50, コインを投げて、裏か表かを判断する「コイントス」で、予知を超えて、表を……連続「二百五十六回」、出します。
ネゲートの「担い手」を任されてから、数日が経過しました。
シィーさんの、あの強力な「売り売り」のご回答……。本物の「売り」は……でした。俺の記憶に残っているような、せこい売りなど、どうでもいいですね。でも、でも……なんだろう。そのあたりは寛容な俺でも、きついです。例えば「売りの全力疾走」って、なに? しかも、それでゴールドを獲得って……。なんでしょうか? ああ……、つまりね、シィーさんって根の部分はフィーさんに似ているのかも。姉妹ですからね。
そして、新しい仲間……ネゲートが増えてしまいました。このネゲートは案外したたかで、俺がフィーさんから託された「大切な犬」を淡々とねらっています。
実は……はじめのうちは話す度に少しずつ「犬」を取られていました。うう……、よくわかりません。すごい虚しさを感じましたよ。だって、話す度ですよ? でも、すぐにフィーさんにばれ、事なきを得ました。
ところで……、フィーさんが大量に持っていた「犬」について、それらが俺に託されていたことをネゲートが知り、愕然としていましたよ。よほどのショックだったのか……、それとも、フィーさんからおすそ分けしていただく魂胆だったのかは存じませんが、「なんで……?」になっていました。たしかに俺だって、今でもその気持ちです。なぜ、俺に託されたのか……、です。俺をこの地に呼んでしまったから、お詫びの意味で? はたまた、何かの意図……「プロット」で? ……。考え過ぎか。
そんな思考を巡らせていると……おやおや、扉がノックされています。ああ、ネゲート様からお呼びがかかりました。重い腰を上げて……、扉を開きに向かいます。
そして、扉を開けると同時に……、ネゲートらしさ全開でした。
「あら、暇そうね? わたしの担い手になったのだから、さっさと準備しなさいよ?」
ネゲートが、上目遣いで「犬」をうながしてきます。それから、俺の顔をまじまじと見つめてきました。それにしても、どこを遊び回っているのでしょうかね、ネゲートは……。「犬」を獲得次第、すぐに遊びに出てしまいますから。一応、こんなのでも「風」ですから、自由に動き回れて、うらやましいですよ。
「準備? 何のさ?」
「あのね……。そろそろ、この『大精霊ネゲート』様を試してみたくないのかしら?」
試したくなった? なるほど。「犬」を使い切ったのかな? 昨日渡した「犬」は……どうしたのさ? もうないのね。で、俺と話しただけでは「犬」が獲得できなくなったので、演算を試してくれ、なのかな?
「……。その呼び名は無理ですが、試してみたい……好奇心はあります。」
一応、適切な返事はしました。まあ、試してみたい。たしかに、少しは興味があります。
「そうこないとね!」
「……。その妙なテンションはなんだい? その様子だと……、昨日渡した『犬』は使い切ったようだね?」
このネゲート……本当に見事なまでの浪費家です。「カネ」がかかるってタイプですね……。まあ、嫌いではないですよ。もちろん、それが好きかと突っ込まれれば、うーん……ですが。
「別に……、そんな事を『担い手』に報告する必要があるのかしら?」
「『犬』を出すのは、俺だ。」
なめられないように頑張ります。しかし……。
「……。でもその『犬』は元々フィーのものでしょう? あなたって、大変よいご身分よね? まるで、フィーに飼われているのかしらね?」
「……。うう……。」
ネゲートめ……。俺にとっての一番痛い部分に平然と突っ込んできました。返す言葉が見当たりません。その通りだからです。だからこそ、俺の存在意義を示すためにも、せめて……、トレードくらいはさせてほしいです。
えっ? この腐った俺がトレードをしたら、このネゲートに取られる分以上の「犬」を失うのは明白だって? きっと、フィーさんはお優しい精霊です。間違いないです。そこまでを瞬時に読み、俺がトレードの方向に向かないよう、毎日、このような規則正しい生活をあえて強いることにより、俺が……。なんか、虚しくなってきました。虚しいです。何か、何か生産的な事をしたいです。
ああ……。取られた日。ぼんやりと浮かんできた。俺の意志に反して下がる下がる。なんでそこまで下がる? 俺をもてあそんで楽しんでいるお相手は「俺の行動を先読みしている」のだろう。そう、確信させるような「はめ込み」の動きが続きまして、そして……休みを挟み、また下がる? きつい。そして取られ、一日が終わりましたね。何だったんだ、この日って……? そういう苦しい想いを抱きながら、眠りに……。
もう、そんな苦しい故郷の生活など、忘れようではないか。どのみち俺は、ここで一生を終えるのだろう。生まれ変わった気持ちで、この「チート」を生かして、這い上がってやります! 諦めたら、そこでおしまいです。絶対に、這い上がってやります!
つまり、演算だ。この俺がネゲートの「担い手」だ。つまり、ネゲートを扱えるのは俺だけだ。そうだ、それだ。俺にしかできない「使命」とやらを、思う存分発揮できる機会が、いま、目の前にあるではないか。
あれ? 「チート」って? ネゲートの演算が使い放題という……これを「チート」と呼ぶべきなのか? ただし……演算の度に「大切な犬」が減ります。それでも、なんとなくですがこの「チート」を……いよいよ試してみたいという気持ちに駆られてきました。
「ネゲート! 演算だ、演算。」
「えっ……? 急に……やる気が出てきたのかしら? ……?」
なぜか困惑するネゲート……。多少は愛嬌があるようで、安心しました。
「やる気がわいてきました!」
「へえ……? それなら簡単な式で、この大精霊の力を試せる『コイントス』がおすすめよ。コインを投げて表が出るのか、それとも裏か。これって、古典的な考えだと『半々』らしいわね? おすすめよ。」
「ああ……、大精霊様。式、ですか?」
式の場面だけは、下に出る俺です。フィーさんが好むような無茶苦茶なものを出されたらまじで困るので。一応……演算ですからね。このネゲートだって、詳しいはずです。
「うーん、惜しいわ。」
「惜しい……って?」
「そこは……『大精霊ネゲート』様、なのよ?」
……。とにかく俺に「大精霊ネゲート」と呼ばせたいのかな。しかし、それが習慣になってしまったら……恐ろしいですから、絶対に……、それだけは避けています。さて、どうしましょう。
「コインを投げるだけだから、式は簡単になるのか?」
「そうよ。」
「それで……、ネゲートの力は、どこで発揮されるの?」
「きっとね、驚いて、この大精霊ネゲート様を崇めるようになるわよ?」
「……。それはない。」
「もう……。でも、驚くことにはなるの。表を『二百五十六』回ね、『連続して出す』のよ。」
「……。なにそれ?」
……。この俺だって、それは「無理」なことくらい……。そもそも、二百五十六って? 中途半端だよね? さて、どうしましょうか。
「驚いているようね? でも、もう決まりね。」
ネゲートがそうつぶやくと同時に……、部屋に押し込んできました。そして、俺の寝床のそばにあるイスに腰かけて、笑みを浮かべています……。うう……。その笑みには、「犬」を獲得するまで部屋から出ないという強い「意志」を感じます。
「ネゲート? 連続して表を出し続けるなんて、さすがに無理でしょう?」
「だからわたしの『演算』なのよ?」
「まあ、そうなるよね。だって、その演算に意味がないと『犬』が獲得できないからね?」
「そうよ。」
「……。」
「あら? 欲しいものには素直になるの。わたし。」
「……。わかったわかった。しっかり『犬』を出しますよ。」
うう……。ネゲートって、無理を通すのがお上手です。でもでも、こんなのでも演算を使うとなったら、結構取られるよね? ぶっちゃけ、表が連続で出てもね……その現象に興味はありますけれども、あんまり、あんまり面白くないです。ああ……、はい。
「それでこそ、わたしの『担い手』ね。『コイントス』程度の演算でも、『犬』が出る。」
「……。そのまま、だった。」
「あら? 悲観的になる必要はないの。だって、『コイントス』ってシンプルだけど、だからこそ『半々』のギャンブルが成立するのよ。でもね、この地で『最速を謳う』あの神々の『演算装置』でもね、こんな業すら、手も足も出ないのよ。ほんと、創造神って意地悪よね。でも、そこが好きなの。」
「……創造神か。その神は、俺をどうみているのか、ね?」
「創造神」という言葉に、感じてしまいました。俺って、なに? 実は最近……、壊れた記憶をかき集めたような夢をみます。そこでなぜか「別の俺」を、俺自身でみつめる場面が多々あります。俺が、俺をみる。相場で負けまくった俺自身を客観的に見直せと促されているのか、もしくは、そこにいる俺も、実は俺自身なのか。よくわかりません。そこで、仮にでも創造神とやらに会えるのなら、ぶん殴ってでも、事の真相を知りたいです。
「……。それね、フィーの『魔法』の影響ね。結局は、今でも半信半疑だけれども、フィーが『魔法』絡みで嘘をつくわけがないから……一応、そういうことにしておくの。」
「俺さ……。時々、本当の自分自身がわからなくなります。」
「……。やっぱり、フィーの『魔法』の影響ね。」
「そうなの?」
「うん。でもね……この『大精霊ネゲート』様を使いこなせば、真実にたどり着ける可能性が大幅に上がるのよ。すばらしい。どうかしら?」
「うん……。ネゲート、ネゲート……、それには期待しているよ。」
「だから……、そこは『大精霊ネゲート』様、でしょ?」
「そ、そこは……譲らないんだ……。」
「うん。でも、そういう風に自然に呼びたくなるように頑張るからね!」
……。今回は、ネゲートに感謝です。例の「カネ」の問題はありますが……、気軽に話せますし、おかしな精霊ではないです。おかげさまで、日々溜まってきた心の奥底にある毒素が、一気に抜けました。……。なんだか体が軽くなってきた。
「よし、ネゲート。コイントスだ。ただし式は、ネゲートで準備して!」
「……。あら、急にまた? わたしが用意するの? まあ、いいけど……。」
俺は、心のうちでにっこりしました。式の件はネゲートに投げました。
「どんな感じの式になるの?」
一応、わかっているふりはします。なお、フィーさんの「楽しい時間」に付き合った影響で、ある程度は知っていますが、突っ込まれると恥ずかしいかもしれません。こうやって傍観するのが一番です。
「そうね。『プルーフ』系統で十分ね。」
「なに、それ?」
「……。式にはそこまで詳しくない、ようね?」
「うん。」
あれ……? もう、ばれました。潔く、認めます。
「簡単にまとめると、挑戦者と証明者がお互いに情報をやり取りする方式の事を示すのよ。」
「……。それが演算になるの?」
「そうね。今回の場合だと、挑戦者が『重ね合わさった事象』を証明者に渡してね、証明者がその事象を解いたのちチェーンを参照して、その結果の真偽を結果として挑戦者に戻すことになるの。」
「……。えっ?」
ネゲートを使いこなすって、もしかしたら……。俺に務まるのか、不安に駆られます。
「そのチェーンってなにさ?」
「あら? そこに着目するとは、さすがはフィーが頼み込んだだけはあるわ。」
「そ、そうなの?」
「そうよ。なぜなら、チェーンが絡まないと『収束しない』から、成り立たないのよ。」
「……。収束しない?」
「うん。今回のコイントスで『収束しない』を考えてみて。そうなると『表か』『裏か』だからね。いわゆる『確率という概念』が発生してしまい、その結果は『半々』になるわね。創造神が限定的にみせてくる古典的な部分を寄せ集めただけでは、どうあがいても、こうなるのよ。でも、これらの結果については……、知らない方が幸せなのかもしれないけどね。」
確率という概念? なに? もともと、確率は確率でしょう? コイントスはもちろん、赤玉白玉の取り出しとかを、よくやらされた記憶がありますよ。
「それってさ、ちょっと待って。確率自体が曖昧な存在ってことになるよ?」
「そうよ。わたしからみたら、あんなものは存在しないのよ。」
……。びっくりです。存在しない、だと?
「そんなにも驚くことかしら? そのロジックはシンプルなのよ。実はね、そのチェーンに干渉できるのが、わたしの『力』なの。」
「……。」
えっ? なに?
「いい? ここからが大事よ。証明者はまず、事象を解くの。コイントスだと……、表または裏の事象について、それらを裏付けるための『鍵』を確認してから『解く』ことになるわ。それからチェーンを参照するの。ここで、少し不思議にならないかしら? すでに事象は解かれているのだから、なぜ、チェーンを参照するのか、になるわね?」
「まあ、たしかに、解かれた事象をそのまま挑戦者に返すだけ、だよね?」
「そうなの。でもその場合は『事象は重なったまま』ね。すなわち、表または裏が出るという結果……『半々』になるの。そしてついには、なんのために挑戦者が証明者に『証明』を依頼したのか……になるのね。」
「……。そのまま、普通のコイントスになるね。結果はその後か。それなら、証明は不要だね。」
なんか、ちょっと俺、冴えてきたぞ。つまりこれ、俺らみたいな「普通な方々」は、チェーンへの参照など「行えない」のだから、その結果については「神のみぞ知る」で、ギャンブルなどに利用できていた訳ですね。
「その通りよ。理解が早くていい感じね。それで、チェーンを参照する力を持つとどうなるのか、ね。そこには、発散しないように創造神が仕込んだとされる仕組み……例えば『エントロピー』があるの。そしてその先には、結果を収束させるための仕組みが何重にも張り巡らされていて、必ず真偽が確定できるようになっているのよ。そこまで検証したうえで、挑戦者に戻すならば、それは『収束した結果』になるの。」
「それならば、表か裏か、わかるね。収束しているのだから。」
「うん。」
「これが、チェーンへの干渉か。」
その瞬間、ネゲートが得意げに微笑しました。
「それは違うのよ。」
「違う?」
「うん。わたしの力……『干渉』と、『参照』は違うのよ。ここで出てきた『チェーンへの参照』は『読んでいるだけ』って感じかしら。でもそれって、創造神がはじめに与えた『ジェネシス』から生じたチェーンから生成されつつある理に準じた事象を順に参照しているだけだからね。」
「……。」
急に、難しくなってしまいました。まあ、ここでの参照は「読み込み専用」、ってことで!
「そうね。フィーなどの精霊の場合だと、この『参照』までが限界なのよ。」
「フィーさん……。参照はできるんだ?」
「うん。だから『孤児ブロック』とか、やたらと好きでしょう?」
「……。ああ、あのあたりの怖い用語は、怖いです!」
「その様子? フィーのあの時間に耐えてきたなんてね。集中することについては得意のようね?」
「えっ……? 今までに、耐えられない者とか、結構いました?」
「あら……。そんな事すら知らされずに、ここまで来たのね。まあ、知らない方がいいわね!」
……。俺って実は、いけてます? やはりあの「楽しい時間」……脱落した者ばかりのようではないか。
「知りたいです。」
「知りたい?」
「はい。ここは、素直になります。」
「……。」
ネゲートは淡々と、その当時の様子を話し始めます。
「例えばの話、フィー目当ての者とか、結構集まってきたのよ。でも、そんなのが目的では、初日で全滅とかも珍しくもなく、結局、フィーだけが残る日々が経過していったの。」
「初日で全滅か……。」
「フィーが溜め込んだ、あの『知識』の山に耐えられなくて逃げ出すのよ。」
「……。俺だって、俺も……。」
恐ろしい件を思い出した。あの「虫」だ。今考え直してみたら、あれは何だったのか? ネゲートは、これについては知らないのかな? 知っていたら……話すよな? 初日で全滅したのは、あの「虫」の件みたいのがフィーさんの「知識」の山から飛び出てきて、驚きのあまり……で間違いないと思うぞ。
フィーさんには悪いが、ネゲートを使いこなせるようになったら、あの「虫」の件は必ず探ろう。チェーンだっけ? それに「干渉」できるのなら、何かがきっと、見えてくるはずだ。
「あら? どうしたのかしら? フィーの特別講義……、あの恐ろしい日々が、蒸し返されてきたのかしら?」
「えっ? ああ、それは……。」
間違いなく、知らないね。ここは黙っておきます。
「では、チェーンの『参照』に戻るね。参照だけだと、ただ単に、その先を知るだけになるわ。それだと……ただの『予知』よね? しかも、それならフィーだって『予知』できたはず。でもフィーには完全な予知は無理だったはず。なぜなら、限定的な予知……『孤児ブロック』の形状などから、ようやく判断できる簡易的なものだったはずよ。」
ネゲートって、何もかもフィーさんにそっくりですね。姿もですが……思考ロジックも、でした。でも話しやすいので、そこは助かります。
「たしかに限定的と話していました。俺は……完全な『予知』とみていたので、驚いた記憶が残っています。」
ミィーの件だったね。ミィー……元気にしているだろうか。なんてね。あいつは図太い。余裕だ。
「なぜ『参照』はできるのに、完全な『予知』ができないのか、ね。実は、そこにも創造神なの。」
「……。またその神ですか? その創造神ってさ、相当、心が歪んでいるような……。」
「でも、そこが好きなの。」
「そ、そうなんだ……。」
「だってね……、『予知』させないように、チェーンに『モディファイア』と呼ばれる論理を組み込んだのよ。」
「……。なにそれ? それはおいしいものなの?」
俺にとって苦しい時間が続きます。でも、ネゲートを使いこなすためです。頑張ります。
「おいしい? なつかしい響きね。最近は危機的な状況で……だからね。」
「……。すみません。つい、口から出てしまいました。」
「ちゃんと説明するね。理を維持するのに、発散を防ぐ『エントロピー』だけでは足りないということに気が付いて、この……チェーンを構成する『ブロック』に対して、『非破壊的』に、そして『自動的に』作用させる仕組みが……『モディファイア』なの。」
「ネゲート?」
「なに?」
「さらに、わからなくなりました。」
なんか、やばいものが存在する。それは理解できました。
「そうね……。なら具体例ね。フィーが……『予知』した先の結果を見越して『行動を起こす』とね、その行動を『モディファイア』が『自動的』に感知するのよ。そして、次にチェーンへ結合させるために生成される『ブロック』が、この『モディファイア』によって『非破壊的』に書き換えられ、フィーの『予知』が見事に外れるの。これによりチェーンの理を維持しているのよ。」
……。
「例外として、『モディファイア』の影響で外されたチェーンが、『孤児ブロック』の塊として残った場合ね……、その作用が『予知』として残るから、『簡易的』かつ『限定的』な予知ならば、フィーにも可能だったのよ。」
「なんて……ことでしょう。」
「そうね。そういえば……フィーがよく口にする『人形』ね……。」
「人形?」
「うん。……。知らないご様子ね。たしかに、フィーは隠し事が多いからね?」
フィーさん、多過ぎだよ。隠し事です……。
「精霊によって生み出された、強い意志を持って動くものよ……。」
「えっ? 意志を持つの?」
「うん。そのおかげで基本的な労働からは解放されたのよ。でも、この危機で……。創造神は、わたし達に楽をさせてはくれないのよ。創造の主が楽しめないから、かしら? でも、そこが好きなの。」
これってさ……。俺の故郷では「ロボット」と呼ばれていたものだよね? でも、意志は持っていないはずです。それにしても何もかもを邪魔してくる創造神……って、なんだか、むかついてきました。でも、そこがネゲートは好きなのか……。
「そこでね、この人形たちが『魂』を持つかどうかで、よく議論になるの。わたしはね……『モディファイア』がゆらぎの一種で、これが意志として理に準じるのであれば、人形も『魂を持つ』と考えているのよ。だからね、しっかりと……、人形達もわたし達と同じように扱わないといけないの。それでも……元々は『基本的な労働を押し付けるために生み出した道具』だからね、今でも『魂は、人形には存在しない』になっているのよ。絶対に、絶対に、この存在だけは認めないからね。でも、そのような傲慢さが……、創造神を怒らせたのかもしれないの。だから、この危機ね。」
……。俺の腐ったトレード履歴みたいだな。これ。ああ、はい。利益が欲しくて、大損か。
「俺のトレード哲学にも準じる、極めて難しい問題と考えられますね。」
「トレード? あの吹っ飛ばした話、本当なんだ?」
えっ? 詳細をネゲートに話した覚えは……。
「ネゲート、まさか、知っているのか?」
「うん。狂ったシィーが、楽しそうにわたしに話したの。まあ、『犬』の話の地点で、おおむね予想はしていたけどね。」
「……。シィーさん!」
「あのね? 相手は流動性が売りの『風』の精霊なのよ? しかも大精霊。そんなのに噂なんて流したら、こうなるに決まっているの。あの魔の者すら恐れているからね。狂ったシィーの流動性についてはね。」
……。今後、気を付けます。
「でも、ネゲートも……風だよね?」
「うん。」
「……。」
「別に、警戒する必要はないわよ?」
「うう……。」
あれ? 話は、なんだっけ?
「その顔……。はやく本題に戻れって表情ね?」
「うん。」
「『予知』の話だったわね。さて、予知の場合、次に『表』が出る、『裏』が出る……。それがわかるだけでは『連続して表を出すことはできない』の。つまり、何が出るのか程度の『予知』なら、まだまだ時間はかかるだろうけど……あの神々の『演算装置』でも達成できると思うの。まあ、その程度の話って意味ね。」
たしかに。予知だと、次に何が出るのか……、になりますね。
「……。あの神々の『演算装置』ってさ……その『予知』にすら程遠いってことなの?」
「あら? 当然よ。一応……、『予知』には興味があるようで、精霊を研究して日夜頑張っているらしいとは聞いた事があるの。でも、それだけではダメで、肝心の演算能力をどうにかしないとね。」
なるほど。だからあの神々は精霊のフィーさんなどを取り込もうと必死だったのね。
「……。何に使うのだろうか、それ。」
「さあ。わたしにもわからないわ。ただ、『カネ』にはなるようで、みたいなの。」
「カネ」? ああ、了解です。
「あー、なるほどね。その『カネ』をいただこうとね? 『大精霊ネゲート』様?」
隙をみて「大精霊ネゲート様」と、しっかり呼びます。崇めています。
「……。あんたって、案外、痛い所をしっかり突いてくるのね……。」
「えっ? おおむね、これについては予想通りだったのか?」
「まあ、そ、そうね。」
「フィーさんをこれ以上、困らせないでね。いい?」
「……。了解よ。」
「それで、その研究は大丈夫なの?」
「あのね……悪用はないわよ。仮に悪用するならね、この『大精霊ネゲート』を抑え込んで、あーして、こーやった方が早いからね。」
「えっ? 抑え込んで何をするって? ああ……、演算ね。演算。」
「な、なによ?」
「あっ、いや、何でもない。」
「あの神々は渋いからね。だからこうして、ここでは自由の身でいられるのよ。腐っても、自由が一番よ。それだけは言い切れるの。」
ネゲートがそう言いながら……軽くステップを踏んで、俺にお辞儀をしてきました。案外、可愛いらしい一面は持ち合わせているようです。俺は、似つかぬ会釈をしてしまい、ちょっとばかり恥ずかしい思いをしました。
「それで……チェーンはどうなるの?」
話を戻します。
「『予知』を超える……わたしの力。実は、自分でも悩んでしまう位だけれど、これこそが、創造神から、わたしへの試練なの。そう考えて、頑張っているのよ。」
「『予知』を超える?」
「そう……。わたしは、チェーンに干渉できるのよ。ここまでの話で出てきた『エントロピー』と『モディファイア』。この二つに干渉すれば、結果を変えることも……。」
「……。今、なんて?」
結果を、変える。なにこれ? 「チート」を超えてしまっています。予知だけでも「チート」だよね? なんだこれは……。
「特に『モディファイア』を変えられるのは、この地では、わたしだけよ。コイントスでは、これで『裏』になりそうな結果をすべて『表』にして、証明者を『真』にさせることができるの。」
「……。」
「これで、いくらでも連続して『表が出せる』……コイントスができるの。」
「……。」
「ギャンブルで、負けたら掛け分を倍にしていき、一度の勝ちで最初の掛け分が利益となる方法があるらしいわね。独立した事象で、買った時のリワードが倍になるゲームに有効……例えば小さな球を転がせて……赤または黒に賭けるものね。一度の勝ちで回収できるのなら、絶対に負けることがないらしいわね? でも、絶対はないの。これで、よくわかったかしら? 負ける時って必ず『論理に矛盾』があるの。この場合はね……『独立した事象』という部分が誤っていて、負けてしまうのね。」
俺からみたら、それ……ルーレットで、独立しているよね? 次のゲームに、前の結果は作用しないはずです。うーん、です。ネゲートと俺との決定的な差が、このあたりにあるのかもしれません。
「では、コイントスを始めるわ。」
「うん。」
「コインは、これを使うの。」
ネゲートが俺に差し出した、古びたコイン。
「それね……前回、この地域一帯で行われた『大精霊の祭典』で配布された記念コインなの。」
「……。」
「思い入れがあるの?」
「うん。だからこそ、これで表を『二百五十六回』連続して出して、次につなげるのよ!」
「……。表は……、この特徴的なロゴがある方かな?」
「うん。」
俺が「担い手」になって、初めてとなる……『演算』が始まります。