547, わたしたちの目の前に、ちょっとした古典演算装置が置かれたわ。フィーは慣れた手つきで、SHA-256刻印を浮かび上がらせる手順を次々と投入していく。
……SegWitが訪れたわ。しかもその手には……間違いなく甘いもの。そのあたりは、さすがとしか言いようがないわ。あんな喧嘩別れのあとでも、決して手ぶらでは来ないのね。
「女神よ。また、この塔を訪れることになるとはな。」
「あら。わたしは女神でも魔女でも、必ずこの塔にいるわ。」
「そうか、そうか。」
そして、フィーが……何やら詳細な研究論文を手にしていたわ。ほんと、相変わらずよね……。
「なんだ。」
「なによ? フィーの様子を見なさい。もう……始まるわよ。ええ、『話の長い精霊』として、ね。」
「……。それに、もうひとりの証人……AggWitが大きく絡んでいるのだな?」
「そうよ。ほら……。わたしに拒否権なんて言い出しておきながら、実際はそうよね? もうAggWitがあなたの言うことを聞かなくなってきて、困り果てている。違う?」
「そ、それはだな……。まあ、そうだ。」
……あっさりと、まあ……もう。
「あら、まあいいわ。その代わり、ここで実際に刻印を浮かび上がらせて説明するから、難解でもちゃんと頭に入れるのよ。……まあ、あんな長い演説こなすくらいだから、大丈夫よね?」
「やはりそれか。それくらい楽勝だ。」
楽勝って……。本気のフィーを前にしてその言葉を口にできるなんて、あなたが最初で最後でしょうね。……。
さて、フィーはいつだって平然とした顔で数と空間を操り、構造を紡ぎ出すのよ。それでいて、気付けば周囲を巻き込んでいく。わたしは横目でその資料を覗きながら、淡々と耳を傾けたの。
……やがて、わたしたちの目の前に、ちょっとした古典演算装置が置かれたわ。フィーは慣れた手つきで、SHA-256刻印を浮かび上がらせる手順を次々と投入していく。
「この刻印は、ある程度知っているのなら短い経路で浮かばせることもできるのです。でも、今回は何も知らない状態から……あえて進めるのです。その場合は数分かかります。そして、この数分が……運命を定める。女神でも知らない、どこから来たのかもわからない因果律なのです。それでも、数が構造を巻き込みながら積み上がり、空間となっていく様子が暗号論的ハッシュ関数から生じるなんて……。」
そんなふうに呟きながら、計算過程が映し出されていく。……数って、そういう性質なのよ。そこは割り切るしかないわ。そしてSegWitは……ようやく悟ったみたいね。大精霊フィーが一体何者なのかを。こんな相手を最初にディールに誘うなんてね、本来あってはならないことよ。まったく、もう。