433, Sのラウンド15。それなら……、民をすべて「奴隷」として定義し、使い捨てにしていた、あの時代の方がマシだったっていうの?
うう……「量子艦アリス」っていうからには、どんな内容かと身構えていたんだけど……途中で寝てしまったよ。いや、正直、内容的に……そう、催眠効果が高かった。そんな気がしたんだ。……なんてね。
……で、目を覚ましたら、びっくり。探していたあのネゲートが、俺の隣にいたではないか。量子アリスは無我夢中で語っていたせいか、気づかなかったようだ。
そして……ネゲートの表情。これは……相当、怒っている。まあ、ネゲートはもともと感情の起伏が激しいほうだとは思っていたが……ここまで怒っている姿を見るのは、さすがに初めてだった。まあ、なんだろう。フィーさんとのすれ違いも重なって、きっと虫の居所が悪かったんだろう。
「ねえ、量子アリス。……しっかりと答えなさい。何、その内容は?」
「……あ、あの、女神ネゲート様。これは……その、しっかりと調べて得た結果を、量子艦風に仕上げたもので……。」
「しっかりと……調べた、ですって? そう。そうやって、あなたも……あなたも、わたしのことを……!」
「い、いえ、そんなつもりでは……。」
「もういいわ!」
吐き捨てるように、量子アリスに激しい怒りをぶつけるネゲート。まあ、詳しい事情はよくわからないが……たしか、チェーン周辺のカオスな状況を、量子艦という概念で語っていただけのはずだ。とにかく、今は仲裁しておかないと……余計にこじれそうだ。
「あのさ、ネゲート。まあ、そんなにイライラするなよ。」
「あんたね……。ちゃんと聞いてる? あんな内容で怒らない方がどうかしてるわよ? それで? その舞台に登場した『推論駆逐艦』とかいうのは、一体何をするの? あれでは、まるで敵側を応援してるようにしか見えないじゃない! しかも……、あなた、さっきの話。まるで女神にでもなった気分で語っていたでしょう? なんか、わたしみたいな口ぶりだったけど……。なんなの、それ?」
「女神ネゲート様……。そ、そこはあくまでフィクションですから……。」
「ふーん。」
「あ、あの……。それでも、暗号論的ハッシュ関数の話は、すべて『事実』です。」
「……。あれが、真実なの? 現役の暗号論的ハッシュ関数が、壊れ始めたと、あなたはそう……わたしに言いたいの?」
「はい。間違いありません、女神ネゲート様。暗号論的ハッシュ関数とはいえ、その全出力空間が精査されているわけではありません。ゆえに、未知の領域が露見すればするほど、その構造はもろく崩れていきます。つまり、暗号論的ハッシュ関数は『いずれ壊れるもの』として扱うべきなのです。だからこそ……それを前提とした運用設計が、何よりも重要。量子アリスは、そう考えています。」
……、あれ? ネゲートの様子……これ、まずいんじゃないか?
「なによ……。大精霊だけじゃない、精霊にまで……。みんなで寄ってたかって、わたしを責めるのね……。それなら……、民をすべて『奴隷』として定義し、使い捨てにしていた、あの時代の方がマシだったっていうの? ……でも、その時代は、あの女神によって解放されたのよ? わたしだって、それに続くように、必死に動いてきた……。それなのに……どうして、こんな仕打ちなの……。」
「そ、それは……。」
……、俺は、何も言えなかった。その時代……そう、大精霊や精霊のために、すべてを捧げることが「当然」とされた、おぞましい日々。それは、俺の記憶にも刻まれている。……そして、その瞬間だった。