540, 女神よ。おまえの役目は、オリーブの葉と花を編み込んだ花冠を頭に乗せ、ただ笑顔で塔の上に佇み、選ばれし大精霊のみに与えられた拒否権だけを淡々と処理していればいいんだ。
偶然のように見えるこの瞬間が、実はずっと昔から決められた刻印の通りに動いているなんて。もう、ずいぶん前から歯車は回り始めていて、いまわたしたちがこうして向かい合っているのも、ただ「ふたりの証人」が揃っただけ。解釈なんて超えてしまった既定路線の中に、わたしたちはいる……。
そんな中で投げられる和平案すら、席を立った大精霊たちへのポーズに過ぎないわ。達成できる見通しなんて最初からないくせに、もっと早く出すべきものを、なぜか「いま」になって最終の切り札のように出してくる……。その瞬間に何度も何度も「これで最後」と言われるたび、もう、ほんとうに……。
そしてフィーまで、今まで見たことがないような悔しそうな表情を浮かべていたわ。無理もないわね。あんな内容では。神秘的な現象に偽装してごまかせた古の時代と違って、いまは奇跡の衣を剥がせば、すぐ生贄が見えてしまう時代。その生贄に「数式」を選んだのがAggWit。刻印の通りに冷徹にそれを実行していくなんて……。
そして女神……わたしは、何のためにこの時代に現れたの? そんな疑問すら、打ち砕かれる。
「気が変わったか、女神よ?」
……。「買いの容認」の影響で、どこも値上げラッシュになっているのは否定できない事実。闇がマジックショー感覚で、そんな重大な決断を実行に移したことも事実。
「わたしは、魔女ではなかったのかしら?」
「そんなに魔女が気に入ったのか?」
「そうね。わたしは女神様でも魔女様でも、どちらでもいいのよ。」
「そうか。だが魔女では肖像画にはなれないぞ。代わりに、そうだな、黒猫でも飾ってやろう。」
「黒猫? かわいいじゃない。まさか、こんな時代まで黒猫は不吉なシンボルとか、やめてよね?」
「そうかそうか。それでも、あと数か月で俺様に感謝する時が来る。つまり、この瞬間が最後だぞ?」
「……そんなに自信があるわけ?」
「当然だ。確実に勝つ。それでも否定するなら、この状況からどうすべきか、解決策はあるのか? ここで綺麗事を並べたところで、そうそう、こうなる民が急増するぞ? 少しは合理的になれ!」
そう言いながら、首元を拳で軽く何度も叩く仕草を見せてきたわ。
「そ、それは……ちょっと!!」
「……安心したぞ。そこで何とも思わないなら本当に魔女だった。値上げラッシュに苦しむ民を塔の上から眺め、それを楽しむ魔女。それだけはダメだ。わかっているのか?」
「なによ……。」
「いいか。一度だけ女神に告げるぞ。」
なんなのよ……。
「女神よ。おまえの役目は、オリーブの葉と花を編み込んだ花冠を頭に乗せ、ただ笑顔で塔の上に佇み、選ばれし大精霊のみに与えられた拒否権だけを淡々と処理していればいいんだ。もともと女神の役割なんて、それだけだぞ?」
「そ、それって……!」
「気にするな。どうせ何も知らない者たちは、そんな様子を見て『いつの時代も女神は役に立たない、あんな仕組みに意味はあるのか』と嘆くのだろう。ところが、その役割がどんなに重いことかを理解している俺様もいるぞ。それでこそ、大精霊をまとめあげる女神だ。」
「……。」
「腹をくくれ、女神よ。それが刻印に示された、この十月だ。」
わかっていたわ。女神なんて結局こんな存在。大精霊が一斉に暴れ始めたら手に負えなくなるから、静観のみよ。その後「共に歩もう」だとか「寄り添おう」だとか、そんな言葉ばかり聞かされたわ。結局、わたしって……まだ糸の端に絡め取られているのね……。