56, 「売り」と「売り売り」って違うの? あれだけ相場で頑張っても、なぜか負けた理由は……。その2 そして、あれ……フィーさんの様子がおかしいです。
なぜなのか、どうしても狙いたくなる「高値」や「天井」……、あれらが、罠だったとはね。
そうだった……そんなものは猫にくれてやれ、だったかな? 猫……。ふと、ネゲートと目が合います。ああ……、こいつには「犬」をくれてやれ、だったな。
「なに?」
「なんでもありません!」
「ほら、わたしなんかより……フィーがわくわくしているみたいよ?」
……。そのようです。
「あ、あの……、なのです?」
「フィーさん……。すっきりしました。あの日々は、見えないものに翻弄される『歪んで取れないもの』を追いかけていたとはね……、それが原因なら、納得です。」
「あ、あの……。毎日、そんな感じだったのですか……。」
……。そうですよ、フィーさん、毎日です。誰だって、毎日ですよ。あの相場……定義したら「これが毎日続く」です。証明? そんなものはないです。なぜなら、公に通じる理だったからです。
「フィーさん……。毎日だよ。毎日。」
「はい……、なのです。」
「『チャート』に描けない『歪み』があるなんてね。勉強したつもりで、『チャート』に頑張って線とか引いても……無意味だったか。」
「線……なのですか?」
「そうだね……よく憶えてはいないけれども、難解な名が付いた直線や曲がりくねった線をチャートに引ける機能があって、それで勝てそうな雰囲気にはしていた。それで負けるのだが、ね。」
まあ、そんなもんだよね。儲かりそうだからと……ただ、それだけでした。論拠もなく線を引いて、あたかも勝てるような気分に浸っていただけです。
あっ、でもさ……、こうしたフィーさんとの出会いは、相場を張っていたから……だよね? いまだによくわからん「この地の生活」ですが……実際にはそこまで悪くはなく、なかなかのものです。そのうち、食い物の問題も解決するだろうし。それまでは、最小限の「食糧」で耐えますよ。
でも……、不思議な点があります。あの……植物が嫌々残していった味気ない実ばかりの食生活の割には……体調は特に問題ありません。なぜなんだろう。ふと、思い浮かびました。
結局さ、まだまだわからないことだらけの点ばかりで、線にすらなっていない。せめても、「チャート」の線については伺っておきましょうかね。
「ところでフィーさん? 『チャート』の線自体に興味はある?」
試しに「チャート」の線についてフィーさんに伺ってみると……。ああ……。
「はい、なのです。まず……、あのチャートの対応では、相場が揺れ動く『本来の姿』を完全に表現し、本来は得られるはずだった関係式を放棄のち、その影響により同一視することが困難なのですから、すでに情報の大部分が失われた像……たしかに、『チャート』へマッピングされたものに線を引いたとしても、肝心な要素は何も得られないのですよ? そのような肝心な部分を『隠してこそが現実の相場……そうなのです……尊厳までもすべてを奪い尽くすのが主の目的となる試練の場』で、それらを一切知らせずに投資家という名の……犠牲者に『同一視させた情報』として勘違いさせ、『チャート』を提供し、そして、はめこむのです。」
「……。……。なるほど。」
はい……。いま俺は、「なるほど」と相槌を打ちましたが、……よくわかりません。それどころか、いつものフィーさんらしくなってしまいました。
いつもそう……、あの例の時間も、こんな感じでごまかしてきましたよ。でも……でも、こうやって逃げてばかりだと、何も変わらない。
ああ……。ネゲートが、あきれかえったと言わんばかりの冷たい視線を俺にぶつけてきます。それならば、それならば……、突っこんでみましょうか! もう、逃げたくはないです。
「フィーさん?」
「ディグさん? ……なのです?」
「その……。まずは『マッピング』から、いこうか。」
「……。はい、なのです。」
逃げるから負ける。今日からは本気、本気……、本気を出すよ。自分と向き合います。
「そうそう! その内容から考えて、『マッピング』が、最も重要だよね?」
「ディグさん? それは、ちょっと……なのです。」
「えっ? ちがうのか……?」
「はい、なのです。最も重要なのなら、関係式、の部分になるのですが……。」
……。そこは本能で避けた部分です。あれ? すでに俺……逃げているのか?
「それは違うよ、フィーさん。ここでは、そう……『マッピング』です。」
ああ……。ネゲートが、こんなにも哀れな俺をみて、……としています。こいつさ、感情をほとんど表に出さないフィーさんとは対照的に、感情が豊かなので、わかりやすいですね。
「そうなのですか……。それなら、マッピングなのです。」
「それでお願いします!」
「わかりました。ではまず……簡単な例なのですね。それなら……、わたしたちの眼から入る『映像』からなのです。」
「映像?」
「映像」と表現されると、なんだろう……。機械的な感じがしますね。
「はい、なのです。この地の空間の『多様な情報』が、例えば眼から入ると、わたしたちがそれらを認識できるように『マッピング』されて認識するのです。しかしそれは……大部分がふるい落とされ、一部しか認識できていない……すなわち、一部しか見えてないのです。」
えっ? でも……、それはおかしいはずです。実際に、こうして「見えている」のだからね、それらが「全て」なはずだよね?
「一部、って? 本当に……一部しか、見えていないの?」
「はい、なのです。必要な情報のみを厳選してから『認識』させているのです。例えば……認識できない波長の光なのです。たしかに、眼には入っているはずです。しかし、その光は認識できないため、見えないのです。」
「……、そういうことか。」
存在するが、見えていない……か。それなら、わかった……はずでした。
「はい、なのです。結局……、無意識による処理では、あの『チャート』と同程度の情報処理が限界なのかもしれません。細かな三角を敷き詰めて、距離感を演じていく……、そんな感じなのです。」
「……、チャート?」
えっと……。いま、何のお話しだっけ……。
「ただし……、なのです。『この地』で、一つ……、写し出されたものが増えたのですよ?」
「……。えっ? 増えた?」
増えたって……、なにさ?
「はい、なのです。脳裏に映し出される、例の『映像』なのですよ。」
ああ……。……。待てよ? 何気なく使っていたが……。うん、よく考えたら、何か変です。
「ディグさんが前におられた地では……たしか……、光る板状の何かに指先を当て、情報のやり取りを行っていたはず、なのです。」
光る板? ……、なんとなく、まだ記憶に残っている。たしかに、指先で操作していた。
「それそれ! 指先で操作する……当たり前の日常だった。それが……『この地』では、そのようなものが頭の中にすっと入ってきてさ、すぐに『理解』ができた。そして……、違和感がない。」
「はい、なのです。眼に入ってから選別された情報に違和感を覚えることはないのですから、それと同じこと、なのですよ。」
……。う……ん、わかったような、わからないような……。
「まあ、便利! そういうことだよね?」
「そうなのですか……。わたしは……、頭の中を探られているようで、そこまで好きにはなれないのです。さらには、精霊になると……他にも増えてくるのですから……。」
「……。たしかに……、そういう見方はあるね。」
俺なんかでも……、大した情報などは持ち合わせていませんが、頭の中を探られるのは嫌ですね。そうなるとさ、気になる質問が出てきました。
「これって、この地ではみんな使えるの?」
さりげなく聞いたこの質問……が、まさか、でした。
「いいえ、なのです。それについては『大部分が使える』、となるのです。」
「えっ? それって、つまり?」
「……。この『マッピング』が扱える者は……自分自身の『ハッシュ』を捧げているのですよ。」
「はい?」
ハッシュ? その言葉は度々耳にしています。でも……、なにこれ?
「フィーさん? その『ハッシュ』を……、あの神々に捧げているの?」
「いいえ、なのです。」
「えっ?」
「あの神々は、この地域一帯では……傲慢な態度を民に対して取っているのですが、大精霊はもちろん……さらにその上の方々から見下ろしたら、あの神々なんて、ただの『使い走り』なのです。」
「……。使い走りって……。あと……さらにその上って……。」
「はい、なのです。そして、『ハッシュ』は、その『最上位の方に捧げる』のです……。そして、チェーンに刻まれていくのです。」
……。フィーさんが示す「最上位の方」とは何なのか。気にはなります。
「……。さすがにそれは……抵抗あるかも。」
「はい、なのです。便利さと引き換えに捧げるか……、または、それを拒むかは自由なのです。」
「フィーさん? つまり……話を整理すると……、その『ハッシュ』を拒むと……、この『マッピング』がない状態になるのか。」
「はい、なのです。」
「なるほど……。」
「それは……想像以上に不便だとは思うのです。でも、なのです……わたしが保有する古い書物にある『本来、拘束という概念自体が幻で存在せず、自由に暮らしていくべき』を目的とするならば、その道を選ぶのも……悪くはないのですよ。」
フィーさんが書物の件に触れ始めるとね……とにかく長くなりますから、話を遮断したいのですが、それよりも、どうしても気になったことが出てきました。俺さ……この地に来た瞬間から……。
「フィーさん? 一ついいかな?」
「はい、なのです?」
「俺……。この地に呼ばれて、はじめからさ、この『マッピング』で……。」
「……。ディグさん……。その説明は難しいのです。ごめんなさい、なのです。」
「えっ? ああ、まあ。気にしないで! ははは!」
……。なんだろう。この違和感。絶対に触れてはいけないものに触れた感触がしました。これ以上は……やめておきます。
「なんか……、不思議。」
これしか返せません。マッピングは……怖いもの、という概念で記憶しておきます。
「不思議……、なのですか。それなら『歪みに対応する手段』は、もっと不思議なのですよ?」
「フィーさん……。そのさ……、歪みに対応って?」
急に、チャートの核心に迫ってきました。
「はい、なのです。まず、情報が失われた『チャート』には用はないのです。しかし、その論理を知ったのなら、……勝ちたい、という気持ちが出てくるのも、無理はないのです。」
「負けるのが前提ではなく、勝てるの?」
「ディグさん……、みんなが負けていたら、誰も近寄らなくなるのですよ……。」
「……。たしかに。」
歪みにより絶対に勝てないではなく、勝てる方法はある。素晴らしい!
「はい、なのです。敵を知ったのですから、次は勝利への論理を組むだけ、なのですよ。」
……。ここで「勝てないので終わりなのです」では、話になりませんよね。フィーさんが、それで満足する訳がないです。了解!
「まず、歪んでいない場合なのです。」
「えっ?」
歪んでいる……ではないの?
「変化がゼロになる場合は、歪まずに最大の幅で、張り付くように止まるのですよ。」
「……。それは、なんとなくだけど、あれかな?」
「投資家保護の目的で……、値が動かなくなる、あの仕組みなのです。」
「ああ……ストップね。ストップ。」
「……。はい、なのです。あの水準では、その値で固定されるので、変化は、その平均からゼロになるのです。そして、歪む相場であっても、変化がゼロならば……一致とみなせて最大の幅で動かなくなるのです。すわなち、その値で売ることはできるのです。」
「ストップで売るのは、まあね……、儲かった! で簡単だよ。」
「はい、なのです。」
「でもね、欲を出して持ち越して……。」
正直に吐きます。うう……。
「……。では持ち越して、歪んだ相場に身を投げたとき、なのです。」
「そ、それだ。その場合はどうするのさ?」
「それは、簡単なのですよ。歪んだ上の部分は取れないと式で悟ったのですから、それを狙わずに『手堅く』ほどほどの場所で売るだけなのです。」
「……。たった、それだけ?」
「はい、なのです。でも、歪みの事を知らないと……儲かったのに、おかしな気配に心を支配されてしまうのですよ? それがないだけでも……精神面は大きなプラスになるのです。」
「フィーさん……。その、おかしな気配って……?」
「それはそれは、『もう少し高く売っていれば』『もう少し多めに買っておけば』……なのです。」
「……。フィーさん、それについては、もう、そのままでした。」
情けないのですが、それも毎日でした。ただ……一つ気になりました。
「フィーさん……。高く売っていれば、は理解できました。でも、多めに買っておけば……、についても、ダメなんだ?」
「はい、なのです。こちらは、利益確定に付く『売り』が、問題になるのです。」
「売って自分のものにしたら、もう相場から離れた……にはならないんだ。」
「はい、なのです。なぜなら、そこでやめて、違う場所に……それを持っていけるのですか。いわゆる『勝ち逃げ』できるのですか、なのですね。この問いがあるので、付いている『売り』を解消する必要があるのです。しかし、その『売り』に『売り』をぶつけると……『引かれる』作用に変わって、いわゆる『儲けていたすべてを失ってしまい、どうしてこうなった』になるのです。」
「……。それは、よくあった。そして、誰でもあるはずさ! ところで、どうすればいいのかな?」
手元に残った利益で勝負をしかけたらマイナスになって戻ってきました、です? ああ……はい。
「これも難しくないのですよ。歪みが小さい……すなわち、変化が小さめで、ずっしりとした大きな場所で、気が済むまで泳がせるのです。中長期になるのですが、この場合は『売り』がぶつかるのではなく、上下に並んで相殺する形で消えていくのです。そこで熟成させて、ようやく……なのです。」
……。相場を張るからには「勝ち逃げ」する必要があるからね。……、俺が不気味な笑みを浮かべていたらさ……ネゲートが突っ込んできました。
「フィー? こいつは、今日は逃げずに立ち向かったから、どうやら新しい『知恵』を手に入れたようね? 『知識』が『知恵』に変わる瞬間は、見ていて気持ちがいいものね?」
「……。はい、なのです、ネゲート。」
「ねぇ、フィー? だったら、その勢いに乗って、関係式、大事よね?」
「お、おい、ネゲート。」
何を言い出すんだ、こいつはもう……。最後に、そんなトゲだらけのやばいものを引っ張り出してくるな、です。
「ネゲート。大事なのですよ。」
「そう? でもこれは、フィーが逃げていた問題なのよ?」
「わ……わたしが、なのですか?」
フィーさんが、逃げていたって?
「いいの?」
「はい……なのです?」
「そう……。関係、よ。関係。こんな機会、最初で最後よ?」
「はい……? ネゲート、それはどういう意味、なのですか?」
「とぼけているのかしら? わたしは、気が付いているの。例えばフィーが朝からあんなことをして……知識の定着を促す? そんな訳ないからね。」
「ネゲート……。あれは、なのです。」
「なによ?」
「……。」
「こいつに気が付いて欲しくて、よね?」
「ネゲート……、そ、それは……。」
「あら? 動揺しているようね? でも、もうここで決めなさい。」
なに……この展開は……?
「そ、それは……、なのです。」
「ほら、わたしがいるのだから、大丈夫よ!」
「そうなのですか……。」
急にフィーさんがしおらしくなって、俺の方をみつめてきました。
「その調子よ、フィー。」
「でも……わたしには、そのような資格など、すでに……。」
「ちょっとね? たまには自分に素直になりなさい。それができて、はじめて『精霊』なのよ?」
それってさ……。ネゲートはね、自分に素直になり過ぎて「カネの問題」だったかな……。と考えていたら、突然でした。
「あ、あの……?」
「フィーさん?」
なぜか、フィーさんの頬が染まっていきます。
「その……、なのです。わたしの……その、逆の像が、あなたになって……いい、ですか?」
「?」
なに? ……。ヘルプだよ、ヘルプ。
「ネゲート、ヘルプだ。」
「な、なによ? すぐに答えてあげなさいよ?」
「それなんだけど……、意味が……。」
「もう! ほら、耳!」
俺は少しかがんで、ネゲートの囁く声を拾いました。
「どんな状況であっても、ずっと一緒に、そばにいたい、という意味よ。」
えっと……。これって、まさか……?