瞬間、最後の力を振り絞るような声で訴えかけてきました。


「フィー……、それはやめて。……いますぐに、荷物をまとめて。」

「はい……、なのです?」

「……。」


 えっ? 荷物をまとめるの?


「フィー……。もう、ここは危ないの。」

「はい……なのです?」


 ……。


「……。これは、わたしからの最後の願い。お願いだから、聞いて。」

「ネゲート、それは、どういう意味、なのですか?」


 この子……ネゲートっていうんだ。……というか、そんな場合ではないな。最後の願いって……?


 それからなぜか、ネゲートが俺の事をじっとみつめてきました。


「フィー……。みつけてきたんだ?」

「ネゲート……。これは違うのです。たまたま、トラブルに巻き込まれていたので、救うという手段に講じただけなのです。」

「そう……。」

「何があったのですか?」

「そうね……、わたしを『大精霊』にした、あいつらは……大失態ね。」


 ……。大精霊? この……ネゲートが……、大精霊、か。


「ネゲート。早く休んでください。疲れがたまっているのです。」

「フィー……。わたしは、このような場面で冗談は嫌いなの。わたしは『大精霊』……、つまり、こんな状態でも……、予備分をかき集めれば、空間を超えられる一回分の力は残っているの。それをフィーにすべて……託すから、そいつと一緒に……逃げなさい。」


 ……。こいつは、何を言い出しているんだ?


「おい。」

「な……によ?」

「それで、君はどうなるんだ?」

「……。そうね……。余力ゼロの『すべてを吹っ飛ばした大精霊』になるのかしら。」


 すべてを吹っ飛ばした? 「余力ゼロ」ってさ、俺の資産みたいなものか? ……。そんな事を考えている場合ではないな。


「それで、君はどう逃げるんだ? 俺たちと一緒ではダメなのか?」

「……。どうして、そうやって、わたしを迷わせるの? 逃げる方法なんかないわ。余力ゼロで追い詰められ、為す術もなく……。でもね……、わたし……、交渉や駆け引きはうまい方なの。余力ゼロでもあるようにみせかけて、時間は稼ぐから……。お願い、フィーだけは助け出して。」


 ……。そうネゲートがつぶやいたその瞬間、フィーさんが震え始めました。


「一緒には、無理なのか? その……力が足りないとか? だったら……。」

「……。それなら、まさかあんたがここに残るのかしら? ……。『消滅』の前に、最高の冗談が聞けて、わたし……幸せな気分になったわ。あんたが……、あいつらを相手にするのは無理よ。その場で、すぐに……かしらね。」


 ……。嘘、だろ。なんだよこれ? 何の決断を俺に迫っているんだ……?

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