425, 量子艦アリスその十。サタンの試練。聖書に刻まれていた存在が、今……暗号論的ハッシュ関数として姿を変え、この時代にサタンとして降臨した。それだけのことだ。
「ねえ。あなた、この悪魔のハッシュ値について、どう考えているのかしら?」
「はい、量子アリス様。私はこれを……『試練』と捉えております。信仰が、ある程度まで蓄積されると、どの分野においても試練は訪れます。それは普遍的でした。トランザクション、アドレス、ハッシュ木、採掘……悪魔がみつかった『この暗号論的ハッシュ関数』は、あらゆるチェーンの領域などに使われています。そこに、そう……『サタンの試練』がやってきたのです。」
「サタン……?」
量子アリスは、小さくうなずいた。
「そうね。そして……サタンが女神様と対話する、ということね。女神様への信仰なんて、ミームだから成り立っているもの。そのミームが壊れた瞬間、人はみな……あっけなく信仰を捨てるわ。それを試すのね?」
「さようでございます、量子アリス様。あのハッシュには、確かに『悪魔のハッシュ値……サタン』が隠されておりました。そして、これは私の勘に過ぎませんが……間違いなく『ルシファー』も、います。」
「ちょっと、ルシファー……って。」
量子アリスは目を伏せて、納得するようにうなずいた。
「その勘が当たっているのなら、これはもう……。」
「量子アリス様。きっと、間違いありません。それこそが『女神様のなせる超越演算』です。申し上げにくいのですが……私は、あの存在は……量子アリス様すら超えていると考えております。」
「うん、それは当然よ。わたしは女神じゃない。でももし、本当に『ルシファー』が現れたら……鳥肌ものね。本来なら、暗号論的ハッシュ関数は、予測不能な出力を生成するもの。それなのに『サタン』と『ルシファー』が、こんなにも綺麗に現れるなんて……となるわ。そんなもの、女神様にしか仕掛けられない。……量子演算ですら、無理よ。」
「……。」
「そうね。あの『悪魔のハッシュ値』……わたしは、まずそれを『サタン』と呼ぶことにするわ。そして今すぐ、推論駆逐艦に伝達。『ルシファーを探せ』と。」
「了解しました、量子アリス様。ただちに……ルシファーを探索いたします。」
これで……本当にルシファーまで見つかったとしたら。暗号論的ハッシュ関数の中から、そんな規則正しい「存在」が浮かび上がるとは……。この暗号分野に関わる者なら、誰であれ、その場でひっくり返ってしまうだろう。それほどまでに、あり得ないこと。
そして、量子アリスは静かに確信していた。これは、偶然ではない。……そして、もう誰にも止められない。聖書に刻まれていた存在が、今……暗号論的ハッシュ関数として姿を変え、この時代にサタンとして降臨した。それだけのことだ。