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53, 「カネ」がかかる……か。相場を張っている者にとっては日常ですから、気にしないで!

 突然……、とても苦しい状況に様変わりしました。おっと、勝ちから一転して、相場で負け始めたのではありません。何を、どう選択すればよいのか。その「究極な選択」が、音沙汰もなく俺に襲いかかってきます。


 闘病中のあの子から、直接、残酷な現実を突きつけられました。


「今回で最後……になります。……。こんなことに巻き込んでしまい、本当に……ごめんなさい。」

「えっ? どうしたの? 急に、なに?」

「……。ごめんなさい。」

「なんで謝るのさ?」

「わたしは……。自らの『意志』で、死を……受け入れるのです。治る見込みが……ありませんから。……。悔いはありません。」

「……はい?」

「……。ごめんなさい。」


 えっ? 急になに? そんなのは認められていないはずだが……?


「急にどうしたの? なにかあったの?」

「はい……。もう治療の継続については……。わたし……。」

「そこまで酷いの? それはないでしょう? こうして、俺と話せるのだからさ?」

「はい……。調子がいい日は、こうして会話することができます。しかし、不調な日は……。そして、不調な日が続くようになって、最後は……、です。それならば……。まだ、今なら……。」


 あの約束の日です。俺は、入院中の「あの子」のもとに向かいます。ただ姉さんの様子から「嫌な予感」というか、なんだか、すごくすごく気になってさ、押し潰すような重い空気が俺の周りに漂ってきて、とても息苦しく、俺らしくもない状態からのはじまりでした。それでも、そのうち、なんとかなると考えていました。


 それが……、まさかのこれです。俺がこの場で嘆いたところで、何も変わらない……のか?


 いや、まて。ああ、なるほどね。これ、冗談ね? わかったぞ!


「そういう冗談はきついよ。俺……、勝つより負ける方が多くてさ、たしか……『先物』だっけ? あれだけは俺も無理で、あんなものに全力で突っ込むなんてのは『死を受け入れる覚悟』が必要だからね。やめとけやめとけ。『先物』だけには手を出すなって。」


 ……。……。何を言っているんだ、俺。


「『先物』……ですか?」

「そうだよ。笑ってしまうほど逆に動くから、それはもう……。」

「逆に動くのですか。そうですか……。」

「俺みたいな者を儲けさせる気なんか、はじめからないからね。当然だよ。」

「そうですか……。それは『運命』って、ものですよね。わたしは……、命を授かった瞬間から、この病との闘いが決定付けられていました。そして、わたしは負けました。ただ……命を授かる前から、このような『運命』を除去できる手法が……あったみたいです。でも、わたしはこれで良かったと、しみじみと感じています。なぜならこうして……。」


 ……。もうやめておきます。ごめんなさいと、心の中で何度もつぶやきます。


「……。本当なんだね?」

「はい……。でも、わたしは……。幸せでした。それだけは、伝えたいのです。」

「……。」

「これはわたしの『意志』です。その確認のための書類にも、これから……サインします。」


 サイン? ああ……意思確認か。そんな……書類があるのかよ。


「そんな書類に、自分でサインするのか?」


 思わず、前のめりになってしまいました。


「……。はい。それがわたしに課せられた『義務』です。なぜなら、わたしが受け入れないと……、他の方々が、この死を受け入れる必要が出てしまいます。それだけは……それだけは、絶対に避ける必要があります。」


 ……。


「それさ、どこかのネジがぶっ飛んだ輩の邪論だ。」

「いいえ、飛んでいません。これはわたしの『意志』です。」

「生きたいよね? そうだよね?」

「……。ごめんさない。わたしは、すでに死を受け入れています。お願いです……お願いです……お願いです……。邪魔はしないで……。」


 ……。俺、泣き出しそうだ。でも、そんな弱い所をみせたら、きっと、死を受け入れてしまう。何か、奮い立たせることを……。


「……。俺は『完治』を信じています。」


 そのつもりで、ここに来ました。


「それは無理、です。そして、これ以上は無謀です。」

「それでも……。姉さんは納得しているの?」


 姉さんはうつむいたまま、です。……。


「わたしの姉様は……、すべてを捨ててわたしの治療費に当てるから、それだけは……と泣き付かれました。でも……、姉様の生活はどうなるのでしょうか? これ以上、迷惑はかけられません。」


 ……。あれ……。もしかして、これって……。やはりそうだったのか!


「ちょっと……。それってさ、つまり『費用の問題』だよね?」

「はい……。」


 なんだよ。打つ手がなく、治療自体の継続拒否ではなくて……、費用の問題だったのか。費用?


 ああ……、神様。このクズな俺が、このタイミングでまさかの二百回以上の連勝。それにより急激に回復した「余力」があるではないか! この子に対する件は許せませんが、これが……目の前に垂れてきた選択肢みたいなものか? 俺はついているのか? それとも、遊ばれているのか?


 こういう連勝と、このような事象が重なるなんて。つまり、試されているのかな?


 まったく、意地悪だね、神様ってのは。俺がすべき事なんて、決まっていますよ。


 おや……? なんだろう。何かが……俺の心の中で「ゼロからなるコア」に収束していきます。


「それ、俺で何とかする。だから、頑張ろうよ!」

「えっ……?」

「俺だって……一応、相場を張っているのだから、そんなに驚かないでよ。」


 あっ、この子以上に……、姉さんが驚いています。


 もちろん、費用の面だけではなく、治療自体が苦しいのは明白です。だから……、これから出す俺の提案は「エゴ」だという自覚は、あります。


「そのご厚意だけでも、とても……うれしいです。生きてきて、本当に良かったです……。」

「おいおい……。俺は、何とかすると言ったら、本気だぞ?」

「……。ごめんなさい。これ以上のご迷惑は……。」

「でも、たったいま『うれしい』と感じたよね?」

「……。はい。」

「やっぱり、生きたいんだよ。」

「……。」


 強張っていた表情が、急に柔らかくなりました。


「……。いいのですか? 本当に……。でも、お返しできるものが……。」

「お返し? これは『貸す』ということではないからね。」

「……。さすがにそれでは……。せめても、わたしが集めた『知識』を『独自にまとめた』もの、などなら……。ダメ、でしょうか?」

「せめてもというのなら……そうだね。わかった! それにしよう。」


 「知識」か……。ああ、この周辺に積まれている、それらから収集されたものみたいですね。その「知識」を俺が授かるという流れのようです。……「独自にまとめた」は気になりますね。


「あ……、ありがとうございます。」

「ほんと、そこまで気にしないでね。相場を張っているとね、よくさ……、『カネがかかる……』というお決まりのフレーズが出てくるのさ。」

「『カネがかかる……』ですか?」

「よくある話でさ、そこで、儲けた『カネ』を全部飛ばすこともよくあるから。」

「そ、そんな飛ばし方が、あるのですか……?」

「そういうこと。だから、まったく気にしないで、治療に専念してね。」

「そ、そうですか……。だったら、頑張るしかない、ですね。」


 明らかに声が明るくなっています。俺……安心し過ぎて、なぜかテンションが上がってしまい、「これからが勝負」「そして完治」「夜明け前が一番暗い」などを連発してしまいました。


 その後、姉さんを説得しました。これは俺の「意志」だとはっきり伝え、決まりました。


 そして、いよいよ帰る時刻が迫ってきました。


「わたしは……まだ生きられるのですね。でも、これだけは約束したいです。」

「約束?」

「完治できなくても、その場合は……生まれ変わった先で、必ず御恩を『お返し』いたします。」

「完治できない……それについては考えない。ここで、約束だよ。今が大切、だからね?」

「でも……。」

「生まれ変わったらって……。俺は、何に生まれ変わるのだろうか。やっぱり虫かもな。なんとなくわかる。」


 こんな生活をしている俺です。まったく期待できませんから。


「いいえ。あなたは立派です。尊い者に生まれ変わると、わたしは信じています。だから、わたしも頑張ります。」

「そ、そうなの?」


 クズな俺が……? さすがにあり得ないよ、と伝えたいが、「わたしも頑張ります」というフレーズに惹かれ、突っ込まないことにします。


「尊い者ね……。仮に、そんな者に生まれ変わったとしても、そこでも相場で勝負してそう……。」

「そうですか……。」

「それとも、さっき話していた……えっと、『生まれる前に、負となる原因をすべて排除する手法』だっけ? そういう『チート』みたいな力を持つのかな?」

「『チート』、ですか? いいえ、それは違います。すでに対応可能なテクノロジーです。」

「そんなことができるのか?」

「はい。すでにわたしの『知識』にも、そのような情報があります。」

「それって……。まじで、今の技術で可能ってことか?」

「はい。それについては、よく倫理的な問題として取り上げられています。しかし、問題となるのは、それだけではないのです。例えば、わたしやあなたの存在が『独立』しているのか、です。仮に『独立』しているのであれば、それらを操作したところで、その影響は、それら個体だけで済みます。しかし、わたしたち……森羅万象の存在自体が『何かのルール』に縛られ、他に作用する『何か』を持っていたら、大変なことになります。例えば関手と呼ばれるものですね。そう考えると、わたしみたいな状況であっても……何もせずに『運命』としてしっかり受け止めて、頑張ることにより、次につながる、のですね。」

「……。難しいね。」

「確実に考えられることは、操作すると『ハッシュ』が変わります。それは……間違いないです。」

「なになに? 『ハッシュ』って?」


 ハッシュ? なんか食い物であったな。肉を細かくしてから煮込むもの、だったはず。違うか。


「簡単に例えると、操作した『証』が残る、ですね。そして、何かの作用がある場合、それを察知する仕組みにより、わたしたちに大いなる罰を与えてくるでしょう。ただ、例外はあります。」

「例外?」

「はい。それは……、操作した後も『同じハッシュ』になるように調整するという『神の領域』です。それさえできれば……神すらあざむけるでしょう。」


 なんだか……。手を出してはいけないような調整ですね……それ。


「……。それなら、その調整を行えば……?」

「いいえ。『神の領域』ですから、わたしたちが操れるコンピュータでは、手も足も出ません。」

「そうなの? でも……そういうのって、最速なコンピュータを利用するよね?」

「はい。しかし、最速と謳われるものを何台、何十台、何百台……並列につなげたとしても、手も足も出ません。」

「……。まじで? 詰んでいるではないか。」

「はい。だから『神の領域』になります。ただ、それを気にしなければ操作はできてしまいます。それゆえに、何も気にせずに操作する時代が到来するのでしょう。そして、数千年後あたりに、大変な事態を引き起こすのでしょうか。そのあたりは……。」

「神のみぞ知る、だね?」

「はい。」


 内容の方は、俺にとっては厳しいのですが、楽しそうに話しているので、とてもうれしいです。


「楽しそうだね?」

「はい。わたし……生きている実感がします。ありがとうございます。」


 明らかに興味深そうに話していたからね。気力が大事ですから、そうなりますね。


 元気な姿がみられて、うれしいです。


 さて、ここからは俺も「本気」です。まずは「手堅いトレード」に移行します。ここで「カネ」を失ったら、大変なことになりますから! そんな想いを抱きながら、希望があふれるトレードに立ち向かいます。

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