4, 魔界で楽しく取引しましょう!
「クソがっ! こんなものを掛けられやがって!」
「またその話ですか? 少しずつは前進しているのだから、少しは黙ったらどうなんだ?」
かすかな青い光を放つ、なぜか不規則に並べられた巨大なボックスの前で、ごわごわした小指で耳穴をほじる屈強な体格の男が、すぐそばにいるもう一人の……小ぶりの小奇麗な男に、悪態をついている。
「何が『前進』だよ? 実は、もう手に負えないんだろ?」
「まさか……、なんと失礼なっ! この私が、この程度ことで折れるわけないだろ。時間がかかっていることは詫びよう。だが、ここまで踏み付けられたのだから、この腐ったカギからの解放と同時に大暴れしてやります!」
耳穴をほじっていた男の小指がピタッと停止する。
「……。大暴れ? まじですか? がはは!!」
男は天を仰ぎ、両手で顔を覆った。そして、そのまま、叫び始める。
「解放されたら、今の世代の民は『本当に』かわいそうだな。おまえみたいなクズに締め付けられるのか。これまでのうっ憤を数百倍にしてお返しするのかな? おっと俺様、恐ろしくなってきてチビりそうだぜ。どんなバラ色な世界が待ちわびているのか、大いに楽しみだな!」
それを聞いた小ぶりの男は、呆れた顔つきで、顔を覆っている男の両手を強引に引きはがす。
「おいおい! 『たった、あの程度』でクズ呼ばわりされるとはな! 解放後の私の大暴れについては、そうだな、それにふさわしい、新しい言葉の定義が必要になりそうだな。歴史に名を残すとは、まさに、こういうことなんだろう。」
「がはは。おいおい、あれが『たった、あの程度』か。そうだな、たしかに、そうなのかもな。なぜなら、俺様はな……、覚醒した本当のおまえってやつを、この目でしっかりと見たいんだ。そして、その最高の瞬間を迎える直前に……、この忌々しい腐ったカギにやられるとは。がはは、この地は誰にでも平等なんだな! なぜなら、ここにいる真のクズにも試練が与えられたのだから。がはは!」
小ぶりの男は、目頭を押さえる。
「試練か……。その表現、悪くないな。」
「おっ! なんか素直じゃん。がはは、これだからこのクズは恨めないんだよな。それにしてもよ、ほんと、あいつ……、あいつだ! こんな恐ろしいことを平然とするような奴だったとはな! 何度思い返しても、むかつくぜ。今回の件で、見た目で判断するのは禁止だな、禁止! あの銀髪の小娘が、こんな突拍子もないこと、だぜ? 今でも信じられん。すでに、『天の方々』への反逆行為では済まないからな。ほんと、クソ過ぎる。」
「おいおい、見た目で判断って? 私は、あいつは初めから危ないとみていたぞ。妙な提案をしてきたり、正直、何を考えているのか、さっぱりわからない、これが正解だろうな。まあ、あいつにやられた点は、猛省しないとな。」
「そうだったのか。」
「私は、あういう小綺麗なのが嫌いなのはよく知っているよな? ではなぜ、受け入れたのか。もちろん、あんなもの、何もないならば完全に拒否だよ。その場で、……だな。」
「何もないならば? つまり、何かあったのか!?」
「あっ、話していなかったかな。そうそう、『神々』からの推薦だったんだよ。」
「神々の!? 冗談はやめてくれよな?」
みるみるうちに、怒りで顔を真っ赤にしていく。
「だったら何だ? 半ば強制での受け入れだった、それだけだ。」
「なにが、それだけだ? なんだよそれ!! 冗談じゃない! 誇り高き『魔の者』が、あんなやつらにやられたのか? おい、ちゃんと話せよ?」
「ほらほら……、こんな所で、熱くなるなよ。ここで『神々』を敵に回すのは面白くないと、理性的に判断したまでだ。」
「面白くない、だと? ……、クズなだけなら我慢できるが、ただ舐められただけのカスとなると、さすがに我慢できねぇぞ?」
「そうか……おまえにどう思われてもな、今でも、指先だけで抑え込むくらいの力は余裕にあるぞ? もっとも、このカギさえなければ、想像するだけで、十分にぶちのめすことが可能だがな!」
屈強の体に似合わない、青ざめた表情を浮かべ始めた。
「わ、悪い……。調子に乗った。」
「ふん、わかれば良い。では、このカギを解析しながら、話の続きといこうではないか。」
「わ……、わかった。」
「なに……、簡単な道理だよ。神々どもは、こともあろうか、すべてを正しき方向に導かないと気が済まない、まさに鬼畜の集まりみたいなものだ。だから、自分の思い通りにならない民を見限ったのだろう。それに対して、どんな者でも受け入れる私たちは、どうだ? こんな素晴らしい美しい地は他にないと断言しよう。まあ、この程度なら、おまえにもわかるだろう。」
「ああ、わかるさ。でもよっ! その結果、あの小娘を受け入れてしまい、この無様な状況だぜ?」
「実は、その小娘の前にな……、神々が何やらあやしい力を使うようになったという情報が入っていたんだ。」
「あやしい力……だと?」
「そこで、もしもの話だが、おまえの力の一部を行使したいと哀願され、契約を迫られたら、どうする?」
「えっ? 契約だと? 正直、面倒だな。規模によっては儀式とかも必要になるからな。それ相当の代償をいただかないと、確実に拒否。拒否だ。」
「それが普通で、自然な流れだよな。しかし、なんと神々どもは、その場で瞬時に契約できるような力を使うようになったらしい。」
「瞬時に契約だと? そんなのは、ありえないだろ。それは嘘だろ。」
「私も、信じてはいなかったが、仮にこれが本当だとしたら……? 答えてみな!」
「答えてみな!」という張り上げた大声に、にビクッと大きく体を震わせる。
「……。……、筋肉しか取り柄のない俺でも、その答えは分かるぜ。……。悔しいが、本当に悔しいが、それが本当の話なら……、確実に俺たち『魔の者』がやられる。」
「おおっ、珍しく、おまえでも正解に導けたか。」
「その場で瞬時に契約なんて、理に反する行為ですぜ。ありえないって! 嘘だと信じたい!」
「わかっているとは思うが、嘘であって欲しいと思った瞬間、そういうのはたいてい嘘ではないからな。神々が投げ出した『天の方々』なんていうバカげた濡れた善の衣を着せられ適当に天の運営していたが私だが……、今回だけは違うと判断したんだ。なぜなら、魔の者が契約に手こずっている間に、神々どもは、そのあやしい力で強き者と瞬時に次々と契約を決めていく。すぐに頭数を揃えられ、あっという間に攻め込まれ、私たちは『終わり』を迎えることになる。つまり、それが可能ならば、相当に厳しいと認めざるを得ない。そして、ここまでの思考プロセスを瞬時に行い、仕方なく、あの小娘を『天の方々』に受け入れたんだ。これで納得かい?」
「……。おまえは、カスではなく、クズだったんだな。納得だ。ついていくぜ!」
「そこで、受け入れた後、そのあやしい力が本当なのか、確かめることにした。ただ、さすがはおまえとは違って、なかなか鋭い行動を取るんだ。もちろん嫌な感じが拭えない小娘だが、それと能力とは別の話だ。どんな者でも受け入れる誇りはわすれていない。まったく、おまえではなく、あの小娘が私の相棒となったのなら、何もかも手に入る、そんな気はしたな。ただ私も『天の方々』という演技に付き合わされ、疲弊していたのだろう。すべてを手に入れるところか、このカギで全てを失いかけている、か。」
「……。こう言っちゃ悪いが、こんなカギではめ込むのを楽しむようなやつ、簡単に裏切りますぜ? 俺様みたいなタイプが相棒としては最適ですぜ?」
「……、言われてみれば、それは間違いないな。今現在、裏切られた状況だからな!」
「がはは。やっぱり、クズなのが一番だ。どこまでも、ついていくぜ!」
腕の筋肉をピクピクさせながら、さらなる上機嫌に到達し、話が弾む。
「そこで、いつもその解析ってやつをみて思うのだが、あの小娘に吐かせるのが、一番早いんだよな?」
「……。まったく、おまえはどうしていつも論理が破綻してんだ? そういうのはイライラするから、やめろ、と言っているだろ? 中枢の力を思い通りにできず、なぜか、わずかに湧き出る分しか行使できなくなった原因を生み出したのが、このカギだろう。力があるなら、この私だって、そうしているさ。吐かせるが一番早く、いや、そうではない。そう……楽しいからな!」
「おっと! それでこそ、俺が理想とする頂点に立つものだ! 吐かせるのが楽しいか。早いではなく、楽しいか! おまえってやつは、本当に素晴らしいな。俺様、その状況を想像したら、怖くて怖くて怖くて、何も喉を通らなくなりそうだ。」
「当然だろ? 何事も楽しむのが重要と考えているからな。例えば、この地での取引はどうだ? 民からは『魔界』と陰口を叩かれているようだが、もともと、取引なんていうものは、疑心暗鬼に溢れているから楽しめるというのに。力が戻ったら、まず、『天の方々』として、このあたりから体に叩き込んでやるかな!」
「がはは。『魔界』の取引は、俺様好みだぜ。まず『どこも信用するな』だな。次に、取引の前に、自分のカネを預ける必要があるが、取引を終えたら、どんなに面倒でも『すぐ』に『自分の手に戻すこと』だよな。俺たち『魔の者』に預けっぱなしは、本当に良くないね。がはは。そういや、看板を書き換えている最中に持ち逃げなんて、あったよな! あれは凄かったよな。あれで逃げるなんて思わないもんな! それでも救済はないぜ。それが『魔界』だ。」
「持ち逃げか。なかなかだな。」
「おや? 『天の方々』の権限で、救済でもするのかい? でもクズをやめたら魅力が半減だな!」
「救済だと? 愚かな行為だな。それならすでに『された』ではないのか。なぜなら、持ち逃げされ、それが授業料となり、己のバカさ加減を見つめ直す貴重なきっかけが、得られたではないか。」
「……。やっぱり俺様にあんたは必要だ。どこまでもついていくぜ! がはは!!」
その妙にテンションが高い笑い声に、小ぶり男が不愉快な表情を浮かべて、あたりを見回していた。万一でも、こんな所を見られたら恥ずかしいのだろうか。