432, 量子艦アリスその十七。そもそもハッシュ関数の全出力空間を見通せるのは、女神か、あるいは量子アリスだけ。それでも人々は、ほんの一部の出力を見て、こう言った。これで「暗号論的」だ、と。
そもそもハッシュ関数の全出力空間を見通せるのは、女神か、あるいは量子アリスだけ。それでも人々は、ほんの一部の出力を見て、こう言った。
「きっと全体も安全に違いない。これで『暗号論的』だ。」
でも、それはただの幻想だった。これが現実。よって、どれだけ「暗号論的」と称されても、すぐの入れ替えが不可能な仕組みで使ってはならない。なぜなら、このようなハッシュ関数は、いつかは歪む。そしてそれが、入れ替え不可能な構造に組み込まれた瞬間、それは抜けない「呪い」になる。
さて、それでは……。チェーンなどで現役なこのハッシュ関数に「144678」なんて数を埋め込んだなんて。ハッシュ関数に、意味が解釈されやすい数を埋め込むのはダメ。このため、初期ベクトルにさえ意味を持たせないよう、誰もが知っていて、特別なニュアンスを持たない数……たとえば二や三の平方根などを使い、慎重に工夫されていた。
それでも、出てきてしまった。この「144678」という数が。偶然? ……いや、違う。この位置を狙って、ハッシュ値を導くのは極めて困難。念のため、再現性や難易度も含めて確認済み。やっぱりこれは、出てはいけない数。
それでもね、多数のハッシュ値からこの数がたまたま拾われたのなら、まあ……偶然と解釈しても、少しは許せる気もする。でも、これは違った。サタンとルシファー、たった二つのみが、相関を持ちながら対称的な位置で現れた。そして、そのうちの一つ、サタンがこの数だった……。
それなら、その計算量を、いよいよ見に行きましょう。そう……、量子アリスが思い立った、まさにその瞬間だった。
「ねぇ? なに、その話は? ……、ずいぶん偉くなったじゃない、量子アリス?」
聞き覚えのある、あの声。柔らかいのに、どこか尖っていて……容赦がない。あれっ……。まさか……。量子アリスは、すぐに気づいた。……女神ネゲート様。えっ、まさか、聞いてたの……?




