565, 暗号なんて何も知らない愚かな民どもは、黙って残されていればいい。Q-Dayの足音なんて聞こえないようにしておけば、文句も出ないだろう。
……どうしてかしら。胸の奥が、ひどく冷たくなっていくわ。ああ……これが「心を殴られた」という感覚なのね。なのに……なによ、それは。
今日のフィーは、いつものフィーとは違っていた。いや……違和感はずっとあったのよ。けれど、その理由がようやくわかったわ。
だって、SHA-256の話をしている最中に、突然、楕円曲線を持ち出していたなんて。そこに量子ビットの話を投げ込み、グローバーとショアをごちゃまぜにし、結局「いったい何の暗号の話をしているの?」と聞き返したくなるほど議論を撹乱しておいて……。
最後に出てきた結論は「SHA-256などのハッシュ関数は、まだ二十年以上は問題ない」よ?
……どうして? SHA-256に楕円曲線の性質なんて、どこにも使われていないわ。わかるわよね? あれは議論を煙に巻くためだったのでしょう? 量子を「難しい話」に仕立てて、専門外の民を黙らせるため。
そう……「理解できないあなたたちが悪い」と言わんばかりにね。そして、半ば強引に「まだ二十年以上は問題ない」という安心感だけを押し付ける。……そういうことだったの?
結局、そう言い張る……その裏の意味はこうよ。
暗号なんて何も知らない愚かな民どもは、黙って残されていればいい。Q-Dayの足音なんて聞こえないようにしておけば、文句も出ないだろう。たとえ破滅が近づいていても、何も知らなければ従順に納得してくれる。
……わたし? ええ、もちろん……そんな「愚かな民」の一人に含まれていたのでしょうね。
ここまで来て、ようやく気づいたわ。




