58, えっ? こんな空想な計画が……本気で立ち上がるの?
「朝か……。時間は……。」
眠い目をこすりながら、スマホに表示される時刻をじっとみつめます。
……。すでに場は開かれています。寝坊ですね。
慌ててベッドから飛び起きて、そのときなぜか……手から勢いよく離れたスマホが宙を舞い、綺麗な放物線を描き、ゴミ箱にショットです。
「あーあ……。朝からついてない。もう……、今日は取引しない!」
あの子の治療費ために……手堅いトレードに移行したのですが、手堅いとは名ばかりで、完全にだらけていますね。悪態をまき散らしながら、一応……狙っていた銘柄の板をちらっとみたのですが、すでに入れません。
もちろん「手堅い……すなわち出来る限りの温存」に移行していますから、損失の場合でも軽微で済んでいます。ただね、あれから勝てなくなったのは……不思議です。一体、なぜだろうか。もし、手堅いトレードに移行していないならば……、すでに大部分のカネを失っています。単に、冴えた俺が出てこなくなっただけかもしれません。でも、それでいいです。今はしっかり「温存」です。
おや……? あれ? なぜかゴミ箱が騒がしい。なに……って、スマホに着信です。
誰だ……。こんな時間にさ、俺に何の用? スマホをゴミ箱から救出し、相手を確認……ああ。
そのお相手は、俺がトレーダーになる前……特許絡みで頑張っていた頃の親友でした。このあたりの古い記憶は残っています。壊れたのが……、そうです……。その曖昧な「境界」にある、酷い日だった……。なぜか、時間軸も壊れているような気がしました。
「もしもし? あの……なにか用?」
「あっ、これから、そちらに向かう。」
「えっ!? 今から?」
……。俺の承認などは不要。たった一言の「これから向かう」で切られてしまいました。うう……。そういう奴なんです。まあ、部屋を片付ける必要はないので、別に良いです。ただ、来るまでが暇だ。何をしようか?
そうだ。「あの子」があの山積みの本を熟読して研究した内容をまとめたとされるノートを拝見することにします。おっと……、最近は体調が良好な日が多いようで、俺も嬉しくなります。
結局、「病は気から」ですね。ネガティブな思考に支配されると、その通りになりますから。
さて、肝心のノートの内容は……。うう……。さっぱりわかりません。だいたい、はじめに書いてある概要ですが「時間と空間を超えるための関係式」……。概要から察するに、すごいものを頂いてしまったのかもしれません。
でも……ここに訪れる彼なら理解できる。そして、わかりやすいアドバイスをいただきたい。多少なり、「あの子」との会話の弾みにはなるでしょうから。
ただし、みせてもよいものと、そうでないのがあります。実はこのノート……、「二冊」あります。そして、一冊目の取り扱いは自由だが、二冊目については「誰にもみせてはいけない」と、強く言われています。
では、その二冊目はどうしましょうか。一応、この二冊を見比べてみたのですが……なぜか「ほぼ同じ内容」だから不思議……。違いを指摘されれば……、そうですね、わずかに「プラスとマイナスが入れ替わっている箇所がある」程度の話です。まあ、そこが重要なのかもしれませんが。
とにかく、俺に選択肢はありません。「あの子」の言われるがままに、これは「封印」します。
そうだな……。買ったという行為だけで満足し放置していた相場関連の本の間に挟み、わからないようにしますね。うん、これでこれらの本も役に立ちました! ……、はずです。
……。それから、特にすることもなく……床に寝転がっていたら、呼び鈴が鳴りました。出迎えてやります。
「おおっ、久々!」
「このあたりは久々だったからな。ところで、俺の事は覚えているんだな?」
「えっ……、まあ、覚えているさ。」
俺の記憶が一部壊れた話は……、伝わっていたんだ。
「それならよかった。」
「うん、大丈夫です。そうだね……、その証明として、今でも、毎日……通うんだ?」
「ははは。それを覚えているのなら問題ないね。もちろん。毎日顔を出すことが重要だから。」
中枢機関が集まる例のエリアに毎日顔を出す、を継続しているのか……。そこで、毎日ならさ、近くに借りればよいのに……。と、考えてしまいがちです。しかし、しっかりと通うことが重要とのことです。
たしか、その足となる「車」は、わずか三年で乗り潰す……、だった。今の燃料代を考えたら、やはり近くに借りるべきです。……、理解をしてはいけません。そういう奴なんです。
「顔を覚えてもらって、ようやく次につながるからね。」
「ああ、もちろん。それは理解できる。でも、たしか、三年で乗り潰す、だよな……。」
「そうだよ。だからこそ、短い期間で乗り潰すなら走行距離が短い四年落ちが故障もなくて最適だと、教えたはずだぞ? ほら、経費でも……、わかっているな?」
……、とまあ、他愛もない話で盛り上がってきました。さて、例のノートの件を出しますかな。
「ちょっといいかな?」
「なに? まあ、何でも聞いて。」
「このノートなんだけど……」
そう言いながら、彼の前に一冊目を差し出します。なんか……ふわっとした概要が目立ちますね。
「えっと、『時間と空間を超える関係式』……? つまり、暇で狂って書いたの?」
「おいおい。これを書いたのは俺じゃない。」
「それじゃ、誰?」
「ええっとね……、ちょっとした出来事が重なって……、頂いたんだ。」
苦しい言い訳ですが、「あの子」の件は、ふせておきます。
「そうか……。どれどれ、みてみるね。」
ふう。気にしないで何よりです。そして、そうつぶやきながら、彼はページをめくっていきます。それから、数分が経過したでしょうか……。
「……。一つ、いいかな?」
「なに?」
「これ、貸して?」
「えっ?」
まあ、そのノートは自由にしてよいものだから、問題ないけどさ……。
「これ……、このまま持ち込んでみるよ。」
「持ち込む? どこにさ? ……。ああ、例の集まりね。」
彼の周辺には、新興関連の集まりがよくあります。まあ、そこなら遊びで話題になるかもしれませんね。
「例の集まり? 違う違う。俺が毎日、顔を出すところにだよ。」
「……。はい!?」
えっ? それを……、ですか。そんなもの、相手にされないぞ……。
「おや? その怪訝な面持ち……。俺は本気だぞ?」
「だって、それ、時間と空間を超えるとかさ……、無理無理。」
「なにが『無理無理』だよ。これは、間違いなく採用される。確信だよ、確信!」
「採用って……。ないない。絶対に、ない。」
「甘いね。俺が確信しているんだ、間違いなく決まる。」
まあ、こんなものをが採用されるのなら、まだ自由は残っていると判断できるので、それなら、それで……となりました。
そして数日後……。彼より「朗報!」というメッセージが来て、そこには……。まじで、採用されたのか……。びっくりです。ただ、気がかりもあります。そうです……みせてはいけないとされる「二冊目」です。
この二冊目……。これにどんな「運命」が刻まれているのでしょうか。本気で、そう感じました。……。俺らしくないね。さっさと飯食って寝ます。おやすみなさい。