49, えっ? 俺が、ネゲートの担い手になるの……? でも、演算の度に「大切な犬」が減っていきます。
「……。あんたって基本的に孤独な環境が好みなのかしら? 真っ暗な部屋で、ただただ、呆然としている事が多いのかしら……?」
「……。はい?」
あれ……? 俺って、何をしていたのだろうか。しかも、さりげなく、俺の負の面を列挙されていた気がします。なんだか……ね?
「大丈夫かしら?」
そのまま立ち尽くしていましたが、ネゲートの促しにより正気に戻りました。なんだろうか、この感覚。逃げ出したくて、勝手に作り出した別の世界に意識を飛ばして安堵感を得ようとする「追い込まれていく、つらい状況」でした。
呼吸を整えて、なぜかシィーさんをみます。そういえば、シィーさんもおりました。そのシィーさんもこちらをみて、笑顔を返していただきました。何か答えないと。ちょっと考えて、とりあえずこのような感覚に陥る理由を問いただすことに決めました!
「ネゲートの演算ってさ……、別の『何か』に意識を乗っ取られるよね?」
「そんなの当然よ。このわたしの貴重な演算をね、そんな式なんかで作用させるから、なの。わかるかしら?」
「……。まあ、そう言われてしまうと反論はできないね。」
「でもね……。シンプルな式って、時々、わたしすら迷わせるの。今回もね、似た式が連続する暗い空間を泳ぐような感覚で……、そうね、久々。こういうのはね。あの『酷い日』以来かしら……。」
「ネゲート? そのさ……『酷い日』って、なにさ?」
ネゲートから発せられた、どうも心の奥底に引っ掛かってくる……「酷い日」というフレーズです。俺は、なぜか執着したい衝動にかられます。
残っている微かな記憶にすら、心当たりがあるということか? もう忘れたよ、といいたいです。実際に、嫌な事を忘れることができたようで、とても気が楽になったのは事実かもしれません。こうしてフィーさんに、この地に呼んでいただいたのですから、これくらいは享受したってね? 飛び抜けた特殊な能力などは要求しませんよ。こうした平穏な日々が一番です。ですよね?
そのときです。フィーさんが……。ネゲートの過去を少しずつ語り始めました。
「ネゲート……。あの日々はつらかったのでしょう。原色が目立つ複数の太いチューブにつながれ、強制的に眠らされたうえで、その力を何度も何度も……、だったのですから。」
……。えっ? なに?
「フィーさん? それって……。」
「はい、なのです。」
「ちょっと、フィー? そんな話は、いいの。今はこうして自由の身だからね。」
「……。でもさ、普通によろしくない話、だよね?」
「はい、なのです。ネゲートの真の能力を知った瞬間、目の色を変えていたのです。もはや『風』のことなどはどうでもよく、『まずはこれだ』になったのです。」
「……。さすがに気になるのだが、ネゲートは、こんな形で思い返すことになってしまい、問題ないの?」
「……。わたしの事を心配してくださるのかしら? ……。早いところ『演算』の結果を出せとか、こんなに沢山の『結果』から真実を探せでは意味がないとか……、そういうのではないの?」
明らかにネゲートの様子がおかしいので、この話は、ここでやめる必要があります。
「フィーさん。この話は、ここまでにしましょう。」
「はい、なのです。そうですね。うかつだったのです。」
「フィー? 別にわたしは平気よ。」
「いや、平気ではないよ。すぐにわかるから。俺、そういうのには敏感なんだ。」
「……。そうなの。でもね、そのためにフィーが存在するのよ。」
「えっ?」
この手の目的でフィーさんが存在するって? そして、ネゲートの方から続きを促してきます。まあ、それなら続きです。
「そこで、わたしなのですか……。はい、なのです。そのときの『演算』は……粒状の物質に莫大な力を注ぎ込んで、それらを漏らさずに封じ込めるというものでした。」
「なんだよそれ……。俺はてっきり、くじで一等を当てるまで、ネゲートを……。」
そう言いかけた瞬間、ネゲートにつま先を踏まれました。急に、情けない気持ちで一杯になります。
「あんたね……。ほんと、そんな用途しか思い浮かばないわけ? 逆に安心したわ。」
「はい、なのです。安心なのですよ。」
「フィーさん……。」
俺なんて、そんな程度です。フィーさんは、なぜか俺の事を買いかぶり過ぎなんです……。なんなら、そうだ! レバーを引いて絵柄を揃え、そして一発逆転もあったな。……。ああ、はい。
「力を封じ込めた粒状の物質と比べたら、かわいいものなのです。」
「……。それって、どうなるの?」
「はい、なのです。特定の波長を持つ一筋の光が一定時間当たると、封じ込められた莫大な力が『瞬時に』解き放たれるようになっているのです。」
「……。毎度毎度、フィーさんの淡々とした語り口より出される、それらの原理はよくわからないが、とにかく、やばそうだね?」
何もかもが「焼き尽くされる」イメージは持ちました。それにしても……「燃え尽きぬ」とか「焼き尽くされる」とか……「売り売り」のシィーさんが耳にしたら、どういった反応を示すのだろうか。……。やめておきます。
「はい、なのです。そのような理想的な状況にはならないように、このような『安泰』な『乱雑した環境』があるのです。それを、理想的な状況にも導いてしまうのが、ネゲートの力なのです。」
「……。理想的な状況が『やばい』の?」
「はい、なのです。そうですね……。相場の世界に例えると簡単かもしれないのです。この場合、理想的な状況が『みな同じ考えを持っている』で、安泰な乱雑した環境は『違った色々な考えを持っている』となるのです。ところで、なのです。相場で危ないのは、どちらなのですか?」
ああ……。相場でさ、みな同じ考えを持っているって、やばいやつですよ。それを放っておくと、崩壊して再起不能にあるからね。狂った新興が終焉するパターンではないか! だから、ダメな新興はとにかくそれで上げて終焉、一方で見込みがある新興は途中で思い切り暴落の「ふるい落とし」が行われ、「色々な考え」を集まってきた投機家に持たせてから、投資家が残るようにするはずです。
「フィーさん、納得しました。」
「……。納得なのですか、嬉しいのです。」
「わかりやすい例えは、大事だね?」
「はい、なのです。その乱雑さについてなのですが、わたしが持つとても古い書物には、なぜか……。」
おっと。フィーさんの書物の話はすぐに断ち切らないと! 放っておくと、間違いなく厳しい状況に追い込まれます。おや? 俺だけではなくネゲートも……、フィーさんから目をそらしました。
「フィーさん?」
「はい、なのです?」
「ほら。ネゲートが震えているよ。『古い書物』という言葉に反応したようだ。ははは。」
「……。フィーってね、いきなり書物の話が出てくるから、嫌なのよ。」
「……。だめなのですか?」
「だめ。」
「だめよ。」
ほぼ同じタイミングで「だめ」と拒否してしまいました。
「そうなのですか……。」
ただしフィーさんですから。そう簡単には諦めません。ネゲートには悪いが、そのやばい件……、最後はどうなったのかを聞いちゃいましょう。そうすれば、話が書物からそれていきます。
「フィーさん。そのネゲートの件、最後はどうなったのさ?」
ネゲートが俺から少し距離を置きました。……。悪いね。
「はい、なのです。そうですね……。結論から述べると……、大した成果は得られずに悔しがっていたのです。でも、当然なのです。なぜなら、ネゲートにそのような力を持つのと同時に、万一に備え、その力を打ち消すための存在がいたからなのです。そして、彼らは『打ち消す方』を捕えなかったゆえに、失敗したのです。」
「なるほど。詰めが甘くて失敗か。それにしても、打ち消す存在もいるのか?」
「……。はい、なのです。ネゲートの『演算』を、……、『ゆらぎ』に対して作用を持つ記憶を封じていくことにより阻害して、悪用されるのを防いだのです。」
「それはまた……、変わった力の持ち主だね。作用を持つ記憶? そんなものが存在するのか? そんな記憶に触れるとは……これまた常に『ぶ厚いもの』を抱えていそうだな……。フィーさんすら引いてしまうような……『とても変わった精霊』かな?」
うう……。またネゲートにつま先を踏まれました……。
「あんたねえ……。ほんと、鈍感よね?」
「えっ? なに?」
「いい? 一度しか言わないからね? 『わたし』と『フィー』をよーくみてみなさい。」
「えっ?」
言われた通りに、俺はネゲートとフィーさんをみます。うん、そっくりですよ。もちろん、着ているものや雰囲気は全然異なりますから、見分けるのは簡単ですが……。……。まさか!
「あ、あの……。その『打ち消す方』ってさ……。ネゲートにとてもよく似た精霊とか?」
「やっと気が付いたのかしら? もう……。」
「……。はい、なのです。それは『わたし』なのですよ。」
それは……何かの「組み合わせ」なのか? それとも偶然が積み重なって……。それはないな。ただただ、俺は驚きました。
「そうなんだ……。」
「はい、なのです。わたしは、とても変わった精霊で、さらに、とてもとても変わった精霊になるのです。そのための『楽しい時間』があるのです。」
「……。フィーさん……。」
「あーあ。フィーに絡まれると大変よ。わたしは、懲りているからね。常に警戒しているの。」
……。俺だってそれくらいはわかっています! 理解しています! あー、そうだった。演算結果! ネゲートの演算結果!
「フィーさん?」
「このとても変わった精霊に、なにか用なのですか?」
「……。もうその件は……、ここまでにしようよ。」
「そうなのですか。……、わかったのです。」
今夜あたり、楽しい時間が追加だね。そして、その回避は不可。すぐに諦めました。
「演算結果はどうなったのさ? そうだよ、あの計算式の演算結果!」
「あー、そういえば、そんな話だったわね? えっと、なかなかぶっ飛んだ結果だったわ。」
「ネゲート。わたしの『スマートコントラクト』が、この方を受け入れたのですよ? そして、その因果が『一+一』の結果になるのです。」
フィーさんらしいですね。毎度ながら、よくわかりません。成長しない、俺ですから。
「うん……。フィー、実はね……。演算の結果が『複数』になりそうなの……。」
「複数?」
いや、さすがに「二」でしょう? なんで「複数」なんかに? 俺ですら……。ああ、はい。
「結果が収束しない、稀な場合が起きたのですね。では、ネゲート。それらの結果は、なのです?」
フィーさんにとっての稀な場合が起きたようです。でも、「二」ですよね?
「うん……。『二』か『千』になるわ。あと『三』。……。ダメね。『三』は違うかしら……。」
「えっ? ネゲート……、何で?」
「何でって言われても……。こんな気持ちに悩まされるのは初めてなの。」
「それは、興味深いのです。でも、それ以上に、……。……。……。」
「フィーさん?」
フィーさんが言葉を詰まらせました。珍しいというか……、どうしたんだろう。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「……。はい、なのです。」
「わたしね……。あと少しで、ほんの僅かで、取り返しが付かなくなる位置にいたみたい。その結果が『三』を導いたのよ。だってね、あの渋い神々から……『都の支配者』に乗り換えようなんて、とんでもない事を本気で考えていたなんて。……。」
……。それって、何?
「ネゲート、深く反省するのですよ。あなたはいつもそうなのですから。そう……あの神々の宴に、なぜが『大精霊ネゲート』という名が、よく舞っていたようなのです……。」
その瞬間ネゲートが、フィーさんに向けていた視線をそらしました。こいつ、わかりやすいですね。その宴で、何をしていたのかな。あー、あれね。うん。
「フィー……。そ、それは、ちょっとばかり違うのよ。」
「何が違うのですか?」
ネゲート……。単に「カネ」の匂う場所が好きだった、それだけだぞ。まあ、否定はしないよ。スタートアップの資金集めとかでは、そのあたりをこなせる能力も大事だからね。しかも……先天的らしいね、そういう能力ってものはね。後から身に付くものではないので、ハードルが高いのは、間違いないです。ただし……、のめり込むと、こちら側に戻ってこれなくなる弊害があります。
「ネゲート?」
「な、なによ?」
「ほら……。生き生きとした芝生の上で玉を転がす……だったかな。あういうのは得意なの?」
「なによそれ?」
「えっ? あの神々が好きそうだよな……とみたんだけど。」
「……。そんなのが好みなのかしら? あの神々って。」
「違うの……?」
「そうね、わたしの場合は……あの神々の『好み』とかをすべて記憶して、過去から継承される伝統の神々への対応マニュアルをすべて覚え、臨機応変に対処していたのよ。それで乗ってきたら、あとは一気なの。」
「……、対応マニュアルって……。そして、一気って……。」
「ネゲート……。その抜群の記憶力は……書物の記憶に生かすべきなのです。」
「フィー? そこでまた、書物なの……。この時代に、そんなものを抱えている方がびっくりよ。」
「えっ? ネゲートって、物覚えはいいの?」
「な、なによ?」
「はい、なのです。例えば書物なら、一字一句、すべて、なのです。うらやましいのです。」
「えっ?」
一字一句、そのまま、全部って……。
「わたしも最初は驚きました。でも、なのです。そのくらいは簡単に記憶できないと、『演算中の過程』を覚えておくことができないから、なのです。」
「演算中の過程を覚えておく? そんなに多いんだ?」
「はい、なのです。わたしには想像しかできませんが……。」
「でも、『演算結果』はあっさりだよね?」
「はい、なのです。それは『結果』だから、なのです。最後に『コンパクト』と呼ばれる処理で小さくまとめて『結果』にするのです。そうしないと、わたしなどには簡単に扱えない非常に長い結果を、気が遠くなる時間をかけて、読み解く必要が出てしまうのです。」
「……。よくわからん。了解。」
「そうなのですか……。」
いつもの展開です。慣れています。こんなもの、急に語られても……まじで困ります。
「すでにもらえるもは頂いたのですから、しっかりと、わたしの大切な姉様に尽くすのですよ? それが償いになるのです。わかりましたか、ネゲート?」
「……。『売り売り』の補助ね……。補助……。」
「はい、なのです。そして、さらに、お願いしたいのです。」
「お願い? まだ何かあるのかしら?」
「はい、なのです。この方が『担い手』になることを承認することなのです。」
「……。フィー? なにかの企てかしら?」
「いいえ、なのです。」
急になに? 俺にとんでもない役割を与えようとしていないか? ちょっと……、俺を置いていかないでくれ。えっ、なにこれ?
「フィーさん? 俺が、このドジっ子と、何をするんだよ?」
「な、なにがドジっ子よ? まあ、あんたなら害はなさそうだから『担い手』くらいなら構わないわよ。ただし、呼び名は常に『大精霊ネゲート様』よ? そこは譲れないからね?」
「……。フィーさん、悪い、却下。」
俺の意志よりも、本能が先に「却下」しました。うう……。
「……。ネゲート。そこは妥協するのです!」
えっ、急にフィーさんの語尾が強くなりました……。びっくりです。ネゲートもびっくりしたようで、一歩、後ずさりしていました。
「……。もう。冗談よ、冗談!」
「ネゲート……。お願いなのです。」
「フィーさん……。勝手に話が進んでいるのだが……、その『担い手』って、何をするの?」
「ディグさん、これは単に……自由にネゲートを扱える、それだけなのです。」
「……。まじで?」
「はい、なのです。」
「ねえ? ディグって……。相変わらずの名ね。これからはファームの時代でしょう。」
そうネゲートがつぶやくと、なんか……クワを手に持って畑を耕すような仕草を始めました。なんというか……、相変わらず騒がしい精霊ですね。
「もちろん、演算の代償として『犬』をいただくわ。わたしも食べていく糧がいるのよ。」
「……。そ、そうなるのね……。演算の度に『大切な犬』が減っていく、のか……。」
「わたしの演算は『無限ではない』のよ。そこだけは、頭の隅っこに置いておいてね。」
「まあ、難しそうだから、そんなには使えないとは思う。式が必要とか、だよね? 先に、伝えておくね。」
「ディグさん……。わたしとの『楽しい時間』を思い出してみてください、なのです。」
「……?」
な、なに?
「あんたねえ……。まあ、いいわ。」
「ネゲート……、何か大きな勘違いをしていないか?」
「そうかしら? 狂ったシィーよりもフィーを選択するのは、賢明だったと、大いに感心しただけよ。」
「……。」
何も言い返せなかったです。
「……。フィーの条件をわたしは受け入れたのだから、フィーなら、わかっているとは思うけれども、あえて、忠告しておくの。」
「はい?」
「この地域一帯で開催される『大精霊の祭典』、当然ながら、余裕よね?」
「……。それについては……、大丈夫だとは思うのですが……。」
「ちょっと、何で、そこで弱気な訳? フィー、あんたね……、これを僅かでも迷うのなら、あの狂ったシィーをみるのよ!」
ネゲートの指示に従い……、フィーさんと一緒にシィーさんをうかがいます。
「あの狂った満面の笑みが、その解なのよ。『大精霊の祭典』を吹っ飛ばしたらどうなるのかなんて、わざわざね、わたしの演算など必要ないの。ねえ、『売り売り』のシィー? あなたは、この大切な祭典が吹っ飛んだら、真っ先に何をするのかしら?」
ネゲートのこの質問にシィーさんが答えるのですが、その回答には、俺すら……、恐ろしくなりました。
「そんな愚かな問い、ごめんだわ。私の生命すら担保にして、全力で売り込む。ただ、それだけよ。これで、ご満足かしらね? とにかく売りの全力疾走、誰よりも先に全力で売れば『この地での最高記録』が出そうね? それで……ゴールドでもいただいてしまおうかしら? なんてね。」