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5, ブロックの巻き戻しは、厳禁なのです!

「わたし……、妙にディグさんの故郷について、興味がわいてしまいました。もう干渉できない地への記憶を探らせることになるので、悪いことだとは理解していますが、どうしても、なのです。」

「別にその位、ノープロブレム。何でも構いませんよ! ただし、失われつつある記憶なので、断片を拾うような形になりますよ? そこんところは、ご配慮をお願いいたします!」


 いつの間にか、元の地を故郷と呼ぶようになってきました。故郷ね……。ちょっとは懐かしくなってきた? でも、そのうち、この地に慣れて、それから……、なんだっけ?


 ……。そうなんです。いよいよ、元の地の記憶が薄れてきています。さすがに、俺の人格は残るんだよな? フィーさん……。このまま本当に犬になってしまい、エサの時間にワンワンとねだるだけの存在に落ちるとか、ないよね? ちょっと不安になってきた。


「では……。やはり、一番気になるのは、この食事についてです。こんなに沢山のレシピの数々、もしかしたら、わたし、ディグさんにとても悪い事をしてしまったのではないかと、不安になってきているのです。」

「えっ? 悪い事って?」

「それはですね……、これだけのものを頂ける環境に身を置く方を、この地に……です。ごめんなさい、なのです。」

「ちょっと、なんで謝るのさっ! これだけのものを頂ける環境って……まあ、そうなのかな。ぶっちゃけ、毎晩騒いでいたから、俺だけではなく、みんなで楽しんで口にしていたさ。まあ……、それが無くなった点は寂しいかな。でも、俺の心が決めたのだから、後悔などしていません。」


 フィーさんは安堵の表情を浮かべ、優しく微笑んでくださいました。


「ありがとうございます。それにしても、みんなでこのようなものを囲んで、ですか。しかも毎晩……。さらに、この地では高級な扱いのお酒まで……。なにか、それらを生み出すものが、常に稼働しているとか、驚きのあまり声が出ないような奇想天外なものが、あらゆるものを超越する形で存在するとか……?」


 フィーさん、いくら何でも驚きすぎですよ。いや、まて。ちょっと試してみよう。


「フィーさん? 実は、このような食事以外にも『おやつ』っていう文化があるんです!」

「『おやつ』ですか? それは、どのようなものでしょうか?」


 そっか。おやつは食事ではないから、フィーさん、まだ俺の記憶を辿れていないのかな。


「まあ、甘いものとかで、すごく美味しいですよ! あっ、もう戻れないから『美味しかった』か。」

「甘いものですか……。心弾むお話しですね。そんなものまで、いただけるのですか?」

「うん。まあ、そうだったよ。普通に、その辺で、いつでも買えたし。」

「えっ? そのようなものを、まさか、いつでも買えたのですか? ……。驚きなのです。」

「うん。もちろん、カネはかかるけどね。」

「いつでも甘いものが手に入り、このような食事とお酒。それ……カギによる制限がなかった全盛期の『天の方々』でも、ごく一部しか味わえないような生活なのですが……。」


 フィーさん、本当に驚いているみたいです。いやはや、あの生活は、凄まじかったんだなと、つくづく実感いたしました。


「そうなの? なんか、凄い生活だったんだな。」

「それで……、ディグさん? 民の方の生活はどうでした?」

「民って?」

「えっ……。ディグさんって、大きなプロジェクトをまかされていた位ですので、かなり上のお立場かと思いまして……。」


 俺が、かなり上の立場だと? まさか。それなら俺は……、あの、天を突き抜けていた相場のハシゴを「外す」側だったはずだぜ。おっと、まだ憶えているな。このハシゴについてはな。この記憶が、俺を破滅に導くことがないように、祈っておきます!


 でもさ、仮にでも俺がその上の立場だった場合、そのようなハシゴを外すだろうか。どうなんだろ。なんか悩むんだよね。まさか、これが破滅への……。破滅? そうだった、たしか、今回は大きな価値を有する「大切な犬」をお預かりして、これが俺の思い通りになるんだよな? そうか、そう考えると、この地では、俺……、ハシゴを「外す」側なのか!? いや、まさかな。落ち着け……俺。いや、ディグ。うん、落ち着きが必要なときに、この名前を頭の中で反響させると、その面白さから落ち着けます!


「フィーさん、それはないです。フィーさんがよく口にする『民』の定義……、そのままの意味で構いませんよね? つまりその辺りを、はいつくばっている『民』ですよ。その証拠に、ハシゴを『外されて』、転落した元投機家ですよ。これより明確な証拠はない、ない、ないですよ!」

「……。それは……。たしかに、納得なのです。『元』……ですからね!」


 ううっ……。フィーさんが不思議そうな眼でみつめてきます。その透き通った青さに、今にも吸い込まれそうです。それは、これまでの間、なにを観察してきたのだろうか。俺が散ったあの瞬間とかも、じっとみつめていたのかな。やたらと『元』を強調されていましたので。ちょっと恥ずかしいです。


「つまり、つまりで……、上の立場とかではないから、フィーさんが期待しているような、お高いお店とかではないですよ! まあ、俺みたいのが気軽に楽しめる、カジュアルな服装で問題ない、お店です。まあ、そんなところです。」

「……。つまり、民がみな、そのような生活を楽しめるような地だったということになりますね……。驚愕を通り過ぎて、時が止まってしまいます。」

「さすがに……、時が止まっるって……。そこまで驚くようなことなの……?」

「はい。……、そうです! そこで、面白いご提案をひらめきました。それならば、そうですね……、このような食事が続きますとお体に障りますので、明日は、試しにです、この地のものをご用意いたしますので、それらと比較されるのが一番わかりやすいですね。よろしいでしょうか?」


 おっ! それは俺的にも大歓迎なんだな。現地の食事を楽しむのが流儀ってもんだよね。すごく楽しみです! ただ、比較とか言われちゃうと、なんか……とてもネガティブなものが出てくるような雰囲気を醸し出しているようですが、どんなものでもバッチリなんです。現地の味ってやつです。


 ただここで、ふと腑に落ちない点を見い出してしまった。今、俺が食べている美味しいものは、どこからきているのだろうか? さらにフィーさんが、俺の分は決して口にしないのも気になります。なぜなら、比較としてこの地ものが提供されるのならば……ね? まあ、考えても仕方がないか。俺と契約したことで、特別に手に入る秘密の何かがあると、これまた俺の勝手な想像で結び付けておきますね。


「では、今日はこのあたりにして……。」


 フィーさんが、わずかに紅く頬を染めた。どうしたんだろう?


「どうかされました?」

「あっ、あの。これから、楽しみがあるのです。もしかしたら、表情に出てしまいましたか?」

「うん。それは余程のことなの?」

「実はです……。」


 そうつぶやくと、戸棚の中央の引き出しから、真っ白な箱を取り出して、俺の目の前に置きました。なんだろう。模様などは一切なく、とにかく白いです。中に何か入っているのかもしれませんが、仮にそうなら、どうやって開けるのだろうか。


「ここに、その楽しみが入っています。」

「えっ? これ……、容器なんだ。」

「はいです。そこで……相談なのですが、この容器の中身は、秘密にしておいてくださいね。とてもとても高価なもので、わたしみたいのが口にするのは、本当はいけないのですが、今回の契約の件が大きな前進として認められ、特別に分けていただいたのです!」

「口にするということは……、何かの食べ物なの?」

「はい! ディグさんが申されておりました『おやつ』でしたっけ? その、甘いもの、です。それで、その言葉に触発されて、どうしても我慢できなくなりました。」

「『おやつ』ね。いや、ちょっとそれって……。」


 とてもとても高価なものが「おやつ」なのか? おいおい、です。


「どうされました? もちろん、ディグさんにもお分けいたしますよ! では、ブロックを再開いたしますね。」

「それは嬉しいね。これが、この地のものでは初めてかな。」

「あっ! そうなりますね。最初がこの高級品なら、無難ですね。最初は肝心なのですから!」

「高級品か……。その、たしかお酒もだったよね? それよりもお高いの?」

「ディグさん……。お酒など比較にすらなりません。」

「甘いものがね……。」

「……。そう話している間に、間もなくみたいです。そろそろ出てくるはずです。」

「出てくるって……甘いもの? それとも、ブロック? その容器と関係があるの?」

「ディグさん……、もちろんなのです。『ブロック』を止めておかないと、保存がききませんから。」

「はいっ!?」


 俺は思わず、奇声を張り上げてしまった。まあ、この地の常識は、元の地の非常識ですから。驚かないようにはしているのですが、今回のはちょっとね。


「ディグさん!? どうされました?」

「あっ、いやさ、ブロックで、何を保存するのかな……と。」

「ブロックを止めることにより、時を静止させていただけなのですが……。」


 えっ? いま何て?


「ははは。もう何かさ、とんでもないものを目の当たりにしているようだ!」

「ディグさん……。もしかしたら、トラブル発生かもしれません。間もなくとみていたのですが、なかなか……、新たなブロックが出てこないのです。たしかに、高級品なので、この容器に保存を施したこのブロック……、難易度が恐ろしいほど高いのかもしれません。」

「えっ!? な、難易度? なにそれ?」


 ブロックに難易度……。甘いものが、なんでこんな展開に? いや、そうだ! この地の常識は、元の地の非常識です! 悩むことはない、考えることもない、このまま……アセプトです!


「あっ、話していませんでしたか。それではご説明いたしますね。『大切な犬』を扱う場面でも、この概念はとても大切なので、しっかり勉強しましょう!」

「ここでも、お犬様が出てくるのか。この犬ね……。」

「新たなブロックを探し求める作業が、この仕組みの根本となります。そして、その探す作業の難しさが『難易度』と呼ばれます。」

「なるほど! つまり、その探す作業が、大切なんだね?」

「それが最も大切な部分となります。なぜなら、新たなブロックを最初に探せた方が、主導権を握れる仕組みだからです。」

「なるほど!」


 詳細については訳がわからない。いや、何もかも、わからない。とにかく、ブロックを出すには、それ相応の難しさがあるんだな。それで、ブロックが出ると、どうなるんだ?


「ディグさん……? すみませんが……、本当に理解されています?」

「えっ。やっぱりわかるんだ。だよね。さっぱりわからん。」

「……、一気に理解される必要はありません。そうですね……、犬を投げているうちに、慣れてきて、気が付いたら仕組みを理解できている、そんな流れになります。今までが、そうでしたので……。」


 犬を投げる? まあよいか。そのうち慣れてくるんですね! 俺みたいのは体で覚えていく強制スタイルが最適なんだね。もともと単純だし、そういう小難しいのは正直、きついです。ところで、そんな事よりも引っ掛かる表現があったよね? 今までがそうでしたって? なにこれ、です。


「フィーさん? 一ついい? 今までがそうでしたって……? それ、俺みたいのが、過去に多数いたことになるよ?」

「あっ! そうですね……。」


 フィーさんが、言葉を詰まらせ、目をそむけた。これは何かあるぞ。


「今回の件は、俺と、俺の心が決めたことなので、どんな結果になろうとも悔いは一切ありません。そして、俺がこのような形で呼ばれたという事は、過去にいた方々はみな……。」


 お気軽な俺でも……、それ以降の言葉が出てこなかった。本当に、恐ろしくなってきてしまった。


「ごめんなさい……。そのことについては、慣れてきてから、全部お話しいたします。」

「あっ、それで構いませんよ! どのみち、成り行きで頑張るしかないですから! そうそう、投機の世界は成り行きのみでした! いつも高値に飛びついて、底値でぶん投げるのは、すべて成り行きです。もう慣れてますよ! みんなで、中央がほくそ笑むクソ相場に底値でぶん投げて、わっしょいです!」

「えっ! ディグさん……、ディグさんの故郷の詳細はわかりかねますが……、いつも高値で飛びついて、底値でぶん投げてしまったら、儲けがないのです……。」

「フィーさん、そうきますか……。」


 フィーさんに笑顔が戻ってきました。良かったです!! あの忌々しい大損底値ぶん投げの特技が、まさかこんな形で役に立つとはな! この地では、そういう事がないよう、生まれ変わったつもりで死ぬ気で頑張ります!


「……、いつも底値で投げないと、なにか、まずいのでしょうか?」


 なかなか鋭いご質問ですね。


「まあ、そうなんだ。思い出したくもないあの相場には、恐ろしい魔物が生息していました。俺たちは『アルゴ』と呼んでいて、そこで、投げなければ、確実に、別の方法で息の根を止めてきます。」

「……、魔物ですか! それはつまり、『魔の者』が、ディグさんの故郷にもおられるのですね。」

「えっ! 魔の者って……?」


 魔の者? その言い方からみて、この地にはそんなのが存在するのか。まあ、フィーさん自体が「不思議な存在」なので、今さら驚きはしませんが……。


「魔の者については、まだ話していませんでしたね。」

「うん。」

「この地で、元『中央』だった方々です。」

「なに? それって……?」

「はい。つまり『天の方々』ですね。」

「……。」


 ちょっと、契約したことを後悔? いや、落ち着け。


「でも、いまの仕組みはたしか……中央ではないのだから、元『中央』ね?」

「はいです。ただし、例のカギの話は……、覚えていますよね?」

「うん。新しいカギを付けてしまえという、俺の使命ね。」

「それです。今のカギは持ちこたえている間は、特に問題はないのです。」

「うん。つまり、そんなやばいものを抑えつけていたんだ。」

「……。はい、です。」

「ところで、魔の者が『天の方々』だということはさ、フィーさんって?」


 あれだけ不思議なことを平然とこなしているからね。一応、伺っておきます。もちろん、フィーさんが仮に魔の者であってもね、別に何とも思いませんので大丈夫です。それどころか……、逆に魅力的な要素になってしまうかもしれません。なぜなら、俺の心は見事なまでの「魔の者」みたいなものだ。そうではなかったら、投機なんてやらないよな! なお……、相場の世界では、そのあたりは完全に割り切っていて、「結果が全て」で、常にハキハキしている雰囲気がありました。それで、この雰囲気がすこぶる気に入って、参入してくる方々も多いんですよね。逆に、これが受け入れられないのなら、相場なんかには絶対に手出し無用で、難しいと思います。まさに「銘柄に惚れるな」です! 例えば、新興でさ、経営者の思想や気迫がとても気に入ったから絶対に売れないとか、絶対にダメですね。そんなもんはね、収穫の時がきたら、何の迷いもなく「全数量を成り行きでぶん投げる」のが、新興の醍醐味です。その代わり、何が起きても自己責任です! 一応、株主代表何とか、みたいのはあって、株主の権限が強いのは事実なんですが、あんなのは……あって、ないようなものです。おっと! 散った投機家の戯言ですね。そういや、一応、このあたりの記憶はまだあるのか。相場の記憶は残ってしまうのかな。あの……ハシゴの件もね!


「ディグさん……。わたしは……『魔の者』ではないのです。ただ、どこに所属するとかは、まだ告げるときではないため、ごめんなさい、なのです。」

「別に、無理しなくてもよいよ。……。俺の方が悪かったよ。話したくないこともあるよね、普通は……。」


 気まずい雰囲気です。俺って、やっぱりダメだよな、ほんと。いつもこれを無意識にやってしまう悪い面は自覚していたのですが、またやってしまいました。


 ……。その時です。


「ディグさん! ブロックが出てきたようです。これで、ようやくなのです!」

「えっ? どこに、出てきたの?」


 まわりをじろじろと見まわす俺。ブロック出現はナイスタイミングでしたが、その肝心のブロックはどこに?


「ディグさん……。ブロックは『インスタンス』に所属するので、見まわしたところで、視界に入るものではないのですよ!」

「いんすたんす?」

「はい。みえない力で構成される実体を『インスタンス』と呼んでいます。逆に、みえる実体は『サブスタンス』と呼びます。」


 みえない力か。そして、それを横文字にすると「インスタンス」ね! 了解です!


「でもさ、フィーさんはみえているんだよね? そのインスタンスってさ、フィーさんみたいな不思議な力を扱う者でないと、みえないような存在なの?」

「いいえ。誰でも『解読』できれば、みえますよ。」

「あっ、そうなのか。うんうん。」


 「解読」という地点で、もう、その先を突っ込むのはやめようと、俺の弱い心が訴えてきました。


「ははっ、さてさてさて、その保管されていた中身はなにかね?」

「ディグさん……。まったくもう……、小難しくなってくると、話題をそらしてごまかそうとしますよね?」

「えっ! それは、その……。」

「それでもよいのです。わたしが話しづらかった件、快く見逃していただけましたから。」

「ああ……、そう言ってもらえると……。」

「では……、時間が動き始めて、ようやくです! 楽しみなのです!」


 さっきまでびくともしなかった箱が、簡単に開きました。時が止まるって、そうだよな……。硬さとか、質感とか、そういうものが全て固定されてしまうんだな。そのおかげで、どんなものでも保管できるのか。それさ、普通に、ハイテクを超えたハイテクなんですが……。


「これは……。書物などでみたものよりも迫力もあって……。なんという甘いものなのでしょうか! みてください! この上にかかる酸味と甘みが混ざったソース、これだけのものは、まず手に入りませんね!」


 フィーさんが今にも歌い出しそうだ。よほど、心躍る甘いもの、なのでしょうか。おそるおそる、のぞき込んでみると……、そこには……。


「これって、ただのアイスクリームじゃないか。」

「ディグさん……。これをご存じなのでしょうか?」

「ご存じもなにも、俺の故郷では、暇つぶしに食べていた『甘いもの』です。」

「へぇ……?」


 虚ろな目で、俺をまじまじと見つめて、そのまま固まってしまいました。


「まあ、そういう故郷だったということで、ね?」

「ディグさん……。これを、数日に一度は食べられる、素晴らしき所だったのでしょうか?」


 数日ね……。俺は毎日のように食っていて、体重が気になるところだったかな。えっ? それはアイスが原因ではなく酒だろって? そう突っ込まれたら何も言い返せませんね。


「数日おきどころか、毎日、だよ。」

「……。いま、なんて?」

「うん。毎日だよ。これ、癖になると止まらないから、ね。」

「……。」

「フィーさん? 早く食べないと、溶けてしまうよ?」

「溶ける? あっ、そうでした!!」


 慌てて箱から取り出して、綺麗に二分割してくださいました。


「これを毎日ですか……。」

「まあ、そうだね……。」

「では、いただきますね。」


 おそるおそる、小さなスプーンで表面をすくって、口に運んでいきました。


「これはっ! とてもおいしいですね……。これを、毎日なのですか……。」

「えっ! まあ、毎日です。棒に刺してあって、片手でいつでも食べられるのが良かったというか……」

「それは……すごいのです。」


 アイスクリームで、ここまで盛り上がるとは。でも、このアイスクリームさ、一から作るとなったら難しいよね。


「アイスで、すごい呼ばわりされてもな……。俺にとってはさ、その『ブロック』だっけ? そちらの方が驚異的というか……。」

「ブロックですか。この地では、基本となるものですので、嫌でもちゃんと慣れます。」

「それを祈るよ。なんか、複雑そうなので……。」

「慣れてくると、案外シンプルな構造で扱いやすいことがわかるのです。ただし、今から話すことだけは、忘れずに、心の奥底に留めておいてください。」

「はいっ!?」


 まさか、急にシリアスな話? ただ、フィーさんが握りしめる、右手に持つスプーンの存在が、その緊張感を奪っていきます。でも、真剣に耳を傾けないとね!


「ブロックを扱えるようになると、その好奇心から、『ブロックの巻き戻し』を試したくなるのです。しかしです、それだけは、厳禁なのです。」

「……。巻き戻しは、厳禁、ね。」

「はい、です。ブロックを巻き戻すと、巻き戻した分の『インスタンス』が、すべて失われます。」

「いんすたんす、が、失われるか。」

「はい、です。」


 慣れてくるまでは、理解はできませんよ? ただ、そんな俺でも、気になるのが一つありました。


「巻き戻した分が失われるという事はさ、……、時が戻るということなの?」

「いいえ。時は一方通行で、止めることはできますが、戻ることはありません。その間の『記録……記憶』が失われるだけです。時は戻らず、記憶だけが失われるのですから……、特別な場合を除いて、その乱用は厳禁なのです。」

「そういえばさ、契約しなかった場合は、ブロックを戻して……とか、言っていたよね?」

「……、鋭いカンですね。それが唯一と呼べる、特別の場合なのです。戻した後『分岐』させて対処します。それでも、この地に転移させた以前まで戻すことは、理論的に叶いません。それゆえに、分岐させて戻したとしても……、この地に滞在された経過時間にもよりますが『数ブロック分』は、元の地に向かわせる新しい分岐先に混ざってしまいます。それが、いわゆる夢として微かな記憶に残るんです。そして、それがいわゆる、夢の『インスタンス』なのです。未経験なことが、なぜが夢に出てきてしまうのは、これが要因なのです。」

「小難しい話だね。でも、今回は真剣なので、ちょっとはわかった……つもり!」

「すみません、つい……なのです。巻き戻しだけは、絶対に避ける。これだけで十分です。」

「それにしてもさ……、そのブロックって、何かで、つながっているの? そんな感じがします!」

「そこに気が付かれたのですね! さすがなのです。実際に、つながっていて、さらに、他のブロックと交わることが絶対にないようになっております。そこで、わたしはそれを……『鎖』と呼んでいるのです。」


 鎖……か。なんか既視感を覚えるフレーズなんだよな、これ。もしかしたら、この既視感というのも、もしかして……? おいおい、俺の頭なんかで考えるような内容ではないな。また今度さ、機会があったら、フィーさんに「小難しいお話」の続きをしていただこうか。

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