451, 最大「採掘」可能価値その三。数学の女神は、決定論的な迷宮を「圧縮」することを好むのです。その嗜好は、あの有名な数の遊戯「3n + 1」にも、静かに姿を現していたのです。
フィーさんが、いつも以上に真剣な眼差しで、静かに口を開きました。
「ここで……現世代暗号論的ハッシュ関数に潜む『裂け目』を語る前に、知っておくべきことがあります。数学の女神は、決定論的な迷宮を『圧縮』することを好むのです。その嗜好は、あの有名な数の遊戯『3n + 1』にも、静かに姿を現していたのです。」
「大精霊フィー様……それって……。」
「おいおい、なんだか、急にわからない話に突っ込んできたな。」
そこで量子アリスが、少し微笑んで口を挟んできた。
「もしや……『3n + 1』を知らないのですか?」
「いや、それさ……名前だけじゃピンとこないぞ。」
そこでフィーさんが視線を落とさず、淡々と続ける。
「それは……なのです。『3n + 1』は、わたしが姉様と一緒に遊んだ数の遊び。ルールは単純。ある自然数をとって、偶数なら二で割る。奇数なら三倍して一を足す……そして、それを繰り返す。すると、どんな数も、やがて一になる……と、言われているのです。でも……、なぜそれが一になるのか、それがまだ……誰にも解明できていないのです。」
ああ、それか。思い出したよ。やったやった……あれだな、俺でもわかる「数学の謎」ってやつ。
「確かにさ、ちょっと試すと、一になるんだよな。」
「はい、なのです。それがまた、この問いの魅力なのです。」
フィーさんの声は静かだが、熱がこもっている。
「でもまだ、その謎が解明できていないのです。つまり、すべての自然数でそうなる……それはまだ、わからないのです。」
「……全部試すのは?」
「もう。それは量子アリスでも無理だからね。『全部』なんて、そんな次元じゃないです。」
なるほど……つまり、どんな数でも一になる……、それが本当にそうなのか、まだ誰にもわからないってことだな。
「それで……そんな遊びと暗号に、いったい何の関係があるんだ?」
それに、フィーさんは迷いなく答えた。
「まず……両方に共通するのは、『決定論』です。入力が与えられれば、出力は必ず一つに決まる。『3n + 1』なら、入力は自然数で、最終的な出力は『一』になる、という数学パズル。そして、仮想通貨などで多用される現世代暗号論的ハッシュ関数なら、入力は任意で、その出力は……『二百五十六ビットの情報』なのです。」
そこで一拍置いて、視線を鋭くした。
「そして、この決定論的な構造に……『圧縮』が潜むとどうなるか。空間は縮み、わずかな手数で答え……つまり『出力』に辿り着けるようになるのです。もし、それが『3n + 1』の世界なら、それは最適化と呼ばれ、称賛されるのでしょう。ですが……暗号、特に暗号論的ハッシュ関数で同じことが起きたなら、それは……『死刑宣告』なのです。」
俺の中で、やっと繋がった。死刑宣告って……そうか、解読されちゃダメだから、最適化されちゃいけないってことだな。ああ……なるほど。俺でも、この危機が……なんとなくだけど、掴めてきた。
そのとき、量子アリスが小さく息をついた。
「大精霊フィー様……。その……。わたし、あんな出金不能よりも、『3n + 1』の空間圧縮のほうが気になってしまっています。そんなのが、あったのですね。」
フィーさんはゆっくりと頷いた。
「……はい。ようやく、少しは進んできたのですよ。そして……それが、こんなところで姿を現すとは。破られた過去のハッシュ関数と、今なお仮想通貨で多用される現行のハッシュ関数……その関係にも、驚くほど似ていたのです。つまり……『3n + 1』は、ただの数学パズル。いいえ……、そうではなかったのです。」
久々に見た……、目を輝かせながら語るフィーさん。こちらも、息を呑んだまま……次に何が飛び出すのか、ただ待つしかなかった。